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白い孤独

作者: Psycho law

どこまでも広がっている平地は、雪が降り積もって白く、空は星一つない黒。ただ欠けた月だけが、白く世界を照らしていた。風もなく音もなく、変わることのない景色。白と黒の世界。


何の前触れもなく、気付けばそこに誰かがいた。雪のような、否、雪そのものの身体をもった1人の少女だ。大人になりかけの、女性と少女の中間。それを雪像にしたかのような姿。真っ白な彼女は、戸惑うように辺りを見回した。


ー此処はどこ?私は誰?


陳腐な、それこそ使い古された言葉が、手で触れられそうな焦燥感をもって響いた。


ーわからない。何もわからない。何か大切なものを持っていたはずなのに、想っていたはずなのに。何も思い出せない。


何処かへ行かなければならない気がする。だが、それが何処かはわからない。

何かを探さなければならない気がする。だが、それが何かはわからない。

欠けた記憶が満ちたなら、この気持ちは晴れるのだろうか。それはまだ、わからない。


何もない真っ白な雪原を、少女は歩き始めた。欠けてしまった想いを見つけるために。進んだ先に答えがあるような気がして。

雪の身体は寒さを感じることはない。それでも少女は震えていた。

欠けた月が彼女を見下ろしていた。



どれだけ歩いたのかもわからない。景色は相変わらずの白と黒。辺りに響くのは足音だけ。さくり、さくりと音を立てる。振り返ってみると、点々と、何処までも続く彼女の足跡。少女が歩いたことの証明。それがなければ、無為に過ぎていく時間に彼女の心は折られていただろう。膝を折り、倒れて、雪の下に沈み込んでいったかもしれない。


ー行かなくちゃ、行かなくちゃ。


ただひたすらに歩き続ける。何処へかは知らない。ただ前へ進む。足を止めてしまえば、またあの寒さがやってくるから。

だから、何処までも、何処までも、歩き続けなければならない。

雪原には、足音だけが響いている。



欠けた月に見下ろされて、雪の少女は震えていた。何処まで行っても、何処にも行けない。わからない。何もかもが。立ち竦む。

空は相変わらず黒いのに、雪が降ってきた。


ーもう諦めたら?歩いて、歩いて、疲れたでしょう。ゆっくり休んでかまわないよ。


視界が真っ白になり、何処からともなく誰かの声が聞こえてくる。それは、疲れ切って震える少女を慰めるようなものだった。


ーうん、もう疲れたよ。どうして、私は歩いていたのだろう?何もわからないはずなのに。


ーもういいよ。何も考えず、休めばいい。きっとそれが幸せなんだよ。


「しあわせ」。たった四文字の言葉がどうしても心に引っかかった。


ー…そう、かな?それで、本当に幸せになれるのかな?


ー眠ってしまえばいいよ。そうすれば、何も気にならなくなる。


声は、まるで少女を引き留めるかのように響く。


ー…幸せなんて、知らない。わからない。わからないはずなのに、知らないはずなのに、私はそれを欲しがっている。


だから進まなくてはならない。そう口にした少女に、雪のように冷たい言葉がかかる。


ー進んだ先が、幸せかどうかもわからないよ。


そんな事はわかっている。いや、わからない。何もわからないのだ。だったら、進むしかない。諦めるわけにはいかないのだ。なぜならそれは、何もわからない少女が最初に決めたことだから。心の内から自然に生まれた答えだったから。


だから、言う。


ーそれでも。此処では、きっと幸せにはなれないよ。だから、行きます。


いつの間にか雪原に倒れていた少女は、半ば雪に埋もれていた。

少女の側にはまるで誰かが居たかのように、そして崩れてしまったかのように、小さな雪の山があった。

立ち上がった少女はそれを見て、小さく笑って呟いた。


ー行ってきます。


ー行ってらっしゃい。


再び歩き出した少女の後ろで、雪の山はさらさらと消えてしまった。


震えは、もう止まっていた。



月は既に沈んでいた。白む空に最後に見えた月が彼女には満月に見えたような気がした。

上も下も白くなって、やがて太陽が静かに昇り始める。

初めて感じる日差しは暖かくて、涙がこぼれるようだった。


欠けた想いは取り戻していた。“行ってきます。“と誰かに伝えることができたのだから。彼女が求めた暖かさを手に入れていたのだから。

空に手を伸ばす。太陽の光が眩しかった。


ー世界は、こんなにも美しかったんだ。


周りを、世界を見回せば、光が雪に反射して、どこもかしこも輝いて見えた。


にこりと笑った少女の身体は溶けて崩れ落ちていく。


ーさよなら。


ひらりと誰かに手を振って、少女は世界から消えた。


ーええ、さよならね。


欠けた月は、もう何処にもなかった。




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