己の力
春花の目には、今にも沈もうとしている夕日が見えた。
つまり、ここからわかることは、
「…………もうすぐ夜かぁ」
そう、夜の到来。
夜になれば、月と星の明かりしかないここら一体はもちろん、周囲は闇に覆われ、危険な静寂が訪れる。
そして、春花自身の存在によって証明された、妖怪という未知の存在。
つまり、
「…………このままじゃ、死んじゃうよね…」
そんな事態からだけは逃げなくてはならない。
今までの記憶はなかったが、生存本能はあるようで、生き残るために何をするべきかを全力で考える。
「……あっ!もしかしたら、能力でどうにかなるかも」
そう思い立った春花は、自身の能力について検討する。
「たしか……あらゆるものから逃げる程度の能力、だったよね」
思い立ったが吉日、と言わんばかりに、行動を開始しようとした。
「………そう言えば、ほかには何かないのかな………」
自身の知識にある、『漫画』というものには、こういうところにいる人物には何かしらの特別なエネルギーがあるらしい。
その理が当てはまるかはわからないが、試すだけは問題ないだろうと、自分の中に力があると仮定して、想像を開始する。
そうすると、自分の体の心臓に近い位置に、何か冷たさというか、鋭さを感じる力があった。
ここで初めて春花は能力を行使する。
記憶の中に使い方は残っていなかったが、それでも意識することなく、まるで呼吸をするかのごとく能力が発動した。
「(まずは自分のこの力の限界から、「逃げる」!)」
そうすると、さっきまで欠片ほどしかなかった力(後に春花はこれを妖怪の力、妖力と命名した)が、鋭い激痛と共に莫大な量に変わる。
「(がっ!)」
まるで、体の内側のすべてが外側へと出ようとしているかのような痛みが全身を襲う。
「ぐっ………がぁっ!!」
全身を襲う痛みに悶え苦しむこと十数分、ようやく痛みから開放された春花が周りを見渡すと、すでに東から太陽がうっすらと昇ろうとしているのが確認できた。
どうやら、考え事をしたり痛みに苦しんでいる間に夜が明けたらしい。
「……あー、もうそんな時間なんだ…」
苦しむ間に何事もなかった幸運を噛み締めながら、春花はさきほど増やした妖力について考えた。
自分にできるレベルの身を守れる方法とは何か?
物理的に殴る?それなら妖力を増やした意味が無いし、そもそもこの少女の体では大した力は出なさそうだ。
なら、妖力を使って何かをする?それを今考えている。
「うーーん……」
延々とループする思考をまとめきれなくなった春花は、とりあえず使ってみよう、と思い立つ。
「とりあえず、エネルギーなんだからぶつけたら何かおきるかな?」
幸いにも、ここら一帯には無数の樹木が生えており、実験体には事欠かない。
「じゃあ、まずは……」
膨大な量となった妖力を、投げやすいように丸い玉のような形に成型しようとするが、うまくまとまらなかった。
「むぅ…………」
しょうがないので、一部をちぎるように取り除くことで手のひらで握れるほどの妖力の玉を生成することに成功する。
「それじゃ、…………ほい!」
そんな軽い声と共に近くの木に投げつけてみると、妖力玉は狙い違えず木に一直線………とはいかず、その横にある岩壁に着弾、爆発。
激しい轟音と共に、辺り一面を砂煙が覆った。
「………けほっ……こほっ……」
自身が(結果的に)生み出したはずの砂煙にむせながらも煙が晴れるのを待ち、着弾点を確認する。
すると………
「………え?」
そこには、奥まで続く洞穴がひとつ完成していた。