【鮮血】の弟子
イシュドから何となく想定していた事実が告げられた。
リンも想定内らしく大人しく紅茶を口につけ、ほっと一息つくと背もたれに身体を預けた。
「契約内容って聞いてるの?」
「僕は知らないけどおおよそは推測できるでしょ?」
「まぁ……でもウォッカって人類の為に自分犠牲にするタチじゃないじゃん?」
そうリンが言い放つとイシュドも口を閉ざしたままにこりと笑い珈琲を口に含んだ。
否定しないんだな…
「本当に僕は、ウォッカから聞いた事しか知らないし僕自身本当に契約内容は知らされてないんだよ」
てっきりなんでも知ってると思っていたがイシュドにも聞かされていないことはあるようだ
「そういえば例のグローって子に協力煽るの?」
「とりあえず進展もないしそうするしかないな」
「とても面白い子だよ、イシュドも気に入ると思う」
リンがそう付け加えるとイシュドが誰に対しても子と言うのはリンの影響か、とリンを見るとなぜ見られたのか分からないようで黄色い瞳を細めて笑うだけだった。
連れてきてもいいがこの2人に挟まれると流石のグローもタジタジだろう。いや…案外神経は図太いから馴染むかもしれないが。
「そういえばファイに聞いてみたら明日訓練に一緒に来てくれるって言ってたよその…メル…メルメル…パルメル?」
「メルエムパルムな」
「僕の名前みたいに覚えるのが大変そうだね!」
イシュドは愛称しか知らない人もいるが偶にマスターからイシュヒリリュードとフルネームで呼ばれるのを見かける
「明日って事はもう寝ておいた方がいいんじゃないのか?」
リンはその性質上活動時間が昼夜逆転しており何時も昼くらいには叩き起しているものの普通の人間に例えると真夜中に起こされるようなものなのだ。
「そうだね、ハイレも寝る?お兄ちゃんが寝かしつけてあげようか?」
「誰がお兄ちゃんだ眠り姫野郎、さっさと寝ろ」
クソドM彼氏のせいで最近リンが気持ち悪いジョークを覚えてしまったようだ。
「あはは!ほんとただでさえ顔が似てるのに暴言吐く所はウォッカそっくり過ぎて見分けつかないね!じゃあ僕はこれで失礼するよ、おやすみ!」
ご機嫌にイシュドが部屋を出るのを見守りつつ今日はここで開きとなった。つかあの石と会話してるみたいなウォッカさん暴言吐くのな…
朝からギルドへ入ると食堂近くが騒がしかったためチラリと覗いて見ると学生達で溢れかえっていた。
実家から出た学生はギルドで小遣い稼ぎをする子も多い、今は休みの期間だから稼ぎ時だろう。
「修行が終わった後に依頼?辞めといた方がいいよ。師匠は厳しいから立ち上がれなくなるよ?」
「え?そんなに厳しいの??」
「もう鬼畜だよ鬼畜」
灰色髪の青年の後ろ姿が見える、緩くひとつに纏めた髪が首を横に振ると同時に動いている。
「リンに修行して貰うつもりなら彼奴多分寝てるぞ、午後からの修行にするように言ってやるから先に依頼してこい」
そう話しかけると話していた3人は不思議そうにこちらを見た。その中には見知った顔もありこの3人が修行受ける奴らなのだろうと確信した。
「よぉメルエム」
「あ、ハイレさん!久しぶり!」
ふわりとしたピンク色の髪を前に2つ結んでいる姿は庇護欲をかき立てられる。こんな華奢な女の子が馬鹿みたいに強い魔剣士だなんて誰が思えるだろうな…とメルエムを見る度に思ってしまう。
メルエムと一緒に来たであろう灰色髪の青年を見ると何処かの貴族の召使いのような見た目で腰に下げた物は細い刀身。レイピア系の武器を持っていた。
そして……
「お前は……随分と背が高いな…」
「アズマと申します。」
2メートル近い背に長い手足、黒い髪に黒い瞳とは…灰色よりも珍しいかもしれないなと隅から隅まで見てみると恥ずかしいのか自分の身体を隠すように手を組んだ。
「…あまり、ジロジロ見ないでください。」
「すまんな、珍しくてつい」
この…多分男は冒険者の仕事道具である武器を持っていないため恐らく特別な武器、魔武器を所有してるのだろう。
「依頼を受けるほど金に困ってるのか?」
昔馴染みのメルエムに聞けば首を横に振り困ったように眉尻を下げた
「うぅん、ただアズマが今日はついでに狩りに行くっていうから狩りじゃなくて依頼ならお金も貰えるよ?って言ってたの」
チラリとアズマという男を見ると食材を見る主婦のような目線で依頼書を見ていた。
「…ブラッドホーンは血抜きが大変なんですが、きちんと血抜きをした後の肉は脂身も少なくて噛みごたえもある……でもボーンラビットから出る出汁はとても…」
「ボーンラビットは食い物じゃねぇだろ…」
魔獣食うのは珍しくはないものの殆ど腐肉と骨しかないボーンラビットを食おうとする奴はまず居ない。
「この子偏食家だから魔獣しか食べないの」
「偏食家じゃなくて変人だからな?」
「ははっ、それは確かに言えてるかも」
「この3人で組んでるのか?」
対人戦のファイと中距離短距離型魔剣士のメルエム、そして…よくポジションは分からないアズマはぎこちなく頷いた。凡そ寄せ集めなのだろう
「アズマだっけか?何使うんだ?」
「私ですか?私は弓とソロなら接近型ですね。」
盾かと思ったがまぁ…盾にしては体高は良いが細すぎるし納得はいくかもしれないな。
魔武器は使用者によって変化するが通常携帯が人それぞれ違う為中々面白い、魔武器と通常武器の違いはとても簡単でありどちらも善し悪しがある。
魔武器はその性質上壊れても魔力があれば再構築出来るため使い勝手はいいが込める魔力によっては通常武器より火力は出るが耐久性はかなり低いといえるだろう。
通常武器は魔武器と違い変形は出来ないものの耐久性が高く、より良い鍛冶師が鍛えたものであれば魔武器を使わずともいいだろうがその通常武器が壊れた時の代用として持つだけ持っておく人も多い。
『鮮血』とかいう1部例外も居るが…
「まぁ…弓か…それなら相性がかなり悪いわけじゃなさそうだな」
「グロー君は居ないの?」
「あぁ、彼奴は今本職が忙しそうだからな、今度機会があればまた組んで討伐依頼でも受けに行こう」
「ほんと!?やった!」
メルエムはグローに魔術を教えて貰っていたのと歳が近いから多分俺よりも仲は良いのだろう。
メルエムもグローがフェアリー教の人間というのは知っている、貴族はフェアリー教の入信者も多いのだがメルエムは入信してはいないようだ。
「決まりました。ポピーに行きましょう」
「えぇ?ポピー?そんな簡単な害獣処理でいいの?あまりお金貰えないけど」
アズマが取った依頼書をファイが隣で覗き見る。
ポピーとは主に穀物を荒らす小動物で手のひらに収まるほどの小さな鳥なのだが如何せんすばしっこく繁殖力も高い。
一匹見れば数百匹は居ると思った方がいい。
「ポピーの口になりました。」
「アレを食うのかよ…」
確かに鳥だから味は良いのかもしれないがわざわざ食おうとするなんてよっぽどのもの好きだ。
「ポピーなら何も心配することもないし…まぁ頑張ってこい」
「え?ハイレさん来ないの?」
「マスターが居るなら行くけど今は不在だからな、マスター代理も出るのはマズイだろう?」
「…あれ?!ハイレさんってマスター代理なの!?」
「悲しいことに実力で代理してる訳じゃねぇけどな…」
顔でマスター代理決められるなんて思ってもみなかったし実力もギリギリAランクなのに良く許されてるなと思ってしまう。
「ならギルドマスターいる時じゃないと依頼受けれないのか…」
「マスターの事だからそのうち帰るだろうし、問題はグローだな…彼奴神父してるし一応上の立場だから中々抜けれないんじゃないか?」
「あ、やっぱりグロー君って上の立場のひとだったんだね。」
流石に直接魔法を教わっていた為かグローはフェアリー教でもいい立場の人間だとは思っていたようだ。
「ギルドランクはCだが実力はあるんだよあいつは、ただ冒険者も暇つぶし程度にしかしてないから上がらないんだ」
恐らく普通に冒険者してるならAは確実に行けるだろうしもしかしたら本当にSまで行けるかもしれない。
「まぁ、メルエムも十分Aに上がれる実力はあるからしっかり鍛えて貰え」
「うん!」
「そろそろ行きましょうかメルエムさん。」
アズマがそう言うとメルエムはこちらに大きく手を振りながらファイ達とギルドから出た。
リンの自室へ入ると鼻歌を歌いながら紅茶を嗜む『氷の』が座っていた。
「まだ寝てるのか?」
「えぇ…ぐっすりと、明け方まで起きていたみたいで私が来たと同時に布団へ入ってしまいました。」
こんもりと盛り上がる布団を見つつ、多分聞いているであろうリンに弟子達は昼くらいに来るよう予定を変更させた事を伝えた。
伝わってなくとも『氷の』が言うだろう。
「書斎にいるから何かあったら伝えてくれ」
「えぇ、わかりました。」
『氷の』はリン関係以外ならまともなのだがリンが絡むと途端に頭がおかしくなる。
1度リンから2つ名を『氷の貴公子』から『ドMの奇行師』に変えてみたらどうだと言われたようで、本気でその名前に変えるつもりで受付に申請したらしいがここの受付嬢は毎度そんな対応をさせられているせいで目の前で笑みを浮かべながら紙を引きちぎられたと涙ぐみながらリンに報告していた。
顔はいいんだけどな…ほんと貴族って感じの優男でさ…
俺がギルドマスター代理になる前は犬猿の仲だと言われていたのに蓋を開けてみればただの喧嘩ップル?ってやつだった。
書斎へ入り書類を記入していく、マスターは書類が嫌いな為ほとんどの書類は俺が管理している。何千年と生きてても書類は嫌なんだな…
ある程度書類に目を通し疲れた目を解しているとコトリと目の前に紅茶が出された。
「………お前は……音もなく入ってくるなって」
「ノックしても気づかないでしょ?」
あっけらかんとイシュドは言うと膝の上に乗ってきて自分の珈琲を飲んだ。
「…何で膝に乗るんだよ」
「?乗りたいから」
……子供らしくて可愛いなと思ったのは秘密だ。
恐らくマスターが居る時も膝に乗っているのだろう。
「イシュドは親戚の子供じゃないって言ってたよな」
「うん、ウォッカとはお友達だよ大親友」
「イシュドは何処に住んでるんだ?親はいないのか?」
結構な頻度でギルドへ出入りしてるがどこから入ってるのかも分からないし何時もいつの間にか居る。
「親は居ないよ?僕はウォッカと暮らしてるの、僕がここにいない時はウォッカの研究所にいるよ」
リンみたいに拾ってきた孤児ってことだろうか…?
「ウォッカってばエリオーシュも連れていくんだもん…暇で暇で仕方ないんだ」
「エリオーシュって誰だ?」
聞きなれない名前に首を傾げるとイシュドは顔を上げた
「僕と一緒でウォッカの親友だよ、凄く弱くて泣き虫な子。」
……まだマスターには隠し子が居るようだ。
ウォッカの事だから多分聞いたら教えてくれるのだろう、逆に言えば聞かなきゃ言わないタイプの人なのだが
「…ん、そろそろ昼でも取るか…イシュドは何か食べるか?」
ギルドには食堂も併設してありマスター代理の特権でここまで運んできてくれるのだ。
偶にしか使われないメニュー表を取り出して広げるとイシュドが口を開いた。
「最近食堂に新メニュー出来たからこのメニュー表も変えないとね」
「あぁ…そういやそうだな…」
凄く激甘な…なんとかかんとかパフェ?って名前のやつが出たはず。何故食堂にそんなデザートを置いたのかは知らないがこれが中々の人気で疲れた身体に効くと冒険者がこぞって頼んでいる。
手軽に多くのエネルギーを補給するには良いのかもしれないが屈強な男達が可愛らしいパフェを食べる光景はあまりにも似つかわしくない
「ウォッカは甘いもの好きだからね、帰ってきたら喜ぶんじゃないかな」
「よ…ろこぶ?」
あの石のような表情が喜んだ顔になるのは少し見てみたいと思ったと同時に何故パフェが食堂に追加されたのかを察した。
こいつのせいか…!
「僕これが良いな」
イシュドが指さしたのは多種多様の肉を重ねそれを薄くスライスして薄いパンのような生地に挟んだケバブだった。普通のケバブは1種類だがこのケバブは魔獣を解体する際に出た肉をかき集めて作ったものなので普通のケバブより安く、勿論同じ味もない。
「そんなのでいいのか?」
「こうも味が違うと毎日楽しめるんだよ」
メニュー表の裏に書いてある魔法陣に魔力を通し注文を入れる。そうすれば勝手に厨房へ注文が通るシステムだ、これは簡易的な伝達システムだがそれを応用したものが念話となる。念話に関してはもっと細かな魔術式が必要になるが近い将来小型化するだろうと予想されているが教会が踏み出してはくれない為技術は進んでいない。
じゃあ何故マスターへの報告はイシュド頼りなのかと聞かれれば簡単だ、高濃度魔力地域にマスターが居るからだ。
高濃度魔力地域はその魔力の濃さによって魔法が妨害される
イシュドが伝達用に使ってる生物を見たことは無いが高濃度魔力地域でも活動は出来るようで予想では魔力地帯から捕まえてきた魔物では無いかと予想できる。
小型の魔物なら魔力地帯から出て魔力を吸いながらだとしても消費は少なく安定した魔力供給さえ有れば存命する事は可能だ。
もうひとつの可能性としては魔力地帯の生物と変異なしの同種を混ぜたキメラなら魔力地帯への耐性も高く維持も魔力を使わずに飼育出来る。祖龍の血を持っているから実験の産物として出てきていてもおかしくは無い。
書類に目を通しながら伝達動物を考えていると書斎の扉がノックされた。
「入って構わない」
「失礼します。」
料理が届いたようだ。
「そこら辺に置いてくれ、食器は後で直す。」
一々呼ばれては食堂も困るだろう、置かれた皿にはケバブとゴロゴロとした肉の入ったシチューに付け合せのサラダとパン
「ギガントホッグのシチュー?そういえば昨日取れたって言ってたもんね」
家畜用の品種改良されたものではなく野生のギガントホッグは飼育下より3倍もの大きさになるが肉質も硬くなるし臭みも強い、安く多く食べたい冒険者にとって下処理されホロホロになるまで煮込まれたこのシチューは財布に優しい食材だ。
老後資金を貯めている身からしても大変助かる食べ物なのだ。
「んー、今日のケバブは臭みが少なくて柔らかい…ブラッド系は入ってないみたいだね」
イシュドはケバブを頬張りながら色んな種類の魔獣の名前が書かれた紙に印をつけている、恐らく食堂へ行って後で答え合わせするつもりなのだろう肉の臭みや食感、味でどの肉を使ってるかを当てるゲームをしているようだ。
ちなみにブラッド系とは血が多く血が回りやすいせいで下処理次第では質が落ちてしまう魔獣に付けられる。
一通り食事を楽しんだ後食器を戻しに行けばイシュドは答え合わせをしに調理場へと消えてしまった。
子供の遊び方としては高難易度な遊びをしているな…
イシュドは放っておいてリンの部屋へ入るとびしょ濡れの3人組がいた。
「………あー、タオルいるか?」
「すみません…お願いします」
気まずそうに微笑みながら頼んだのはリンの弟子のファイだった。
「おいリン、流石に女の子に水を頭から被せるのはやめろよな」
リンの部屋の引き出しを漁りながらそう言うと布団に包まったリンはクスクスと笑った。
「僕のせいじゃないよ、彼らが避けれないのが悪い」
意地悪な子供みたいな事を…と思ったがそういえばまだ子供だったかと思い出した。
「何か気に食わないことでもあったのか?」
「僕がそんな程度の生き物だと思ってる?ただ反射神経の抜き打ちテストしてみただけだよ、結果はご覧の通りだけど」
「あぁ、そういう……まぁだろうかとは思ったが」
引っ張り出したタオルを3人に配れば3人とも少し残念そうな顔で濡れた頭を拭いた。
「この中で1番反応が良かったのはその…黒いの、君だね。」
「付き添いで来ました。アズマと申します。」
アズマが簡易的な礼をすると布団の中のリンは腕だけを出して手を振った。
「一応『鮮血』って2つ名貰ってるけど気軽にリンって読んでいいから君あれでしょ?普段は近接型」
「そうですね、1人行動ならば近接をするのですがパーティーを組むとなると私の身長だとどうしても邪魔になってしまいますので弓を使わせていただいています。」
確かに2メートル近い巨体が前衛に行くとなると視界の邪魔になってしまうし接近型なら尚更ターゲットも見えなくなるのでパーティー時に弓へシフトチェンジするのは良い考えだ。
「その体の大きさなら弓でも十分な威力は出るだろうね、弓を1度見せてくれないかい?」
「はい。出てきなさい保存食」
懐から瓶を取り出すと瓶の中から少し不気味な人形が顔を出した。
「これまた面白い魔武器の形状だな」
アズマは人形の首を掴むと人形の頭と胴体が長く変形し重量感のある長弓が出来上がった。
「……支援系の弓じゃないのは分かるよ、うん」
これズドンってするやつだ…支援だと思ってたのに全然違かった。むしろトドメ刺してくるタイプの弓だ、リンも想定外だったのかちょっと戸惑ってる。
「ファイが対人特化な事を考えればまぁ……火力は申し分ないようだね、対人以外は役たたずだしファイも簡単な後衛を出来るようにしとこうか」
リンがやっと布団から顔を出し果物を剥いていた『氷の』から果物ナイフを取り上げると勢いよく自分の手を突き刺した。
溢れた血は重力に逆らい小刀と鎖になりリンが軽く振ると『氷の』が勝手に持ってきたリンを模した抱き枕を突き刺した。
「あぁ…!リンさん抱き枕が!」
「…これなら非力な僕の弟子でも使えるでしょ?」
鎖と小刀は溶けリンの身体へと戻るとファイは目を輝かせるように見ていた。
「ちょっと難しそうだけど頑張って覚えてみますね」
ファイは嘆いている『氷の』には一切目もくれずペンダント型に変形していた魔武器を取り出すと形状を模倣し始めた。
一方一部始終を見ていたメルエムとアズマは引いた顔でリンを見ていた、それもそのはずリンの血を操る力なんて摩訶不思議な現象を目の当たりにすればそうなるだろう。
「リンは魔物との混血だ、真似はするなよ」
「するわけないよ!」
ブンブンとメルエムは首を横に振るとアズマは少し頷いた。
「僕は魔武器も持ってない代わりに自分の血を武器にできるんだけどあまりにも出血が多いと扱えないかな」
「出血した後の血は使えないの?」
不思議に思ったメルエムがそう聞くとリンは軽く笑った。
「血を流した瞬間に魔力を流して魔法化しないと難しいかな、出来ない訳では無いけど流れた血に触る必要があるし扱える血の量も規定があるんだよ」
「なんか水に似てるんだね」
「空気中の水分から魔法が構築できる分水の方が有利だよ、血の利点と言えば強度と派手さくらいだよ」
その変形自在で強度があるのが厄介なんだけどな…とツッコミを入れたくなるのを抑えた。
今の時代、吸血鬼という生物は居ないもののその魔物の本質は血液だと言われている。人間の血液を主食に寄生する魔物が次の寄生を探すために死体を動かしている説が濃厚とされているが定かではない。
そのため動かしていた死体と生者との繁殖は可能か否か、その場合血液が本体とされる吸血鬼の方が遺伝子の有利性があるのか、又は死体の方に有利性があるのか問題になるのだろうがリンという親が死んだ魔族が吸血鬼したとかいう特異点が出てきている以上もう本当に意味がわからない…
ある人物は吸血鬼は単なる状態異常で仮死状態だが動ける、しかし内蔵がしっかり機能しない為手っ取り早く血で栄養を補給している説も言っていたし
大昔の記録者は吸血鬼の祖は世界で二体しかいない希少種であり生と死を繰り返し記憶を引き継ぐ有性生殖を模した無性生殖個体だという記録もある。
前者の例として、よく似た魔獣がいるのだがアズマが煮込んでダシ取ろうとしてたボーンラビットが寄生体によって動かされている魔獣の死骸であり新たな死肉を求めて攻撃してくる特徴がある。
本体は白く細長い神経のような寄生体で大きな死骸の中に群れを作ってコミュニケーションを取りながら動かす性質があるのだがこういうことを聞くと魔獣学とは大変面白い分野だと少し気になってしまう。
「君は僕みたいに力は凄く強いって訳では無いけど全てにおいて程々の実力のようだね、魔術師でも剣士でもない魔剣士はその点とても合っていると思うよ魔剣士に必要なのは実力のある半端だからね」
リンはメルエムをいたく気に入ったようだ。
「ファイ、それを僕に当てる練習でもしようか、ハイレは暇なら指導手伝ってよ」
「おい、俺はAランクだからお前程実力ないの知ってるだろ」
聞いているのかいないのか、リンは一瞬布団にまた潜り込んだかと思えばすばしっこそうな猫型に変態した。
ちなみに服は全部脱いでいる。
「すばしっこいのに当てられるようになれば少しは使えるようになるでしょ」
そう言いつつファイの腹を勢いよく蹴飛ばすと壁を壊して外の訓練場まで飛ばしてしまった。
「……おい、壊すなよ…」
「後で直しとくよ、『氷の』が」
他人頼りかよ…!
チラリと『氷の』を見れば嬉しそうに破片を拾っていた。これが惚れた男の運命か…
「あー、手伝いたい所は山々なんだが俺はお前らと実力はそう大差ねぇから教えれることはない…正直BランクとAランクの違いは経験の差みたいなもんだしな」
「なら魔獣図鑑でいいから弱点の見分け方とか教えて欲しいな」
「そうですね、私達はこの地域周辺の魔獣しか知りませんので教えて頂けると助かります。」
Aランク冒険者は国を跨ぐことが多い、実際俺も他国を何度か渡ったことがある。
「俺は剣での弱点の突き方しか分かんねぇ…から…『氷の』魔法を使っての弱点の突き方も合間でいいから話してくれないか?」
「えぇ、構いませんよ。リンさん期待の新生ですので手とり足とり教えてあげましょう」
一通り教え終わり外を見てみるとボコボコにされたファイを椅子にしてリンは背を向けて紅茶を飲んでいた。
「……リン、今日実戦するのはファイだけか?」
「いや?今度はその黒いのと戦ってみようかな」
呼ばれたアズマは立ち上がるとファイの方へと向かう、そしてリンと向かい合った瞬間狼狽えだした
「な、なん…服を!服を着てください!」
「手元にないんだから仕方がないでしょ?戦闘中に服が破けて気にしてたら死んじゃうよ?」
「それはそうですが!最初から服を着ないのは話が違います!」
さっと自分の上着をリンに渡すとリンは立ち上がりファイを蹴飛ばした。
此方を向いた時何故アズマが狼狽えているのか分かった、女の姿に変態しているのだ。
「やっぱりその狼狽え様…男の子なんだね」
「性別を確認したいなら直接聞いてください…」
「だって聞くより楽しいでしょ?」
アズマは深くため息を零すと魔武器を弓の形に変えた
「とりあえず威力がどれだけあるか試してみようか」
リンがそう言うとササッと地面に魔法陣を書き魔法を発動させれば土の壁が何層も出てきた、リンは土魔法の適性は無い為魔法陣からしか土魔法を生成できない。魔術師のように魔法陣が最初から何個も組み込まれた杖を持っているならひと振りで魔法を放てるのだろうがな。
アズマが極限までしならせた弓に風が塵を運び矢を象った、そしてそれを穿てば凄まじい爆風と共に土壁が砕ける音が聞こえる
「わぁ、随分と威力が高いねぇ」
砂埃に目を細めながら声のした方を見るとイシュドが呑気に珈琲を飲んでいた。
「………砂入らないか?それ」
「全然」
よく見れば髪すら動いておらずイシュドの周りは風が吹いていないようだった。
「それは…どうやってるんですか?」
暴風に目を細める『氷の』がそう聞くとイシュドはにこりと笑った。
「ウォッカと同じ方法だよ、教えたら面白くないから内緒!」
…?つまりイシュドにも祖龍の加護があるって事なのか……?と頭に疑問符をうかべているといつの間にか暴風が止んでいる事に気がついた。
「わぁ」
嬉しそうなイシュドの声を尻目に様子を伺うと全ての土壁が崩れ去っており地面も深く抉り取られるような威力だったのが見て取れる。
「あは!充分充分!いやぁ君凄いね!火力だけならSランクいけるかも!」
リンがアズマに抱きつくとアズマはなんとも言えない悲鳴をあげ、手を上げたり下げたりしている
「じゃあ次は超近接でもしようか」
そう言うと不意打ちでアズマの顎に向かって平手を突き出すとアズマは冷や汗をかきながらそれを間一髪で躱すと距離を取ろうと1歩下がるがリンはベッタリとくっつくように着いてくる
「女性の身体してるからって遠慮しなくてもいいよ?僕はあえて君が苦手なように変態してるだけなんだからさ」
「ッ!こ…んのッ!!」
アズマが持っていた弓が形を変え両手を覆うとみるみるうちに指が長くなるように伸びていく
完成に形成し終わると今度はアズマが姿勢を低くしてリンに詰め寄った
「おっと」
アズマの繰り出す鉤爪による攻撃はいとも簡単に躱されていく
「やっぱり体格が大きいせいか大振りになるね…もしかして平地は苦手で、得意なのは森の中って感じ?」
「…その通りです」
避けられ続けていたアズマだがリンが「やっぱり?」と言いながらアズマの腹に強烈な一撃を放つとアズマは顔を歪めながら後退した。
思いっきり入ったな……
「それ前に森に住む部族達が付けてたのと同じ鉤爪ってことはその部族出身?」
「ゲホッ……いえ、育ての親が……その部族の人です。」
「あぁね、まぁ流石に僕でも森を出すのは無理だから森の中での戦闘技術は推し量れないけど普通の魔獣相手なら十分かな、森以外の場所ではハイレより弱いくらいだから森の中ではハイレよりちょい強いくらいなのかな?」
俺は一応ギリ中の上くらいなので割と辛口の評価だ
「でもその頑丈さはハイレ以上だね、ちょっとだけあばら骨折る気で蹴ったんだけど」
「……通りで死ぬほど……痛かった訳ですね」
「本当はもう少しぼ…痛め…可愛がろうとは思ってたんだけど君大きいから立ち上がれなくなった時に場所取るし面倒臭いなぁ……って」
「全ての本音が漏れてますよ」
リンのこの反応からしてアズマの改善点は少ないようだ…弓の威力はお気に召したようで後の改善点といえば1発にかかる時間が長いのくらいで鉤爪に関しては長弓が扱えない密集した森での使用くらいならそれ以上の技術は求めなくとも良いだろう
アズマ自体がそれ以上の戦力を望むなら筋力トレーニングや体力トレーニングを重ねて武器は大剣や長剣にシフトチェンジするしかない。
「じゃあ次はメルエムだね!」
一番楽しみにしているのかニコニコと微笑みながら今度は男形態に変態すると『氷の』がメルエムの顔を覆った
流石にご令嬢に下品な物を見せる訳にもいかないのを分かっているようできちんと洋服を着たのを信じられないという顔でアズマは見ていた。
そうだよ……お前は遊ばれてただけなんだ……
「お願いします。」
メルエムはそう言うといきなりリンへ斬りかかったが想定していたのかリンはメルエムの剣を左手で掴むと流れた血で即座に剣を作り出し反撃するがメルエムはそれを瞬時に躱し蹴りを入れ距離を取ると同時に剣先から三本の雷を放った。
「あはは、良いね!」
三本の雷はリンが出した炎の盾で相殺されメルエムは頬を膨らませた
「すっごく簡単にいなされてる気がする」
「剣術はハイレと同じだね、教えてたって言ってたから想定してたけどやっぱりハイレの癖がついてるね」
今度は炎の斬撃をリンが飛ばしながら距離を詰め寄る
「魔術は誰に教わったんだい?粘度も速度も凄く早くてびっくりしたよ」
「メルエムはグローに教わってる」
「あの子に?随分と教えるのが上手いんだね」
メルエムは斬撃と追撃を避け続けていたものの次第に避けきれなくなったようで傷が増えていく
「一応貴族なんだからあまり跡が残るような傷つけるなよ?」
「分かってるよ」
押されていたメルエムが地面を強く踏みしめると同時に地面に魔法陣が出現し下から突き上げるように稲妻が走る、リンは避けようとしたものの直撃してしまったが遠くからでも分かるほどの満面の笑みが伺える所を見ると、あまり効いた感じは無さそうだ
「2回目なんてさせないよ」
リンが斬撃を地面に向かって飛ばすと跳ね返りの土がメルエムの視界を遮るのをリンは見逃さず確実にメルエムの顎に衝撃を与えるとメルエムは倒れ込んだ、そしてリンは素早く残っていた魔法陣を破壊すると破壊されたあとの魔法陣の痕跡を眺めていた。
「かなり威力は抑えてあったからいいけど……『氷の』ちょっとこっち来て」
リンは『氷の』を呼びつけると破壊した後の魔法陣を見せた
「ほら、すごいでしょ?」
「これは……私でも習得するのに5年はかかった代物ですよ…」
チラリと魔法陣を見るが魔法が使えない俺にはさっぱりだった。
「2段階魔法陣だよ、シンプルそうにみえても構造が複雑で文字が合わさってはいけないし起動する際に同時に発動しないように構築するのが大変なんだよ、……ハイレ達が組んでた期間はどれくらいだった?」
「2年くらいかな」
「分かるかい?
僕の次に強いこのドMが独学で5年かかったものを2年でここまで完璧に他人に教えれる技術があるんだよ?ギルドにも講師として来てくれないかな…」
それを聞くと意外と凄い奴だったのかと再認識される、元々ギルドに所属する魔術師は少なかったもののやっと増え始めたくらいなのだ
「流石に難しいんじゃないか?
今までずっと魔術師はフェアリー教の専売特許みたいなものだったんだし」
リンは納得いかないのか気絶しているメルエムをアズマに渡しつつまた魔法陣の欠片を見せてお願いしてくる
「ねぇハイレ、あの子に聞いてみてよ」
「はぁ…分かった、聞くだけな」
面倒臭い事を頼まれてしまった。




