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第五話

 帰ると言ったルーチェレンが向かったのは、ドレスに着替えた部屋だった。

 さっきは走ってきたそこを、今度はゆっくりと歩いて進んだ。

 あそこに着てきた洋服が置いてある。

 着替えなければ、森にある家には帰れない。

 着替えたら、帰るのだ。

 魔女の森にある家に、一人で。


「…………」


 なぜ、ゆっくりと歩いてしまうのか。

 心のどこかで期待してる自分の頬を、右手で摘んでぐいっとねじった。


 ――追って来てくれるかもなんて考えるなんて……目を覚ましなさい、私! 


「……フェンフェンは、捨てられた蝙蝠じゃなかったんだから……あの子があの城主様? ふふっ、見た目は違っても、フェンフェンはやっぱりフェンフェンだったよね……」


 一緒に帰ると言い、手を差し出してきた。

 その手には、長い指。

 ルーチェより白い肌の、大きな手だった。


 舞踏会の会場にあったのは、ガラスの靴ではなくルーチェレンの園芸用長靴だった。

 しかも吸血鬼の城主様は“るーちぇ”と言ったので、フェンフェンだとすぐ分かった。

 まあ、ここまであからさまなら、普通の人なら誰だって分かるだろう。


「……一緒に帰る? なんで? なんでよ!?」


 ひきこもりな城主様がお嫁さんを探すため、この舞踏会を開いたのだとサンドラは言っていた。

 ルーチェレンは、魔女のルーチェレンだって普通の女の子だ。

 城主様のお嫁さんを探す舞踏会で自分の長靴が使われて、その城主様がフェンフェン……そのことが脳内で、ある結論へと辿り着く。


 ――これって……城主様なフェンフェンは、私のことお嫁さんにしたいってこと!?


 フェンフェンだと言われてあせり、豚っぱながどうのと叫んで秀麗な顔を腕で隠す城主様を見ながら、そう考えていたルーチェレンの心臓は破裂しそうだった。

 だが、すぐに気が付いてしまった。

 希少種で絶滅危惧種な天然記念物的吸血鬼の城主様と、箒にも乗れない下級魔女の自分。

 そして、心が急激に冷たくなった。

 そんなルーチェレンに、まるで物語の王子様のようにフェンフェンが手を差し出してきた時。


 ――下級魔女な私でもいいんだって……“るーちぇ”が好きだって言ってくれるの!?


 期待してしまった。

 物語のような都合の良い展開を期待し、望んだ。

 でも、フェンフェンな城主様は。


「……言ってくれなかったもの」


 お城に帰ろうと思えば帰れたはずなのに、蝙蝠の姿で3ヶ月も共に暮らした理由も。

 ルーチェレンの長靴をわざわざ盗んできて、舞踏会を開いた目的も。

 フェンフェンな城主様からはルーチェリンの期待していた言葉は、無かった。

 何一つ、無かった。

 だから、泣いてしまった。

 ルーチェレンは魔女だけれど普通の女の子でもあるので、期待してしまった。

 シンデレラのような、夢物語を……。



「行かないでくださいっ!」

「!?」



 後ろから声をかけられ、ルーチェレンは振り向いた。

 追われるのを、呼び止められるのを期待していたけれど。


「……なんですか? ファンガデン様」


 相手が違った。

 正直がっかりを通り越して、むっとしてしまう。

 

「城主様の所に戻ってください!」

「私、帰り……きゃっ!?」


 ファンガデンはぱくっとルーチェレンをくわえて、自分の背にぽんっと乗せた。


「駄目です! 駄目駄目駄目ですぅううう~!! とにかく、私と大広間に来て下さい!」


 激ラブな城主様の髪と同じ灰色にカラーリングした大きな狼は、ルーチェリンなど“丸呑みドンとこい!”な口から唾を吐く勢いでしゃべった。

 受付係りだったファンガデンは、ルーチェレンに親切だった。

 そんな彼に乞われたら、断れない。


「ううっ……は、はい」


 ルーチェレンの家には、悪質訪問販売で買ってしまった<金がなるかもしれない木>や<幸せになれるかもしれないオレンジ色のハンカチ>等が玄関に飾ってあったりする。

 そんな押しに弱いルーチェレンだからこそ、常に強気なサンドラにちょこっと憧れてしまうのだ。


 




 大広間の入り口では、ワンコルがルーチェレンを待っていた。

 ルーチェレンを背に乗せたファンガデンが到着すると、その背からワンコルがルーチェレンをそっと降ろした。

 口ではなくぷにゅんとしつつもしっかりとした弾力のある肉球を持つ前足2本で、爪が当たらぬように注意しながら降ろして言った。


「城主様を、あの方を助けてあげてください」

「助け……? フェンフェッ……じゃなくて、城主様になにかっ!?」


 ルーチェレンは急いで大広間へと駆け込んだ。

 そして、見た。

 シャンデリアの輝く大広間で。

 その床で。


「……フェンフェン? フェンフェン、どうしたの!?」


 城主リーギュスフェンは転がっていた。

 正しくは、横たわり右に左に激しく転げ回っていた。

 舞踏会会場となっていた広大な床を高速でごろごろ転がる彼の後を、べーエルテンが二本足で必死に追いかけていた。

 変だった。

 変な光景だった。


「………ぶっ!?」


 ――笑ったら、さすがに怒られるよね?

 

 両手で噴出しそうな口を押さえたルーチェレンとは対照的に、悲壮感さえ漂わせてワンコルは言った。


「城主様は普段は棺で寝ていらっしゃるので、あのように少々寝相が悪くても問題無いのですが……あぁっ!? また壁に激突してしまわれた! なんと御労しい、城主様ぁあああ!」

「え? 寝相……あれで少々!?」


 ――うわっ、なんでこんな時に寝れるのよ!? これって、かなり悲しいよ……。 


 寝相が悪いことよりそっちのほうが大問題だと思ったのは、当たり前であり当然。

 だが、城主様命な彼等はそんな乙女心を察してはくれなかった。


「城主様のお顔に傷がぁあああ!? べーエルテン! 城主様が壁にぶつからぬよう、お前が間に入らんかっ!」

「早すぎて無理だ! ああっ!? お待ちください城主様ぁあああ~!! どうしましょう、ワンコル翁!」

「まずはその二速歩行をやめんか! 尾も使え! 気合だ気合!」


 大真面目な上に半泣きで叫ぶ三狼の姿に、ルーチェレンはなんだかとっても気の毒になってしまった。

 見た目はともかく中身があれ(・・)な城主様に仕えているこの人達は、どれだけの苦労を強いられてきたのだろかと……。


「「「ルーチェレン様、城主様を助けてくださいっ!」」」

「はい。私に出来ることがあるのなら」


 三狼の言葉に、ルーチェレンは頷いた。

 失礼かもしれないが、同情という感情を抱いてしまったからだ。

 助けてあげたいのは床を高速回転で転がる寝相の悪い城主ではなく、こんな主に仕えるこの三狼を助けてあげたいと思ってしまった。


「助けるって、どうやって……」

「「「城主様を起こして下さい!」」」

「え? 追っかけてるべーエルテン様が、あの大きな足で軽く踏めば起きると思いますよ?」


 そう言ったルーチェレンに、ファンガデンは首をぶんぶんと振って答えた。


「城主様は“起こしてはいけない”のです! ルーチェレン様も城主様が短い時間ですが【私】になったのには、お気づきでしょう!? 睡眠中の城主様を起こすと【私】な城主様が前面に出やすく、危険なのです!」


 確かに【私】と言っていた。

 口調も変わっていた。

 けれど、ルーチェレンは中身は同じと感じたのだ。

 なぜなら、名探偵がどうのとお馬鹿なことを口走っていたからだった。


「危険って……それじゃ、私だって危険なんじゃないんですか?」


 あのお馬鹿さんが【儂】だろうと【私】だろうと自分に危害を加えるとは思えなかったが、一応言ってみた。

 

「大丈夫、大丈夫です!」


 ワンコルの言葉に、ファンガデンもベーエルテンも頷く。


「乙女な貴女なら、最高最強の目覚めの魔法が使えます」

「え?」


 目を細めて言うワンコルに、ルーチェレンが聞き返そうとした時。

 床を転がる城主を追っていたベーエルテンが叫んだ。


「ファンガデン! 城主様を確保した! 今だ!!」

「おう! べーエルテン、そのまま押さえてるんだぞ! さぁ、ルーチェレン様! お急ぎくださいっ」

 

 ファンガデンに鼻先で背を押され、ルーチェレンはベーエルテンの右前足で床に固定されているかなりみっともない状態の城主リーギュスフェンへと近づいた。


「あの、私は下級魔女なんで魔法とか使えなんですがっ!?」


 魔法なんて言われて焦るルーチェレンに、三狼が言った。


「「「さぁ! レッツ、目覚めのキッ~~スです!」」」


 毎度の事ながら、それは見事にハモっていた。


「はい?」


 




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