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カクヨムに投稿済み
カクヨムには、少し枠組みを変えて投稿してます。
こちらではまとめて投稿するため投稿数がカクヨムと違う場合がありますのでご注意ください。
友人が死んだ。
知らせは、紙の上にあった。
軍を退いて五年。
私は後輩の会社に拾われ、編集部の隅で記事を書いている。
どこにでもいる、退屈な記者。
——そういうことになっていた。
雑誌の片隅。
目を留める価値もない小さな記事。
変死体、一名。
名前を見た瞬間、思考が止まった。
見間違いではない。
あの名前を、私は知っている。
私の友人が、この街で殺された。
クルック・ヘイヴン。
人口の七割が、麻薬と銃とギャングでできている。
残りの三割は、善良な市民と、正義を名乗る警官。
——一応、という但し書き付きで。
つまり、まともな人間はほとんどいない。
私も例外ではない。
話を戻す。
この街で起きた、ありふれた事件。
それが私の人生を動かすことになる。
その時の私は、まだ何も知らなかった。
救いはない。
ろくでもない始まりだ。
ネージュ・ラッヒェ。
それが私の名前。
一応、市民。
一応、記者。
——数日前までは。
「ネージュさん、これは?」
社長室。
机の上の紙を見て、ネス・ゴーカスが眉をひそめる。
「退職届です」
簡潔に答える。
「理由を聞いても?」
「昔の上司に呼ばれました」
「軍、ですか」
勘がいい。
けれど、それ以上を教えるつもりはない。
「さあ。あなたはもう一般市民でしょう。知らない方がいい」
短い沈黙。
視線がぶつかる。
呆れか、同情か。
判断する気はなかった。
「……変わりませんね」
ネスは小さく息を吐く。
「分かりました。内密に処理します」
「助かります」
「表向きはクビでいいですよね」
「なんでも構わないさ、この会社には危害が及ばないようにはする。」
「そうしてもらわないと困ります。」
「お前も人間らしくなったな」
「一応この会社の社長やらせてもらっているので、泥臭くなりましたよ。」
鼻で少し息をする。
私は席を立ち、社長室を出た。
外は曇っていた。
空気が重い。
鉄のような匂いがする。
嵐が来る。
この街は、いつもそうだ。
肺に空気を入れる。
少しだけ、気分が良かった。
クルック・ヘイヴン。
イカれたやつらが殆どのこの街で、
どうやら私は、
馴染みすぎてしまったらしい。
私は、仕事を辞めて海に来た。
——別に、自殺をするつもりじゃない。
自暴自棄になったわけでもない。
ここは街の中心から西に外れた海辺。
友人である彼女が見つかった場所だ。
殺され、遺棄された場所。
……皮肉なほど、綺麗な海だった。
「ここで彼女の変死体が見つかった、か……」
波の音に紛れて、独り言が零れる。
「変死体ってのも妙だな。海なら普通、溺死扱いになるはずだ。なのに——麻袋に詰められていた、か」
口元に手を当て、考える。
潮風が、思考を攫っていく。
「……磯臭くなりそうだな。一旦、店に戻るか」
⸻
「ネージュちゃん、なんか磯臭くねぇ?」
「え、あー……さっきまで海辺にいたので。そんなに匂います?」
「めちゃくちゃする」
「うわ、マジか……着替えてきますね」
「そうしたほうがよさそ〜。店は見とくから行っといで」
⸻
二階建ての、こじんまりとしたコーヒーショップ。
ポレール。
そこが、今の私の職場だ。
従業員は三人。
厨房にこもりきりのネーフィ。
明るく元気な看板娘、ロプ。
そして——新人の私、ネージュ。
どこにでもある、ただのコーヒーショップ。
——少なくとも、表向きは。
さて。今日も、開店のベルが鳴る。
⸻
柔らかな日差しが、店内をゆっくりと温めていく。
その空気を切るように、ドアベルが鳴った。
最初の客だ。
「あ、どーも。店員さんですか?」
振り向く。
赤髪に犬耳の生えた青年と、
サングラスをかけた、どこか不機嫌そうな男。
二人組。
「はい。ご注文はお決まりですか?」
「じゃあ僕は、カプチーノとサンドイッチ。……ルリさんは?」
後ろにいたブロンドの男が、気だるげに口を開く。
「俺はアメリカーノとサンドイッチ」
「かしこまりました。少々お待ちください」
⸻
コーヒーの香りが、店内に広がる。
苦くて、落ち着く匂い。
「いい匂いですね。そう思いませんか、ルリさん!」
「あー……まあな」
「お二人、見ない顔ですね。お仕事は?」
一瞬、間。
二人は顔を見合わせた。
そして、赤髪の青年がにっと笑う。
「ぼくたちは、ロスト・サウスタウッド警察の巡査——狗神レオです」
「……警部補の霧島ルリだ」
「警察官ですか。それはそれは、ご苦労様です」
私は軽く微笑んで、カップを差し出す。
「ご注文の品、お持ちしました」
⸻
「店員さん、名前は?」
「ネージュと申します。お仕事、頑張ってください」
「はーい、頑張りまーす」
——その言葉の軽さが、妙に引っかかった。
⸻
レオは無邪気に笑いながら、サンドイッチに手を伸ばす。
だが——もう一人は違った。
霧島ルリ。
その男は、カップに口をつけることもなく、じっとこちらを見ている。
サングラス越しでもわかる。
——観察されている。
「……何か?」
問いかけると、ルリはわずかに口角を上げた。
「いや」
短い返答。
それだけで終わるはずだった。
だが。
「海、行ってきたのか」
心臓が、一拍遅れる。
「……ええ。少しだけ」
「西側の海だな」
断定。
私は何も答えない。
代わりに、笑みを貼り付ける。
「観光ですか? あそこ、景色がいいので」
レオは無邪気に聞く。
隣の警官はルリは、ゆっくりとコーヒーを口に運ぶ。
そして——
「観光で行く場所じゃねぇだろ」
静かに言った。
空気が、わずかに軋む。
レオが「え?」と間の抜けた声を出す。
「ルリさん、知ってるんですか?」
「ああ。つい最近——死体が上がった場所だ」
沈黙。
カップを持つ手に、わずかに力が入る。
「……よくご存知ですね」
「仕事柄な」
そう言って、ルリは初めてはっきりとこちらを見る。
サングラスの奥。
視線が、突き刺さる。
「で、お前は——」
ほんの一拍。
「なんで、そんなとこにいた?」
喉が、ひくつく。
——こいつは厄介だ。
背骨の奥を、冷たいものが這い上がる。
それでも、顔には出さない。
「田舎から出てきた、ただの小娘ですよ」
ゆっくりと瞬きをする。
持っていたコーヒーカップを、そっと口元から離した。
視線を外し、店内を軽く見回す。
「……そうか。ゴミ、どこに捨てればいい?」
何事もなかったかのような声音。
「カウンターの下にゴミ箱があります」
「了解」
短く答えると、霧島ルリは立ち上がった。
「ごちそうさま。レオ、行くぞ」
「あ、ちょっ……ご馳走様でーす!」
慌てて後を追う赤髪の青年。
ドアベルが鳴る。
「またお待ちしてます。今度は、ゆっくりお話したいです」
営業用の笑顔で見送る。
——完全に、外に出たのを確認してから。
息を吐いた。
⸻
「ネージュちゃん、大丈夫?」
奥からロプが顔を出す。
「……ひどいじゃない。なんで奥に隠れてたのよ。こっちは結構怖かったんだけど」
「えー? めっちゃ堂々としてたじゃん」
「してない」
即答する。
ロプはくすくすと笑って、それから少しだけ声を落とした。
「ねぇ。なんで警察から逃げてんの?」
一瞬、言葉が止まる。
「……ごめん。それは、ちょっと言えない」
「ふーん」
軽い返事。
でも、その目は笑っていない。
沈黙が、店内に落ちる。
コーヒーの香りだけが、やけに濃く感じた。
「……あー、そっか」
ロプは肩をすくめる。
「じゃ、あたし休憩入るね」
「うん、行ってらっしゃい」
いつもの調子で返す。
足音が遠ざかる。
ドアの向こうに消える気配。
——一人になる。
⸻
カウンターに手をつく。
指先が、わずかに震えていた。
「……最悪」
ぽつりと零す。
見抜かれたわけじゃない。
でも、あの男は——
“気づいている側”の人間だ。
名前も、経歴も、目的も。
まだ何一つ知られていないはずなのに。
「……面倒なのに目をつけられたな」
小さく息を吐く。
そのとき。
——カラン。
ドアベルが、もう一度鳴った。
「……いらっしゃいま——」
言葉が止まる。
さっき出て行ったはずの男が、そこに立っていた。
一人で。
霧島ルリ。
サングラスの奥から、まっすぐこちらを見ている。
「忘れ物だ」
そう言って、ポケットから何かを取り出す。
カウンターの上に置かれたのは——
小さな、金属のタグ。
軍で使われる、識別票。
ドッグタグ。
心臓が、強く鳴る。
「……これ」
「落としただろ」
ルリは、わずかに口角を上げた。
「“ただの小娘”にしちゃ、物騒なもん持ってんな」
「——元ですけどね」
そう言って、ドッグタグを指先で押しやる。
「窓際へどうぞ。……話、あるんでしょう?」
「ああ。少しな」
短い返答。
「で」
視線を合わせる。
「なぜ私に構うんですか? さっき会ったばかりですよね」
返事はない。
代わりに——
トン、トン。
霧島の指先が、木製のテーブルをゆっくり叩く。
一定の間隔。
まるで、こちらの呼吸を測るみたいに。
「立ってると疲れません?」
沈黙を崩すように、私は口を開く。
「席、使っていいですよ」
「いや。立ってる」
沈黙が痛い。
「それで十分だ」
視線が、逸れない。
「……そうですか」
小さく息を吐く。
「霧島さん。コーヒーのおかわりはいかがです?」
「タダなら飲む。金がかかるならいらん」
「ケチくさいですね」
わずかに笑う。
「奢りますよ。コーヒー一杯くらい」
霧島は何も言わない。
ただ、そこに立ったまま。
——逃がさない位置に。
カウンター越しではない。
薄いテーブルを挟んだだけの距離。
まるで——
事情聴取をする刑事と、
口を割らない容疑者。
「で」
先に口を開いたのは、霧島だった。
「要件は?」
「……そっちでしょ」
私は肩をすくめる。
「じゃあ、単刀直入に」
霧島はポケットから端末を取り出し、画面をこちらへ滑らせた。
「この事件、知ってるか」
表示されたのは、ネットニュース。
女性の変死体。
——見慣れた見出し。
「ええ。知ってますよ」
視線だけで追う。
「それで? どうして私が関係ありそうに見えたんですか?」
霧島の指が、テーブルを叩くのをやめる。
静寂。
「まず一つ」
低い声。
「入口に落ちてたドッグタグ。あれが、死体の口に含まれていたものと酷似してる」
一拍。
「偶然にしちゃ、出来すぎてる」
空気が、重くなる。
「……つまり?」
「容疑者候補だな」
即答。
迷いがない。
「そうですか」
私は軽く笑った。
「で? この死体と、どういう関係だ?」
「……答えるとでも?」
視線がぶつかる。
一歩も引かない。
「俺はな」
霧島の声が、わずかに低くなる。
「この事件、ギャングが絡んでると思ってる」
沈黙。
「そしてあんたは——」
わずかに間を置く。
「それを追って、この街に来た」
心の臓がうるさく鳴り響く
エンジンがかかったように激しく動く。
耳が痛い。
「……正解」
小さく息を吐く。
「ただし、半分だけ」
目を細める。
「死体は、私の知り合いだった」
言葉を落とす。
「事件を追ってたのも事実。前職の延長線上です」
「前職は?」
間を置かずに来る。
「……三流記者ですよ」
わざと軽く言う。
「で?」
視線を逸らさない。
「私に、何を期待してるんです?」
霧島は、わずかに口角を上げた。
「決まってる」
その声は、妙に静かだった。
「犯人、捕まえたくないか」
——は?
思わず、表情が歪む。
何だこの男は、初対面なのに悪魔のルシファーみたいだとその時私は思った。
唾を飲み込む。
「何を言ってるんですか」
「俺は、この事件の“真実”が知りたい」
淡々と。
「だが、この件は打ち切られた」
「……は?」
眉が動く。
「変死体が出てるのに?」
「ああ」
即答。
「この街じゃ、よくある」
何故この男は悲しそうな顔をするのか私には理解ができなかった。
冷たい現実を悔やんでいるのか?
そう伝えたい言葉が、喉に引っかかる。
「……最低ですね」
「今更だろ」
間。
「で、答えは?」
霧島の視線が、真っ直ぐ刺さる。
「あんたも知りたいはずだ」
逃げ場はない。
「俺も知りたい」
沈黙。
数秒。
——長い。
「……わかった」
ゆっくりと口を開く。
「共犯者になりましょう」
霧島が、わずかに眉を動かす。
「“共犯者”は響きが悪いな」
一拍。
「共謀者、ってのはどうだ」
「……傲慢」
吐き捨てる。
「どうも」
霧島は、薄く笑った。
「俺は、この魂と引替えに悪魔から力を貰っただけだからな。」
そう言って、私に左手を差し出してくる。
けど視線はこちらを見ていない。
遠く、なにかに思い拭ける横顔の先にあるのは真実か、私には全く持って分からない。
「今の刑事さんは面白い冗談を言うのですね」
肩を竦め、差し出された手を握る。
この男が何を思っているのか私には関係ない利用できるなら、、骨の髄まで利用尽くしてやる。
彼には私はきっと楽園で唆す蛇のようなそんな滑稽さを持ち合わせていると思われているのだろうと苦笑する。
目の前の男は思っている。
なんとも背中が気持ち悪くなる。




