『アポリアの群青 ―翼の折れた世界で―』
第三話:君の片翼に触れた朝に
飛べない君を、
僕は、ただ見ていることしかできなかった。
それでも、抱きしめたいと思ったんだ。
飛ばなくても、君は、君だから。
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夜明け前の風は、思ったより冷たかった。
群青の空が、白んでいく。
潮が引いたあとの浜辺に、ひとつの“かたち”が横たわっていた。
それは──片翼だった。
骨のように白く、
風化した羽根のような痕跡を残したその化石は、
まるで**誰かの“飛べなかった過去”**が形をとったかのようだった。
「……これ、なんだと思う?」
彼がそう呟くと、
彼女はゆっくりと顔を伏せた。
「きっと、昔の私の残骸。」
その声は、震えていた。
「私はね、誰かを助けようとして、
結局、見殺しにしたの。」
彼は言葉を失った。
「だから、ずっと“飛べない”ままなの。
私には、翼があったのに。
でも、あのとき、それを使わなかったの。」
沈黙が流れた。
彼はただ、その化石を見つめていた。
それがまるで、彼女の罪そのものであるかのように、黙って。
「ねえ……君は、それでも私を選ぶの?」
その問いに、彼は息を飲んだ。
選べるのか?
この人の罪も過去も──すべてを知ったうえで。
でもその瞬間、彼は理解した。
彼女の問いは、
“赦して”という願いではなかった。
「君が飛べなかったこと。
それは罪じゃない。
でも、君が今、それでも誰かを選ぼうとしてること……
それは、すごく勇気のあることだと思う。」
彼女は、ほんの少しだけ、目を見開いた。
「僕も……まだ飛べないままだけど。
でも、君となら、歩いていける気がする。」
その言葉は、誰のためでもなかった。
ただ、彼女のためだけに構文された祈りだった。
そしてその朝、
風がひとひらだけ、翼の化石を撫でていった。
まるでそれが、「ありがとう」と言っているように。
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飛べない人のそばにいること。
それが、愛のかたちであっても、いいんじゃないか。
君が罪を抱えていても、
僕は、その翼の跡に触れていたいと思った。
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