あの夏の花火
明け方家に送ってもらい、2時間くらい寝た。
学校、いかなきゃ…
眠いし、いろいろ考えるところもあり、正直行きたくなかったが、休めばアヤが心配するだろう。
ダルい身体を引きずって学校に行った。
アヤとなっちゃんはもう来ていた。
「葵、おはよ~」
なっちゃんもいつの間にか私を「葵」と呼ぶようになっていた。
「おはよ…だる…2人とも、昨日はありがとうね」
「めっちゃ楽しかったよ」
なっちゃんがうれしそうに言った。
「なっちゃん、ずっとサニーと話してたよね?何話してたの?」
「なんかね、サニー最近フラれたんだって。だから慰めてたの」
「マジで?ならチャンスじゃん。狙っちゃえば?」
「うん。サニーいい感じだった」
なっちゃんが言った。
「アヤは?」
私は聞いた。
「うん。楽しかったけど、あんまり記憶ないんだよね。飲み過ぎたみたい」
「あはは。実は私もあんまり記憶ないんだよね。楽しかったんだけど」
「えっ?2人とも覚えてないの?私は覚えてるよ?」
なっちゃんが言った。
「なっちゃんは酒強いじゃん。多分今日ノブから電話くると思うし、また遊ぼってことになるんじゃないかな。2人とも大丈夫だよね?」
「うん!楽しみ~」
なっちゃんが言った。
「アヤは?」
「うん。かまわないよ」
恐らくアヤは迷っていたのだろう。でももう引き返せない。進むしかないのだ。
「じゃ、そういうことで」
私にとっても、もう引き返せない話だった。
夜になって、予想通りノブから電話があった。
「昨日はサンキューな。めちゃめちゃ楽しかったよ」
「こちらこそ、楽しかったよ。ありがとうね。でもノブ、相当飲まされたんじゃない?」
「いやー、まさかあそこまでとは思わなかったよ。合コンていうより、同窓会みたいだったよな。なんか気心知れてるような…」
「うん。初めて会った感じじゃなかったよね。一緒にいて楽しかったよ。アヤもなっちゃんも言ってた」
「俺らも今日1日ずっとその話してたんだよ。マジ楽しかったって」
「良かったよ、みんな楽しかったなら」
「サニーは、なっちゃんがいいって言ってたよ」
「なっちゃんもサニーがいいって言ってた笑」
「あの2人、ずっと一緒にいたしな。それでさ、葵…」
来た…!そう思った。
「うん。なに?」
努めて平静を装った。
「俺…アヤのこと、好きになっちゃった」
「うん。そうだろうと思ってたよ」
「葵、協力してくれないか?」
「いいよ。電話番号教えればいい?」
「いや…みんなまた会いたいみたいだし、また一緒に遊ばね?」
「了解。こっちもみんなまた会いたいって言ってるから、喜ぶよ」
「じゃあ、もうすぐテストが始まるし、それ終われば夏休みだから、そしたら遊ぶか」
「うん。みんなに伝えておくよ」
「あとさ、葵に聞きたいことがあるんだけど…」
「うん。なに?」
「もしかして葵、えーじのこと気に入った…?」
…こいつ、どこまで鈍感なんだ…
「えーちゃん?カッコいいし、優しいよね」
「えーじは、俺の友だちだし、もちろんいい奴に決まってるけど…、女が何人いるかわからない感じで…」
「うん。そんな感じだね」
「でも…、でもな!もしお前が本気なら、俺は協力したいし、えーじにもちゃんとお前だけを見るように話はするからさ」
…本気?むしろ本気で言ってるあなたにびっくりだよ…
「えーちゃんはいいと思うけど、そういうんじゃないし、私は別にみんな好きだよ」
「そっか…なんか俺にできることがあればするし、なんでも言ってくれよ」
…言ったら困るでしょ…
「うん。ありがとう」
「じゃ、テスト終わったらまた連絡するわ」
「うん。またね」
次の日、アヤとなっちゃんに、ノブからまた遊ぼうと誘われたことを伝えた。
「サニーがなっちゃんに会いたいって」
「本当?夏休み楽しみ~」
なっちゃんはうれしそうだった。
「葵」
いきなりアヤが口を開いた。
「葵は、それでいいの?」
なっちゃんも黙って私を見ている。
「いいもなにも、ダメな理由ないよね?楽しかったし。アヤは楽しくない?」
「…楽しかったよ、すごく」
「ならいいんじゃない?あんなに楽しく遊べる人たち、なかなか会えないと思うし」
わかってた。アヤが楽しかったことがむしろ問題なのだ。
これから先、つらい展開になるのはわかっている。
それでも、私はノブに会いたかったし、恐らくアヤもそうだろうと思った。
「今年の夏は、きっとアツいね」
私は言った。
学校は夏休みになり、私たち6人は、週に1、2回くらいのペースでつるんで遊んだ。
彼らの学校が湘南にあったせいか、夏は人の多い湘南でも、穴場の海辺や公園に私たちを連れて行ってくれた。
私たちはいつも大量のお酒と花火を買い込み、夕方から遊びに行き、夕日が沈むのを見て、夜になって騒いで遊んだ。
「サニー、灰皿がない~」
タバコを吸うのは私、サニー、えーちゃんだった。
アヤはみんなの前では吸わなかった。
アヤがタバコを吸いたいときは、理由を作って私を誘い、隠れて吸っていた。
「ああ、まだ空き缶ねーしな。葵拾って来いよ」
「ないよ、サニー、なんとかして~」
「しょーがねーな」
サニーは買い物袋にペットボトルのお茶を注いだ。
「これでよくね?」
「サニー…、このお茶、なんか違うものに見える…しかも、その袋ずっとサニーが持ってるの?」
「あっ!考えてなかった!」
こんなくだらないことでみんな笑った。
「お前らみんなN大だろ?本当に?」
ノブが言った。
「アヤとなっちゃんは高校もヤバいよ」
2人とも、県内なら誰でも知っている高校に通っていた。
「マジで?…アヤって、頭良かったの?」
「見りゃわかるだろ!」
ノブとアヤはいつも漫才をやっていた。
「葵は明らかに不正受験だろ」
「アホか。マジで受験したわ」
「でも、一番成績いいのは葵なんだよね~」
みんなそれぞれの想いがあるはずだか、6人でいるのが自然で、楽しかった。
「葵、海来たんだから、海辺行こーぜ」
サニーに誘われた。
えーちゃんも後ろからついてきた。
真っ正面で太陽がゆっくり沈んでいく。
「じゃんけーん…」
反射的に手を出した。
「葵の負けな。5歩進め」
「なにそれ、そういうゲーム?」
「うん」
私はじゃんけんひとり負けで、どんどん波に近づいていく。
「マジヤバいって。えーちゃん、助けてよ~」
「助けてあげたいけど…、じゃんけんて平等だよね」
えーちゃんがにっこり笑う。
「ひどーい!」
私はサニーを波のほうに突き飛ばした。
「ちょっ…、葵!お前汚いぞ!」
「レディファースト。いや、ラストか?」
言いながら振り返ると遠くでノブとアヤが話しながら笑っている。
夜になるといつも飲みながら花火をした。
あるときは騒ぎ、あるときは花火を静かに見守り…
私は、青春とはこんなものかと思ったり、この時間が永遠に続いて欲しいと願ったり、ときにはこの時間は花火のように儚いものなのだろうと考えたりした。
みんなそれぞれいろいろな想いがあっただろう。
一見止まっているように見える時間は、しかし確実に進んでいた。
夏休みの最後に遊んだ日の夜、
「葵ちゃん」
えーちゃんに声を掛けられた。
「えーちゃん?」
えーちゃんはジーパンのポケットから紙を出し、私の手に握らせた。
「俺の電話番号」
私は少し戸惑って、
「…私も、教えようか?」
聞いてみた。
「いや、いいよ。葵ちゃんが困ったら電話してきて」
「困ったら?困らなかったら?」
えーちゃんは少し笑って、
「どんな理由でもかまわないし、無理して電話くれなくてもいいから」
「…うん、ありがとう」
「夏も、もう終わりだから」
「そっか、夏は、終わるんだね」
サニーが上げた最後の打ち上げ花火を、えーちゃんと2人で見つめていた。