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そうして訓練ははじまった。
初日はミリーナの現状をアルフェンが知るため、彼に言われた通りの魔法を使う。それから基礎の確認と、国にいた頃には手に入れられなかった知識を学びつつ、自分の中にある魔力を感じとる練習をした。
二日目以降は引き続き知識を得ながら、魔法をコントロールする術を身に着けてゆく。
アルフェンだけではなく、他の魔力操作に長けた人や、火や水といったそれぞれの属性が得意な人に話を聞いたりなど、ミリーナの毎日は忙しくも充実していた。
「――『水の揺り籠』」
ミリーナは両手を天に掲げ、呪文を呟いた。すると、しゅるりと水が渦巻くように現れて、あっという間に大きな水球が出来上がる。
「できました!」
嬉しくなって振り返ると、その様子を見ていたアルフェンが満足そうに頷いた。
「ならそれを半分の大きさに圧縮して」
「はい!」
ミリーナは再び自分の操るその水の玉に集中して、それを言われた通りぎゅうっと小さくしていく。水を発生させている魔力量はそのままに、体積を小さくするのだ。それには繊細な魔力操作の能力を必要とする。ミリーナのように魔力を多く持つものはその能力を高めておかなければ、自分の身すら危険にさらすのだという。つまり以前のような暴走を引き起こしやすくなるらしい。
ちなみにアルフェンは、ミリーナの作り出したものより倍ほど大きな水球を、親指の爪ほどのサイズにしてしまえる。そこまでできるようになるには、やはり時間がかかるようだが、ミリーナの目指すのはそれだ。
「っ……!」
とはいえ、今はまだ先程のアルフェンの指示をこなすのも精一杯なのだが。
ゆっくりゆっくりと水球を小さくしてゆく。
あともう少し、あともう少し――。そして、
「――――できた!」
指示された通りの大きさに圧縮する。今までは途中で失敗してしまい、中の魔力が抜けたり、それ以上小さくすることができなかったりした。
だが今は、しっかりと目標の大きさを維持できている。
「よくやった、ミリーナ」
後ろからアルフェンにそう声をかけられて、ミリーナは嬉しくなる。
「はい、やっとできました……!」
「やっと、とは言うが、随分早い方だと思う。ミリーナは筋がいい」
「え、本当ですか?」
水球を維持したまま、ミリーナは再度アルフェンの方へ振り返る。
「ああ、今まで満足な訓練をしていなかったとは思えない。才能もそうだが、貴女は努力家だから」
やわく微笑むアルフェンを見て、ミリーナの胸が高鳴る。照れ笑いを浮かべた。
「あ、ありがとうござ――、え、あっ」
だが、気が抜けてしまったのが良くなかったらしい。
ぱぁん、と弾けるような音がしたと思った瞬間には、土砂降りの雨――ではなく、弾けとんだ水球の水がミリーナたちに降りかかっていた。
「「…………」」
近くにいたアルフェンも当然その被害を受け、濡れ鼠になった二人は呆然と顔を見合わせた。
「……ぷっ」
だが水でべしゃべしゃになったお互いを見ていると、アルフェンが耐えきれないとでも言うように吹き出して、肩を震わせて笑いはじめる。
「っ、もう! 笑うことないじゃないですか!」
ミリーナも怒ってはみせるが半笑いだ。
「っはは、すまない。――『春風』」
笑いながらもアルフェンは、指を一振りする。その瞬間、ミリーナをあたたかな風が包んで、濡れていた服や髪が瞬く間に乾いてゆく。同じように自身の服も乾かしたアルフェンは上着を脱いで、ミリーナの肩にかけた。
「一応乾かしたが、あとで風呂にでも入ってしっかり温まってきたほうがいい。それまではこれを」
アルフェンの上着をぎゅっと掴んだミリーナは、口を尖らせる。
「……笑いながら言っても、説得力ないです」
「すまない」
「――でも、ありがとうございます」
お風呂いただいてきます、と言ってミリーナは走り出す。
水の滴る前髪を掻き上げるのに見惚れてしまっただとか、上着をかけてくれたのが紳士的できゅんとした、だなんてことは、絶対言ってやらないのだ。