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2014年2月24日 学習心理学

 


 少女の黒瞳にうつったのは、鮮やかな黄金色の髪の青年。髪と端正な顔に揃った澄んだ青瞳を見る限りは、典型的な外国人であるが、それは彼がまとう瞳と同色のローブによって、若干違和感を伴う。

 どこか呆れたようなその青年の表情に対し、少女はにこり、と笑って言い放った。

「お邪魔しまーす!」

 実に晴々と、わざとらしさ満点である。

 当然のごとく、青年の口からため息がこぼれる。しかし、そのやりとりはそれ以上なく、青年も少女もそろってすぐ側にあるテーブルの元へすたすたと歩いて行き、すでに用意されていた二人分のティーカップに合わせてソファーへ腰掛けた。

 一拍の間を置き、青年が本題を尋ねる。

「ったく。で? テスト明けの補講授業後のお勉強は何をするって?」

「学習心理学」

 間髪入れずに答えた少女は、手に持っていたバックからノートとパソコンを取り出し、素早くテーブルの上に用意した。


 本日の勉強会の始まりである。


「そりゃまた小難しそうなもんを……」

 思わず、といった風にげんなりした表情に呟いた青年の言葉に、少女が無表情で答える。

「否定は絶対にできないわ」

「……」

 しばしの苦々しい沈黙の後、再度青年が切り出した。

「……まぁ、とりあえず今日はどんなことをしたんだ?」

 その問いには、少女の顔が輝いた。

「赤ちゃん研究のビデオをみたの! なんでも、十から十五年前くらいに、世界中でいろんな分野の偉い人が赤ちゃんについて研究したんだって」

 そう、今日授業中に書いたノートを見ながら語る少女に、今度は青年が興味を示した。

「ほう? 研究ってのは、具体的にはどんなものをしたんだ?」

「んと、まず一つは超音波検査による、“赤ちゃんとお母さんの気持ちは胎内にいるときからつながりがある”ってことが分かったらしい研究」

 起動したパソコンのWordに自らが話すことをタイプしつつ、少女が答える。青年が静かに腕を組んだ。

「ふむ。他には?」

 それに、横目でノートを見ながら、答える少女。

「“赤ちゃんはいつごろから目が見えるようになるか”とか、それに関係する“赤ちゃんの視点の研究”、“赤ちゃんは記憶が出来ているか”、後は模倣の研究と、脳波を使った感情の研究、サーモグラフィーを用いた“十二ヶ月の赤ちゃんを対象に、皮膚の温度でお母さんとのつながりを調べる”実験、とかかなー」

「なるほど」

 ぱちぱち、とキーボードを打つ音が連鎖する中、青年は腕組みをしたまま言葉を紡いだ。

「赤ん坊の目が見えるようになるのは、生まれた直後から。アメリカのブラゼルトン博士が生後数時間の赤ん坊に赤いボールを見せて、赤ん坊がそれを目で追ったりするやつだろ?」

「大正解! さっすがエインズ」

 不敵に笑む青年――エインズに、少女がぐっと親指を立てる。それに軽くうなずいたエインズは、

「ついでに、玩具の音の方に振り向いたりもするんだろ? 学習心理学的には、それはすでに赤ん坊は学習する準備が出来ている、と捉えるんだったか?」

 とまたもや核心をつき、少女は力強くうなずいた。

「そうそう! で、じゃあ生まれたばかりの赤ちゃんもあたしたちと同じような見え方をするのかって言ったら、そうじゃないらしくて……」

 そう言葉を紡いだ少女はしかし、そこで言葉を止め、かわりとばかりにノートとエインズとを交互に見つめた。それに、ハイハイ、とばかりに苦笑したエインズは、彼女が言おうとした続きを語る。

「確か、生まれたばかりの時は白黒(モノクロ)でしか見えないんだったな。で、それを確認するために、赤ん坊が母親の顔の動きに注目しているのではないかと考えた……エジンバラ大学? だかが、実験を行ったんだろ? で、結果やっぱり生後間もない赤ん坊はコントラストの強い、前髪と額の境目辺りに最も注視をした。ちなみに、三ヶ月後には表情に強く関係する目や口元を見るようになっていたんだったな」

「うん! 完璧、まさに今日見たビデオそのままだわエインズ! ――ひょっとして魔法で覗き見した?」

 さらりと一度もつまることなく説明し終えたエインズに対し、少女が茶化すように言う。それに、

「アホか。んな暇があったら本読んでるっつの。てか神月(みつき)、一応コレお前が勉強すべき内容だぞ? つうか、授業でやったことのまんまなら俺がわざわざ説明する意味はないんじゃねぇの?」

 とお返しとばかりに返すエインズに、少女――神月は、ふふっと軽く笑ってかわしにかかった。

「だってエインズが説明してくれたほうが分かりやすいんだもの。それに、エインズが説明してくれたほうが、『まとめ』がはかどるじゃない?」

 パソコンに視線をやってのその言葉に、綺麗な青眼が半分になる。

「お前なぁ……まぁ、良いっちゃ良いんだが……。一応勉強とまとめをはかどらせるためにここに来てんだろうから」

 ソファーに背を持たれかけさせ、ひょいっと手に取ったカップの中身でのどを潤しつつ、エインズが結局は分かりきっている故に特に気にした風もなく言う。同様に神月も二度三度とうなずき、再びノートへと目をやった。

「赤ちゃんが記憶できるかってやつは、これもエジンバラ大学が三ヶ月の赤ちゃんに実験してるね」

「寝かした赤ん坊の目の前にいくつかのサイコロをぶら下げた玩具を吊り下げて、それをヒモで足に繋げて、足を動かすとサイコロが動いて楽しい動く玩具の完成――ってのをやって、数週間か幾日かたって、今度は足を動かしてもサイコロは動かないようにしたが、赤ん坊は一生懸命足を動かした。……つまり、前にそのサイコロが動いた、楽しい玩具だったってのをその赤ん坊は記憶してたってやつだよな」

「そうそう。後、京都教育大学? の野村先生って人がやった模倣の実験だね」

「生後数時間――二時間だったか? の赤ん坊に、母親が舌を出すマネをさせるんだろ? で、その赤ん坊は舌を出す動作をする回数が多くなった。後、じゃあ感情の伴った模倣は出来るのかってことで、生後三ヶ月の赤ん坊に母親の表情を見せてそれを真似させるってのもやったんだったな」

「そ。そして見事、三ヶ月の赤ちゃんはお母さんの表情を真似できたってわけよ! 後、脳波を使った赤ちゃんの感情の研究は、赤ちゃんが喜んでいるときには左の前の脳波が反応していて、赤ちゃんが悲しいときには右の前が反応してたことから、赤ちゃんでもちゃんと脳の中で感情の仕分けが出来てるってことが分かったのね」

「おー。なるほどな。で、あーっと、サーモグラフィー、だったか。その実験では、生まれて三日目の赤ん坊は母親が側からいなくなった時も戻ってきたときも、皮膚の温度は特に変わらなかったから、母親を認識していない……ってか母親の影響がなくて、二ヶ月になったら母親が側からいなくなると温度が下がり、母親が戻ってきた後はまた徐々に高くなったから、この頃には母親を認識し、母親との繋がりが出来てるってやつだな」

 一息。ほとんど同時に、二人がカップを持ち上げて中身を口に含んだ。

 ややあって、早々に終わりを告げた復習という名の勉強に、神月がしみじみと呟いた。

「うん、ほんと、流石だねエインズ君」

 対し、ふっと笑んだエインズも、実際に授業を受けていたわけではないにも関わらずの博識ぶりをひっこませ、神月の冗談にぽんっと乗っかる。

「どーも。神月先生のまとめ作業もはかどってるようで何よりだ」

 それに、小さな笑みをうかべながら、神月が答えた。

「おかげさまで」


 真剣で穏やかな勉強会は、今日はここまで。


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