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第三話

 今夜は満月だった。

 街の中心に位置する吸血鬼が住まう城を、月明かりが照らしていた。

 神のいる天へと剣を向けるかのように細く鋭い三つ尖塔を持つその城で、今宵舞踏会が開かれる……。

 

「遅かったわね、ルーチェレン」

「はぁ~、間に合ってよかった! 待たせちゃった? ごめんなさい、サンドラ……あれ?」

「やだっ、なにその格好! いつものワンピじゃないの! ルーチェレンったらなんでドレスじゃないの!? 」


 お城の門の前で待ち合わせしていたサンドラは、集合時間ギリギリに到着したルーチェレンを上から下までじ~っと観察し、言った。

 金髪を結い上げて花で飾り、胸元のぐっと開いた濃紺のドレスをサンドラは着ていた。

 胸は普段の倍以上のボリュームで……まぁ、今はいろいろ便利なグッズがあるのだ。

 ルーチェレンは気づかないふりをして、会話を続けた。

 

「え? 招待状と一緒に、このドレス引換券が入ってたから。お城で係りの人に渡せば、無料レンタルなんだって書いて……サンドラはそれ、自前なの? すごいね! あ、ドレスのことだよ!? 胸のことじゃなくって! 痛いっ、ごめんなさいサンドラ!」

「…………」

 

 無言でルーチェレンの頬を抓ってから、サンドラは首をかしげた。


「そんな引換券、私には同封されてなかったわ。担当の人のミスかしら?」

「そうかもね。あ! あそこの受付でクレームしとく? お詫びの粗品とかもらえるかも……あ、現金だと嬉しいね~……ん? どうしたの?」

「ルーチェレン……」

 

 ルーチェレンのおばちゃん発言に、2歳年上のサンドラは額をおさえた。

 なんかこう、可愛そうになったというか……切ないというべきか。


「私、先に会場に行ってるから。あんたは受付に行って、ドレス借りて着替えなさい」

「え? あ、うん。……サンドラって、クレーム言い難いタイプ? 代わりに言ってきてあげようか?」

「……私、あんたが好きよルーチェレン」

「? ありがとう、サンドラ」


 すみれ色の瞳でにっこり笑うルーチェレンの黒髪を、サンドラは思わず撫でてしまった。

 




 そこでサンドラと別れたルーチェレンは門の脇に設置された受付に行き、引換券を差し出した。

 開場時間が迫っているせいか、これから着替える遅刻決定のルーチェレンしかそこに足を向ける者はいなかった。

 着飾った娘達は皆、お城の中へと早足で入っていった。


「すみません、レンタルお願いしたいのですが……」

「っ!? お、お待ちしておりましたよ、ルーチェレン様! さぁ、さあ! こちらへどうぞっ!」


 ルーチェレンの引換券をぱくっと口で受けとったのは、狼だった。

 とても大きく立派な狼だった。

 牧場で見た乳牛より、ずっと大きかった。

 

「人狼族の方ですよね?」


 昨日サンドラに言われた事が、脳裏に浮かんだ。

 人狼は完全な肉食系……こんなに大きな口では、ルーチェレンなんて一口だろう。


「ええ、そうです。満月なので、人の姿になれないのです……恐ろしいですか? 怖がらせてしまい、申し訳ありません」


 狼は灰色の毛に包まれた尾を丸め、耳をぺたんとふせて言った。

 しょんぼりしたその姿に、ルーチェレンは慌てた。


「いえ、私こそごめんなさい。えっと、素敵な毛色ですね! あなたの毛は綺麗な灰色で……その色、私の大好きな色なんです」

「実は私も灰色が大好きなので、思い切って先月に全毛カラーリングしてみたのです! 身も心も染まってみたいというか……」


 狼はそう言って、嬉しそうに尾を左右にぶんぶんとふった。


「あ、誤解なさらないで下さい! 私はあの御方とは主従関係でありましてっ……あ、着きましたよ! ここです、ここ」


 あなたと誰のどこらへんをどう誤解しろと……全く分からなかったので、ルーチェレンはその部分はすぱっと流した。

 重要なのは目的地に到着しとらしいということ。

 狼はお城の中にあるレンタルドレス陳列コーナーに、ルーチェレンを案内してくれているのだ。

 見かけは怖いが親切な狼さんだと、ルーチェレンには好印象だった。

 四本の足で歩いていた狼は突然すくっと立ち、二足歩行で見事な彫刻の彫られた扉を前足で勢いよく押し開けて中に向かって大声で言った。


「おい、! あとは任せたぞっ、死にたくなければ3分で済ませろぉおおお!!」

「は……はいっ、ファンガデン様!」


 部屋から女官軍団が現れて、ルーチェレンの両腕をがっちりとって室内へと引きずり込む。


「ファンガ……え? え? ええええ~!?」


 人狼族のファンガデン。

 名前だけならルーチェレンだって知っている。

 城主様に仕えている三狼の一人だ。

 そんなお偉いさんが受付を担当してるなんて……。


「お城って、そんなに人手不足なんですか!?」

 

 女官に腕を掴まれながらも、気合で顔だけファンガデンに向けてルーチェレンは訊いた。


「違いますよ、足りてないのは愛なんです」

「は?」

「愛ですよ、愛!」


 灰色カラーリング狼ファンガデンは、目が点になったルーチェレンに尻尾をぶんぶんと振って答え、扉を閉めた。


 



 2分53秒でルーチェレンはドレスを着せられ、髪を結われた。

 レースがふんだんに使われた柔らかなクリーム色のドレスには月光石が散りばめられ、黒髪には真っ白な薔薇がいくつも飾られていた。


「あ、ありがとうございました」


 力尽き床に座り込んでしまった女官達に深々と頭を下げ、ルーチェレンは礼を言った。

 もっとお礼を言いたいところだが、時間が無かった。


「間に合ったようだな。よし、お前等全員食わずにおいてやる」


 3分ちょうどに扉が開き、そう言いながらファンガデンが二足歩行で入ってきたからだ。


「ルーチェレン様。舞踏会の開場へはこの廊下を突き当りまでいって、右に進んでください。さぁ、急いで急いで!」

「は、はい!」


 様をつけて自分を呼ぶファンガデンを疑問に思いつつ、ルーチェレンは走った。

 神業としかいいようのない技で自分を着飾らせてくれた女官の皆様のためにも、ルーチェレンは急いだ。

 

「舞踏会、もう始まって……あれ? 誰も踊ってない?」


 初めて着たドレスの裾に苦戦しつつも転ばずに目的地に無事到着したものの、音楽どころか人の声すら無い広間に足を踏み入れるのを躊躇っていると。


「あ! ルーチェレン、大変なことになちゃったのよ」


 ルーチェレンに気づいたサンドラが小走りで駆け寄り、限界までおとした声で現状を教えてくれた。


「あれが履けた女の子を城主様の花嫁にするって、発表があったんだけど……」

「なにそれ? シンデレラのまね?」

「ガラスの靴じゃなくて、あれなのよ。あれ!」


 丁寧なネイルアートが施されたサンドラの指先が、広間の中央を指した。

 そこにはファンガデンとは違う大きな狼が金の房のついた緋色のクッションを持って、二本の足で立っていた。

 クッションの上には、靴らしきものが片方だけ置かれていた。


「……あれはっ……うそ、もしかして!?」


 物体に見覚えのあったルーチェレンは、叫び出しそうになる口を両手で押さえた。

 今、若い魔女の間で人気の通販で売っているMサイズの園芸用長靴、特価で780円のやつだ。

 安くて丈夫、小花模様ですごく可愛い。

 もちろんルーチェレンも持っている。


「そうなの、だからここにいるほとんどの子が履けちゃって……城主様はどんどん機嫌が悪くなっちゃうし、靴を持つ係りになってるべーエルテン様も尻尾を巻いちゃうほど困ってしまって……城主様、全員お嫁さんにもらってくれるのかしら? あ、もちろん私も履けたわよ。あんただって履けるわよね?」

「そうだよね……うん、履ける」


 ルーチェレンはうなずいた。

 うなずきながらも、目は緋色のクッションに乗せられたそれから離れない……離せなかった。

 長靴のつま先にある傷が、気になったからだ。


「…………なぜ……じゃ」


 気まずい空気が充満している大広間に、冷気をまとった低い声が這うように響く。

 大広間の最奥……緩やかな13段の階段の上に置かれた玉座から、それはゆらりと立ち上がる。

 いまどき珍しいオールパックに整えられた灰色の髪を両手でかき乱しながら、その人物は叫んだ。




「なぜ皆、この靴をすぽすぽ履いてしまうのじゃぁああああ~!?」




 城主リーギュスフェンは吸血鬼の証である鋭い牙を剥き出しにして、叫んだ。


「この愚民共めがっ! これはるーちぇの靴なのじゃから、お前等が履けてはいかんのじゃぁあああ~!! すぽすぽすぽすぽ履きおって……こうなったら全員殺して、やり直しなのじゃぁあああああっ!!」


 愚民?

 愚かしいのは貴様じゃ、このお馬鹿めが!

 てか、るーちぇの靴ってなに?


 そう突っ込んでいい場面である。

 だが、誰一人突っ込めなかった。


「……そうじゃ、殺して……やり直しすればよいのじゃ」


 城主様の花嫁になることを夢見て集った娘達を段上から見下ろすその瞳が、血の色に変化していた。


「【儂】の頭は、文字と名はちっとばかり忘れてしまったのじゃが……くくくっ」


 紅いそれは、支配の色。

 永遠の死へと誘う、道標。


「安心するがいい、愚民共。殺し方は、【私】のこの身体が覚えている」


 吸血鬼リーギュスフェン。

 昔々。

 まだ月が星と恋仲だった頃。

 堕天使ルシフェルと戦ったという伝説の吸血鬼王は、今では古城の奥の奥にある棺で寝てばかりの城主様。

 そんな彼の棺を叩き、起こす者はいないかった。


「さぁ、()の舞踏会を始めようではないか」


 なぜなら。

 <彼>を、<彼>は。

 目覚めさせては、いけないのだから。

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