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「ふぅ……」
アルフェンに言われた通り、風呂に入ることとなったミリーナは心地良い温度のお湯に身を沈めて息をついた。
ルルという名のミリーナにつけられたピンク髪の侍女によって、それらは手早く用意され、一人になりたいという要望を聞き入れた彼女は今、外で待機しているはずだ。
ミリーナは膝を抱えて口まで潜り、目を閉じる。
「……っ」
だが、視覚を閉ざせば、黒髪をたなびかせたあの美しい顔が浮かんできてしまい、慌てて目を開けた。
「…………私、やっぱり」
それ以上を口に出すのは憚られて、ミリーナは口を引き結ぶ。
口に出せば認めざるを得なくなってしまうような気がした。でも、たとえ明言せずとも、もうずっとミリーナの頭は一つのことに占められている。
はじめは怖ろしいと感じたはずの凛々しい姿。「大丈夫」とミリーナに安心を与えてくれる優しい声。彼が見ていると思えばいつもより力が出て、褒められると今まで感じたこともないほど嬉しかった。
けれど。
ミリーナはいずれここを去る。何より、種族という大きすぎる差が両者の間には横たわっている。
認めれば苦しいだけ。
わかっているのに。
「……私、アルフェンが好きだわ」
誰にも聞かれることない告白。それでいいのだ。
けれど、この気持ちが彼にも届けばいいのにと、やはり思ってしまう。
今身体を包み込む湯のように、あたたかい人。流れる涙が混じりあって消えるように、きっとミリーナの想いも受け止めようとしてくれるに違いない。でも、だからこそ、告げるわけにはいかない。
今の自分は彼の足枷になる。そんなことは、ミリーナ自身も望んでいない。
だから自覚したばかりの想いはここに置いていくのだ。
今はまだ。
ミリーナは抱えた膝に頭を乗せて、しばし微睡む。
だがその時、ドォンと爆発音のようなものが聞こえ、建物と風呂の湯がぱちゃりと揺れた。
「!? ルル、そこにいますか?」
ミリーナは慌てて立ち上がり、侍女の名を呼んだ。
「ここに、ミリーナ様」
タオルを持ったルルが颯爽と現れる。
「さっきの音は?」
「申し訳ありません、わたしにも……」
彼女はミリーナの身体を手早く拭きながら、バスルームの外へ出るよう促す。
「ルル、身支度をできる限り急いで」
「ミリーナ様! 何があるか分かりません。危のうございます!」
音の出処に行こうとしているのだと察したルルが、血相を変えて首を横に振る。やはりあの音は普通ではないのだと確信する。
「ならなおのこと。アルフェンが心配です」
自分が行ってどうなるものでもないかもしれない。だが、ここで突っ立っていることなどできない。
「……かしこまりました。どうしても、と仰るなら」
ルルは重々しく頷いて、あとは無駄口を叩くこともなく用意を済ませていった。
「ありがとう」
小さく感謝の言葉を呟くと、ルルは苦笑しながらぷるりと首を振った。