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名前も知らない放浪者

作者: 言梨


==========


「人生とは、無情である」


そう告げる放浪者は、言葉をこぼす。


もしも、何らかの不遇な事故や手違いで転生させられ、

自分が異世界に召喚させられたとしよう。


憧れのお姫様を救える英雄になりたいか?

何かのスキルで最強になりたいか?

もしくは、最強の魔法使いか?


答えは、いいえだ


現実世界で、怠ってきた出来事は、異世界に来たとしても、

取り返しがつかないのが関の山だ。


せいぜい努力したところで、一般冒険者、もしくは薬草獲りか?

それとも精肉店のアルバイトだろうか?


簡単に言ってはみても 全て技術だ、どんな些細な事柄であっても

生き抜く為の知識がそこには、詰まっている。


最強の剣を手に入れば勇者になれるだろうか?

最強の防具や盾があれば傷つけられず誰かを守れるだろうか?

耐性が全振りならばどんな病気にもかからない?

ひっそり幸せになることが出来る?


そんな事は勿論ない、幻想そのものだ。


ならば こう仮定しよう、最強の剣を所持している二人の勇者がいたとする。


片方は剣はおろか握ったことすらない ズブの素人、 もう片方は剣道1段の達人

          

          君は、どちらが勝つと思う?


答えは明白だろう、隙だらけの動作は、達人には敵わない、赤子を捻るくらい容易いことだ。


常に研ぎ澄まされ、無駄なく洗練された美しい剣撃は雷に打たれたが如く、

素人であれば、何をされたかも知覚できずに、走馬灯を覗くだけで終わることだろう。


ところでお前は、そんな夢も希望も無いことを なに口走ってるんだと?

感じの悪い奴だと思われたことだろう。


夢も希望も勿論それはもう見たい。現実逃避すら勿論したい。

それがもしも今、ご都合展開の伝説の剣で状況を打破できればの話だ。


今この現状は、それほど酷い


短剣で自決する寸前の人間と入れ替わっていなければ、どれだけ良かったことか.....


「危っ.....!」


間一髪で喉を裂かずに済んだが、とてつもない腐乱臭が鼻に入り込んでくる。


それはまるで夏場に放置された動物性の生ものを何十倍にも濃くしたような、

とてつもなく不快で不愉快な

本能そのものが拒絶する悪臭だ。鼻を抑えても無理やり入り込んでくる。


独特な吐き気を催す激臭がこの現状を地獄たらしめている。


状況が理解できず、錯乱し、腹の中の物をありったけまき散らし嘔吐している。

それだけ感情を煤だらけに変えるだけの衝撃がここにはある。


瞳に水溜まりが溢れてはこぼれ、こらえては目を逸らしても状況が呑み込めない

見るに堪えない悪夢のような視覚情報をぐちゃぐちゃと無理やり記憶に埋めこんでくる。


針を何度も、何度も繰り返し刺されるような痛みが、とめどなく苦痛を胸の内に与えてくる。

呼息がまともに整えられない。


虚ろながら視界に見える惨状は

首を釣って死んでいる者

2人寄り添うように側で毒入り瓶を飲んで自決したであろう者の屍が転がっている。


暫く吐き気と恐怖で震えた状態が去り少し落ち着きを取り戻したころ。

掠れきった面持ちで、実状を確認することにする。


このパーティーは、探索中に自殺を決心したらしい。

主導者らしき服装の人物が一人と

同じ指輪をつけた恋仲であろう二人の死体がそこにはある。


主導者らしき人物の右手には、死んだ後も何かを硬く手に握り締ている。

それと同時に、左片腕が乱雑に噛み荒らされ骨が浮き出るほど折り曲げられている。

傷が痛々しく悲痛を与えたであろうことを物語っている。


一体どんな獰猛な生物がいるのか先が思いやられる。


何か解決の糸口になると思い、遺体の右腕を 恐る恐る確認しようとするが。

かなり手に力を加えないと外れない、それだけ大切に握られている。

男の指を一本ずつ外すと、 ペンダントと人物の名前付いたタグ、

それとくしゃくしゃに縮まった紙が握られている。 


ペンダントの中身を覗くと家族写真が入っている。

家族思いの冒険者だったのだろうか気の毒に...


ネームタグを確認するが、名前が分からない。

知らない言語や特殊な文字で読めない訳でもなく、認識ができない。

他二人の遺体のネームタグも確認するがやはり、名前の認識ができない。


ただ、この物体が名前であることは知覚できる。

異世界ではこれが普通なのだろうか?


おまけに、どんな素材で作られているかもわからない。

ただ金属のような見た目でありながら柔軟性のある素材で作られている。


他には、くしゃくしゃに折りたたまれた紙がある、開いて見ると、

脱出するために書き記した地図のようだ。

地図から観て東と北の方角には✕印がしるされ、崖になっていることが、

とても丁寧に書き記されている。


主導者らしき人物が死ぬ間際まで、描き込んだ地図を頼りに、南の方角へ進む。


怪物の鳴き声が遠くからこちらに近づいてきている、血液の匂いをたどって来たのだろう。


すぐさま茂みの方へ駆け出し身を隠す。

しばらくすると、道をカギ爪のような軽い足音がしゃりしゃりと音を鳴らしながら

横を素通りしていく、音から察するに4〜6匹程度の群れのようだ。

その不気味な音が先ほど居た、仲間の死体の近くを徘徊している。



微かに様子を確認すると、大型の4足歩行の熊程の大きさではあるが

ハイエナと狼を合わせたような風貌筋肉質だが細目の足をしている生物がそこにいる。


その大型の生物の後ろを小さな個体が5匹程度着いてきている。


群れのボスらしき怪物が仲間の肝臓を貪り、ぐちゃぐちゃと肉を裂く音を響かせと

残る怪物が唾液を垂らしながら何かにかじりつく始める。


身体に虫が這いずるようなゾッとする不快な恐怖心と生命の危機を感じ何も考えず

そっと音を立てないよう、こっそりと移動し距離をとろうとしたが

後ろを振り向くと小型の怪物と目が合ってしまった。


確実に殺される、そう直観させる。


我武者羅がむしゃらにそこらに転がっている何かを投げつけると怪物は、

一瞬怯み遠くへと距離をとっていく、何かが割れ激臭を放つと匂いで近寄ってこれないようだ。


隙をみて、脇目も降らず全速力で走り去る。


逃げないと殺される!

走らないと

呼吸が荒い、足が重い

それでも、ここから逃げないと喰い殺される!


背後から、怪物達がけらけらと笑うような鳴き声を不定期に鳴らす。

その鳴き声が背後に響きながら不気味に追いかけてくる。


追われては隠れ、

見つかっては、そこらで拾った激臭瓶で足止めを繰り返す。

隠れて

追われてまた逃げてを繰り返す。


匂いをたどられないよう、体に泥や地面の匂いを馴染ませ、


脱出先を目指して南へ走っていく。


---------



脱出先を目指してあれから、何時間が経過したことだろう、

少なくとも4日は経過している。

怪物を巻けたかどうかすら分からない。不安が募る一方だ


地図の方向に向かってから、かれこれ数日が経過している、食事も水も口にしていない。


喉が渇いた、腹がネジれそうだ。

腹の虫は納まらず、頭がどうにも回らない、走るほどの体力も使い果たし、

歩くだけでも手一杯、指先も痙攣(けいれん)し始め、血色が悪く体の震えが止まらない。


低体温症の状態だ、だが体を温めようにも、焚火をしようものなら

一瞬で怪物から居場所が特定され襲われるかもしれない。


ふと目についた亡骸に残された衣類を見つけ剥ぎ取る、

使えそうな物はないかと見漁るが錆て刃毀(はこぼれ)れした短剣が1本だけで

特に使えそうな物はない。


死んだ人間にはどうせ不要な産物だ、使えるものはなんでも使わせてもらう、

喰われて死ぬかもしれない状況なんだ仕方がないだろう?何を迷うんだ....


汚れた水に微かに写し出される人物と目が合う。 


どうしようもない人物が写し出されている、死んだ人間に対して今何を思った?

死にたくなくて死んだ人に何を考えた.....


人と怪物の違いは一体どこにある?

自身が人間と言えるのだろうか。


今の自分が人間だと自分自身にそう言い聞かせられるだろうか?

まだ理性の中の罪悪感が響いているうちに


せめてもの償いとして遺体のネームタグだけは、何とか引き継ぐことにする。

そう心に誓い、まだ人の形を保っていよう。壊れてしまわないように。


空腹状態でエネルギーも作れない今の身体は、体温調整すら機能していない。

おまけにこちらを入念に追いかけてくる怪物も空腹状態の飢えた個体ばかりだ、

執念深く追ってきている中。


日没は過ぎ去る


---------


立っていられるのも難しくなりあれから1日が経過した

今日で5日目だろうか?


動けなくなっては、這いずり南を目指し、時に自然物に擬態しながら数時間移動する。

狂ってしまいそうだ、楽になりたい、誰も存在しないこの空間に助けてくれる人などいない。


「なんで生きてるんだったか....生きなきゃいけないんだろう.....」


生きたところで希望があるだろうか?

生きた先に何がある?

南に向かっても本当に助かるのだろうか?


無理だ

もう、無理だろう....


最後の力で楽になるための方法を試し、短剣を喉元に向ける、

死ぬことが賢明な判断だと

何度も何度も言い聞かせている。


それでも本心は死にたくないと、生きる理由を必死に記憶の中を探り出す。


一層のこと楽になってしまえばいい、だが思考回路は楽な道を選ばせない。

ただ簡単な動作をするだけだ、後一瞬だけ手を動かせばいい


諦めかけ、刃を首に押し込もうとした瞬間、水が流れる音がする。

しばらく耳を立てると近場から音がする。


何も考えず、這いずりだし、音のする方へ必死に動くと水源を目にする。

「水だ! 水がある!」


流れる水を無理やり飲み込み乾いた喉を潤す。少し安堵の感情が沸きあがり、

瞼が下がってしまう。


--------


意識が朧げながら昏倒していた身体を起こす


またいつの間にか時間が経過している

眠る暇もなくずっと移動していた事も相まって気絶してしまったようだ。


こんな状況で、眠ってる場合ですらない、怪物が何処にいるかも分からない、

空腹の不快感で起こされながら。茂みの方へと身体を隠す。

空腹を何とかしないといけない、だが罠を作れるような知恵もない、どうやって作るんだ。


経験があれば難なくこの困難な状況に対処出来てしまうのだろうか?


「こんなことなら気まぐれで、サバイバル本でも読んでおけばよかった。」


緩やかな死の宣告がにじり寄ってくる。飢餓状態の苦痛が無力感を増し

自身の無力差を痛感させてくる。


あの首を釣った人物の判断は、やはり最後まで理性的な判断だったのだろう。

だが自分の身体はこんな状況ですら、生かそうと抗っている。


無い物は狐も食べない、色鮮やかな酸っぱいぶどうの形を模している。

そう考えるしかない

仕方のないことなんだ......


小動物用の罠の作りを試みるが、悪戦苦闘の果てに手作業で作った罠には、

何も掛からず収穫はゼロ、

木材を薄く斬り口に含みながら、まぎれる事のない空腹を抱えながら散策する。


しばらく這いずりながら移動すると小さめの瓦礫の洞窟が目に入る。


するとまたここでも朽ちた遺体を発見する、

鉄製か何かの物質で作られた手のひらサイズの円柱が縦横に陳列されている。


何処か見覚えのある形をしているが気のせいだろうか?

微かな期待を寄せながら円柱の物体を調べると、中に何か入っている


刃物で何とか開けると食料だと直観させる匂いがする。 

空腹を満たすため、無我夢中で口にほうり入れ数日ぶりの食事に歓喜の感情に震えながら、

今までの苦難を忘れ去れるほど満たされている。

こんなにも美味しいと感じる食事はないだろう。


どこか食べ覚えのある味がする。何かの煮込み料理だろうか?

異世界にも転生前の料理と似たものがあるのだろうか。

不思議に思いながらも食事にありつけただけでもこれ以上に無い幸運だ。


朽ちた亡骸から名前も知らない人物のネームタグを拾い、命を繋いで前を進む

---------

まともな食事ができてから数日が経過した。


どうやらあの筒上の物体は本当に缶詰だったらしい。

異世界にも加工技術があるのだろうか?どことない違和感が残る。


憶測だけでは判断できない。

もやもやとする感情を胸に抱えながら進む。


現在は歩けるほどまで回復し、ここが何処なのか、

どんな異世界であるのか知るために散策している。


高所から見渡すために山のふもとにある展望台らしき建物まで向かって登ている。


展望台まで到着すると、ここが何処でどんな場所なのか、

目に映る景色が何処か見覚えのある風景を彷彿(ほうふつ)とさせる。


崩れ落ちた瓦礫や見覚えのある建築物群が朽ちている。

ファンタジー要素もご都合も伝説の剣や神様ギフトすら無くて当たり前だ。


ここは、よくテレビ中継などで観たことがある、よく知る現代の建物の景色だ。


ここは異世界ではない、崩壊した東京だ。


どうやら自分は、異世界ではなく未来の崩壊した故郷に飛ばされてしまったらしい。


生存者がいるかも怪しいこの世界に、絶望せずにどう生きられるだろうか?

この崩壊した世界で何があったのか、そしてどうやってこの世界から帰還すればいいのか


雲域怪しく転ばぬ先の杖すら持てない、予想すらもできないだろう。 



人生とは、無情である 


右も左も分からないこんな世界でも、それでも生きていかなくてはいけない。

自決するなんて考えは、今は微塵も考えがつかない。


自殺用の短剣は、自分を生かすための命を繋ぐ小さな道具に変えていける。


そう心に誓った放浪者は、足取りに迷いなく何処へ向かう


--------------


その後放浪者が無事に元の世界まで帰還出来たのか?

この世界に順応して何処かで幸せに生きているのか?


名も知らない放浪者の行方を知る者は、誰もいない。


その者の人生は、その者しか知り得ないのだから。


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