2014年2月25日 前期音響学1
「エインズー!!」
見た目どおりの重いトビラを開き、威勢の良い声が響いた。
今日も今日とてバックを手に、勉強をと神月がやってきたのだ。
「おー。今日は何をするんだー?」
対するエインズもまた、いつもどおり気だるげな様子でテーブル近くの階段から降りてきた。
「一応今日で補講が全部終わったから、今日からは復習をするのよ!」
小走りでそう言いながらテーブルへと急ぐ神月の表情は、どこか楽しげである。それを見たエインズもまた、ふっと笑むと、早々にソファーへと腰掛けて用意をする神月に向かって、軽く労いの言葉をかけた。
「へぇ? ま、お疲れさん」
「ふふ、ありがと」
それに嬉しそうに笑顔をうかべる神月は、さぁ、と意気込んで告げる。
「今日は前期の音響学をやるよ!」
本日の勉強会の始まりである。
構えたノートパソコンと、前期のときにすでにテスト対策としてまとめてあったプリントを見比べ、早速、と明るい声が続ける。
「『空気のわれを感じて、それを刺激として音をキャッチする器官』を何と言いますかー?」
対する良く通る声は、相変わらずの落ち着きっぷりで答えた。
「聴覚器官、だろ?」
「大正解! じゃあ、『耳、皮膚など刺激を受ける器官』は?」
「受容器」
「当たり! 『声帯、筋肉が運動する器官』は何て言う?」
「効果器?」
「そそ! 『神経内で起こる電流』は何でしょう?」
「それはインパルスだな」
「おぉー! じゃあじゃあ、『インパルスを最終的に感知するところ』はど~こだ!?」
「……大脳?」
「くっ! 正解!!」
「よっしゃ」
「『音とは何の振動』?」
「媒質。……物質、とも言いかえれるな。空気とか、いわゆる気体・液体・固体のように、音を伝えるものをさし、それらに圧力変化が生じた時、その圧力変化のことを振動――音波と呼ぶんだったか」
「さっすが! てかよく分かるわね」
「まぁな」
「うーん……。じゃあ、『物理学的な音波』と、『心理学的な音波』の違いを説明してー!」
「よしきた。物理学では、音波そのものを音と呼び、超音波や超低音波……超低周波音とも言うが、それらも含めるのに対して、心理学は聴覚的感覚を音と呼ぶから、可聴音のみをさすんだろ?」
「おー!! ちなみに『可聴音』って?」
「周波数がヒトの可聴粋にあるもの――ようするに人間の耳で聞こえる範囲の音のことだな」
「なるほど!」
一際高く、Enterキーを押す音が鳴る。
「いや、お前もコレ前期で勉強してるだろーが」
「それはそうなんだけどねー」
澄んだ青瞳を半眼にしてツッコミを入れるエインズに対し、神月は気にする風もない。
「まったく……世話のかかるお嬢さんだ」
「え、でもエインズは世話するの嫌いじゃないでしょ?」
「……」
やや長めの沈黙の後に吐かれたため息は、彼の心境を如実に物語っていた。
「お前なぁ、俺がめんどくさがりなの知っててそういうこと言ってんだろ?」
多分な呆れを含んだ青眼に、迷いのない黒眼が交わった。
「うん。でもめんどくさくても放り捨てないのがエインズの好いとこでしょ?」
にこり、とふいにうかんだ笑顔に、思わず瞠目したエインズは、わずかな苦笑と共にその問いに答えた。
「まぁな。――なんだかんだと、お前といるのは嫌いじゃねぇし?」
ニヤリ、とした笑みに、今度は神月が口元を引きつらせる。エインズの笑みが消えた後には、当然のごとく頬をふくらませる神月の図が出来上がった。
「そーいう言い方はずるいと思うなー!」
精一杯の不満顔に、ゆるりとソファーから立ち上がったエインズが不敵な笑みを消さずに言う。
「ハイハイ。良いから勉強続けてろ。飲み物入れてくる」
そう告げ近くの部屋へと入っていくエインズの後姿を若干恨めしげに見つめる神月は、その場でぐっと伸びをすると、案外すっきりとした顔で、声を張り上げた。
「やっぱ今日はやーめた!」
部屋の中からすっとんきょうな声が響くのは、当然の結果である。
この科目の勉強は後日にと相成った今日の勉強会は、普段以上に穏やかで賑やかなお茶会へと姿を変え、二人にしばしの癒しを与えたのだった。