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計算機の中の宇宙 〜歴史から逸脱したエンジニア〜

作者: マムロフ
掲載日:2026/04/11

コンラート・ツーゼ。

彼がもたらした技術的特異点(シンギュラリティ)とは。


※これは史実をもとにしたフィクションです

 ドイツの計算機学者コンラート・ツーゼについて、あまり知られていない事実があります。


彼の業績はしばしば「先駆的」と説明されますが、この表現は正確ではありません。

問題はその「早さ」ではなく、「現れ方」にあるのです。

彼の仕事には、技術が本来辿るはずの発展過程がほとんど見えないのです。



 まず、ツーゼは1940年代初頭の時点で、計算機(コンピューター)の設計のいわば「完成形」に到達しています。

2進数、浮動小数点演算、パンチテープの採用、プログラム可能であること。

これらは後に標準となる要素ですが、彼は1941年にZ3として実装しています。


ここで重要なのは、「いくつかを先取りした」という話ではないことです。

本来これらの要素は、それぞれ独立に発展し、長い試行錯誤の末に統合されるものです。

例えば、一般に世界初の電子計算機は ENIAC(1945年)とされていますが、これは後発であるだけでなく、10進数、固定小数点演算、プログラム可能でない、など現在のコンピューターとは違う部分が多いのです。

これが現在の形になるまで、多くの試行錯誤と寄り道がありました。

しかし彼の設計では、それらが最初から一つの形として揃っています。


途中の過程が、ほとんど存在しない。

これが第一の特異点(シンギュラリティ)です。


特に異様なのが、浮動小数点の扱いです。

Z3 は浮動小数点演算を実装していますが、その内容は単なる先行例というより、むしろ完成形の断片に近いものです。

実用的な浮動小数点ハードウェアが広く現れるのは IBM 704(1954年)以降であり、ツーゼはこれに10年以上先行しています。


また、彼は「(正の無限大)」「-∞(負の無限大)」「未定義」という3つの異常値を設定し、計算過程で「伝播」する実装を行いました。

この「未定義」は、後の浮動小数点規格(IEEE754)における NaN(非数) に概念的に近いものであり、0÷0 や √-1 のような計算で発生します。

当時〜1960年代の計算機の多くは、このような異常が発生すると停止するか、例外処理に入るしかありませんでした。

しかし彼は、計算を止めず「不完全な値を含んだまま処理を継続する」ことを前提にしています。


一方で彼以外の実装では、∞が扱える計算機が現れたのが1960年代、NaN の場当たり的な実装が現れたのが1970年代でした。

±∞、NaN、伝播の全てを扱える実装は Intel 8087(1980年)の登場を待たなければなりません。


通常はこのように、長い試行錯誤の末に設計を洗練させていくものです。

浮動小数点の実装に限れば、彼は技術トレンドに対し約40年先行していたことになりますが、ここで異常なのは先進性だけではありません。


その過程が見えないことがおかしいのです。

あたかも、最終的にどうあるべきかを知っていたかのようです。



 次に、ツーゼが計算機を「単なる計算の道具」ではなく「統合されたシステム」として捉えていました。

当時、多くの研究者にとって計算機とは高速な計算装置に過ぎませんでした。

しかしツーゼは、演算・記憶・制御・入出力が相互に関係しあう一つの体系として設計しています。


この発想自体は後に一般化されますが、ここでもやはり順序がおかしいのです。

本来この認識は、実装と運用の経験を通して徐々に形成されるものです。

しかし彼は、その前提を経ずに到達しています。


これが第二の特異点です。


さらに、友人のヘルムート・シュライヤーから真空管の採用が提案された際にも、それを退けています。

理由は信頼性と入手性です。

高速な素子よりも、全体として確実に動作する構成を選ぶ。

これは単なる保守性ではなく、完成されたシステムの振る舞いを前提にした判断です。


ちなみに EDVAC(1949年)の開発チームなどは、これらの知見がなかったためにかなり苦労しています。



 さらに、ツーゼは「プロトタイピング」という現代的なエンジニアリング手法を使用しています。

まず動くプロトタイプZ1(1938年)、そしてZ2(1940年)を製作し、技術的な検証を行なっています。

実際 Z1 は安定動作せず、彼は機械式を放棄しています。

また Z2 も常に安定して動作したわけではありませんが、これの知見を基に Z3 を設計しました。


要するに彼は「どこが上手くいかないか」を確認するという、時代に合わない手法を使っているのです。

そして上手くいきそうな素子(リレー)を見つけた途端、一気にスケールを大きくしています。


これが第三の特異点です。


ちなみに、最初は完成形を目指さない「早く失敗する(fail fast)」という考え方が体系化されたのは、21世紀になってからです。

プロトタイプという考え方自体は当時もありましたが、それは完成品の一歩手前のような意味であり、検証しながら反復的な改善をするためのものではありませんでした。



 そしてツーゼは、プログラミング言語プランカルキュールを設計します(1944年頃)。

この時代にはコンパイラもOSも存在せず、それを実現できる計算機資源もありませんでした。

にもかかわらず彼は、制御構造だけでなくデータ構造までも記述可能な表現体系を構築しています。

これはジョン・バッカスによる FORTRAN に10年以上先行するものであり、その先進性は明らかに異常です。


ここでも同様です。

本来は低水準から段階的に抽象化されていくはずの領域で、彼はいきなり高水準の側に立っています。


これが第四の特異点です。


複合データ型(Struktur)の概念は特に早く、類似した機能が仕様化されたのは COBOL の RECORD が 1960年、C言語の struct は1972年です。

15年以上も先行したことになります。



 さらにツーゼは、その言語でチェスを指すプログラム(ZIA-0367、ZIA-0368)を記述しています。

実行できるハードウェアは、存在していません。

それでも彼は、計算機が「任意の問題を記述し解決する装置」であることを「前提」にしているのです。


これが第五の特異点です。


これは単なる予測ではありません。

「いずれそうなる」という書き方ではなく、「そういうものとして扱っている」書き方です。



 そして重要なのは、これらが個別の先見性ではないという点です。

浮動小数点、例外処理、アーキテクチャ、言語設計。

それぞれは独立した発明であるにもかかわらず、すべて同じ方向を向いています。



 そしてツーゼは、「計算する宇宙《Rechnender Raum》」という概念を提示します。

宇宙そのものが計算過程であるという発想。

後にシミュレーション仮説として知られる考え方ですが、当時はそれを支える文脈が存在していません。

オンラインゲームも仮想現実も、まだなかったのです。

にもかかわらず彼は、計算機を設計するのとほぼ同じ語彙で、宇宙そのものを記述しています。

これは思いつきではありません。

そのような世界を前提として理解している記述です。


これが第六の特異点です。


今日では、物理量が離散的(連続していない)である可能性は一部の理論によって示唆されています。

要するにこれは、世界を計算している精度なのです。

例を挙げれば、時間には実際にタイムスライス(フレームレート)が存在しているのです。



 ここまで見て分かる通り、彼の仕事には「発展」がありません。

あるのは、断片的に現れる完成形だけです。

しかもそれらはすべて、同じ方向を向いています。


この現象を「天才」で説明することは可能です。

しかし、その場合でも説明できない点が残ります。

なぜ、これほど多くの独立した領域で、同じ方向の“最終形”だけを選び続けることができたのか。

以上を踏まえるならば、次の仮説が最も自然です。


彼は未来を予測したのではない。


すでに知っていた。


すなわち彼は、この世界とは異なる体系を経験した上でここに現れた存在――


いわゆる「転生者」であった可能性があります。


そしてこの世界は、前世の彼がよく知っていた仮想世界なのではないでしょうか。



 しかしその後、ツーゼは現実の制約に直面します。

彼の興した Zuse KG は初期の計算機企業として成功を収めながらも、最終的にはシーメンスに吸収されます。


どれほど正しい設計を知っていても、それだけでは世界は動かない。

知識だけでは乗り越えられない壁が、この世界には存在していました。



 晩年、彼は多くの抽象画を残しています(クノ・ゼー(Kuno See)名義)。

そこに描かれているのは、人間のいない幾何学的構造物。

高密度で、規則的で、どこか威圧的な空間です。


これを単なる空想とするには、構造が具体的すぎます。

むしろそれは、どこかで見た風景を再構成したものと考える方が自然です。


彼は何を知っていたのか。

そして、どこから来たのか。


あの絵は記録なのか、警告なのか。


もしこれが、彼の前世の記憶だとしたら……。


そこはおそらく、我々がこれから到達する世界なのかもしれません。

転生者ということを除けば、一応は史実に則って書いているつもりです。(大幅な誇張はありますが)

っていうか、まじチートですねこの人。

これだけでゆっくり動画が何本か作れそうです。

誰か作りませんか。


チェスプログラムについては後年、これを動かせるシミュレータが制作されたようです。


ツーゼの絵に興味があるなら、以下の WIKIART のページが参考になるでしょう。

(LOAD MORE を押すと残りが全部見れます)


https://www.wikiart.org/en/konrad-zuse/all-works


ただツーゼの絵画は目録(レゾネ)がなく、WIKIART に載っているのが全てではないようです。


2026/04/12 更新: 第一の特異点について、ENIAC との比較を追記。この辺りの時代について、知識がないと異常さが伝わりませんね。

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