第6話
おうちデート回…?
「暑いなー」
「はい……でも、風が気持ち良いです」
そんな会話をする俺たちの目には確かな希望が宿っていた。
「まずは車探しだったよな」
そう言って俺は出発前日の夜を思い出す。
「札幌を目指すということは分かったが、問題はそこまでどうやって行くかだな」
「はい。こんなことになる前だったら、飛行機で三時間だったんですけどね」
「そうだな。人の往来による混乱を抑制するために空港は閉鎖されてるらしいしなあ…」
「そうだ、電車は?」
「新幹線か…。走ってたら苦労しないけどなあ。あまり期待はできないが一応通り道だし途中で上野駅にでも寄るか」
「そうですね」
○
バイクの横を吹き抜けて行く風が気持ち良い。
それにしてもこんな状況では流石に新幹線が動いてるとは思えない。
とはいえもし新幹線がだめだったとき、流石にバイクで札幌まで行くのは危険過ぎると判断した俺たちは、使えそうな車を拾って車に乗り換えるということに決めていた。
実は俺は自動車の運転免許ももっている。ペーパードライバーだが。
盗みは良くないって?こんな状況に盗みもクソもない。そんな正論を振り翳していてはこの世界で生き残ることは難しい。
それが現実である。
「その前に、少し、寄って行きたいところがあるんですが…」
そう言う彼女に従って、俺はバイクをさらに走らせた。
「ここか」
目の前にあるのは何の変哲もないただの一軒家だ。しかしひび割れて崩れかかった表札には確かに『築島』と書かれていた。
そう、彼女ーー梓の生家である。
彼女は涙を目に浮かべていた。
そして、ただ静かに、ゆっくりと歩き出した。
「ただいま」
呟く彼女の顔は悲しげで、ひどく儚くて、それでも必死に強がっているような、そんな感じに見える。
「お邪魔しまーす…」
ただ、静かだった。
誰だか知らない女の人が描かれた絵画が壁にかけられ、玄関には靴が一足、脱ぎ捨てられていた。
それだけでそこは外界と、長い間閉ざされていたと分かる。
ーーまるで、ゾンビなんて嘘だったような気がした。
突然総理大臣だかアメリカの大統領だかはたまたWHOの偉い人だかが、全部嘘でした、ゾンビなんて本当にいるわけないでしょ、なんて言うような気がした。
もう大丈夫だから、なんて無責任なことでも言って、国民に非難されて、でもみんな喜んで、そんな光景が思い浮かんでしまった。
だから、リビングに入った俺は、息が止まるかと思った。
腐ったような臭いが鼻をつく。
目を、見張った。
「お父さん、久しぶり…」
静かに涙を流す彼女をみて、思った。
ああ、現実はそんなわけ無いんだ、って。
これはマンガでもアニメでも、ましてや映画でもない。
俺が知らない間にこの町に住んでいる誰かが今も悲しんでいて、この国に住んでいる誰かがその無力さに打ちひしがれていて、この世界に住んでいる誰かが辛い過去を背負っている。
そして彼女もまた、泣いている。
この小さな肩には乗り切るわけのないほど大きな大きな哀しみを背負って。
俺は無力だ。今目の前で震えている彼女にかける言葉すら思いつかない。
○
「みっともないところ見せちゃってすみません。…ついてきてください」
彼女が泣き腫らした目を擦り、そう言ったときには午後三時を回っていた。
俺は頷き、彼女の後から二階に上がる。
「入ってください」
そう言って突き当たりの部屋に入る彼女に俺も続く。
「ここは…」
窓からは西陽が差し込み、部屋は蒸し暑かった。
本棚には沢山の本があり、机には参考書などの勉強道具が置かれていた。
そして、ベッドにはねこやパンダといったいくつかのぬいぐるみが置いてあり、布団がぐしゃぐしゃになって放置されていた。
「そう、私の部屋です」
やはりと言うべきか、まるで時が止まったかのようだった。この部屋だけが、あの頃のまま時代に取り残されているかのようだった。
ふと部屋の片隅をみると賞状とやトロフィーとともに、満面の笑みを浮かべた彼女の写真が飾ってあった。
「ああ、それですね」
俺の視線に気づいたのか彼女が説明をしてくれた。
「剣道で関東優勝ぉ⁉︎」
「そう、こう見えて私、結構強いんですよ」
どーりであんないとも簡単にゾンビたちを殺してたわけだ。剣道も上手いと思ったら、そういうことだったのか。そう納得しながらも、正直かなりびびった。
「いや結構強いってレベルじゃないでしょ、強すぎ、凄すぎ」
「ふふーん。じゃあ、もうちょっと私を尊敬すると良いですよ」
「はいはい、尊敬しまーす。すごーい、すごい。トマトがきらいで夜に一人でトイレに行けない怖がりだけど、剣を持たせたら鬼ババアの梓s…ぐふぇえ!」
「ちょっとよく聞こえませんでしたぁ。モウイチドイッテミテ?」
ひえぇぇぇぇぇ!!!こんな時は…!
「ごめんなさいちょっと調子に乗りましたもう言いません」
必殺!超速土下座!!
……。
「あのー、重いんですけどお…」
俺の背中に乗らないでください。
「女子に向かって重いとはなんですか!」
「ひええええええ!」
○
「おっ、エンジンもかかるじゃん!」
「良かった」
車なら私の家のやつ使いなよ、という彼女の提案によって俺たちは今車庫からその車を出そうとしているのだ。
あのあと俺たちは缶詰めなどの食糧を集めて、あと使えるかも分からないお金も持って車庫に来ていた。
もう半年以上動かしていないそうなのでエンジンがかかるか心配だったが、どうやら杞憂に終わったようだ。
よくよく考えたらそこら辺の車の鍵なんて持っているわけもなく、鍵破りの技術もない俺たちに知らない人の車をぬす…お借りするのは難しかったのでとても助かった。
「よーし、出発だ」
そうして、夕陽をバックに俺たちの旅が始まったのだっ…
「いや、出発しないでください」
「……へ?」
「夜は危険ですよ。明日の明け方に出発しましょう。その方が安全です」
「…ごもっともです」
そうして、俺たちはこの仏さん(梓父)の寝っ転がる家で一夜を明かすこととなったのだった。
明日も投稿します!
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