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マスターの噂


ウォッカに手紙を出して3日ほど経った時、ウォッカから返信があった。

内容を纏めると

フェアリー教は結界を崇めている宗教ではあるものの結界の維持も任されており、その結界の維持をする為に大量の魔力が必要という事で魔力量が多ければ多いほど貢献度が高く結果的に魔力の多い人間が1番偉くなっていくのだとか、そう言われれば普通の魔術師より強いグローが神父になるのも納得できるだろう。

宗教内でしか生活していない人が居るのは元々馴染みのなかった魔力を持つ人間は迫害されており生まれてすぐ捨てられることも多かった時代に赤子を引き取り育てていた経緯がある為その子孫や信者同士の子供も育てる上で隔離のような状態になったのだろうと推測された。

結界を貼る際の儀式はよく分からないものの結界を張り出した当初は死者が出るのは当たり前だったという事が書いてあった。


「何百年単位の話してんだよあの人は…」


古い歴史書を良く読んでいるのを見るがやはりマスター代理をするならば歴史も知っておくべきなのかとしみじみ思った。


「イシュドも歴史には詳しいのか?」


イシュドも偶につまらなさそうに歴史書を隣で流し見しているのを見かける。まさかとは思うがマスター並に歴史に詳しくてそもそもマスターに手紙を送る必要なかったのかもしれないと怪訝な顔でイシュドを見るとキョトンと年齢に見合った顔をした。


「僕?ウォッカみたいに魔力と汚染が溢れた後の全部は覚えてないけど龍の時代と勇者の時代の事は分かるよ」


良かった、ちゃんと子供子供していた。とハイレは胸を撫で下ろすとイシュドの頭を撫でた。

龍の時代も勇者の時代も話は御伽噺のようなものでそれくらいならハイレも知っている。男の子が歩む道をきちんとこの子も歩んでいるようで嬉しく思った。


被害者がフェアリー教の信者なのはほぼ確定だろう、問題はフェアリー教から協力を得られるかがかなり厳しいのではないかとハイレは考えている。

それもそのはずギルドとフェアリー教はあまり仲が良くない。

結界を崇拝するフェアリー教にとってわざわざ外に出て庇護下から外れる荒くれ者にいい顔をする訳もないだろう。

グローは……あれはそもそも信仰心が無いものの魔力が多く孤児出身ということもありフェアリー教内では例外扱いと見ていい筈だ。

一応フェアリー教とギルドの関係を知っている為できるだけ手助けをするという発言なのだろう。


「…グローに協力を仰ぐか…?」


グローを巻き込むのもどうかとは思うものの協力してくれそうなフェアリー教なんてグローしか見当たらない。

しかも神父という上の立場と来た…まぁ外掃除をさせられてたところを見ると形だけの立場のような気がするが


「今の現状的にフェアリー教に協力してもらわないと解決出来ないし被害も増えてくだろうね」


つまらなさそうに被害書を見てはハイレの独り言に付き合ってくれている。もうこの子が代理でもいいんじゃないかと思うほど的確な事を言ってくれるのだが如何せん若すぎる。


「お前も早く大人になって代わってくれ」


「あは!一生かかっても無理だね!がんばってよハイレおにーさん!」


にんまりと笑いながらブラック珈琲を飲み干すと用事は終わったと言わんばかりに部屋を出ていく。


「僕はパスだよ?」


後ろで気だるげに聞こえたのはリンの声だ、今日は特に日差しが強いため完全に布団に引きこもってしまっている。


「あぁ、俺だけで行くさ。」


流石にあの時は鼻の効くリンを連れ回したものの話をする為だけにギルド最強を連れていくのは些かどうかと自分でも思ってしまう。

それにリンの燃えるような赤い髪やアイマスク姿であっても貫通してくる中性的で整った顔は人の視線を集めてしまう。

自分の顔が普通よりかはいいのは自覚しているがそれが霞むほどの美顔が傍にあると悲しいものだ。


纏めていた資料を肩掛けの鞄に入れ今回はギルドの制服ではなく私服で向かう。

リンは常に目隠しをして生活しているが生活に支障はなくリンにとっては全て見えているのだという、【魔眼】と呼ばれる特殊な目によって壁をすり抜けて見えてしまうようだ。

壁が多ければ多いほど見えにくくなる為あえて壁を作って効果をできるだけ緩和しているんだと、見えすぎると脳に負担がかかる為普通の人間には魔眼は移植することが出来ないようだ。


こう見れば日差しに弱く魔眼により常に脳に負荷がかかっているリンは体調を崩すことも多いのでウォッカが面倒を見るのも分からなくは無い。


協会の前まで着くと一般信者達が次々に入っておりそれに混じってハイレも足を踏み入れた。

前に1度入ったことはあったものの、やはり室内は白を基調とした内装で殆どがロウソクの光と窓からの光でとても親しみやすい雰囲気をしていた。


おおざっぱな神像を取り出して何処に使うのだろうかと悩んでいると後ろから声をかけられた


「そのご神像…グロー神父のお知り合いですか?」


振り返ると修道女のような人物が呆れた顔でグローのご神像を見ていた。


「…あぁ。」


「着いてきてください。」


言われるがまま後ろを着いていけば教会の真ん中で何かをしているグローをみつけた。

いつもの顔とは違い神父らしく慈愛に満ちた顔をしており、女性の多い信徒達が嬉しそうな顔をしている為信仰ではなく単にグローの顔を拝みに来るのも居そうだと頭の端で考えた。

少し幼げのある顔だが確かに顔は良い、それを全ていつものポンコツ具合が打ち消してしまっているのだが…


教会横に繋がる少し豪華な扉を開けつつ修道女のような人物が「少しお待ちください」と指示を貰い柔らかな革のソファに腰をかけた。


教会内は信徒でごった返しているので暫く時間がかかるだろう。








予想した通りグローが対応できたのはそれから2時間後だった。

用意された紅茶を飲みながら部屋に置いてあった本を流し見していたがグローの顔が見えたと同時に冊子を閉じた。


「モテモテだな」


「そんなんじゃないよぉ…来てくれてありがとうね!ハイレ」


スキップをしそうな勢いで対面のソファにグローが腰掛けるとハイレは持ってきた書類を広げた。


「この間町外れで大量の死体が発見されたんだが、どうも被害者がここの信者みたいなんだ。」


「最近置き手紙を残して突然いなくなる子が多いと思ったら…」


なるほど、フェアリー教で気づかれていなかった理由は手紙を残したまま失踪しているせいかとハイレは納得するとグローに協力を仰いだ。


「手紙を残させるって事は内部に犯人が居るってことだな」


「そうだね、僕が手がかりを探ってみてもいいけど…」


チラリとハイレがグローを見ると何とも不安げな顔が見えた。正直魔法以外ポンコツなコイツを頼っても大丈夫なのだろうかという不安はある。


「……その、なんとかフェアリー教に立ち入り許可取れないか?」


国営宗教な為ギルドも下手に踏み込むことが出来ない、しかしいくらギルドと教会の仲が悪いと言っても人が死んでいる以上放っておくことなど出来ない。


「難しいけどできなくは無いよ、しばらく時間かかっちゃうけどそれでもいい?」


「あぁ、助かる」


「この資料は貰ってもいい?」


「好きに使ってくれ」


広げた資料を纏めるとグローは机の上に置いてあったベルを鳴らした。

するとさっきの修道女のような人物が入ってきた。


「アンナ、この資料を僕の書斎に置いといて!」


「……わかりました。」


極めて面倒臭いという表情で書類を受け取るとアンナと呼ばれた女は部屋から出て言ってしまった。


「…なんか凄く嫌そうな顔してたが?」

「アンナは面倒くさがりなんだよ。ところでハイレはこの後仕事?」

「いや、今日の予定はこれだけだ。」


ウォッカが居れば報告やなんやらあったのだが今は不在なので本当に何も無い……いや、何かあったら仕事みたいなものだから何も無いでくれと日々ハイレは思っている。


「随分待たせちゃったしご飯でも奢るよ」

「気にしなくてもいいんだがな」


なんだかんだ言いつつ久しぶりの付き合いということで悪い気はせず話し合った結果料理の種類も多く価格も高くは無い酒場に決まり、流石に目立つからとグローは当たり障りのない服に着替えてきた。


「外で食べるの久しぶりだなぁ〜」

「何時もは教会内で食べてるのか?」

「うん、魔力の生成を良くする食べ物を重点的に食べてるよ。」


薬草なんかの採取は大抵フェアリー教へ食事を出している厨房からの依頼が多く、薬草以外にも魔物から極たまに取れる魔石の回収や鉱石の回収なんかも頼まれている


「そういやフェアリー教関連の仕事でよく頼まれるんだが魔石は何に使うんだ?」


「あれ?信徒達はギルドに頼んでるの?まぁ…最近の信徒達は実働部隊がいないからそうなるか……魔石は魔法の威力高めたりするのはわかってると思うけど魔力と体が合ってない人が付けると安定剤になるんだよ。

と言っても日々つけ続けると劣化するから買い替えなくちゃいけないけどね」


実働部隊という聞きなれない言葉を不思議に思っているとグローが置かれたワインを飲みながら微笑んだ。


「昔は自分たちで魔物を狩って魔石を入手してて効率よく狩るために実働部隊が居たんだよ。最近は実働部隊が無くなったって聞いてたからどうしてるのかと思ってたけど解決しているようで良かったよ」


「何処がだよ…フェアリー教の連中はギルドが嫌いなのに頼み込んでくるこっちの身にもなってくれ」


「ははは、そこは改善の余地ありだね」


フェアリー教だからと突っぱねる訳にも行かず後ろ指指されながらこき使われる状態が続いている。

冒険者の中でもやはりその体制に苦言を零す声も聞こえる現在、とても仲のいい関係とは思えない。


「どうにか教育の治しが出来ないか検討してみるよ」

「よろしく頼むぞ」


届いた料理に手を付けながら昔の事で会話に花を咲かせていた。


「メルエムはどうしてるかな…魔術を高めるのは学園ではあまり習わないと思うから剣術を重点的に勉強してるとは思うけど…」


「魔術師が少ない上に大体全てフェアリー教に流れるからな」


今でも魔力を持って生まれた子供を捨てる所は多い、それは自分たちの身を守るためでもあるからフェアリー教も強く言うことは出来ない。

魔力の制御が難しく暴走すれば死人も出る、それを押さえつけられるのは同じ魔力を持った者だけだから必然的にフェアリー教へと入教するのだ。

魔力を持つのは女性が多く、おかげでグローの周りは女性だらけになってしまった。


「フェアリー教への入教や棄教は自由なんだけどみんな気に入っちゃうからね」


「ほんと自由度高いとこだよな…」


ハイレにとって宗教に入る事は自ら縛りをつけ行動に制限をかける感覚があるのだが聞けば聞くほどフェアリー教は宗教として成り立っているのか心配になるほど自由度が高い。

それが最大級の宗教都市を作り出した要因だろうとは思っている。


寧ろこのすっとこどっこいで信仰心も怪しいこの男が在席しているのが意味不明でしかないが。


「なんか失礼な事考えてるでしょ?」

「凄いな、流石神父だ」

「そこは否定してよ〜!」


ただでさえ幼い見た目なのに口を尖らせるその仕草で更に幼く感じ頭を雑に撫でるとぶつぶつと文句を零しながら頭を抑えた。


「子供扱いしないでって言ってるでしょ!」

「すまんな」


もうグローは子供にしか見えず、ウォッカが連れてるイシュドは子供の癖にしっかりしているから子供感がない、中身を入れ替えた方がいいんじゃないかと思うほどだった。


「昔の話してたらまた皆で狩りに行きたくなったな」

「メルエムは学生だから難しいけど夏休みがあると思うからそのタイミングで聞いてみる?」

「そうだな」


【鮮血】に捕まってなければ行ける筈。


「メルエムの魔法の腕はどうなったのか楽しみ」

「鍛えるのも程々にしとけよ」


メルエムの師はグローみたいなものだ、魔法だけには長けていて教えるのも上手い…フェアリー教だから魔法に長けているのは分かっていたが神父だとは思ってなかった、道理で教えるのが上手いはずだとハイレは頷いた。


メルエムは才能がある、剣術を教えたのはハイレだがメキメキと頭角を現し今では自分より強いのではないかと思ってしまうほどである。流石は貴族…才能ある生まれだ


「魔法も才能あるし学園では結構強かったりして!…ってそういえば今学園で面白い子が居るって話聞いた?」


「面白い子?」


「なんでも魔法を無効にする魔法を使うらしくって対人特化みたい」


「なんだそれ…凄いな…」


敬遠されていた時代と違い今は魔術師の勢力が強くなってきている、一人一人が保持する魔力量も年々増えており魔力を持たない人間は見かけない程だ。


「元々魔力が無いって言われてたけどその子の近くに居ると魔法が上手く制御出来なかったりが多くて調べてみれば魔力を調べる魔法を無効化してたんだって!」


「どうやって調べたんだよそれ…」


「あれ?報告受けてないの?噂じゃ【鮮血】が興味本位で調べてから判明したって話だけど」


「あー………」


記憶を辿れば鮮血であるリンが鼻歌を零しながら珍しくモーニングティーを飲んでいた時にハイレは何故機嫌が良いのか聞いた際「面白い子を見つけたんだ」と喜んでいた気がするなと記憶の端から情報を引っ張ってきた。


「なんか…面白い奴が居るって言ってたな。丁度その辺から弟子取ったから弟子の事かと……」


「…多分その弟子が噂の魔法無効にする子じゃない?」


「………そんな気がしてきた、というより確定でそいつだろうな…」


リンに関してウォッカは世話はするものの殆どの行動は放任している、今回の弟子についてもリンから聞いているが特にこれといった支障が無いためハイレにも伝えていなかったのだろう。


そこまで自由にさせているのは人類を絶滅の縁まで追いやった邪神が何かしらのきっかけで復活する確率がゼロではないからであり、可能性としてはリンの精神崩壊が鍵となってしまうのではないかと考えている上層部も多く行動を規制すれば精神力の強化や成長が出来ないという柔軟な考えから来ている。

リン本人は「邪神とて神、身体が神の力に耐えきれないから僕が邪神になるのは不可能だよ、それにシンにぃはそんなことしない。やさしい神様だから」と言っていた。


「上層部の変なのに捕まるよりかは【鮮血】に唾つけられてた方が安全だな」


「フェアリー教の中心部には近づけないでよ?結界壊れちゃうかも」


「いやそもそも一般人は入れねぇだろ」

「あははは!」


グローがグラスに入ったワインを飲み干すとハイレは雑にワインをグラスに注ぎボトルを置いた。


「ハイレは飲まないの?」

「あぁ、この後はまた現場検証しようかと思ってな」

「あの資料の?文字からでも伝わるくらいの惨劇だったのにまたいかなくちゃいけないんだね…」

「流石にある程度片付いてる筈だが今回はその周辺を見てみようかと思ってな、来るか?」


行きたそうな顔をしていた為聞いてみたがグローは眉尻を下げ首を横に振った。


「この後祭事があるからやめとくよ」

「この後?随分遅い時間にやるんだな」

「今日は満月で夜が1番魔力が高まる日なんだ、だから満月になると効率よく魔力量を上げるために祭事を行ってるんだ」


グローが言うには月の満ち欠けと魔力には何かしらの関係があるらしいがメルエムはよく分からないとは言っていた為些細な変化なのか、ただ単にフェアリー教の教えなだけかもしれない。


「祭事って何やるんだ…?」


「魔力の底上げしてそのまま結界に注ぐ儀式みたいなものだよ、詳しくはちょっと言えないけど怠ったら結界が脆くなっちゃうからね」


割と重要な祭事なのにこんな所で飯食ってていいのかと気になってくるもののグッと堪えてハイレは「そうか」と返答した。


夜に行うという事は一般信徒は参加できないのだろう


「そういや一般信徒が上の役職になることってあるのか?」


「実力と信仰心があればなれるけどまぁ先ず一般から入った人は魔力量が圧倒的に足りないからいきなり上の役職になれる可能性はほとんど無いかな」


「魔力量が多ければ信仰心は無くてもいいのか?」


ジト目でグローを見ればグローは困ったように肩を空かせニコリと人好きの笑みを浮かべた。


「人の魔力を引き出す力があれば粗方不問とされるよ」


……意外と凄いやつなのか?とハイレは凝視するが恥ずかしそうにモジモジと動くのを見て目を据わらせた。


「そんな『嘘を言うなよ』って顔で見ないでよ!ちゃんと僕が教えたメルエムは強くなったでしょ!?」


「あぁ、成程」


教えるのが上手い教師は特別みたいな事かと腑に落ち大きく頷いた。


「あ、後特殊魔法持ちは魔力量が凄く多いから上の役職になれるかもね」


何か言いたげな顔をしながらニコリと微笑むグローにハイレは呆れ顔で肉を頬張った。


「俺はフェアリー教に入教しないからな」

「あはは、分かってるよ」


油断するとすぐ勧誘してきやがって…もしかして此奴顔もいいし自然な勧誘力も強いから上の立場になってるんじゃないかと思えてきた。


食事も終わり外に出た時はもう外は暗くなっていた。

グローが手をおおきく振り走って教会へと帰るのを見送りながらハイレは懐から紐のついた石を取り出した。

夜は暗く何も見えない為ランプを片手に移動するものなのだがランプだと燃料などを持ち運ばなくてはいけなくなり嵩張ってしまう。


戦闘時には火が倒れてしまったり消えてしまう事が有るため少しでも魔力のある冒険者はこの石を使っている

フローライトという魔力を込めることによって発光する宝石で光はランプよりも弱いものの荷物量が少なく滅多なことでは勝手に消えることがないため愛用されている。


デメリットと言えば魔力が蓄積されることは無いため魔力を流し続ける必要がある程度だ、魔力の量や鉱石の質によっても光り方が変わる為良いフローライト鉱石ほど値段は高い




現場の近くまで足を運ぶと虫も鳴かない静けさに少しだけ背中が冷たくなる。

何かしらかの情報を掴めないかと当たりを探って見回していた途端、赤い髪が目の前に現れ咄嗟に剣を振ればその人物は人差し指と親指で簡単に剣を掴んだ。


「いきなり攻撃するだなんて酷いじゃないか」


「………お前と違ってこっちは夜目が効かないんだ…せめて存在感出しながら声をかけてくれ」


恐らく同じ目的で来たのだろう『鮮血』が思い出したかのように「あぁ…」と声を零した。


「そっか、こっちが見えてても君達は普通の人間だから明かりがないと駄目なのか。ウォッカも夜目が効くから同じ様なものだと思ってたよ」


「あの人はほら…なんかよく分からないし」

「あは、それは言えてる」

「何か手がかりは見つかったのか?」


良く動きは見えないものの微かに首を横に振る動作が見えた。


「外には何も無いよ、回収される時についた匂いくらいかな」

「中は入ったのか?」

「入った途端口の中凄いことになったから出てきたんだ。ハンカチ持ってない?」


ハンカチを渡すとゴソゴソと何かを拭く音が聞こえる、大方匂いのせいで溢れた涎でも拭いてるのだろう。


「随分と頭のいい魔族が作った昔の保存庫だね、使われたのは最近みたいだけど肉を食べやすく解してそのまま暫く保存するために改良されてたみたいだ」


「外に手がかりがないって事は魔族は転移して食いに来てた可能性もあるってことか…?」


「さぁ?でもそんな簡単に魔族達が転移魔法を習得出来るとは思えないね、魔族とはいえ大元は魔物なんだし」


それは自分にも言えることなのではないのかと言いかけた口をそっと閉じた


「大昔の魔族は魔物とは別の邪神の使徒達だったけど今は本来の魔族は絶滅して魔物が模倣してるだけ、結局魔物は魔物だから僕みたいな半端物じゃ無ければそんな回りくどいことなんてしないよ

それに僕の大元となる魔物は汚染の前だから知性が比較的高い。似たような別種さ」


「あぁ…成程?」


なんとなく分かるがなんかこう……何となく分かるとしか言えないほど頭の中の処理が追いついていない


「ただこの施設を作った魔族はとても変わり者みたいだ、今まで使われてなかった事を考えるともう既に死んでいるか使う必要が無いかのどっちかだろうね、生存している可能性を考えると気をつけたがいい」


魔族は寿命が長い、魔力と汚染に適応したその個体は身体を構成する大部分を強靭な物質として変換させる事によってそれ以外の部位をいくらやられようが死ぬ事は無い身体になっている。

その物質は『核』と呼ばれておりその魔族の性質によっては身体の再生が遅い個体もいる。


大まかに分けて3種類の性質があり


攻撃型の魔族は再生力を殆ど捨てる代わりに圧倒的な破壊力を持っている。


防御型の魔族はとにかく硬く比較的戦闘を好まない魔族に多い、こちらも再生力は比較的弱いが攻撃型よりかは再生は早い。


再生型の魔族は刃も通るし攻撃力も攻撃型と比べれば圧倒的に弱いものの、代わりに再生力が高く素早く鎮圧する必要がある。


何回か魔族と戦った事はあるものの攻撃型が多い印象だ。

魔族は汚染と高濃度の魔力に適応する為に変化した生物で繁殖力は極めて低く、代わりに寿命が長い。

どのくらい寿命が長くなるのかと聞かれれば情報が少なすぎて平均寿命値が割り出せずに困るが長いものの中で300歳が確認されている最大値な為それ以上が居てもおかしくは無いだろう、年齢を重ねた個体ほどずる賢く隠れるのも上手い。


「どれぐらい昔のなんだ?」


「さぁ?ウォッカに聞かないと分からない、でもこの大きさの密室を作るならこっそりなんて出来ないだろうね」


「流石に知らないんじゃないか…?」


「ハイレは分かってないなぁ、ウォッカを普通の人だと思っちゃダメだよ。」


『鮮血』は適当な石に腰掛けると徐に自分の指先を剣で切った。

指から滴る赤と黒の混じることの無い血は地面に落ちることはなく空中でゆらゆらと揺れた


「今の人間の血は魔力に順応した結果の血なんだ、勿論僕の血も長年の封印のおかげでゆっくりと順応した。」


「あー、なんかそれっぽいこと習ったな」


「1度ウォッカが目の前で怪我したことがあったんだけどね、血の種類が人間だけど人間じゃなかった。」


頭が混乱しそうな言い方で眉間に皺を寄せると『鮮血』はからからと笑った。


「簡単な話、僕と同じ古代人だってことだよ。

魔力にも適応してる訳ではなさそうだし多分僕みたいに邪神の加護による封印は受けてない筈だよ」


「つまりすげぇ生きてるおっさん…って事か?」


それを聞いた途端『鮮血』は腹を抱えて石から滑り落ちてしまった、口からは息を吐くばかりで吸うことが出来ていない。


「大丈夫か?息しろよ」


人差し指で突くが震えながら地面を叩いては必死に息を吸おうとしている。


「お前ほんと笑いが浅いよな…」


ギルド最強とはいえやはりまだ若い18歳、面白いことは好きなようだ。あまりにも強すぎて学園も通えずひとりひっそりとギルド内で過ごしてるのが可哀想に見えてくる。



「はーっ…はーっ」


「お、やっと息できるようになったか」


疲れきった『鮮血』は地面に四つん這いになりながら肩で息をしていた。


「つまりあれだな、マスターは見かけによらず長生きだから割かし何でも知ってるってことだな」


「はーっ…そういう事…だよ、どうやって長生きしてるかは知らないけど…見たことない力使ってるから…邪神と同等もしくはそれに近しいものからの加護を貰ってる可能性はあるよ、実際ウォッカの近くには魔力が発生してないし変な障壁があるんだ。」


「…まぁ悪い人ではないし魔力が多い人間の寿命が伸びるっていう現象もあるから何ら不思議ではないな」



…ならあの手紙の内容は普通に見てきた話かもしれないなと頭の隅で考えつつ今後も昔関連があった場合ウォッカに聞くのが1番いいと認識を改めた。


「ウォッカの事おっさんっていうのやめてあげなよ…あの人見た目だけは凄く若いんだしパッと見ハイレと同い歳くらいにみえるんだから」


「お前も『氷の』を変態ドMっていうのやめろよ、一応貴族だぞ」


「それは約束出来ないなぁ、良いでしょ?本人喜んでるし」

「否定できないのがなんとも言えんな」


しかし手がかりがないとなると本格的にグロー頼りになってしまう。


「痕跡もないし僕は帰るよ、ハイレは?」

「そうだな、俺も帰るか…リンはこの後デートか?」

「流石に夜はしないよ」


「デートは否定しないんだな」

「……ち、違うって…大体アイツがいつも付きまとってるだけだし…僕は暇だから付き合ってあげてるだけなんだよ…」


フローライトを翳すと珍しくアイマスクをつけていないリンが長い赤髪を手で弄りながら口を尖らせていた。

普段はアイマスクで隠れている整った顔は中性的ではあるものの男性よりの顔だと感じるだろう

この反応を見るに脈はあるようだと顎に手を当ててまじまじとリンを見れば慌てたようにフローライトを下に提げさせた。可愛いヤツめ


「そういやお前の弟子ってあれか?魔法無効化するってやつか?」


「そうだよ、ウォッカも気になってるみたいだし今度連れてくるよ」


リンはリンで個人的にウォッカとやり取りをしているようだが能力の事は言っていたようで安心した。リンにとってウォッカは義父のようなものなのだろう、あの落ち着いた雰囲気と広い懐を見ると段々とただ顔が似ているだけの自分も本当に親戚の1人に感じてしまう。

本当に何考えてるかは分からないけどいい人なのは間違いない


「あの子はひょろひょろで弱く見えるけど対人戦にかけては随一だね、後は肉体も強化されている魔族を簡単に狩れる実力さえ身につければ敵なしだよ流石勇者の子孫だ。」


「どうやって調べたんだ?」


「ただ単に少しだけ切って血を嗅いでみたらシンにぃが殺しまくってた人間と同じような特徴の匂いしただけだよ」


リンの言うシンにぃとは邪神の事だ。

話を聞くにその時代で魔法を使えるだけのただの人間のような感覚で話される為頭が混乱する。


「魔力に溢れたこの世界なら勇者の存在は世界の均衡を壊す存在ではないから駆除する必要もなさそうだし」


「そういう理由で殺されてたのか…」


そりゃ魔法は元々神の力だしそんな神の力に対抗できる勇者達がいれば世界の均衡は直ぐに崩れるだろう、というより駆除と言われるほど勇者が溢れてたのか…


リンが歩き出しそれにつられてゆっくりとハイレも隣を歩くと話は続いた。


「龍の時代の時は凄く安定してたみたいだけど傲慢な国が禁忌を犯して勇者を召喚し始めちゃったからその埋め合わせがシンにぃに来たんだ。それに連なって変化の龍とその子供達も姿を隠したって話を聞いたよ」


「龍は関係ないんじゃないのか?」


「生物をその環境に合わせた変化をさせる龍だよ?膨大な神由来のエネルギーを持ってる生物を狙わない人間は居ないさ」


どの時代にも傲慢な人間は付き物で、そんな人間に巻き込まれるのは人間だけではない。ちなみに始まりの龍とか変化の龍とか祖龍は全部おなじ龍で呼び方が違うだけだ。


「変化の龍って正直何の役目があるのか分からないんだが…」


「元々死んだ土地を潤わせる大天使の一体だよ、自らの血肉を養分にさせることによって生物を誕生させたんだ。つまり僕らもまた変化の龍の1部って事さ、生物が溢れている時は生物と自然の均衡の為に恩恵を与えてたって話だよ」


つまりバランスメーカーみたいなものかとハイレは1人納得した。


「今の時代には争いの種だな…」


「そう、正確に言えば龍で溢れてた時代からもう大天使としての役目はあらかた終わったはずなんだけど…」


リンは口を噤むと手を前に組み始めた。

邪神の死、つまりリンの育ての親…兄?の死によって引き起こされた大災害で人々を汚染から守ったのが今の変化の龍、祖龍の現状なのだがリンはやっと自分の育ての兄が死んだことを受け入れた状態な為あまり口にしたくはないのだろう


「そこからは俺も知ってる」


「祖龍はその性質上死ぬ事は無いからあの状態でも生きてると思う、でも汚染に強い身体を人間や動物に取得させる手段がないからどうにかあの汚染地域から助け出してあげないといけない」


「あぁ…だからウォッカさん高濃度魔力地帯に通ってるのか…」


今まで何で祖龍を見に行ってるのかイマイチよく分かっていなかったもののウォッカは祖龍の力を借りて人間が汚染にも耐えゆる進化をさせたかったのかと納得した。


「今の現状的に祖龍に近づけるのはウォッカだけらしくって、どういう原理で汚染を防いでるかは知らないけど他人を魔力からは守れるけど汚染から守る方法は無いみたい。」


汚染に比較的強い魔族は昔の神の眷属であった魔族ではなく他種族の魔物が変化した魔族モドキなので今の魔族の混血は生まれない…と言っていたが、リンって昔の魔族の混血じゃなくて魔物の混血じゃなかったか…?


「…なぁ、リンって魔族じゃなくて魔物の混血なんだろ?なら魔物でも混血は出来るんじゃないのか?」


「あー、そこは説明するのが少しめんどくさいけど…魔族が死んで魔物になった生物だから身体自体は魔族なんだよ、だから人間とも混血を作れるの」


「あ???」


意味がわからん


「僕の時代には他人の血を啜る死体の魔物が居たんだ、分類的には魔物に属するけど知能も高くて死んでても動いてるって事以外魔族と大差ないんだよ、ただシンにぃの眷属から外れた生物だから魔物に分類されたってだけ」


「だから邪神の血で反発を防がないと死ぬのか」


「そゆこと」


邪神の眷属である昔の魔族は龍よりも立場の低い天使のような立ち位置で祖龍とは違い生物を作り替えることは出来ないが子を成すことは出来る……がリンの父だか母だかは知らないものの死んでしまった為子を成せるだけの魔物と変わってしまったということか…


「僕の元となる魔物というか魔族は汚染に比較的強いしシンにぃの血も汚染に強い…でも祖龍の血で僕を新たな生物と変えた場合、邪神として汚染を飲み込む力に僕の身体が耐えられずに崩壊する可能性が高いからウォッカは僕に祖龍の血を使わないんだ。」


「あ、祖龍の血もってるんだな…」


てっきり祖龍の血も汚染地域から持ち出せないものだとばかり…


森をぬけ門を通りギルドの目の前まで歩いてきた、ちらほらと酔っ払った冒険者達が肩を組みながらフラフラと歩いているのがみてとれる


「希少なものだから見せてもらう事も出来ないんだけどね」


「ウォッカが持ってるものだけなのか?」


「いや?龍の時代かそれ以前に死んだ祖龍から採取された血液は何個かある筈だよ、昔の人は研究熱心だからね…それでキメラを作って実験してたみたいだけど殆どの研究所は壊れちゃったみたいだし」


「…まぁ、キマイラが野生魔物としているからそうだろうな…」


あの見るからにキメラなキマイラ…祖龍の血の実験生物だったのか…そりゃキメラにしか見えないのに繁殖する筈だな…と妙にハイレは納得した。


「ハハッここら辺は余りいないけど確かにアレは産物だろうね」


高濃度魔力地帯に行ったり祖龍の血を持ってたり…


「もしかしてウォッカさんって祖龍から加護もらってるんじゃねぇのか?」


「それは有り得るよね……でもウォッカの身体が古代人のままなのが気になるところなんだよ、祖龍なら庇護下の人間を強化してあげないだなんて可哀想じゃない?」


「急に可哀想なおっさんにするのやめてやれよ」


リンがいきなり吹き出し腹を抱えて蹲る、何処かのツボに入ったらしい。


「あー、悪かったって…そんなに笑うなよ」


必死に漏れ出る声を抑えるリンの肩を持ってギルドへ押しやるとイシュドが興味津々に歩いてきた。


「なに?またリンを弄んでるの?」

「人聞きの悪いこと言うなよ」


イシュドはケラケラと笑うとまたどこかへ歩いていく、多分紅茶を注ぎに行ったのだろう。会う度に紅茶入れてくるのは何なのか知らないが丁度喉が渇いていたので気にしないことにした。


リンを部屋まで連れてくるとリンは布団には潜らず椅子に座り頬をついてため息を零した。どうやら笑い疲れたようだ


「ウォッカはあまり口数が多くないけど聞けば話してくれるし今度聞いてみるのもありかもね」


「イシュドはどうなんだろうな…親戚?って聞いたんだが」


「僕は親戚じゃないよ?」

「うぉ…」


ひょこりとイシュドは顔を出すと紅茶2つと珈琲を置いた。


「僕はウォッカと血の繋がりは一切ないよ、ウォッカが説明面倒くさがってそう言ってるだけ。ハイレの紹介もこの間お偉いさんに親戚って言ってたから」


「何言ってくれてんだよ…」


「ウォッカは適当だからね」


血の繋がりは一切ないって事はただの他人の子供と言うことでは無いかとハイレは気づいてイシュドをみるとイシュドはにこりと微笑んだ。


「多分親戚って言っとけば面倒くさくないからそう言ってるんじゃないかな」


「適当すぎるなオイ」


「リンは知り合いの知り合いの子供って言ってたし本当に適当なんだよウォッカって」


そう言うとイシュドは珈琲を1口飲んだ。


「夜にあまり珈琲飲むなよ」

「分かってるんだけど止められなくって…」


「ウォッカの親戚の範囲広いねぇ〜」


あまりにも広い親戚の範囲にリンは感心しながら紅茶を飲むとまた頬杖をした。


「なぁイシュド、ウォッカさんって祖龍の所まで行って何してるんだ?」


「え?うーんとね近くの魔物のサンプルと龍の血を取ってきて研究はしてるみたいだよ、でも汚染された魔物と人間の血が上手く結合出来なくて崩れるって言ってた。」


「てっきり祖龍の血なら問答無用で作れるもんだと思ってたんだけど違うのか?」


「汚染は全く別物の力だから上手い具合に噛み合わなくて困ってるんだ、龍の愛し子ならもしかしたら上手くいくかもだけど…もう多分血は絶えてると思うんだよね」


龍の愛し子というのは初めて聞く言葉だ


「…その、龍の愛し子ってなんだ?」


「龍と契約した人同士の子供だよ、龍との契約は血を分かつ事で出来るんだけど龍と契約する人がそもそも少ないのにまたその子供も愛し子同士じゃないと血が続かないんだ。因みにウォッカも愛し子だよ」


…なら自分の血で実験した方が良くないか?と思いイシュドを見たが首を横に振った。


「ウォッカは不変の契約を交わしてるから無理かな」


「不変の…?」


また更に聞いたことない単語が出てきたなとイシュドを見ればにこりと笑った。


「契約は望むものを手に入れる代わりにその対価を払わなくちゃいけないんだけどウォッカは対価として死と老いそして永遠の不変を捧げてるんだよ」


…普通人類が喉から手が出るほど欲しいものだよな…?不老不死って…


「あぁ…だから汚染が効かないのか」


「正確に言えばウォッカに降りかかった汚染や魔力は全て契約している生物に降りかかる」


「…契約元は汚染に強い生物って事か?」


「汚染に強い生物で知能があるのってさ」











「そう、祖龍だよ」









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