第二話 紙を拾っただけなのに
普通より地味な男子高校生、西雲福寿はある日、学校の帰り道で銀行強盗の死体と、クラスメイトの南小尾茜と遭遇する。その流れで西雲は南小尾家が殺し屋一家であることを知る。
次の日、西雲は朝から人気のない階段で震えていた。
「おはよ。西雲。」
茜は教室の端の席に座って本を読んでいる西雲に声をかけた。クラス全員が唖然としていた。
「ねえ、あの男子、何て名前だっけ?西…。」
「西雲だよ。下の名前は知らないけど…。」
ちらちら失礼なことが聞こえてくる。しかし、そんなことを言われても仕方がないくらい俺はクラスになじんでいなかった。
「ねえ。聞いてんの?今、私、あいさつしてるんだけど。」
「は、はい!おはようございます!」
「一限目なんだっけ?教科書取りに行かないと。」
茜は自然に西雲の前の席に座ってスマホをいじりだした。
「え、ええと…物理です。」
「えぇ…朝から理系って疲れるんだけど。ってか、なんで敬語なのよ。そして、スマホよこしなさい。連絡先交換するから。」
茜は西雲の返事も聞かずに机の上に置いておいたスマホを奪った。
「なんでパスワード知ってるんで、いや、知ってるんだよ。」
「昨日盗み見たのよ。」
当然のように犯罪。
「はい。連絡先交換したから、ちゃんと返事しなさいよ。じゃ、授業始まるから。また後で。」
「う、うん。」
その言葉通りこの日、茜は一日俺につきまとっていた。この日だけじゃない。次の日も、その次の日も、そのまた次の日も茜は俺に話しかけ続けた。
「あの人、なんであんなに話しかけ続けるんだ?監視すると言われたけど、話しかける必要はないだろ。」
西雲はいつもの帰り道を歩いていた。この前の強盗が起こった銀行の前を通り過ぎた。そして、最悪の運命的出会いを果たした路地を覗き見た。あの時の死体も、血も残っていなかった。前方でなにやら大きなものを落とす音がした。
「大丈夫ですか?」
スーツを着た大きな男が銀色のアタッシュケースを落とし、書類を道にばらまいていた。西雲はすぐに拾うのを手伝おうとした。
「おいガキ!その紙にさわんじゃねえ!」
紙を拾おうとした瞬間男が怒鳴ってきた。ほかにも拾おうとした人がいたが、彼らもその声を聴いてすぐに拾うのをやめた。
「す、すみません。」
「んったく、こんなことしてる暇ねえのによ。」
男は体格に似合わず素早く紙を拾ってその場から離れて行った。
「あれ?これ、あの人が落とした紙だよな。忘れて行ったのか?」
西雲は離れたところに落ちていた紙を拾い上げた。その紙に書いてあるものをじっと見た。
「なんだこれ?」
「それ、貸して。」
背後にいたのはさっきまで付きまとっていた殺し屋、茜だ。茜は西雲の返答を聞く前に紙をかっさらった。
「まっずいわね。西雲、これ、落とした人見た?」
「見ました。」
まずい、敬語だったせいだろうか。この人が僕を見る目が鋭くなったような。
「これはまずい。そう、まずいわ。西雲、あんたとんでもないことをしたわね。」
「何か問題があるのか?ただの紙だろ?持ち主に返せばいいんじゃないか?」
茜は西雲の腕をつかんで、引っ張って走り出した。なんだか、この前もこんなことがあったような。
「そんな甘っちょろいこと言っている場合じゃないわ。うちに急ぐわよ。」
「え!?ええー!?ちょ、ちょっと!早すぎるよ!」
俺はまた南小尾家に訪れた。新との再会は早かった。
「おにいちゃーん!またあったねー!ゲームしよ!ゲーム!今日は負けないよ!」
「新、今はそんなことをしている場合じゃないわ。この紙、見て。」
茜は新の目の前にさっきの紙を突きつけた。新はそれを無言でじっと見つめた。そして、さっきとは違った落ち着いた冷静な声でこういった。
「これ、兄ちゃんが言ってたやつじゃない?最近計画されてるっていうテロ。それの計画書だよ!これ!ねえちゃん、これ!どこで見つけたの!?」
新はすごい勢いで茜に飛びついた。茜はよろけることもなく、淡々と告げた。
「私じゃないわよ。このなんにでもトラブルに首突っ込んじゃう西雲って男が拾ったのよ。」
「その、俺が悪いみたいな言い方やめてくれない?俺はただ、拾ってあげようとしただけで。」
「そうだね!悪いことじゃないよ!姉ちゃんは言い過ぎ!」
茜は新にも責められてバツが悪そうにうつむいた。
「だって…君みたいな力のない人が他人に施しを与えるなんてまだ早いのよ。もっと、強い男になってからにしなさい!」
「はいはい。わかりましたよ。それで、その紙はテロの計画書って言った?やばくない?それ。」
「「やばいよ。」」
この姉弟は随分と冷静だ。これが殺し屋のメンタルということだろう。
「この計画書の内容がやばいってより、見ちゃった君がやばい。君はこれから私たちの同業者に狙われるでしょうね。君、殺されちゃうわよ。」
「やだぁーーー!!おにいちゃん!死なないでぇ!」
茜の最後の一言で新は西雲に泣きついてきた。
「こら!新!しっかりしなさい!男でしょ?西雲!」
「はい!」
西雲は反射的に元気に返事をした。そして、茜は俺を指さしてこういった。
「私が君を絶対に守ってあげる!」
「い、いいの?俺のせいで。」
「これも何かの縁だもの。それに、私はこれから死ぬってわかっている友達を見過ごすほど冷たい人間じゃないのよ。」
「僕も僕もー!僕も、お兄ちゃんを守る!」
新は飛び跳ねてアピールしてきた。西雲は目頭が熱くなった。
「ちょ、ちょっと、あっち向いておいて!」
「?なんでよ。」
「あ!おにいちゃん、ちょっと泣いてるー!」
こ、こいつー。人がせっかく隠そうとしていることを。仕方がないだろう。家族以外にこんなに構ってもらうことも、守ってやるなんて言われたことも初めてなんだから。それに、友達だなんて。
「な、泣いてなんかいない!とにかく、ありがとう。二人の厚意を無駄にしないように頑張って生き残るよ。」
二人は顔を見合わせてふっと笑った。
「と、いうわけで、西雲の家に行くわよ。」
「え?どういうわけ?」
「じゃあ、新。行ってくるから。母さんが帰ってきたら、計画書のこと、伝えておいてね。」
また、茜は西雲の手を握って歩き出した。
「ねえ、南小尾さん。南小尾さんはどうしてよく俺の手を握るの?」
「へ?ええ!?嘘!?私、いつも握ってた?ごめんなさい!つい、新と歩くときはいつも手をつないでいたから癖で。」
癖…か。それにしても、小学生の弟と同級生のと、友達を重ねるなんて。随分と鈍い人だ。
「それで…。」
南小尾さんは足を止めて西雲を見つめた。西雲は少し、ドキッとした。
「西雲の家ってどこよ。」
「へえ。結構近かったわね。」
茜と西雲は無事、西雲の家に着いた。西雲の家はマンションの7階にあった。
「さっさと入るわよ。」
「いや、理由をお聞かせ願いたいんだけど。なんでうちに来たの?」
茜は何を当然のことを聞いているのかという顔をした。
「君の日用品を取りに来たのよ。これからしばらくは私の家で生活してもらうわ。それが君にとって一番安全だからね。ほら、わかったらさっさと用意してきて。」
茜は西雲を家の中に押し込んで、扉を閉めた。
「ったく、もう少し言葉にしてくれないとわからないよ。」
西雲はぶつぶつ文句を言いながら、着替えなどの用意を鞄に詰めていた。まあ、そうはいっても俺を守ろうとしてくれているんだから、こんな文句を言ってはいけないな。
「さて、あとは…。」
西雲は机の上に置いてある写真立てを手に取った。西雲はじっとその写真立てを見つめた。
「君はここに置いていくよ。しばらく会えなくなるけれど、必ず戻ってくるから。待っていてね。さあ、一通り荷物はまとまったし、あの人のもとに…。」
次の瞬間、窓ガラスが割れ、西雲の自室に銃弾が降り注いだ。運よく西雲の体には着弾せず、西雲は驚いて前方に倒れこんだ。いや、倒れこむことはなかった。茜は部屋の扉をけ破り、西雲を抱えて家具の陰に身を潜めた。
「うわあ!急になんなんだ!?」
「狙撃よ。それも、複数人からの。向かいのマンションの部屋からね。あそこなら…。」
西雲の手は震えていて、その震えが茜にも伝わったようだ。茜は西雲の手をぎゅっと握って、頭を撫でた。
「大丈夫。私が絶対に君を守るから。」
茜はそう言って窓の前に立った。次の瞬間、銃弾が部屋に降り注いだ。茜はどこからか刀を出して、すべての銃弾を真っ二つに切った。弾切れの瞬間、茜は大きく振りかぶって何かを投げた。
「もう大丈夫。」
「だ、大丈夫って…。」
向かいのマンションから大きな爆発音。どうやら手榴弾を投げつけたようだ。にしても、どんな強肩なんだ。
「クリーナー呼んどくからここから早く離れよう。」
「いやいや、この部屋どうすんの!?めっちゃ壊れてるんですけど!」
「だから、クリーナー呼んだわよ。いろいろ片付けてくれる人達。あの人たちに任せたらこんなの一瞬よ。家具も直してくれるわよ。」
そんな優秀な人がいるのか。
「ちなみに、クリーナーの給料はめっちゃ高い。」
「まじか。」
一体どれくらいなのか。今度詳しく聞いてみよう。茜は西雲の机に目を向けた。西雲はそれに気が付いた。
「ああ!それ見ないで!」
「なんでよ。別にいいでしょ。見られて困るもんもなさそうだし。それに、何にも思わないわよ。意外ときれいだなって思うだけ。」
「思ってるじゃないか。それに、いろいろあるんだよ。」
茜は西雲の視線を読んでそこに目を向けた。
「いろいろって、これ?なにこれ。アニメ?」
「ん…そうです。」
「これ、好きなの?」
「そうですよ!?悪いですか!?」
「何キレてんのよ。いいじゃない。かわいいし。」
茜は無表情で西雲の好きなアニメ「神剣少女 桃花」のキャラクター梨奈のブロマイドを見つめた。西雲はうつむいて、不安そうに聞いた。
「その…キモくないですか?変…とか。」
茜は何も言わずに、西雲を見つめた。西雲は視線を感じてさらにうつむく。
「なんで?」
西雲ははっとして顔を上げた。そこには茜のまっすぐな瞳があった。まただ、見透かすようなきれいな目。
「なんで、変なの?」
「いや。だって、男がこんなもの好きなんて…変だから。」
茜のまっすぐな瞳が細くなった。そして、花のように暖かに笑った。
「好きなものに男とか女とか関係ないし、それに、人の好きなもの、馬鹿になんてしないわよ。そんなことするやつ、私の友達にいないし。そんなことするやつがいたら私に言いなさい。私がぶっ殺してあげる。」
「それは…冗談に聞こえないね。」
茜は西雲の目をまっすぐ見つめた。
「それに!君が好きなものを君が変だなんて言ったら君も、作品も可哀そうよ!二度と、そんなことは言わないように!」
茜は西雲の目の前に人差し指を突きつけた。
「はい、じゃなかった!うん!」
「それでよーし!じゃあ、さっさとうちに帰るわよ。」
茜はまた西雲の手をつかんで歩き出した。帰り道、西雲の母と出会った。
「あら、福寿。おかえり。どこか行くの?こちらの方は?」
「どうも。西雲君の友達の南小尾茜と言います。西雲君はしばらくうちで預からせていただきます。詳しくは私の母に聞いてください。」
母は不思議そうな顔をした。
「あら、あなた…もしかして由利さんの…。」
「はい。おそらくご想像の通りかと。安心してください。西雲君は私がしっかり守りますので。」
なんだか俺抜きでどんどん話が進んでいるような。
「福寿。」
「どうしたの?お母さん。」
母は真剣な表情で西雲を見つめた。
「茜さんのおうちの方々に迷惑をかけないようにね。」
「いや、それはわかっているけど…。もっと他に突っ込むところあるでしょ!?」
「じゃあ、突っ込むわね。なんで友達ができたのに言ってくれなかったのー!お母さんびっくりしちゃったじゃない!ないとは思うけど、茜さんに変なことしたら、母さん全力で福寿をめっためたにするからね!」
そう言ってこぶしを前に突き出した。
「そんなことありえないから!お母さんこそ!変なこと言わないで!」
「ふふ!ごめんなさい。じゃあ、母さんは家に帰ります。茜さん。」
「はい!」
母は茜のほうを見てこういった。
「福寿のこと、ありがとうね。」
茜はぽかんとしていた。それも一瞬ですぐに返事をした。
「はい。任せてください。」
そう言って俺たちは別れた。お母さんが俺の部屋の惨状を見た反応は想像もしたくない。
「びっくりしたわよ。西雲のお母さん、素敵な人ね。なんだか西雲に似てる。」
「よく言われる。母親似なんだ。南小尾さんは?」
茜は黙って、なんだかむっとした顔をした。
「教えない。教えたくなーい。」
「えー。なんで。」
「なんでも!」
俺たちはそんなくだらない話をしながら、南小尾家にたどり着いた。
「あらー。おかえり、茜―。珍しいわねー。こんな時間まで帰っていないなんてー。」
「母さん!こんなに早いなんて聞いてないわよ!まだご飯できてないし。」
茜の母がいた。西雲の心臓の鼓動が早くなる。
「(高校生の娘が同級生の異性を家に住まわせるなんていい顔するはずないよな。どうしよう。なんて説明すれば。)」
「残念―。今日は仕事も依頼も早く終わったからー。ほら!茜の大好きな焼きプリン買ってあるわよー。そっちの彼も、一緒に食べましょうー。」
「え!?は、はい!」
「茜―。今日のご飯何ー?」
「今日はハンバーグ。」
「やったー!」
こんなにすんなりいくことある?いや、それより依頼って。そうか、この人も殺し屋なのか。それでも…。
「いいんですか?俺が皆さんの家に居候して。」
二人はこちらを振り向いて同じような花のような笑い方をした。
「いいも何も、私が一緒に住みなさいって言ってるんだから。」
「私の娘が言うんだものー。歓迎するわー。」
こうして俺は殺し屋、南小尾家に足を踏み入れたのであった。
茜はなぜ、西雲の質問に答えなかったのでしょうか。また、西雲母はなぜ茜の母を知っていたのでしょうか。




