表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
約束だよ?  作者: とあるシカ
第3章 友人と親子
9/17

第8話

第3章『友人と親子』始まりです。


※今回から投稿時刻を20:00にさせていただきます。


 七月二十六日。

 今日は一段と暑い。


 そして俺たちが何処にいるかと言うと…。

 そう、古くは日光街道と奥州街道の追分として栄え、関東平野の中心に位置する、餃子で有名なあの街!


 やってきました、宇都宮。


 よし、餃子食べるぞ!そう思っていたのだが、よく考えたら餃子屋さんどこも閉まってるじゃん。結構悲しい。


 実は俺、宇都宮は初訪問なのだ。

 子供の頃から宇都宮行ったら餃子食べようなどと思いながら、結局一度も来ることが無かった。


 だってこんな中途半端な場所来る機会があんまり無いのよ。

 日帰りには遠いけど、泊まるにしても日光からは少し遠くて、観光地はそんなにないし、温泉があるわけでもない。俺にとっての宇都宮はそんなイメージだった。


 しかし今日、初めて宇都宮に来て、駅前のあんな美味しそうな(シュールな)餃子像を見てしまったら、そりゃもう食べるしかないでしょ。と、思ったのだが…。


 そのとき、俺たちはあてもなく裏路地を彷徨っていた。

 気づけば俺の足はふらふらと動き、口からはよだれが出てたとか出てなかったとか。痩せ細った体からはきゅるるるという音が漏れており、「ギョーザが一匹…ギョーザが二匹…」などと譫言のように繰り返していたらしい。

 ちなみに何故「らしい」なのかというと梓から聞いた話によるとだからである。

 それにしても酷い言いようだなぁ。まるで俺がゾンビみたいじゃないか。


 そうそう、それで俺たちが当てもなく彷徨っていると、突如美味しそうな匂いと共に突如餃子の2文字が目に飛び込んだのだ。

 黒い文字で真っ赤な暖簾に書かれた二文字。ドアは鉄板が貼ってあり、とても重かった。

 だが、中に入るとそこはゾンビの蔓延る街の中の、オアシスだったのだ。


「らっしゃい。見ない顔だね」


 ドスの効いた渋い声のする方を見ると、時代を感じさせられる厨房で立派な髭の店主がこちらを見やり、黙々と料理をしていた。


「ああ、俺たちは旅をしててな」


 カウンターに座ると、俺は出された水を飲みながらそう言った。


「旅?そりゃ何のために」


「北海道でゾンビに対抗するワクチンができたらしいんですよ」


「…ああ、例のやつか」


「知ってたんですか?」


「お客さんが教えてくれるからな。それにしても、よく来たもんだ。ゆっくりしてけ」


「ありがたい。じゃ、いつもので頼むよ」


「……。ああ、もちろんだ」


 …………ふっ。な、なかなか話の通じる店主じゃないか。


 ことっ、という食器の音とともに一つの料理が俺の前に置かれる。


「またせたな」


「いや全然」


 側から見たらハードボイルドな会話だろう。

 しかあし!正直内心では混乱してます。はい。

 何この人。どこまでノリいいの?逆に怖いんですけど。


 しかし、これで本当に餃子がでてきたら、食○ログで星5を進呈しよう。ネット繋がらないから心の中でだけど。


 純白な皿の上にはとてもお美しいお魚のお骨様がのっていらっしゃられているではないですか。


「……は?」


 いや確かにくりくりとつぶらな瞳は、白いけどほんのり温かみがある狐色っぽさがあって餃子の皮に似てなくもないけど!脂の乗ったジューシーな骨は、同じく肉汁ジュワッとする餃子の餡に見えなくも……。


「いや、見えないわ」


 店主のおっさんの方を見てみればドヤ顔でこちらをみているではないか。え、何その顔。どっからその自信が湧いてくるの。まさか本当に料理だった?


「……!そういう、ことか」


 そのとき、店主が意味ありげに表情を変えたのを俺は見逃さなかった。


 そうだ、俺は試されていたのだ。思えばこの店に入ってからはおかしいことがたくさんあった。なんで気づかなかったのか。


 待たせたななんて言いながら俺が注文してからすぐ出てくる料理。

 そして店内には他に客がいないのにも関わらずすでに料理をしていた店主。

 なによりこんなクソ恥ずかしい会話を繰り広げる店主の精神がおかしいではないか!


 つまり、そこから導き出される答えはただひとつ!店主は悪の組織の一員で、ここでなにか表に出せないようなものの取引かなにかを行っている。それで初めて来た客には高度な話術とこの料理で信用に値するかを見極める。

 思えば誰も客がいないのにずっと包丁もって料理していたのも、いつでも攻撃できるんだぞというメッセージだったのかもしれない。

 そうだ、もしかしたらこの前出てきたよくわからんやつらの仲間で、俺たちを罠にかけようとしているのかも。


 危なかったな。この、俺じゃなかったら見破れなかった。ちなみにこの料理は一見するとただの魚の骨だが実はなにか食べられるものでできているのだろう。

 そしてそれが分かるかどうかで店主は客を見極める。そういうことだ。


 そう、真実はいつもひとつなのだ。


「……店主よ。お前は組織の中でも強い方なのだろう。しかし、俺は騙されないッ!」


「なにっ……!」


 骨に見えるそれを口に放り込むと、口中に痛みが広がった。


「……いってぇぇぇぇ!!!」







「わはははっ!ほんと面白いやつだな!ただのちょっとした冗談にここまで面白い反応を見せたのは……ぶふっ…お前だけだ……わっはっはお腹痛い」


 店には豪快な笑い声が響いていた。


「えぇ…。悪の組織って…。えぇ」


 ……ちなみに梓さんはドン引きです。お腹じゃなくて心が痛いです。


「だいたい、初めて来る客にそんな冗談普通やります!?わかりづらいですよ」


「いやー、すまん。面白そうなやつだったから、つい……ぶふぉ!あーお腹、痛え」


「……」


 トイレ行ったらどーですか。


「……てか梓はどういう気持ちで見てたわけ?気づいたら止めてよぉ〜」


「いや、まさかあんなことするとはおもわないんですが…」


「……」


 あの……顔が怖いです。


「じゃ、じゃあ!俺がそういうことかって言ったとき、店主さんが意味ありげにニヤッとしたのは?意味が分かったか…みたいな!」


「ああ、普通に何言ってんだ、こいつって思ってたわ」


「もはやこいつ呼ばわり!!」


「……」


「じゃあ悪の組織のやつだなって言ったとき驚いたような顔してたのは?てかなんで止めなかったんですか!」


「いやー、その考えがあったかーって感心してたわ」


「……」


「……」


「あのー、」


 そのとき、とても居心地の悪そうな声が店の奥から聞こえてきたではないか。


「私のこと忘れてません?」


 そこには眼鏡をかけた小柄な女性が椅子に腰掛けていた。


「……え、誰」


「……」


「ずっと居ましたよ」


「「「……」」」


「いやほんっと恥ずかしっ!」







「うちの馬鹿がお騒がせしてすみません」


 おいうちの馬鹿って誰ですか梓さん。


「いえいえ、気にしてませんよ。……ここの店主は面白い人ですからいちいちこれくらいで気にしてられません」


 もしかしてこの人。


「ですよね!よく分かります!」


 常識がある人だ!




 どうやら彼女はここの常連客だったらしく、影が薄いとよく言われることがコンプレックスだったようだ。

 ……なんかすいません。


 しかし、そんな彼女にはどうやら良いご友人が居たようで。


「彼だけは、言ってくれたんです。そんなことない、俺が見てる、って」


 その人のことを話す彼はとても楽しそうで、でもどこか悲壮感が拭きれなくて。


「それで?その人とは今も仲がいいんですか」


 付き合ってるんですか?結婚してるんですか?

 そんな言葉がでかかったが、聞けなかった。彼女の表情が気になったのだ。


「……いえ。三年前、人々のゾンビ化が始まったとき彼は奥さんを亡くした上に多額の借金まで抱えていたらしくて。お前まで危険に晒したくないからしばらく会わないようにしよう、と言われてそのまま……。私たちは学生の頃から二人でよくここに来てたんです。彼は絶対またここに来るから待っていてくれと言ってました。だからーー」


 「だから、ここで待っているんです」そう言う彼女を俺は直視できなかった。


 あいつを、俺は追いかけなかった。彼女には俺のようになってほしくない。今すぐその友人を探すように言うか?複雑な感情が俺の中を渦巻く。


 そんな俺の迷いを読み取ったのか、彼女は諭すように言った。


「大丈夫です。こんな状況ですから期待はしてません。しかし彼とした最後の約束くらい、守りたいんです」


 そう言う彼女の顔を見て、思い直す。

 その約束を守ることは彼女にとって俺が思うよりも大事なことなのかもしれない。

 価値観は人それぞれだ。


 これ以上は、部外者の俺が首を突っ込むべきじゃないな。そう区切りをつけて酒に口をつける。


 俺たちは二人で中華料理をつつき、酒を飲み交わし、話に花を咲かせた。


 彼女の身の上話には、それ以上触れなかった。それから目を背けるように、会話を続けた。


 しばらくの時間が経ったとき、ふと気づく。


「あのー、結局餃子でてこないじゃないっすか。餃子くださいよぉ」


「…ん?餃子なんて高級品、うちには無いよ」


 ……え?


 ……ゑ?


「なんでやねーーーーーん!!!」


 酔いが覚めたわ。







「…ということでだ、餃子を作ろうにも材料が無いんだよ。折角だが、悪いな」


 店主が言うにはそう言うことだそうだ。


 いや納得できるかい!これは詐欺だ!そうだ、餃子がないのに餃子の暖簾を店先に出しておくなんて。

 だいたい、あの美味しそうな匂いはなんだったのだろうか。俺がそれを聞くとチャーハンだと言う。なら尚更餃子作れよ!


「俺は餃子を食べたいんだッ!」


「すみません()()は直ぐに黙らせておきますから」


「おいこれとか言うなよ」


「……。まあまあ、俺だって餃子を作りたいんだ。どうだ、材料さえ持ってきてくれれば作ってやる」


「なるほど。じゃあちょっと材料入手してきます!」


「ちょっ…ちょっと。何処行くんですか〜!」


 ん?なんか梓の慌てたような呆れたような声が聞こえた気がするけど…まあ気のせいだろう。







 あの男は、本当に勝手で我儘な人だと思う。


 さっきだって、突然餃子の材料を探しに飛び出して行ったりして。


 それで二時間経っても帰って来なくてめちゃくちゃ心配していよいよ探しに行こうかとか思ってたときにひょっこり帰って来て。

 ぼろぼろになってて。


 そんでもって「おっちゃんが持たせてくれたやってる店リスト、助かりました。じゃあ、これでお願いします」なんて澄ました顔で食材出して。

 ちゃっかり数日分の食糧調達もしてて。


 調子狂うよ、ほんと。


 本当に、面白くて、変ちくりんで、意味わかんない思考回路していて、でもたまに優しくて、正直で、強くて、変なところで決断力があって、それで……。

 あ、何考えてるんだろ。私。


 今、私の目の前には美味しそうな餃子が。しれっとニンニクも抜いてもらっている。


 隣の男は私のことなどお構いなしに美味い美味いと餃子を頬張っている。

 そんなに急ぐと火傷するでしょ。……あーほら言わんこっちゃない。


「うはひっふ。しょーひひ、うふほひやまめへまひは。うふほひやはいほうっふ!(美味いっす。正直、宇都宮舐めてました。宇都宮最高っす!)」


 なんだこいつ。


 それにしてもこの餃子は確かに美味しい。この男が夢中になる理由も分かる。

 そう言えばこんなことになってからは餃子なんて食べたこと無かったな。


 終始楽しそうに笑う彼。しかし私は見逃さなかった。そこにいる常連客らしき彼女と話しているときの、どこか辛そうな表情を。

 それでも、人は誰しもが外面を取り繕って生きているものだ。追求するべきじゃない。頭では分かっていても、気になるものは気になる。


 サクッ。もちもちの皮の中から肉汁が口に溢れる。

 あ、美味しい……。


 私のへなちょこ涙腺はこんなことで決壊していたらしい。というか、あの頃から私の涙腺はぼろぼろだ。


 あの男が「おい…大丈夫か?」なんて聞いてくる。


 馬鹿。本当に馬鹿なんだから。そう口には出さず、私は自分でもよく分からないこの感情に蓋をして、食べかけの餃子をタレにつけた。


 私の右手が、左腕に残った()()()()の怪我を強く握った。赤く腫れた()()()


 無意識にそうする自分に気づいて、ふと父に会いたくなった。



この話は最初書いたとき店主との掛け合いもお客さんの存在もない、ほんとに内容がない話だったんですが……加筆していくうちにすっかり第3章で最も(?)重要な話になってしまいました。


いよいよ旅が始まった第3章ですが、はたしてどのような旅路となるのでしょう?


☆☆☆☆☆→★★★★★もよろしくお願いします。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ