7
穏やかな朝。
陽の光と共に目を覚まし、美味しい――たまに見慣れない食材の交じる――朝食を食べ、ゆっくりとお茶を飲む。それから、動きやすい服へと着替えて庭へと出た。
「ん~……」
ミリーナは思いっきり伸びをして、朝の空気を吸い込んだ。
故国にいる時となんら変わらない。いや、それ以上に晴れやかな気分だ。絵本に描かれていたのとは違い、太陽も美しいし空気も澄んでいる。会う人会う人、礼儀正しく穏やかだ。
まあ、ある程度は人間との和平を望む魔王による指示かもしれないが、噂に聞いていたような野蛮な種族でないのは確かだろう。
理性がなく、人の生き血を啜るなど、彼らに一度でも会えば言えなくなるはずだ。
魔物に追い掛け回されていた経緯から、この魔王の住む城へ到着してから数日は静養させられていた。とはいっても、望めば城中を探検することができたし、退屈さも息苦しさもなかった。むしろ、人生で一番のびのびできているかもしれない。
そんな日々を過ごしていたが、今日からついに魔法の訓練に入る。今ミリーナが習得しているのは、数少ない本からの情報を元にした、ほぼ独学である。
幼少期から自在に魔法を操るという魔族たち――、つまり魔法の本場で学びを得られるということに、ミリーナも少しわくわくしていた。
先生はどんな方だろう。仲良くできるだろうか。
「――早かったな、ミリーナ」
不意に聞こえた声にハッとして振り返る。
「アルフェン? どうしてここに? 見に来られたのですか?」
それとも講師を紹介してくれるのか、と彼の周囲をきょろきょろと見渡す。だが誰もいない。
「何を言ってる? 私が教えるんだ」
きょとんとした顔の彼に、ミリーナは目を見開いた。
「アルフェン自らですか!?」
「……不満か?」
「いえ、まさか! ただ、お忙しいのではないかと思って……」
この日までの数日、何くれとなく彼はミリーナを気にかけてくれていたが、実際会えた時間は少なかった。夕食は共に取っていたため、顔を合わせない日こそなかったが、それでも食事が済めば慌ただしく出て行ったりと、ゆっくりしている様子はなかった。
彼の時間を奪っているのでは。そんな不安をそれとなくぶつけてみると、アルフェンは少しバツの悪い顔をした。
「ああ……。普段はそうでもないんだ。ただその……、貴女の魔法訓練のはじめ数日くらいは、少し時間を多めに取りたくて。仕事を前倒ししていた」
「ご、ご迷惑、だったのでは……?」
「いや。提案したのはこちらだ。それに、はじめてすぐは不測の事態が起こりかねない。貴女は魔力量がとても多いから、何かあった時には私くらいしか対処できないから」
「そ、そうでしたか……」
私のために? と、一瞬浮き立った心がちょっぴり沈む。そんな自分の心に気付いて、ミリーナは何を馬鹿なと頭を振った。
「それよりも、あのさっき、私の魔力が多いとおっしゃいましたか?」
人間は基本的に魔法を使えない。稀にミリーナのような者もいるが、魔族とは比べ物にならない程度の魔法しか使えない。
それは、魔法の元となる魔力が、体内より生成される量が少ないからだ。
ミリーナも人間としては多い方であるようだったが、魔王であるアルフェンにしか止められないほど、というのは信じがたい。
だが、彼は冗談を言っている風でもなく頷いた。
「やはり気付いていなかったか。でも本当のことだ。貴女が十分にその力を使えていれば、初日の魔物にも簡単に勝てたはずだ」
初日の魔物――、つまりアルフェンに助けられた際ミリーナを追いかけていたあの魔物だろう。
炎で怯ませるのがやっとだった。それなのに、アルフェンの言う事を信じるならば、あれに「簡単に勝てた」ほどの潜在能力があるらしい。
「信じられません……」
「確かに今は引き出しきれていない。でも、扱えるようになっておかないと、もっと酷い暴走が起きる」
ミリーナはあの日の炎を思い出して震えた。あそこにアルフェンがいなければ、どうなっていたことか。
「だから、扱えるようにしよう。大丈夫、失敗しても私がいる」
「……はい。私、やりますね」
彼が言うと、本当に大丈夫に思える。ミリーナは安堵して、よろしくお願いしますと頭を下げた。