1/9
Prologue
住宅街からは外れた、ぽつぽつと何件かの家があるだけの場所に、小さな洋館がある。
昔からある建物だが、いつ建てられたのか、誰が本来の持ち主であるのか、そういったことは、周辺に住む古い住人でも知らない。
ただ、今そこに誰かが住んでいることは、多くの人の知識として存在している。
理由はいたって単純だ。
その洋館に、毎日のように通う存在がいるから、である。
大分明るさを維持してきた寒空の下、長い黒髪を跳ねさせて走る少女が一人。
片手に下げたバックには、幾つかの教科書とノート、ファイル、それとノートパソコンが入っている。
そこそこな重量のある荷物を手に道を進む彼女の視線の先には、あの洋館があった。
「っと」
それほど時間をかけずにたどり着いた洋館を前に、少女はしばし呼吸をととのえ、次いで遠慮の欠片もなく、その扉を押し開けて中へと入り込んだ。
瞬間、良く通る男声が響く。
「ノックくらいしろ」