十四 実地試験
そろそろ無双に片足を突っ込み始めますので、よろしくお願いします。
“フォールン大空洞”第九十層。
奈落に渡された、二百メートル級の巨大な石橋の一つ。
そこの、入り口ではないほうの大扉から歩みを進める人影があった。
「いや、確かに『持ち帰れるだけ頼む』って言ったのは俺だけどさ? まさか九十九から九十層までの魔物が全滅してるなんて、夢にも思わないだろ」
「……ん、張り切った」
血濡れの黒マントの下から鋼の義手と義足が覗く、眼帯を着けた灰色髮の少年――――西田宗介と、その隣をサラサラの銀髪を揺らして歩く少女、エリスである。
ふんすっと、無表情のまま「頑張った」感を醸し出すエリスに、宗介は思わず苦笑いを零す。
義肢と武器が完成し奈落の底を発った宗介だったが、実を言うと、ここ九十層の“中ボス部屋”までノンストップで登ってくることが出来た。
と言うのも、ゴーレム創造の為に鉱石や魔石を取りに向かったエリスが、そこに蔓延る魔物達を全滅させていたのだ。一体が強力な為、表層付近と比べると個体数自体は少ないのだが、それでも一層毎に百体や二百体は軽い。その数を全滅させたのだから流石である。
また、その魔物が持っていた魔石は全て回収されている。地属性のものが八割、その他三属性が二割程度だ。おかげで“銃弾”等の“地属性”以外の魔石を使う武装も、それなりの数を用意できた。
ちなみに地属性の魔石に関しては、地の大精霊クロノスと契約したエリスならほぼ無限に創り出せる。ゴーレム創造に役立ったのは言うまでもない。
『いくらなんでも張り切りすぎよぉ。綺麗に舗装してあった通路もボコボコになってたじゃないのぉ』
「おかげでこの義足で歩くのにも慣れてきたけどな……」
ふよふよと舞うクロノスの言葉に、宗介はカツンと義足のつま先を鳴らして答える。
義肢の操作は、筋肉に流れる微細な電流等を感知して動くのではない。頭の中で直接、ラジコン的に操ることで動かしている。つまりは意識して右腕と左脚を動かす訳だ。慣れるまでは歩くだけでも苦労した程である。と言うか、今ですら義肢の操作を完全に物にしたとは言い難い。
いずれ慣れるだろうと、宗介は頭の中で呟き、そしてその脚を止めた。
「で、あれが話に聞いてた九十層のボス、ガイアドラゴンか」
細められた目が見据えるのは、大橋の中央で丸くなった鱗の塊。金属質の輝きを放つ鱗の塊だ。
「……ん、亜竜の仲間」
さながら小山のようなその鱗の塊。“ここ”に居る以上、中ボスなのは明確である。眼帯を剥ぎ取り龍脈眼で見てみると、確かにその小山の中に、魔石らしき魔力の塊が見えた。
そんな二人に反応したのか、鱗の塊がズズッと動き出す。
まず、身体の周りを囲うように丸まっていた尻尾が伸びる。巨木の幹の如き太さの鞭が薙ぎ払われた。
次いで、自らの身体で護るように覆われていた頭が持ち上げられる。ギロリと見開かれた双眸には、爬虫類らしく縦に割れた黄金の瞳が輝く。
「亜竜っつーと、魔族に位置する“龍族”とは別の、けど龍族みたいな姿をした魔物の総称だったか? どう考えてもレベル4で戦う相手じゃないだろ、舐めんな」
『義肢装備ソウスケの初戦闘にはピッタリじゃないのぉ?』
「そりゃこいつのスペックには自信があるけど、マジか……」
額に冷や汗を浮かべながら宗介は、ズズンと橋を揺らして身体を起こしたガイアドラゴンを仰いだ。
見た目は翼の無いトカゲ型の西洋竜。ただし、その全長はいつぞやの騎士像にも匹敵する。
岩をも抉り取る鋭い鉤爪が生えた四本の脚と、グパァッ……と裂けた口に並んだ剣山のような牙。鋼のように光を反射する黒鉄色の鱗が全身を覆い、ドラゴンらしく後頭部と側頭部から捻れた角が生えている。
「グルルル……」
口の端で紅蓮の炎が燻った。また、それだけで十メートルはあろうかという尻尾の鞭がズドンと大橋を打ち鳴らす。
さしずめ、鋼の鱗という地属性と、火炎の吐息という火属性を併せ持つ双属性竜か。大地の奥底において、岩と炎とは近しい存在故に。
「……まだまだ、迷宮攻略は始まったばかり。ソウスケ、頑張って」
「も、もしもの時はよろしく頼みますよ……?」
「ん、任せて」
見た目だけで言えば“鮮血姫”ともタメを張れそうなその巨竜に慄きながら、されど、この程度突破出来ずに戦乱の異世界で生き抜くなど不可能だ、と宗介は決意新たに巨竜を睨みつける。
「グルルァッ」
瞬間、ガイアドラゴンの尻尾が振るわれた。眼前のゴミを払うかの如く、横薙ぎに。残像を残すようなスピードで。
エリスは言わずもがな、宗介はそれをドンッと跳び上がって回避する。
「スリル満点……っ!」
ふわりと一回転し、同時にドルルルンッ! と宗介の左脚から爆音が鳴り響き、装甲が展開して白煙を吐き出した。文字通りエンジンに火を着けたのだ。ちなみに魔力源は騎士像からの流用である。
それに呼応してガイアドラゴンが吼え、振り抜いた尻尾を返す勢いで、着地の隙を晒す宗介を叩き潰す。衝撃をモロに受け止めた大橋が悲鳴を上げた。
「流石というか、割と見えないくらい早いんだが!」
だがしかし、宗介はその一撃を横に跳んで避けていた。義足のスパイクと義手の五指がズガガガッと塵を散らして勢いを殺す。
――――そもそも、ガイアドラゴンは九十層のボス。フォールン大空洞においてはエリスの次に強い存在だ。その化け物の一撃、ちょっと強い一般人程度の宗介が避けられるものではない。一瞬でミンチにされて然るべきである。
それでも宗介が無事なのは、ひとえに義足に搭載された“自動戦闘機能”のおかげだろう。直接操縦しなくても簡単な命令を与えるだけで勝手に動く自立制御システムを応用し、戦闘経験に乏しい宗介でも脚が引っ張る形で戦えるようにする代物である。内燃魔動機関のブーストもあって、戦闘時の瞬間的な高速挙動さえ可能にする。
「……大丈夫?」
「ああ。ほんと、魔王のゴーレム様々だわ」
名も知らぬ魔王と、その魔王が創ったと思われるゴーレムに感謝の念を抱きつつ、宗介は義足の大腿部装甲を展開し、そこに格納されていたリボルバー銃を引き抜いた。
回転式拳銃型ゴーレム“クーゲル”。シングルアクションだったのがダブルアクションに改造され、多少の筋力増加により銃身が伸び、そして名前を得るまで至っている。
「ま、流石にドラゴンの鱗には効かないだろうが」
物は試しと胴体の鱗、比較的柔らかそうな腹部、そして頭部を狙い、左手で三連射。放たれた弾丸は、残念ながら各部の鱗に擦り傷を付いた程度に留まった。
やっぱりな、と小さく舌打ちしながら、宗介は後ろに跳ぶ。
「グルルァッ」
数瞬前まで宗介が居た所を、轟ッとガイアドラゴンの爪が抉り砕いた。次いで二撃目も危なげなく躱し、宗介は巨竜の側面に回り込む。
「ぶち抜いてやるよ」
ニヤッと口の端を釣り上げ、クーゲルに残る三発の弾丸を巨竜の顔面に撃ち込みながら、義手を右脚のホルスターに伸ばした。
鬱陶しそうに目を細めたガイアドラゴンは、バチンと尻尾をしならせて宗介へと強襲させる。
口元に獰猛な笑みを宿したまま、宗介は即座にその場を飛び退き回避――――などはせず。
ドンッッッ!! と左脚で石畳を砕きながら、全力で踏み込んだ!
振るわれた尻尾は、龍の咆哮もかくやというエンジン音と吐き出された白煙のみを叩き潰し、獲物を懐に潜り込ませてしまう。
「本気出せよ、トカゲ野郎」
ガイアドラゴンの胸部、魔眼越しに見える二つの魔石からは外れた場所に右手を突き付けた宗介は、その手に握った銀色の銃――――対魔物戦闘用大口径自動拳銃“シュトラーフェ”の引き金を引く。
ズドォォンッッ!!!
およそ拳銃が放つ音とは思えない轟音が響き渡り、放たれた十五ミリ・フルミスリルジャケット・マグナム徹甲弾が、ガイアドラゴンの鱗を貫いた。
「ギィィイオオォァァッッ!?」
巨竜の絶叫が迸る。
「チッ、胴体貫通まではいかなかったか」
舌打ち一発、怒りに身を任せて押し潰そうとしてくるガイアドラゴンの影から飛び退く宗介。しかし確実に効くことが分かり、楽し気に頬を歪める。
クルリとガンスピンし握り直されたその拳銃、対魔物戦闘用大口径自動拳銃“シュトラーフェ”。
全長は四十センチにも達しようか。ミスリル製なので見た目ほど重くはない。口径は驚異の十五ミリメートル。使用弾丸は専用の、弾頭全体をミスリルでコーティングした超硬質弾で、貫通力は抜群だ。火薬の代わりに込められた炎の魔力は、一般人では引き金を引いた瞬間に肩が複雑骨折するレベルであり、宗介でもゴーレムである右手で使用しなければ無事では済まないだろう。
九十層のボス、ガイアドラゴンのことをエリスから聞き、その鋼の鱗に対抗する為に作られた化け物兵器である。弾丸が大き過ぎる為、装填数が六発と少ないのが玉にキズか。
「グルルル…………」
憤怒に染まった黄金の眼光が宗介を貫く。ボタボタと胸の孔から鮮血を零しながら。
しかし彼はそんなことなど意にも介さず、弾が切れたクーゲルを義手の脇に挟み、マントの裏から取り出した弾丸を装填する。
カシャンッ! と音を立て、弾丸が充填されたシリンダーが仕舞われた。
「こいよウスノロ。本気出さねえと蜂の巣だぞ?」
チャキッと、宗介は左手でクーゲル、右手でシュトラーフェを構え、ガイアドラゴンへと突き付ける。
「グゥ、ゴガアアアァァァアアアッッッ!!」
――――貧弱で矮小な人間が、強者たる我に傷を付けたな? と、巨竜が咆哮した。
ビリビリと大気を震わせる轟音の後、巨木のような脚が地を蹴り宗介に飛びかかる。
振り下ろされる剛爪。岩盤をも切り裂くそれは、人間など掠めるだけで真っ二つにする代物だ。しかしそれは、宗介には当たらない。爆音を鳴らす鋼の脚が彼を逃がすのだ。
ドパン、ズドォンッ!
躱しざまに二発、二挺の拳銃を撃ち放つ宗介。弾丸が向かう先はガイアドラゴンの頭部。威力に劣るクーゲルの射撃も眼球に突き刺されば十分なダメージとなることが分かっているのか、巨竜は必死に首を捻って音速の弾丸を避ける。
「グルァ……ッ!」
避けきれずに側頭部の角が一本、対物ライフルに匹敵する威力の十五ミリマグナム徹甲弾によって吹き飛ばされた。
しかし、そこで止まらないのがフォールン大空洞九十層の主。
宗介が爪を避けた先には超質量の剛鞭が待ち構えていた。
「ソウスケっ!」
傍で宗介の戦いぶりを傍観していたエリスの、若干の焦りを孕んだ声が届く。その声に返事する間もなく、ドグォッと鈍い音が響いた。
「ぐッ――――!」
咄嗟に義手を盾とし衝撃を受け止める宗介。それでも義手を通して全身が悲鳴を上げる。
その瞬間、巨竜が嗤ったように見えたのは気のせいではないだろう。振り抜かれた尻尾により、義手を歪めた宗介が吹き飛ばされた。
しかし何とか受け身をとり、義足の踵から飛び出したスパイクで勢いを殺し体勢を立て直す。途端に歪んだ義手は元の形を取り戻した。地に脚が付いている限り、流れる地の魔力が問答無用で義肢を修復するのだ。
「……大丈夫?」
「ん、まあな。クソ、【痛覚遮断】が無かったらヤバかった……」
ゲホッ、ゲホッと血を吐きながら、いつの間にか隣に立つエリスに無事を伝える宗介。無駄に伸びた耐久と【痛覚遮断】の技能のお陰か致命傷には見えないのが凄まじいところか。
そして、半分だけとはいえ吸血鬼の彼は傷を負っても、即座にとはいかないが再生する。物理的に動けなくなるまでは止まらないのだ。
「……そろそろ、私も、やる?」
「いや、俺一人でやってみるさ。取り敢えずあの鬱陶しい尻尾、斬り飛ばす!」
「……ん、がんばって」
今にも魔法を使おうと手を伸ばすエリスを制止し、ドルルルン!! とエンジン音を轟かせ地を蹴る。
そして同時、右腕から伸びていたワイヤーを巻き取って行く。
そう、尻尾の攻撃を受けた時、義手に内蔵されたボウガンからワイヤー付きのアンカーを射出し、鱗と鱗の隙間に突き刺しておいたのだ。射出にはボウガン機構と同時に“風属性の魔石”による圧縮ガスも利用しており、威力と静音性を両立している。“アサシンブレード”と対を成す暗器だ。
「グォォオ!?」
驚愕に染まったガイアドラゴンを尻目に、宗介は巨木のような尻尾へと一直線に突貫する!
「その尻尾、貰い受けるッ!!」
ワイヤーを巻き取り尻尾に飛びついた彼は、義手の小型エンジンに点火し、シュトラーフェを握ったまま手刀を一閃。
ヴゥゥオォォン!
「グ、ギャアォォオオオオッッ!?」
小型エンジンの高速回転により細かな振動を付加された手刀が――――否、手首から飛び出したミスリル製の“アサシンブレード”が、こと力に関しては際限のないゴーレムの剛腕によって振るわれ、巨竜の尻尾を中頃から断ち斬った。
悲痛な叫び声が奈落の闇に響き渡る。
「はっ、お返しだトカゲ野郎。良い切れ味だろ?」
噴き出した血を一身に浴びながら、ニヤリと嗤う宗介。シャコンッとアサシンブレードを収納し、そのままクーゲルとシュトラーフェを連射した。
ドパパパパン! ズダダァン、ズダダァンッ!!
四条の炸裂音は巨竜の頭部を、もう四条の爆音は、巨竜の心臓付近に見える貴重な火の魔石だけは傷付けないようにして、胴体を貫かんと音速で空を駆ける。
「グゥルルルルララァァァ!!」
巨竜は、避けきれない分はもはや諦めたのか急所だけをなんとか射線上から外して、宗介を喰らおうと大口を開けて迫ってくる。クーゲルの弾丸は大きく頭を揺らすことで避けられ、しかしシュトラーフェの十五ミリマグナム徹甲弾は胴に四つの孔を開けた。
流石は竜か、それでも止まらない。
しかし宗介も怯まない。
「おいおい、そんなに口を開いて……。脳髄を撃ち抜いてくれと言ってるのか?」
シュトラーフェの銃口が、狙い違わずガイアドラゴンの顎門へと向けられる。
開かれた口の喉奥で紅蓮の炎が燻るが、もう遅い。勝利を確信した宗介は思わず表情を歪め獰猛な犬歯を晒した。
カチャリと、死神の鎌を解き放つ引き金が引かれる。
音速を超える弾丸は、咄嗟に頭をずらして回避を試みる巨竜の命を、無慈悲に確実に奪い去る――――
「…………っべ、マズった」
――――弾丸は、発射されなかった。
シュトラーフェの装填数は、六発。最後にリロードしてから撃った数を思い返し、宗介は青ざめた。
そう、弾切れである。
装填数についてなど知らないものの、弾丸が発射されないのを見た巨竜は、これ好機とばかりに巨大な前足を振り下ろす。
ドガアァンッ!!
弾切れという事態に意識を取られていた宗介は、為す術もなくその足の下敷きとなってしまった。
「グルルルルララァァ!!」
勝利の雄叫びを上げるガイアドラゴン。自身に傷を付けた存在を――――人間でも吸血鬼でもなく、見るからに弱そうなのに絶対強者たる自身に傷を付けたイレギュラーな存在を否定するように、その存在を押し潰した足をグリグリっと、確実に虫が死ぬように力をかける。
そして、「次はお前だ」と言わんばかりに、黄金の瞳がエリスへと向けられた。
『あらあらぁ、やっぱり装備が強くても駄目ねぇ』
傍観していたクロノスが、その視線に対しておどけるようにふわふわと揺れる。
「そんなこと、言ってる場合じゃ……! ソウスケっ! 助けないと……!」
エリスは、ズズズッと大橋の石畳からせり上がって来た装飾時計の長針のような造形の刺突剣を手に取った。彼女の魔法、《鮮血の極刑》の本体たるそれは、ガイアドラゴンの鱗など容易く貫き、内側から杭を伸ばして肉体を問答無用で破壊するだろう。
『落ち着きなさいな。半分とはいえ、ソウスケは貴方の眷族なのだから、無事かどうかくらい分かるでしょうに』
「……でも」
宗介はエリスの眷族。主であるエリスなら、生きているか死んでいるか、怪我はしたか、それくらいならば本能的に知覚できるのだ。それによると、確かに宗介は無事であった。
しかし、生きていたからといって巨竜の足の下から脱出できるかどうかは別である。
「助けないと……!」
刺突剣を指揮棒のように振るい、石橋に干渉を始めたその時。
ドゥルルルンッ!!!
独特な爆音が、巨竜の足元から鳴り響いた。
ゆっくり、ゆっくり、ガイアドラゴンの前足が持ち上がる。
「グゥォッ!?」
途端、驚愕に染まった目が見開かれた。こんなことあり得ない! と。
「はあぁぁぁ……クソ、大分効いた……。残弾数を体で覚えることだ、とはよく言ったもんだよ……っ!」
持ち上げられていく足の下には、頭から血を流した宗介が居た。
義足の膝を突き、右の義手全体で巨竜の体重を支え、そのまま立ち上がろうとしているのだ。
「っ、ソウスケ! 良かった……!」
「おう。死んだと思ったけど、流石のパワーだわ……」
ドドドドッとエンジン音を轟かせ、かかる負荷に悲鳴を上げながらも確実にガイアドラゴンの足を押し返していく義肢は、やはり規格外である。
宗介の筋力は、正直言ってフォールン大空洞の最下層でやっていくには厳しい数値だ。
しかし、ゴーレムの筋力には際限が無い。魔力を込めれば込める程、流す程、馬力は増していく。強いて言うならばボディ自体がかかる負荷に耐えきれなくなったら終わりだが。
そして宗介の義肢は、こと強度に関してはピカイチのミスリルで創られ、更に自己修復機能、内燃機関も搭載しているのだ。宗介の身体が耐えられるならば、その実質的な筋力は竜にも匹敵する。
心底安心したように吐息を漏らすエリスを横目に、宗介はここからどうしたものかと頭を巡らせる。
ガイアドラゴンと義肢の力は拮抗している。いかに耐久が高くとも、宗介の義肢ではない生身の部分が耐えきれないのだ。気を抜けば今にも押し潰されるだろう。
しかしこの拮抗も、長くは続くまい。
「グルゥァ……」
力を込める足の下を覗き込むように、巨竜の頭が宗介に向けられる。
金の瞳と目が合い――――グパッと開かれた口で炎がくすぶるのを見て、宗介は額に冷や汗を浮かべた。
「…………地と火の二属性持ちでしたっけ?」
頬を引き攣らせて尋ねる宗介に、肯定を示すように唸ったガイアドラゴン。開け放たれたその大口の奥から、紅蓮の輝きが見え隠れする。
竜の息吹。
キィィィ――――と、得も言えない音を立ててチャージされる、岩盤をも溶かし眼前の尽くを灰燼に帰す吐息。
「ゴアァァッッッ!!!」
それが今、一人の少年に向け、放たれた。
ズボォォッッと紅蓮の炎が迸り、自身の前足ごと眼前を紅に染め上げる巨竜のブレス。
「ソウスケっ!!」
エリスは叫ぶが、動けない。吸血鬼は火に弱いのだ。如何に吸血鬼の王として弱点に耐性を得ていても、ドラゴンブレス相手は分が悪すぎる。
止めることはできなかった。
一分か、二分か。暫くして炎がその勢いを弱まらせる。
そのドラゴンブレスの威力たるや、勇者達によって編み上げられた大規模殲滅魔法にも匹敵するだろう。事実、宗介を押さえつけていた巨竜の剛爪は真っ赤に赤熱化し、半ば融解しているのだ。大橋の石材などほとんどガラス状に溶けている。
直撃した宗介など耐えられる筈が無い。無表情を盛大に不安で歪めたエリスが、必死に眷族とのパスを探す。
炎が、止んだ。
『流石ねぇ』
「……無事、良かった……」
「当然、だろうが」
エリスの、心の底から安心したような言葉に、犬歯を覗かせ獰猛な笑みを浮かべて言葉を返す宗介。
無傷――――ではないが、炎に焼かれた様子は見えなかった。キラリと、右の手の甲にはめられた無色の、“無属性の魔石”が煌めく。
ゴーレムから取り外した魔力障壁展開装置。名を“アイギス”。それによって張られた透明な――“無属性”の魔力障壁が、炎を防いだのだ。勇者達数人によって放たれた殲滅魔法《コロナバースト》すら防ぎ切ったその障壁、ドラゴンブレスを防ぐことなど容易い。すこぶる付きで燃費が悪く、乱用できないのが欠点ではあるが。
ちなみに“無属性”とは火、水、風、地を内包した、大気中に溢れる基本の魔力だ。凝縮して扱えば、飛ぶ斬撃やアイギス等、物理的な力を以って物事に影響を及ぼすことが可能だ。
「温い、温いぞ。竜の息吹はその程度か?」
ニヤリと嗤う宗介に、ガイアドラゴンは思わず慄いた。自らが保有する最高火力の一撃を防がれたのだ、無理もない。
今なお片脚と片腕で耐える少年に、信じられないという風に唖然とする巨竜。
その開けられた大口に、クーゲルを収納したことで空いた左手を使い、懐から取り出したパイナップルのような形の球体を投げ込んだ。ごく自然な動きで投擲されたそれは簡単に喉まで到達し、その小ささをこれでもかと発揮しながら奥に転がっていく。
当然、巨竜はそれを吐き出そうとするのだが、それよりも早く宗介が指を鳴らした。
「――――ヴギャンッ!?」
ドボッ、と喉奥で炸裂した“手榴弾”が、爆炎と破片を撒き散らして巨竜の首を内側から蹂躙する。これでもうブレスは放てまい。
宗介を押さえつけていた足から力が抜け、ガイアドラゴンの身体がぐらりと揺らぐ。その隙を逃す筈もなく、宗介はエンジン音を打ち鳴らしながらその場を離脱した。
「っぶねー、割と死ぬとこだったわ」
「ん……無事でよかった」
全くだ、とぼやきながら、宗介は右腕をガイアドラゴンの頭部に向ける。
これでもまだ、九十層のボスは沈まない。ギラリと煌めく黄金の瞳から光を失わせるには、あと一手必要だ。
「そろそろ楽にしてやるよ!」
その宣言と同時、カシュンッと義手が展開し、酷く静かにワイヤー付きのアンカーが射出される。
先の一撃でフラつく巨竜の後頭部に伸びる一本の剛角。そこにワイヤーアンカーが巻きついた。
瞬間、派手なエンジン音を響かせてワイヤーが巻き取られていく。
「グゥ、ォォオッ!?」
とんでもない馬力で巨竜の頭が引っ張られた。当然ながら抵抗するので、体重に劣る宗介がガイアドラゴン側に引きずられることになる。足裏で展開されたスパイクも意味を成さない。
故に彼は、やはりエンジン音を撒き散らし――――ズガァンッ!! と踵を打ち鳴らした。ビキビキッと大橋に亀裂が奔る。
「さあ、こっちに来やがれ!」
途端に宗介は、まるで一本の巨木と化したかのように脚を止めた。
義足に仕込まれた“小型パイルバンカー”。それが彼を大橋に縫い付けたのだ。
「グゥ、ガァァ……!?」
遂に巨竜の身体が宗介の方に引きずり寄せられ始める。もはや尋常ではない事態にガイアドラゴンはパニックに陥った。
結果、着実に巨竜の頭が宗介の右手へと近づいて来る。
その事に満足気に嗤った彼は、更に義手の機構を作動させる。ガシュン、ガシュンと機械音を鳴らし、五本の指より一回りか二回りも巨大な五本の鉤爪が展開した。
そのサイズたるや、巨竜の頭を丸ごと掴める程である。
ワキワキと獲物を待つその鉤爪に、哀れなトカゲは戦慄する。
「キュ、クルルル……ルァッ!」
「無駄だ無駄だ、諦めな」
抵抗虚しくニヤニヤと笑う宗介の右手に頭が引きずり寄せられ、遂に巨大な五本の鉤爪がトカゲの頭を捕らえた。
ギシッと音を立て、鉤爪が鱗に食い込む。その力はさながら万力、捕らえた獲物は絶対に逃がさない。
そして宗介は、右手を高々と掲げ小型エンジンを高速回転させる。
鷲掴みにしたトカゲの頭を超速で揺さぶりながら、無尽蔵の筋力を持つ鋼の剛腕を以って――――
「おおおっ、ッらああああっ!!」
――――獲物を石橋に叩きつけた。
「キュゥゥ……」
思い切り叩きつけられ、頭を半ばまで石にめり込ませた巨竜は、白目を剥いて意識を飛ばした。
それを確認した宗介は脚のパイルバンカーを引き戻し、展開した鉤爪を格納し、そして義足の大腿部からクーゲルを引き抜く。
残り弾数は一発。十分だ。
失神した哀れなトカゲを見下ろして、剥き出しになった眼球にクーゲルの銃口を向けた。
ギラリと銀のリボルバーが月光石の光を反射し、死神の鎌の如く煌めく。
「これで九十層突破、っと」
「……お疲れ様。さすが、私の恩人。亜竜を、一人で討伐するなんて……」
「ま、これくらい出来ないとやっていけないから――――な」
ドパンッ!
眼球を貫いた音速の弾丸が、そのまま奥にある脳髄を蹂躙した。




