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十 鮮血姫

満を持してついに、メインヒロイン登場です。

 ――――ォォオオオと、奈落の闇の向こう側からおぞましい慟哭が聞こえる。


 同時、第六十層の大橋を破砕する轟音が鳴り響いた。



(やっぱり、北池に手出しするんじゃなかった)


 お世辞にも新鮮とは言い難い、埃臭い風を全身に感じ、浮遊感に全身を萎縮させながら、宗介は後悔していた。


 猛烈な勢いで小さくなって行く五十層の光に、無意識の内に手を伸ばす。同時、自分でも不思議なほどに冷静な思考で、今まさに絶賛体感中であるフリーフォールの元凶を探す。


(北池が、俺に風の魔法を放った)


 疲労困憊の極限状態に、頭という急所を狙った不可視の礫。もはや身体が保たなかった。故に逃げ遅れ、大橋の崩壊に巻き込まれてしまったのだ。


(何故、俺を撃った?)


 答えは単純、彼の逆鱗に触れたからだ。全く強くなんてないのにハッタリだけを武器に抵抗したから、今のこの状況がある。


 あの時、下手に手を出さず現状を甘んじて受け入れていれば、死ぬことはなかっただろう。


(……背中を押されたからって、らしくない(・・・・・)ことやらかしたなぁ)


 あの時の行動は、全くもって宗介らしくなかった。強いて言うなら、中学時代の事件をきっかけに決別した宗介らしいか。


 葵に発破をかけられなければ、今の状況は起こり得なかった――――


 そんな思考が宗介の頭をよぎった時、またも大きな破砕音が鳴り響いた。第七十層の石橋が数十トンの落下物によって崩されたのだ。


 落下の衝撃で壊れるのを防ぐ為、半透明の魔力障壁を張りながら落下するゴーレムは、その質量もあいまって大きな石橋を軽々と破壊していく。


(――――ッ。違う、悪いのは俺の準備不足と力不足だ。葵に責任を求めるのは絶対に違う!)


 馬鹿な考えを正すように鳴ったその轟音に、宗介は頭を振って自らの間違いを叱責する。


 彼女は自分のことを思って背中を押してくれた。それを原因とするのはただの責任転嫁だ、と。


(あぁ、もっと力が欲しかった)


 自身の弱さが招いた結末に、宗介は悲しげに目を細める。潤む涙で視界が霞んだ。


 自分のことを「好きだ」と言ってくれた彼女の期待に答えられるだけの力が、欲しかった。


 中学の時や今回のような、厄介事の一切合切を吹き飛ばせるだけの力が、欲しかった。


 その願いは、もはや叶うことはない。


 先に落ちた石の騎士は宗介を奈落の果てに導く為の道を作りながら落ちていくし、弱い宗介には高さ数百メートルから落下して助かる術など持っていない。このまま第百層へと真っ逆さまに落下し、地下深くで赤黒いシミと肉塊になるのが関の山だろう。


 幾度目かの破砕音に、いよいよ来るべき時が来たかと宗介は死への覚悟を決めた。幼馴染二人と別世界の両親に先立つ不幸を許してくれと祈り、両目を伏せる。


(ごめん、葵……。やっぱり俺は、弱かった)


 落ちる。落ちる。


 死ぬ。


(ああ、死んだ――――)


 そう感じたのも束の間、強烈な衝撃が宗介を襲う。


 全身に激しい鈍痛。【痛覚耐性】を以ってしても打ち消せないそれが、彼を蹂躙した。


 内蔵が逝ったのか、がはっと血を吐く宗介。チカチカと明滅する意識の中、彼は間違いなくそれ(・・)を感じる。


「ぁ、ぐ……っ。痛ぇ(・・)…………」


 痛み。即ち、生きている証。


 一体全体どういう訳か、宗介は死ななかった。大橋の瓦礫や、魔法障壁の魔力が尽きて地面に激突すると共に砕け散った騎士像の残骸が、まるで意思を持ったように波打ち宗介を受け止めたのだ。


 全身の骨が粉々になったのではと錯覚するような激痛こそすれ、命は間違いなく繋いでいた。


「どう、して……」


 瓦礫の山に身を任せ、激痛に意識を飛ばしそうになりながら、宗介は酷く困惑していた。


 あれだけの時間と距離を落下して瓦礫に叩きつけられて、それでもなお生きている人間など存在する筈がない。瓦礫が波打ち、落ちてくる人間を受け止めることなどある筈がない。


 自分が生きていることが不思議でならなかった。


(と、ともかく、ポーションを……。このままだと結局死ぬ……っ)


 激痛を必死に【痛覚耐性】で打ち消しながら、宗介は懐を漁る。


 割れていないことを祈りつつ、探し当て取り出したのは、淡く光を放つ青白いポーションだ。葵が「危ないと思ったら迷わず飲んでね!」と言うので、いつでも使用できるように持っていた――――いわば虎の子である。


 宗介はそれを無造作に口に押し付け、浴びるように飲んでいく。酷い味だとか、口の端から結構な量が零れているとか、そう言うことはもはやこの際関係ない。生き延びる為に必死だった。


「ッ、ハァ、ハァ……。相変わらず、凄ぇ味……」


 吐き戻しそうになりながらもなんとか飲み干し、空の瓶を放って大の字になる。途端、じわりと身体中に熱いものが広がる。


 回復の兆候だ。ポカポカとした熱は全身が活性化している証拠。ゆっくりと、確実に、痛みが癒えていく。素晴らしい効果である。


 やがて窮地を脱したのか、宗介は服の袖で零れたポーションを拭い取り、おもむろに立ち上がった。瓦礫のせいで足場が悪く、少々ふらつきながら辺りを見回す。


「ここはやっぱり、第百層目か?」


 そこは、広大な円形の吹き抜けだった。


 恐らく、“フォールン大空洞”の代名詞とも言える、縦に伸びた地下空洞の最下層。直径は二百メートルはあるだろう。要所に“月光石”が埋め込まれた石組みの壁には、向かい合うように二つの大扉が鎮座している。片方は五十層で見た黒金の扉よりも大きく、禍々しい。


 見上げたところで九十層の大橋は見えない。強いて言えばその残骸が宗介の足元に転がっているか。その瓦礫の山からは、時たま「ォォオオ……」と低い唸り声が聞こえる。


「あのゴーレム、まだ動いてるのか」


 そう言えば自己修復機能があったな、と宗介は足元に目をやり、声の出処を探す。このまま綺麗に修復されても厄介だ。ここで機能を停止させておいた方がいいだろう。


 騎士像は直ぐに見つかった。四肢が完全に千切れ飛び、胴の鎧にも大きなヒビやへこみが見えるという、なんとも無残な姿で瓦礫の中に埋れていた。核の魔石がその姿を覗かせていたのは僥倖と言える。


 足場の悪さに難儀しながらも、宗介はその魔石の元に向かい、煌めく宝玉に右手を添える。騎士像の紅い眼光が宗介を睨みつけた。


「見上げる程の巨体も、こうなったら形無しだな……。今度こそ本当にチェックメイトだ――――《刻印》」


 簡素な詠唱が唱えられた瞬間、淡い光が宗介の右手と魔石を包み込み、魔石に刻まれているどこか歯車染みた独特の魔法陣を描き変える。


 核を破壊されたゴーレムは「ォオオォォ……」と小さく唸ったのを最後に、その機能を停止させた。



「……さて、どうするかなぁ」


 ここがフォールン大空洞の最下層だというなら、もはや詰みもいいところだ。そうぼやきながら、とりあえず何時崩れてもおかしくない瓦礫の山から下山する。


 途中、宗介と共に降ってきたらしい“虎徹くん”と“二号”や、いつの間にかベルトが解けて何処かに消えていた“パイルバンカー”を見つけた時はえも言えぬ安心感を覚えた。


 ――――運良く拾ったこの命。これを失うことなく大迷宮を下から攻略することなど可能なのだろうか?


 ここから上に登れば九十九層。恐らく悠斗達ですら勝ち目の無い魑魅魍魎が跋扈していることだろう。


 しかし、行かざるを得ないとも言える。五十層のボスであの苦戦、果たして悠斗達がここまで助けに来るまでどれだけの時間がかかるのか。まず間違いなく餓死は免れない。


 ならばマントで気配を隠し、魔物共に気付かれないように上層へと登っていくほうが、まだ幾らか希望があると言うものだ。


 宗介はパイルバンカーを背負い、二機の小さな虎型ゴーレムを引き連れ、二つの扉の内上層へと続くであろう一回り小さな扉に向かって歩みを進めた。


 進めたのだが。


「まさかの開かないってパターンか……」


 扉を開けようと腕に力を込めた瞬間、ガクリと落胆し肩を落とした。


 そう、ここは“フォールン大空洞”の最深部。ボスの部屋の一歩手前に位置する場所。ここまでやってきた侵入者を、迷宮の主がみすみす逃す筈が無かった。


 ガッチリと固定された黒金の扉は、宗介を通すつもりなど毛頭ないと言った風に動く気配を見せない。パイルバンカーでこじ開けるという事も考えたが、“火属性の魔石”の保有魔力量的にあと二回の使用が限度だろう。その内の貴重な一回をここで使うのは惜しい。


「冗談抜きで洒落にならないぞ……。マジで“鮮血姫”と戦えってか? 俺一人で? あり得ないだろ……」


 宗介は若干顔を青ざめながら壁のような大扉を見上げる。向かいの大扉の方は、見たくもなかった。


 一応言うと、“鮮血姫”と戦う準備はしていた。回転式拳銃(リボルバー)型ゴーレムに合わせた特別仕様の弾丸であったり、言ってしまえばパイルバンカーを創ったのも元はと言えば鮮血姫を仕留める為だ。半分くらいは彼の趣味もあるが……。


 しかし、それもあくまで他のクラスメイト達と共に戦うことを前提としている。いっそ武器を全て悠斗達に貸し出すという手も考えていた程だ。宗介一人で戦うのは、余りにも危険すぎる。


 そんな時、ガコォン、という重苦しい音が宗介の背後から響いた。宗介は思わず背を震わせる。


「……さっさと入って来い、ってことですかね?」


 恐る恐る振り返ると、向かいの壁に聳え立つ大扉がほんの少しだけ開かれていた。


 闇。


 それも、押し潰されそうな圧力を感じる闇。


 扉の向こうはそういった具合だ。絶対に足を踏み入れたくない世界である。


「……どうしたもんか」


 宗介は冷静に、徹底的に調べ上げた“鮮血姫”の情報を整理する。



 魔王軍幹部の一人で、ここフォールン大空洞の支配者。そして“地の大精霊”と契約した、最強の地属性魔法使い。


 彼女の種族は“吸血鬼”。弱点は多いが基本的には不老不死であり非常に強力な魔族だ。


 石の杭で敵を串刺しにし、その血を浴びて紅く染まる姿は、まさしく“鮮血姫”。過去には万の軍勢を一瞬で串刺しにし、血の雨を降らせたとか。



「……ぜ、絶対に死ぬ」


 ヤバイ奴、などという話ではなかった。そもそも魔王軍幹部という時点で、ソロで戦いを挑む相手ですらない。


 これが、例えば勇者最強の悠斗ならば、勝ち目はあったかもしれない。しかし宗介だ。自他共に認める最弱の宗介だ。戦う価値すら無いだろう。今すぐに石の杭で串刺しにされてもおかしくない。


(けど、“鮮血姫”が瓦礫を操って助けてくれたっぽいんだよなぁ)


 だが、もし。


 もしも、宗介の命を救ったのが“鮮血姫”だとしたら? 彼女は地属性魔法使い。例え離れていようと瓦礫を操るくらい容易いだろう。


 ともすれば、もしかしたら話の分かる存在かもしれない。


(そうでなくとも、倒すだけの武器は準備したんだ。上に登って脱出するより、ボスを倒して脱出できる可能性の方が高いまである)


 地下に造られた大迷宮、非常用脱出経路くらい存在するだろう。そうでなければ水攻めされるだけで陥落するのだから。


 ならばそこから脱出するほうが楽に地上へ戻れるのでは?


 何より、第五十層から九十層間に渡された大橋は、現在全て崩落している。支配者である“鮮血姫”が地属性の魔法使いである以上、修復するのは簡単だろうが――――それを修復せずに放置しておくだけで、宗介の帰路は閉ざされる。


 結局のところ、誘いに乗る以外の選択肢は存在しなかったのだ。


「…………逝くしか無いか」


 決意を固め、二機の頼りないゴーレムを引き連れて宗介は歩き出した。人一人が辛うじて通れる程に開かれた、“鮮血姫”が待つ部屋の扉へと。




 ◆




 扉の向こうは、なんともおどろおどろしい光景が広がっていた。


 ドーム状の薄暗い大部屋――――いや、第二の大空洞と言っても過言ではないそこを照らすのは、天井の天辺に鎮座する巨大な“月光石”の光。満月のようにも見えるそれは、文字通り月のような光で空間全体を淡く照らしていた。詰まる所、このドーム状の大空間は“夜”である。


 その月夜の下には石や木の墓標が乱雑に立ち並び、苔生して蔦が這う柱や崩れた石壁も見えた。遊歩道の割れた石畳からは長い草が生えている。


 空間の中央と四隅には霊廟が建っている。酷く寂れているようだがどこか神秘的で、美しい王城の中庭を幻視させた。


 そしてその景観を破壊するのが、所々に生えた赤黒い(・・・)杭だろう。その尖った先端付近からは何本かの枝を伸ばしている。時折、やはり赤黒いボロ衣が引っかかっていたりして、酷く不気味だ。


「なんだよ、ここ……」


 何と無くお化け屋敷を思わせるようなその大部屋を、宗介は恐る恐るといった風に歩く。


 傍に目をやれば赤黒い杭。彫刻のように真っ直ぐ伸びたそれは、先端からまた別の方向に枝を伸ばしており、その一端にはボロ衣がかかっていた。


「血……? ヤバい雰囲気しか……っと」


 不意に何かを蹴飛ばした。


 薄汚れた、白い、陶器のような、人頭大のボール。


「ッ――――!? くそっ、もう帰りたい……」


 それはボールではなく、正真正銘人の頭蓋だった。そんなものが無造作に転がっている。


 ここはヤバいと、今すぐにでも元来た道を引き返したい衝動に駆られながらも、宗介は歩く。引き返したところで無意味なのだから。



 やがて宗介は、中央に聳える霊廟の袂へと辿り着いた。緩やかな三角の屋根と教会のような尖塔が伸びた建物だ。蔦や枯れ木が纏わり付き、なんとも近寄りがたい雰囲気を醸し出している。


 その霊廟の三角屋根に――――少女が腰掛けていた。


「人、か?」


 宗介は思わずそんな言葉を零したが、無理もない。


 その少女は、目を剥くほどに美しかった。


 まず目を惹くのは白銀色の長髪だろう。月光石の光を一身に浴びて煌めく銀糸のような髪は、風も無いのにふわり、ふわりと棚引いていて、月夜に舞う雪のよう。


 次点で一片の穢れ無き純白の肌だ。少女が纏った天使の翼が如きドレスにも劣らない絹色の肌が、うなじや鎖骨、細い腕や惜しげもなく露わにされた脚を彩っている。


 年の頃は十二、三。幼さが残りつつも愛らしく、美しく整った顔立ちはまるで人形のようだ。


 どこか憂いを感じさせる無表情で月を見上げる少女の瞳は、上から下まで純白に染まった中で唯一、色を持っていた。新雪に赤ワインかルビーでも溢したように、細められた瞼から紅い紅い、血色の瞳が覗いていた。


 ただし、生気や光を感じない虚ろげな瞳だったが。


(この女の子が、“鮮血姫”……?)


 目を疑うとはまさにこのことだろう。物騒な呼び名等から想像していたのとはまるで異なるその姿。フォールン大空洞の百層目に居る以上疑いようは無いのだが、そうでなければ“天使”と言われても無条件で信じてしまいそうだ。


 平たく言えば、宗介は見惚れていた。


 そんな時、少女がポツリと声を発する。


「……今日の月は、綺麗」


 鈴が鳴るような声に、宗介はハッと正気を取り戻した。


「そう、かもな」

「……あなた達が、上でいっぱい魔法を使ってくれたおかげ。ありがとう」

「俺は魔法なんて使えないから、俺に言うのは間違ってるぞ」

「ん、見ればわかる」


 どうやら少女は、魔力を見る目か何かでも持っているらしい。密かに魔法を使うことを夢見ていた宗介は、人知れず大きなダメージを受けていた。


「……聞きたいことがあるんだが」


 とりあえずそのダメージは無視。言ってみろと言う風にチラリと紅い瞳が向けられたので、宗介はならばと単刀直入に尋ねる。


「お前は、“鮮血姫”でいいんだよな?」

「……ん、間違いない。私が鮮血姫。魔王様の槍にして、吸血鬼(ヴァンパイア)の王。そして、大地を統べる者」

「詰め込みすぎだろ、ってツッコミは置いといて。もう一つ聞きたいんだが、良いか?」


 少女は無表情のまま小さく頷いた。


 宗介はやはり単刀直入に、一番気になっていたことを尋ねる。


「どうして俺を助けた?」


 数百メートルからの落下。放っておいても宗介は死んだ。だと言うのに、少女は彼を助けた。


 勿論これは推測に過ぎない。実は偶然だった可能性もある。しかし、偶然にも瓦礫が人を受け止めることがあるだろうか? いやない。この少女の介入があったと考える方が自然だろう。


 その問いに答える為、少女は口を開き――――


 キュルルル。


 ――――可愛らしく、腹の虫が鳴いた。


「…………」

「…………」


 静寂。


 無言。


 少女は静かに月を見上げる。宗介は静かに少女のお腹を見上げる。


 やがておもむろに宗介が咳き込み、その何とも言えない空気を払拭した。


「……どうして俺を助けた?」


 そして再度尋ねる。少女は無表情だというのに、どこか恥ずかしそうにしているように見えた。


 そして、その問いに答えるべく再度口を開く。



「……新鮮な血が、飲みたかったから」



 そして帰ってくる、およそ美少女らしからぬ猟奇的な答え。一応予想していたとはいえ、宗介は小さな戦慄を覚えた。


 吸血鬼が、腹の虫を鳴らす理由など二つと無い。


「……久しぶりに美味しそうなニンゲン達がやってきたから、せいいっぱい歓迎したのに……ここまで来たのはあなただけ、残念」


 本当に、心の底から残念そうに少女は目を伏せる。


「……魔力も、力も、見るからに貧弱。もっと強いニンゲンの血が飲みたかった……」

「わ、悪かったな、一般人で」


 少女の言葉に若干こめかみに皺を寄せながら、しかし言い返す言葉も無いので何とも言えない表情になる宗介。惨めであった。


「……でも、弱そうなのに、魔王様から賜ったゴーレムを何体も……。少しは、ほんの少しは楽しめそう?」

「多分、楽しめないと思うぞ? だから出来ることならこのまま見逃してほしいんだが。俺は地上に帰りたいだけなんだよ」


 宗介のその言葉は、腹を空かした吸血鬼にするお願いとしては破格の代物だろう。どう考えても聞いてくれる訳がないと分かり切っているので、マントの中でリボルバーの撃鉄を起こす。


「ん、却下。全力で、その血の一滴まで、全てを使って……」


 案の定の返答。


 宗介がそれに軽く肩を落とすと同時、屋根上の少女の姿が霞んだ。


 闇の中に白銀が溶け、紅が消える。


 刹那。


「私を愉しませて。《鮮血の極刑(カズィクル・ベイ)》」


 宗介の頬を、月夜に輝く刺突剣(エストック)が掠めた。


 闇の中に浮かぶ、病的なまでに白いと虚ろな紅い双眸。小さな口から覗く鋭い犬歯は、第一層で見たコウモリと酷似している。


 やるしかない。


「ッ、ご期待に沿えるよう、頑張らせてもらいますよ」


 ――――ドパンッ!!


 抜き撃たれたリボルバーの炸裂音が、月光石に照らされた夜に響き渡った。

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