運命の日
南小尾新授業終了のチャイムが鳴り響く。日直が号令をかけて授業は終了する。部活に急ぐ者、恋人と一緒に帰ろうとウキウキと今教室を出る者、みな、高校生活を満喫しているようだ。そんな中、そそくさと一人寂しく帰る者が一人。彼の名前は西雲福寿。いわゆる、陰キャである。彼には友達はおろか、話しかけてくれる知り合いすらいない。クラス内でも一体何人が彼のフルネームを知っているだろうか。それくらい、彼は陰キャだ。彼は今日も誰ともしゃべらず、家へ帰るつもりだろう。しかし、今日、彼の運命は動き出すのだ。
「今日は、月曜日…。本屋で立ち読みでもしますか。」
西雲は一人寂しく商店街を歩いていた。主婦の買い出しの時間で、すれ違う人は多い。彼にとってはいつものことだ。
「ああ。つまんないなぁ。何か、面白いことないかなぁ。」
西雲はぼやいた。そこにこたえるように、通り過ぎた銀行から銃声が鳴り響いた。そして、自動ドアからいかにも怪しげな男たちが出てくる。彼らの手には鈍く光る銃が握られていた。
「てめぇら!殺されたくなかったら道をあけろ!」
通行人は彼らを恐れてすぐに道を開けた。彼らはすぐに狭い路地を曲がった。ように見えたことだろう、通行人には。しかし、西雲には見えた。
「誰かいるのか?あの路地。」
西雲には路地から腕が伸びるのが見えた。その腕が強盗たちを路地に引きずりこんだのだ。西雲は興味本位で路地をのぞいてみた。そこに広がっていた光景は…。
「なんだよ。これ…。」
さっきまで元気そうに強盗をしていた彼らが、地面に転がっていた。体は穴だらけで銃で撃たれたようだ。息をしていない。そして、その近くにはよく知る顔があった。
「南小尾さん?何してるの?」
クラスメイトの南小尾茜だ。いつも明るく、はっきりものを言い、クラスメイトの中心にいる。その人が、死んでいる強盗の胸倉をつかんでいる。明らかに彼女が殺したのだとわかる。
「…何も。」
南小尾茜は手を放して強盗の死体が地面に落ちる。人間が地面にぶつかり、重そうな音が路地に響く。しばらく沈黙が続いた。
「さすがに無理があるでしょ!絶対南小尾さんが犯人だよね!?」
「絶対なんてことは絶対にないのよ。」
いや、矛盾が発生している。南小尾茜はそっぽを向いた。
「私は…倒れている人がいたから大丈夫か心配して…介抱しようとしたのよ。」
「じゃあ、その返り血は?」
「たまたま転んじゃって。この人たちの血がついちゃったのよ。」
「いや、明らかに転んでつくような感じじゃないけど!飛び散ってるじゃん!返り血じゃん!」
南小尾茜は舌打ちして近づいてきた。西雲は反射的に目をつぶって体を固くした。殺される。そう思ったが、南小尾茜は西雲の腕をがっしりとつかんだだけだった。
「…何ですか?」
「逃げないようにつかんだだけ。」
だけ、とはなんだろう。そう言いながら南小尾茜は顔や制服についた血を真っ白なハンカチで拭いた。制服にしみ込んだ血はハンカチ程度では取れないのではと思ったが、真っ白なハンカチで一拭きするだけで返り血がきれいさっぱり消えてしまった。そして、彼女は西雲を引きずって猛スピードで走り出した。
「紅茶でいい?」
「う、うn。」
「どうぞ。」
返事をする前にきれいなカップに入った紅茶が出てきた。
「飲むのは待って。隠し味があるの。」
そう言って南小尾茜は緑色の液体をスポイトでとって一滴、紅茶に垂らした。
「どうぞ。」
「いやいや、これでどうぞって言われてはいはいって飲む人いないよ!今、毒かなんかいれたでしょ!」
「いいえ、隠し味よ。」
「隠す気ないし!」
飲むのを渋っている西雲を抑え込み、南小尾茜は口の中に紅茶を流し込もうとする。
「いいから飲みなさいよ!死にはしないから!」
「こわすぎるううぅぅぅ!」
すると、リビングの扉が開く音がした。
「姉ちゃん、それ誰?もしかして、姉ちゃんの彼氏!?」
ランドセルを背負った男の子が入ってきた。彼はランドセルを放り投げて西雲に駆け寄ってきた。そして、西雲をじろじろ観察した。
「へえ、姉ちゃん、こういう人がタイプなんだ!ダウナー系っていうか、おとなしい系だ!意外!ってか姉ちゃん!それ、二十四時間の記憶をなくさせる薬じゃん!なんで彼氏に使おうとしてるの!?もしかして…。」
彼は後ずさって南小尾茜を見つめた。
「姉ちゃん、浮気しちゃったの?それの証拠隠滅?」
「違うわよ!私は浮気なんてしないし!」
問題はそこではないと思う。
「ちょっと待ってください!記憶をなくさせる薬!?なんてもん飲ませようとしてるんだあんた!」
「だから、言ったじゃない。死にはしないって。さっきの光景を忘れてもらうだけよ!」
「だめーー!!」
南小尾茜と西雲の間に男の子が入ってきた。二人は強制的に離れさせられた。
「この人、めっちゃいい人だよ!そんなに怪しい薬飲ませちゃダメー!」
やっぱ怪しいんじゃねえか。
「ちょっと!新。そこどきなさい。お姉ちゃんと喧嘩したくないでしょ?」
「でもダメ!この人、この前、町で…。」
え、待って。ここで回想入るの?俺の大ピンチまだ続いてるんですけど。
僕、学校の帰りにジュース買おうと思ってスーパーに行ったんだ。そしたら、スーパーの前で高校生がサラリーマンになんか言ってて。
「おじさあん。ちょっと金貸してくんね。オレら、めっちゃ喉乾いてんだよねー。ジュース買いたいから二万、出して?」
「いやいや、自分で買ってよ。お金あるでしょ?」
おじさん、最初は抵抗してたんだけど…。
「だーかーらー!金ないから貸してって言ってんの!日本語通じねえのかよ!」
「絶対それ、返さないでしょ。」
おじさん、殴られそうになってて止めようと思ったんだ。でも、僕より先に、
「ちょっと!だめですよ!カツアゲなんて!」
姉ちゃんの彼氏が割って入ったんだ。僕、見たんだ。この人の足、めっちゃ震えてた。でも、僕よりも早く動いたんだ。あのおじさんを助けるために。
「ああ!?なんだてめぇ!じゃあてめぇが金出せや!」
「いって!す、すみません。」
お兄さん、殴られ始めて、座り込んじゃったんだ。そこで、僕は小石を投げてカツアゲ野郎たちを気絶させたってわけ。
「だから!この人の記憶消しちゃダメ!」
「…わかったわよ。」
南小尾茜は落ち着いたようで僕に紅茶を飲ませようとするのをやめた。
「あの時あの人たちが倒れたのは君のおかげだったんだね。ありがとう。」
男の子はこっちを向いてにっこりと笑った。
「お礼なんていらないよ!お兄さん!かっこよかった!あ、お義兄さんって呼んだ方がいいかな?」
「「いわんでええ。」」
彼氏という誤解は何とか解いた。
「僕の名前は南小尾新!南小尾家の次男で、ここにいる茜姉ちゃんの弟!よろしくね!お兄さん!」
「よ、よろしく。新君。」
新君は握手を求めてきたため、俺はかがんでその小さな手を握った。
「じゃあ、本題に入るわよ。君が見たあれ。あれの真実を教えてあげる。私たちは…。」
「殺し屋だよ!僕ら南小尾家はみーんな殺し屋なんだ!」
「新!お姉ちゃんがそれかっこよく言おうとしてたのに!」
「姉ちゃんしゃべるの遅いんだもん!」
茜は新のこめかみをぐりぐりと押す。とても重要なことを伝えられたのに締まらない雰囲気だ。
「そんな重要なこと、軽く言っちゃっていいの?」
「まあ、たぶん、おそらく、きっと、大丈夫。」
「どんどん自信なくしてるじゃん。」
その後、ソファに三人座っていろいろ教えられた。新のいうように南小尾家はずっと昔から続く殺し屋一族らしい。
「私たちのおじいさんも、ひいおじいさんも、そのまたおじいさんもみんな殺し屋。南小尾家である限り殺し屋になることは決まっているの。だから、私たちは宿命に従って殺し屋になった。」
「僕らは主に依頼によって殺しを行うんだ!対象は大抵は犯罪者、裏切り者なんかの社会の悪ってやつだよ!僕らが悪だと判断したら殺しに行く!今日のお姉ちゃんのやつもそうでしょ?」
確かに、銀行強盗というのは悪だろう。しかし、
「殺すことはなかったんじゃない?」
「…彼らは銃を持っていた。そして、それを撃つことにためらいはなかった。彼らは断罪されるに値する悪だった。それだけよ。」
茜は初めて西雲から目をそらした。話して初めて分かったが、茜は正面から人の目を見る。そのルビーのように輝く赤い目の奥にはいつも炎が上がっていた。絶対に折れない芯のある炎。最初はその目で見つめられるのがこそばゆかったが、うれしくもあった。俺のような人間にこの人はこんなきれいな目を向けてくれるのかと。
「僕を殺すことは…。」
「しないわよ。そんなこと。君に友達がいないことはわかってるし。」
こいつ、地味に効くことを。その通りだが。
「でも、明日から君のことは監視させてもらうから!覚悟しといてよね!」
俺はその言葉を不安に思うとともに、明日からの俺に、少し期待を膨らませた。