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Ending

 



 夏休み。

 プールや川に、アイス、花火と何かと忙しいはずのその長期休暇は、今年はどうしてか雨ばかりである。

 早々に宿題を終わらせた神月(みつき)は、しかし実に暇を持て余していた。

 となると、彼女が向かう場所は、ひとつ。


 そういう訳があり、今日は二人分の朝食を手に朝から洋館へと押しかけた神月は、いかにも寝たりませんと言った風体のエインズの抗議を華麗にさばき、いつもの定位置にて魔法語りとしゃれ込んでいた。


「じゃあじゃあ、次は水の魔法! どんな魔法があるの!?」

「はいはい、そうはしゃぐなって。つうか朝飯を食え」


 朝食のサンドイッチを片手にそうまくし立てる神月に、呆れ顔のエインズ。


 今日もまた、そうして一日が過ぎてゆくのだと、どちらともなく漠然とした思いがあった。

 それに期待という名をつけたのなら、それは悲しいものとなった。

 それに当然という名をつけたのなら、それはただ破られた。


 不確かに揺らめいていた奇跡の時間は、かつて、その始まった瞬間と同じ唐突さでもって、終わりを迎えたのだ。


「!?」

「? エインズ?」

 突然驚いたようにその青い瞳を見開き、次いで普段の動作とは比べ物にならない素早さで視線を飛ばしたエインズに、神月が疑問と困惑を浮かべながらも、彼の視線と同じ方へと顔を向ける。


 そこは、今やエインズの自室と化している部屋。

 階段を上がった先の正面にある、二人が出会った場所。


 エインズは、そこに確かな異変を感じた。

「見に行くぞ」

「えっ、ちょっと!」

 開口一番にそう告げ、普段の怠惰さを消し去った無駄のない動きでソファーから立ち上がり階段へとかけよるエインズ。それに慌てて彼を追いかける神月。

 エインズが開いた扉の先の異変に、そろって息をのんだ。

「マジかよ……こんな唐突にっ」

 憎々しげに小さく呟いたエインズを見上げた神月が、その黒瞳を見開く。

 悔しそうな、歪んだ顔。この五年間の日々の中で、一度も見たことがないエインズのその表情を見て、神月は悟った。

 そして、いまだその表情で眼前を睨むエインズが次いで零した言葉で、確信した。

「〝扉〟が閉じようとしてやがる!」


 あぁ――と、神月は思った。

 ついに、この時が来てしまったのか、と。


「エインズ」

「? 何だ、みつ」


 この五年間で、何千何万と呼んだその名は、最後まで言えずに途絶えた。


「お前……」


 分かったのか、とエインズは無言のうちに問いかけた。


「いきなさいよ」


 分かってるわよ、と神月の表情は物語った。


 本当は、ダークブラウンだった、神月の瞳。

 そこから、小さな水玉がこぼれ落ちた。


 はじめて二人が出会った日。

 あの日、エインズは自身が〝扉〟と言った空間の穴から、こちらの世界へと落ちて来たのだ。

 部屋の奥で回転するように揺らめき、徐々にその大きさを小さくする、黒い円。

 異世界――エインズが本来いた世界にて、彼が行使した魔法の事故により、歪み、こちらの世界とつながってしまった、その空間。

 それは、いわば通路。繋がっていれば、世界の法則さえ踏み越えて行き来できる〝道〟であり、同時に繋がりが途絶えた途端、移動が出来なくなってしまうもの。


 それが今、徐々にその姿を消そうとしている。

 それは、奇跡さえも終焉へと導く、純然たる事実。


 それはただしく、二人の特別な非日常が終わってしまうことを、意味していた。


「――神月」


 次は、最後まで名が紡がれる。

 そのことで得た小さな喜びを、神月は笑顔にかえてみせた。


「いきなよ、エインズ。――あなたの〝世界〟は、あっちでしょ?」

「……そりゃ、そうだが」


 涙を流し、されど屈託なく笑う神月に、悔しげに言葉を紡ぐエインズ。


 エインズも、分かっている。

 ここで帰らなければならないことを。

 こちらの世界よりも、あちらの世界の方が、大切なものもたくさんある。

 見なければならない笑顔。伝えなくてはならない言葉。守らなければならない存在。

 そういったものが、たくさんある。


 けれど、とエインズは瞳を閉じ、思った。


 この世界にだって、そういう者がいるのだ、と。

 笑顔を見て、言葉を伝えて、守ってやりたいやつが居るんだよ、と。


 それでも。


「――あぁ、そうだな。……帰るよ。俺は、俺の世界に」

「――うんっ……っ」


 時は、待ってはくれない。

 異世界の魔法使いを放り落としたその穴は、徐々に、その姿を小さくしてゆく。

 時間はもう、あまり残されていないのだ。


 だからこそ、と、両者の思いが重なった。


 エインズもまた、屈託のない、どこか人好きのする笑みを浮かべた。

「元気でいろよ? その内、またひょっこり逢えるかもしれねぇんだからさ」

「エインズこそ、魔力切れで行き倒れたりしないこと! こっちからは何も出来ないんだから、来るならエインズの方から来てもらわないと」

「わーってるよ! ったく。心配すんなって」

「あら、そこまで心配してないわよ? だってあなた殺しても死にそうにないもの」

「おまっ、そこまで言うと酷いってコト分かってて言ってるよな!?」

「何のことかさっぱり!」


 あははっと、神月が軽やかな笑い声をたてる。

 その笑顔は、つい先ほど語り合っていた魔法の話の中で、エインズが盗賊をぶっとばしたと言う出来事を語ったときに見せた、心底から楽しそうな笑みと、同じもの。

 それを見たエインズもまた、嬉しそうな笑顔を浮かべた。


 一拍を置いて、エインズがくるりと振り返る。

 その足が迷いなく動き、進んだ先の黒い穴の前で止まった。

 一拍には少し足りない間を空けて、振り返ったエインズの端正なその顔は、イタズラな少年そのものだった。


「サヨナラは言わねーぞ!!」

「――ばーか!!」


 威勢のいい声。

 それに、神月の罵声が重なった。


 空間が、閉じる。

 素早くその穴に身を転じたエインズの姿は、いつもはっきりとその色を示していた青いローブの端を区切りに、完全に見えなくなり――瞬間、黒い穴も姿を消した。


 無音の部屋。

 エインズが去り、一人きりになった洋館で、神月の小さな言葉が響いた。


「また、逢えると良いな……」


 さよならは言わないよ、と彼女も言った。

 だから、またね――と。




「魔法使い!?」

 そう、瞳を輝かせて問いかける少女に、青年は苦笑して答えた。

「……あぁ。ついさっきお前が見た通り、俺はれっきとした魔法使いだ」

 その答えに対し、少女はその瞳を、青年が驚くほど輝かせた。

「本物なのね!? 本物の魔法使い!! わぁあ! すごいっ!」


 それは、あまりにも純粋な、歓喜。

 外見年齢に見合わぬ落ち着きを持つ青年が、思わず驚きに目を瞠るほどの、無邪気な喜び。

 眼前で子どものようにはしゃぐ少女に、青年が小さくふきだす。

 その声に動きを止めた少女は、それこそ少年のような笑顔で笑う、青年を見た。


 すっきりしたようにすぐに笑いを収めた青年は、今まで放っていた不機嫌そうな雰囲気を払い、少女へと問いかけた。


「お前、面白いな。こっちとしては有り難いくらいだが。――魔法が好きなのか?」


 対する少女は、笑われたことに若干不満げな表情を浮かべながらも、魔法、と言う言葉に対して、深くうなずいた。


「大好きよ! さっきのも、とっても綺麗だった!」


 再び瞳を輝かせてそう語る少女に、青年は笑む。

 それは、彼にしては珍しい、優しげな微笑みだった。


「そうか。だったら、また見せてやるよ」


 そう言った青年に、少女はほんと!? とまた瞳を輝かす。

 それに、約束する、とうなずいた青年は、次いでどこか弛緩した雰囲気をまとい、ふっと笑って少女へ告げた。


「俺の名は、エインズ。――エインズ・A()L(エル)


 無言にて、お前は? とそう問う青年に対し、少女もまた、にこっと笑って告げた。


「あたしは神月。天宮(あまみや)神月」


 互いの笑みが、深まる。

 そっと差し出した手が、お互いの手をしっかりとにぎった。


「これからよろしくな、神月」

「こちらこそ、よろしくね、エインズ」




 二人は、過去を夢見る。


 一方は、遠き異世界の地で。

 一方は、すぐ近くにある家で。


 五年間の長きに渡り続いた奇跡が、いつの日か、もう一度始まる日が来ることを、信じて――。





 END

ご愛読、ありがとうございました!

これにて、現代ファンタジー『エインズワース』は正式に完結となります。

少しでも楽しんでいただけたのなら幸福です。

もう一度、ありがとうございました!

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