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第一話

「るーちぇ、るーちぇ!」

「なあに? フェンフェン」


 ルーチェレンは魔女だった。

 フェンフェンはルーチェレンのペットで、蝙蝠だ。

 魔女に特に人気のあるペットは黒猫と蝙蝠で、血統証付きのものとなると目玉がびょ~んと出た上に、内臓吐いちゃうくらい高価なのだが、ルーチェレンのフェンフェンは拾ったので無料(ただ)だった。


わしな、儂はこの本がお気に入りなのじゃ! 読めんが、絵が好きなのじゃ」


 フェンフェンは手のひらサイズの蝙蝠で、身体全体が灰色をしていた。

 目も灰色だった。

 黒系カラーがスタンダードとされるペット用小型蝙蝠としては、この色では売り物にはならない。

 だから繁殖業者(ブリーダー)に捨てられてしまったのだろうと、ルーチェレンは考えている。


「あのな、あのな! 儂、好きなモノがまだあるのじゃ! るーちぇの黒い髪も、紫の目玉も好きなのじゃ!」


 しかもフェンフェンは、ちょっとばかり頭が弱いようだった。

 知能の高さがペットとしての人気の理由の一つである蝙蝠なのに、子供用に簡易な文字のみで書かれた絵本すらフェンフェンは読めなかった。

 フェンフェンは文字を知らないのではなく、忘れてしまったのだと主張したが、文字を忘れてしまうこと自体がお馬鹿さんの証明なのだとは思っていないようで……そう言って無邪気に笑う姿にルーチェレンは内心気の毒で涙した。


「寝室の本棚から持ってきたの? あ、それはシンデレラね。読んであげるね」


 シンデレラ。

 又の名を灰被り姫。


「おお、よろしく頼むのじゃ!」


 灰色の蝙蝠はよろよろしながら自分の身体より大きな絵本を持って飛び、ソファーに座るルーチェレンの膝に着地した。

 そして、真ん丸な灰色の目でルーチェレンを見上げて言った。


「儂、るーちぇが大好きなのじゃ! るーちぇは? 今日のるーちぇは、今日のるーちぇも儂が好きかのう?」


 毎日、毎日。

 何度も、何度も。

 フェンフェンはそう訊いてくる。

 だから、ルーチェレンは今日も答える。


「うん、私もフェンフェンが大好きよ」


 この少々お馬鹿な蝙蝠フェンフェンが、ルーチェレンは大好きだった。






 この森の中には、数軒の家が建っている。

 それらはどれも小さく、質素な家だった。

 そして、どの家にも魔女が住んでいた。


「ええええっ~! 今回のお城の舞踏会って、魔女全員強制参加なの!?」

「あんた、招待状をちゃんと読んだ?」

「……まだ、封を切ってない」

「そんなことだろうと思った。のん気に月見のお茶しようなんて連絡してくるから、きっとあんたはあの召集令状みたいな招待状を見て無いんだって、私は思ったもの」


 その中の一軒……木苺の色をした屋根の家に、魔女ルーチェレンは住んでいた。 

 今日は素敵なお天気なので、ルーチェレンは友人の魔女を招いてお茶会を開いていた。

 本当に素敵な、雲ひとつ無い月夜だった。

 ルーチェレンがお茶会をしようと思ったのは、皆に相談というか……あることに、力を借りたいという考えがあったためだった。

 張り切ってケーキを焼いて近所に住む五人に声をかけたのだが、来てくれたのは一人だけだった。

 ドレスを買いに行ったり、美容院やエステに行くから無理と言われてしまった。

 つまり。

 皆が美容院やエステに行くのは、ポイントが倍になるサービスデーだからではなかったのだ。

 ルーチェレンは自分が勘違いしていた事に気づいた。


「あんた、私に感謝しなさいよ? まぁ、私は他の子達と違って美しいから、エステも整形も必要ないしね。どんなにお洒落したって、中身は変えられないわ。ふふんっ、あの子達はしょせん私の引き立て役なのよ」


 サンドラは森に住む魔女達の中では、飛び抜けて美人だった。

 飛び抜けてるのは容姿だけではなく、性格も飛び出て突き抜けていた。

 でも、ルーチェレンは彼女が好きだった。

 口と脳が直結同時進行みたいなその裏表の無い性格に、少し憧れてもいた。


「……私、お城に行きたくない」


 言いながら、ルーチェレンはティーカップの中で銀のスプーンをぐるぐると回した。

 紅茶にたっぷり入れベリーのジャムが、スプーンの動きに翻弄されるように舞った。

 いつまでもかき回しているので、ルーチェレンの大好きなジャム入り紅茶は冷めてしまっていた。


「一週間前からフェンフェンが……行方不明なの。あの子はちょっと方向音痴っぽいから、迷子になっちゃんたんだと思うの。帰ってきた時、私がいないと……だから……」

「はぁああ? なに言ってんの、あんた!? お城の舞踏会に私達庶民が参加できるなんて、こんなチャンスは二度と無いかもしれないのよ! あんな変な蝙蝠、放っておきなさい」


 向かいに座るサンドラは、自慢の金髪を振り乱す勢いでそう力説した。

 ブランド好きなサンドラは、有名な繁殖業者(ブリーダー)から買った黒猫を飼っている。

 そのため、月々のローンの支払いのために週に三日は人間の街にアルバイトに通っていた。

 サンドラは青い瞳をきらきら……ぎらぎらさせて、言った。


「私は臭い薬草にまみれて一生森で細々暮らすなんて、地味な下級魔女のスタンダードコース的人生なんて、まっぴらよ! お金持ちのパトロン見つけて、そのコネで偉い先生について、呪術を勉強して……人間共に畏れ敬われるような、華やかな上級魔女になりたいわ!」


 上級魔女になれば、いろいろな事ができるようになる。

 魔法の鏡とおしゃべりしたり、かぼちゃで馬車を作ったり、箒で空を飛んだり……永遠の人気商品(?)魔女名物毒りんごだって簡単に作れるようになるのだ。


「しかも、運がよければ城主様の花嫁に……最高の玉の輿よ!」


 そうなのだ。

 今回の舞踏会は城主様の花嫁探しを兼ねていた。

 城主様はずーっと独身だった。

 なのに突然、お嫁さんが欲しくなったそうなのだ。

 今流行の婚活っていうやつだ。

 ただ、城主様は長~い間お城から一歩も外に出ないほど極度の面倒臭がりのため、結婚相手を探すために国中の未婚女性をお城に集めてそこから選ぶことになったらしいのだと、サンドラは教えてくれた。


「城主様って、吸血鬼なんでしょう? そんな怖い人の住んでるお城に行くなんて、怖いよ……私、幽霊(ゴースト)とか得体の知れないものって苦手だし」

「あのねぇ、吸血鬼は生きてるんだから幽霊(ゴースト)なんかじゃないわ。どっちかっていうと天然記念物みたいな……ある意味、世界遺産っていうか……」


 吸血鬼。

 それは超希少種。

 強さが階級となる単純明快な縦型社会の<闇の民>の中で、頂点に立つ種が吸血鬼だ。

 とても強いが有名になり過ぎて弱点が人間共にばれてしまい、それ以降どんどん狩られて……現在は三人しかいない。

 その内の一人が、ルーチェレンの暮らす国を治めていた。


「とにかく! 明日は舞踏会に絶対に行くのよ!? 招待状を受け取ってるのに不参加なんてことしたら、城主様の家臣の人狼族の餌にされちゃうわよ?」

「ひぃっ…………わ、わかった。行く、行くわよっ」


 ――――このお茶会の目的は、フェンフェンを探すのを手伝って欲しいと頼むためだったのにな。


 ルーチェレンは内心でうなだれながら、鼻息荒くケーキを頬張るサンドラに気づかれないように溜め息をついた。



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