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第二話

 ルーチェレンは徒歩でお城に向かった。

 招待状には馬車召喚チケットが同封されていたが、使わなかった。

 お城までの道中、蝙蝠のフェンフェンを探しながら歩きたかったからだ。


「フェンフェン……こんなことになるなら、迷子札付きの首輪を買ってあげればよかった」


 森に自生する薬草で薬を作り、それを売って金銭を得ている下級魔女のルーチェレンは豊かとは言い難い……はっきり言うと、貧しかった。

 もともと高額であるペット達、それゆえペット用首輪や衣類を購入するのはある程度の金持ちであるため、商品も定価が高く設定されている。

 蝙蝠用の首輪一つ買う金で、倹約家のルーチェレンならは4ヶ月は生活できる。


「ごめん、フェンフェン……こんな私が飼い主で、ごめんねフェンフェン」


 力尽きたフェンフェンが地面に落ちているかもと、ルーチェレンは下を見ながら歩いた。

 草むらがあれば拾った枝でつつき、フェンフェンがいないか確認した。

 そのため、森を抜けるまで四時間もかかってしまった。


「箒に乗れるような優秀な魔女なら、フェンフェンもぱぱっと見つけてあげられるのにな……」


ルーチェレンがフェンフェンを“フェンフェン”と呼ぶのは、フェンフェンが自分の名を一部しか覚えてなかったからだ。

 森に落ちていたフェンフェンを拾った時、ルーチェレンは一応名前を尋ねた。

 誰かのペットで、迷子届けが出ているかもしれないからだ。

 名前を訊いたルーチェレンにフェンフェンはこう答えた。


 ――儂の名? なんだったかの~……レーとかフェーとかついたような……はて?


 この返事から、この灰色蝙蝠はちょっとお脳が足りない子なのだとルーチェレンは思った。

 レーとかフェーと言っていたのでフェンフェンにしようとルーチェレンが提案し、それに決まった。

 

「迷子になって、きっとどこかで泣いてる……フェンフェン……」


 愛玩用蝙蝠として商品価値ゼロになってしまう灰色で、はっきり言うとお馬鹿さんな蝙蝠フェンフェン。

 でも、フェンフェンとの暮らしはとても楽しかった。

 一人暮らしの時とは、全く違った。

 おしゃべりしたり、笑ったり……魔女は月の無い夜に、霊力のある木のまたから生まれるので母親も父親もいない。

 親も兄弟も姉妹も、『家族』がいない。

 だから、初めてだった。

 誰かと暮らすのは、ルーチェレンにとって初めてのことだったのだ。


「ううっ……フェンフェン」


 迷子になったのはフェンフェンのはずなのに、ルーチェレンは自分の方が迷子になってしまったような気分になった。

 それを自覚したとたん、すみれ色の瞳からは次々と涙がこぼれた。

 




 その頃。

 フェンフェンは笑っていた。

 蝙蝠用の首輪を店ごと買ってもおつりのくるほど高価で豪華な衣装を着て、笑っていた。


「ふっ……はーっははははは!」


 金糸で細やかな刺繍が施されたシルバーのロングコートに、レースの胸ひだ飾りつきのブラックシャツ。 

 長い足を組んで玉座に座り、これ以上はないほど磨かれた靴の先を機嫌良さ気に上下に動かし……笑っていた。


「くくっ……わははははっ!」 


 艶やかな灰色の髪は前髪を後ろへと流して整えられ、形の良い額があらわになっていた。

 細められた瞳は昂ぶる感情そのままに、色を紅く変えて燃えている。

 人目をはばかることなく高笑いする口には、真っ白な犬歯。

 ここに居るのは灰色のお馬鹿蝙蝠のフェンフェンではなく、城主であり吸血鬼のリーギュスフェンだった。

 リーギュスフェン。

 ルーチェレンに言ったリーとフェーは合っていた……ぎりぎり感はあるが。

 彼自身、自分の名前を口にする必要が特に無く。

 名前を名乗ったりする機会も出会い無いまま幾世紀が過ぎ、記憶があやふやになってしまっていた。

 さすがにこれではまずいだろうと長年愛用しているベッドに彫られた文字を確認し、自分の名前<リーギュスフェン>を記憶しなおしたのは、2日前。

 極度のものぐさで、棺の中に引きこもって寝てばかりの生活をしてきたせいか、部下達から見てもリーギュスフェンの頭のネジは少々緩かった。

 だが、そんなことは問題ではない。

 ノープロブレムなのだ。

 リーギュスフェンは不老不死の吸血鬼であり、モンスター達の中で最高最強の存在なのだから。


「「「あぁ、我等の城主様……」」」


 爵位を持つほど強い魔物である側近三人が床に伏せ、恍惚の表情で見上げる。

 強さだけではなく、天使すら堕としたとされるその美貌。

 その顔は女性と見まごうような柔らかな美ではなく……神ではなく悪魔が作り出したとしか思えない、妖しいほど美しい男。

 女だけでなく屈強な男達までもが「足蹴にしてください!」と内心ドキドキしちゃうほど、サディスティックかつ切れ味の良い刃物のような眼差し……。

 Sっけ皆無な少々お馬鹿系な中身だとは、その見た目からはとても想像できない。


「ふっ……灰被り姫(シンデレラ)か。あれは良い参考書であった」


 その男が、嬉しそうに微笑む。

 禍々しくも美しいその笑みは見る者の心を捕らえ、魂を掴み上げ……激痛すら快感に変え、地べたに這わせる。


「儂の計画は、完璧なのじゃぁああ! 舞踏会なのじゃ! 浪漫ちぃ~っくな舞踏会なのじゃぁあああ!」

「「「さすが城主様!」」」


 側近三人の声が、見事に重なる。

 蝙蝠のフェンフェンは、ここでは城主様と呼ばれていた。

 人狼族の側近達は皆、口々にフェンフェン……自分の名すらを忘れていた城主リーギュスフェンを褒め称えた。


「ブラボー! 城主様!」

「ハラショー! 城主様!」

「グレートです! 城主様!」


 天才的とさえ言って良いほどの方向音痴さで、なんと三ヶ月も行方不明になっていた城主様が自力で城に帰って来たあの瞬間、彼等は神に感謝した。

 信仰心なんてものどころか、神と敵対しているようなポジションをキープしてきた彼等だが、思わず感謝してしまった。

 ありがとう、神様!

 奇跡をサンキュー!!

 

「「「城主様、万歳!」」」


 彼の名を、<リーギュスフェン>を口にするものはいなかった。

 あまりに長生きをし過ぎて、彼の名を知っているものは皆……闇に還ってしまったから。

 もっとも、もし彼の名を知っている者がいたとしても。

 恐ろしくて、とても口には出来ないだろう。


 とてもとても長い間、敬う以上に怖がられた結果。

 彼は<城主様>が名前のようになってしまった。

 彼はそれについて全く気にしにしていないというか、自分の名が忘れられていることに気がついていなかった。

 城主様と呼ばれることに彼は不満は無く、また彼を城主様と呼ぶほうにも不便はないのだから。 

 ちなみに側近というか親衛隊のようなこの三人の名も、リーギュスフェンは覚えていない。

 見た目から全員男だとは知っているが、種族も名前も把握していない。

 だからいつだって「お主等」だった。

 これまた、今のところどちらにも不便は無い。

 不便が無いってことが問題なんじゃないのかと彼等に正しく指摘できる者は、残念ながらこの国には存在しなかった。


「るーちぇ、早く儂を迎えにきておくれ」


 狭い棺の中でのんびり過ごす生活を送っていた結果、ひどい方向音痴になってしまったリーギュスフェンは自力ではルーチェレンの家に戻れないかった。

 住所は知っているが、それを他の者に教えて連れてってもらうのは嫌だった。


 ――――それはさすがに、少しばかり格好悪い気がするんじゃ。


 迎えに来てもらおうとする思考回路自体がひじょ~うに格好悪いことが、リーギュスフェンには分かっていなかった。

 何よりこの三ヶ月間、格好悪い面ばかりをルーチェレンに晒してきたことに、リーギュスフェンは全く気が付いていなかった。

 

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