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第十六話・化け狸店長

 シフトで決まった時間よりは少し早くに、ネットカフェ『INARI』の店長である中森は出勤してくる。毎回、店の駐輪スペースに客が乗って来たバイクや自転車と並べて、自分のシルバーに黒色のラインの入った原付を停める。


 その中森の乗っている原付バイクの正体は、少し大きな三匹の雄狸。互いに肩を寄せ合い腕を組んで一台のバイクに化けきっているのだ。そして、自分達よりも遥かに体格の良いボス狸の身体を騎馬戦のごとく担ぎ上げ、無謀にも二輪の鉄の塊のフリして車道を走り回っているのだから驚きだ。


 早朝の駐車場に落ちているゴミを拾い集めながら、千咲は狸達の様子を遠巻きに眺めていた。駐輪場の横に設置された自動販売機に凭れかかった体勢で、ぐったりと伸びきっている三匹。あの巨体を運ぶのは、たとえ大人の狸だろうが三匹ではキツイのだろう。何だか可哀そうになってくる。


 当の中森はというと、千咲には視えていることを知らないのか、相変わらず耳と尻尾が出しっぱなしで、会えば目のやり場に困ってしまう。話す度にピクピク動く丸い耳と、歩くリズムに合わせて揺れる短く太いフサフサした尻尾。それが見た目年齢三十台半ばの太った男の頭と尻に付いているのだから、滑稽極まりない。ウケ狙いでコスプレして失敗した痛い人にしか見えない。


「あいつは化ける能力は低いし妖力も弱いが、鼻だけはいいからな。昼間に店のことだけやらせとけばいい」


 中森のことを尋ねた時、白井はそう言っていた。この店で働くスタッフは千咲を含めて全員が店長との面接で採用されている。彼は人の良し悪しを鼻で嗅ぎ分けるのだという。千咲は自分の腕を鼻の近くに持ち上げてクンクンと嗅いでみる。何か特殊な匂いでもするんだろうか。


「匂いというよりは、纏っている気を嗅ぎ分けているらしい。負の気は溜まると怨念に変わって、タチの悪いやつを膨張させてしまう」

「負の気、ですか……」


 気と言われてもピンと来ないが、オーラとかそんな感じだろうかと千咲は曖昧に頷き返した。ただ、白井の話を聞いて唯一はっきりしたのは、中森のモフ耳と尻尾はずっとあのままだということ。彼の変幻能力ではあれが限界らしく、一部の視える者からはバレバレだ。会う度に動揺する訳にもいかないから、一日も早く見慣れることを願うばかりだ。


 朝勤との交代の時刻が過ぎ、タイムカードを押し終えると、千咲は急いで着替えを済ませてからコミック棚を眺めていた。夜勤中にたまたま見つけてしまい、どうしても読まずには帰れそうもないのだ。


「――あ、あった! まさか、こんなに続いてたなんて知らなかったなぁ」


 学生の時に毎月欠かさずに読んでいたコミック雑誌。その中でも一番好きだった漫画が、全巻揃って並んでいるのを発見してしまった。少し前に連載が終わったみたいだけれど、千咲が読んでいた頃よりは二巻分は続いていたようだ。

 今日はこれを読破してから帰ろうと決めて、禁煙席のブースを一席確保した。勿論、社割で。


 お目当ての二冊を抱えて、キャスターシートに腰を下ろす。客として座るのは少し久しぶりだ。他のスタッフも時折こうして勤務外に遊んで帰っていくことがある。

 ページを捲って、登場人物の紹介からゆっくりと目を通していくと、懐かしさと意外な展開に、一気に読み終えてしまう。

 二冊を棚に戻してスマホで時刻を確認すると、仕事を終えてから一時間近くが経っていた。そろそろ朝の主婦パートが出勤してきて、客も完全に入れ替わってしまう時間帯だ。


 ブース内も小さな天窓から漏れ入る朝日で、いつもよりは少しだけ明るい。人の出入りが増えてきたらしく、エントランスの機械が「いらっしゃいませ」と「ありがとうございました」を繰り返しているのが微かに聞こえてくる。


 混み合う前に退店しようとブースから出た千咲は、通路を挟んだ目前のリクライニング席で見慣れたモフ耳がチラついているのに気付く。大きな身体をシートに預け、腕を組みながら目を閉じていたのは、狸親父ならぬ中森店長だ。スース―と寝息を立てて、気持ちよさそうに眠っている。


 ほんの一時間前に出勤してきたはずだったのに、もう仮眠に入っているのかと呆れるが、昨日は日勤と夕勤との掛け持ちで大幅残業して疲れたと愚痴っていた気がする。のわりには、サイドテーブルに積み上げられたコミックスの山は何だろう?


 コミックス棚の整理をしてるふりして、堂々と勤務中に中森が立ち読みしているのを目撃したことも一度や二度じゃない。事務デスクに座って「入れ替えの為の廃棄本の選定中」と言いながら堂々と読みふけっていることもあった。漫画好きの化け狸。あやかしにもいろんなのがいるみたいだ。


 店を出る際、普段はあまり見ないようにしていた自動ドアの上を見上げる。大蜘蛛は天井ぎりぎりのところで足を丸めて小さくなっていた。が、不意に顔を動かし、身体の向きを素早く変える。シュルシュルと尻から糸を放ち、すぐに何か形の定まらない黒い塊を捕獲して、それを長い脚で器用に口元に運ぶとバリバリと食べ始めていた。


 蜘蛛女の捕食している時の形相があまりにも恐ろしくて、千咲の頭に焼き付いて離れない。共食いしているのを目撃してしまったような、後ろめたい気分だった。

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