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2014年3月3日 生理学1

土日は素直に遊んでました。

では、おまたせしました。


※病理学ではなく、生理学でした。すみません!

 



「エインズー! いるー?」

 洋館に入るなり、神月(みつき)は声を張り上げる。

 休日をはさんだ月曜日。この日は、毎回彼女の黒い瞳が不安に揺れる。

 ――彼が、帰ってきていないかもしれない可能性を考えて。

 とはいえ、

「おー。普通にいるけど?」

 と、毎回返答は必ずある。そしてその途端、彼女の瞳もいつもの姿に戻るのだ。神月は言う。実に晴れ晴れとした笑顔で、

「今日は生理学だから、説明よろしく!!」

 と。


 今日の勉強会の始まりである。


「うお、マジか」

「マジです」

 げんなりしたエインズの表情と言葉もなんのその。早速ソファーに腰掛けた神月はと言えば、エインズが二の句を告ぐ前に彼の前にノートと教科書を差し出し、自身はすでに用意されたパソコンに向かい、キーボードをタイプする準備の完了に微笑んだ。

 無言でガックリと肩を落とした後、表情を引き締めたエインズが、教科書を片手に説明を開始した。

「全ての細胞は、生きている限り静止膜電位と呼ばれる細胞膜内外の電位差を持っている。で、これは通常細胞内の方が七十から八十mV(ミリボルト)ほど低いんだ」

 タイプ音と共に、神月がうんうん、とうなずく。それをちらりと青瞳で見やりつつ、エインズは先を続ける。

「これが出来る成因は、細胞膜の性質によるんだが……細胞膜には様々なイオンを通すチャネルがあるのは知ってるだろ? で、これらが開閉することで、イオンの流れを調節してんだよ。後、細胞膜は能動的にイオンを細胞の内外へ運ぶポンプってのを持ってる。他にも、細胞内外で水が出入りすることによって全体の濃度を等しくする浸透圧の働きや、電気的な性質も作用して、結局細胞外ではナトリウムイオンが多く、細胞内ではカリウムイオンが多くなるわけだな」

「あー……うん、やったやった。微妙に覚えてる!」

「って微妙かよ!」

 パソコンの前にて神妙にうなずきつつそううそぶく神月にツッコミ、半眼になりかけながらも先を進めるエインズ。今日は神月自身が解答を言わなくて良い分、ぱちぱちと言う音がやたらと部屋に響いた。

「あーっと。神経細胞――別名でニューロンっていうやつと、筋細胞は、静止膜電位に対し活動電位を起こすんだ。活動電位……の説明はめんどいからパスな。で、活動電位のこのパターンには、全か無かの法則が成り立つってのは覚えてるよな? お前法則の名前覚えるの得意だし。後、一旦活動電位がおきると、その後細胞は不応期になる。この不応期のうち、特にどんなに大きな刺激を加えてもまったく反応しない時期を、絶対不応期と呼ぶんだったな」

 不満と肯定と納得を時々口にしつつもキーボードを打つ手を止めない神月の今日のまとめは、実によくはかどっている。それに気付いているのかいないのか、エインズはこうして小休憩を挟みながら、尚も説明を続けていく。

「次行くぞー。――シナプスにおいて興奮が伝わることを、伝達と呼ぶってくらいは覚えてるな。んで、これには化学伝達物質が大きく関わってんだよ。これは、通常はシナプス前神経細胞でシナプス小胞っていう袋の中に入ってるもんなんだが、活動電位が起こるとこの袋はシナプス前膜と結合し、細胞外へ化学伝達物質を放出するんだ。するとこいつらは、シナプス後神経細胞である、受容体に結合するんですよっと」

「ほー! うん、やっぱり微妙には覚えてるわ!」

「ってだから前期あんだけ勉強しておいてどーして微妙なんだよお前は!?」

「や、だって半年前にやった小難しい内容なんて、普通覚えてるわけないわよ? あなたが記憶力良いのは知ってるけど、あたしはそうじゃないし」

「いやいや! お前だって結構記憶力はあるだろーが!」

「エインズは非凡レベルなの。でも、あたしはあくまで凡人レベルだからさ?」

 お前のどこが凡人なんだ……と、思わず頭を抱えつつ呟くエインズの言葉を綺麗に無視した神月は、ずいぶんはかどったまとめに、今日はもういいかと考える。達成感からか、ほとんど無意識で伸びをしつつ、ふと、体勢を元に戻したエインズと視線がかち合い、時間があるうちに聞いておこう、と言葉を紡いだ。

「ねぇ、エインズ。今回の休みの二日間も、戻ってたの? ――元の世界に」

 それは、正しく“異世界”を意味する言葉であった。

 エインズが、その澄んだ青い瞳を一瞬伏せる。開いた瞳は、特に先ほどと変わることなく、ただ真っ直ぐに神月へと向けられた。最も、次いでその端正な顔にうかんだ表情も、発せられた言葉も、いつもと変わりない彼のものであったが。

「まぁな。あいにくと、あっちにはお前よりうるさいのがいるからなぁ……」

 肩肘をテーブルにつき立て、その手にあごを乗せて語るその姿には、ややうんざりした雰囲気が見える。思わず、神月が苦笑するほどには、どこか様になっていた。

「いや、まずあなたの世界の女性とあたしを比べるのが間違いだと思うんだけど?」

「……その点は確かに若干否定しかねるが……」

 わずかな呆れが含まれた神月の言葉に、エインズが小さくうなる。


 ややしんみりとした雰囲気の中、かの世界についてのわずかな情報が、神月の記憶に刻まれた。


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