第5話
唐突な最終回…!?
翌日、俺たちは早速旅の準備を始めていた。
「それにしても、ゾンビウイルスに、それに対抗するワクチン。そしてそれを探して旅に出る。なんてまるでフィクションだな」
そんなことを呟くと彼女は今更?みたいな顔をする。
なんだよ、別にいいじゃねえか。
昨日も、俺がふと「ていうかこれウイルスだったんだ」なんて呟くと彼女は今更?とでも言うかのようにこっちを見て「今更?」などと言われた。
いや口から出ちゃってるよ。
ゾンビに噛まれるとゾンビ化するという認識でいたが、どうやら正確にはゾンビから血液などの体液が体内に侵入すると感染する、非常に感染力の強いウイルスだったようだ。
深緑の俺のリュックはパンパンに膨れ上がっている。
そして彼女はと言うと……。
「あれ?上手く入らないなあ。んっあぁっ。よいしょっと。ふぅ…入った」
うん、声がエロい。
……じゃなああい!!
彼女のリュックは、泊まりがけで登山にでも行くかのような大荷物。
いやでかすぎだろ!
「おい、俺は富士山に登るとは言ってない」
「何故に?!」
俺は彼女の自販機くらいありそうなサイズの荷物を指差す。てかそれ背負えるの?
「こんな状況ですよ?ホテルどころかまともに寝泊まりできるのかさえも分からないし。使えるものは持っていけるだけ持って行った方が良いでしょ」
「確かに」
「分かれば良いんです。分かれば」
ふふーん、とドヤ顔を決める彼女。
……って、そうじゃないっっ!何論破されてるんだ俺は。
ついに俺の思考力まで彼女のバカさに当てられてお亡くなりになられたのだろうか。
「いやいやいや、だからって多すぎだろ。なにが入ってんだよ」
「えぇ…。えーとまず、この前おにーさんが隠してたえっちな本でしょ」
「オイオマエナゼソレヲモッテル」
「おにーさんが困らないように!」
「余計なお世話だっ」
声だけじゃなくて中身も不健全じゃねえか。
○
「これは…思ってた以上に酷いな」
あの後とりあえず手荷物検査をしてみたのだが…その後でてきたのも、昔俺が図工の授業でつくったよく分からん人形やら、昔俺が集めてたお菓子のおまけのレアカードやら、昔俺が着てたと思われるダウンジャケットまで…。
いやなんで持ってるの?怖いんですけど。
今も「これはおにーさんが昔集めようとしてしまった場所を忘れ、無くしたと思って泣いたダンゴムシでしょう」とか言ってるし。
怖い怖い。なんでそんなこと知ってるの。確かに一回ダンゴムシ集めてたときあったけど!今聞くまで忘れてたよ!
あ、思い出した。なんかこの前きったねぇ箱もってきて、「このダンゴムシなに?部屋に置いとくなんて穢れるんですけど」なんて生意気なことを言ってたわ。
それで「ダンゴムシ様を侮辱するなんて…!」とほんの一時間ほどダンゴムシ様の偉大さを語り聞かせたんだった。
いやー、なんで忘れてたんだろ。ついにボケたかな。いや流石にないか。二十五でボケたは洒落にならん。
そうそう、そんな彼女もそろそろネタが切れてきたようだ。
でも荷物はまだまだあるじゃねえか。
「残りはなんだ?」
「え……?そ、それは…そう!乙女の秘密よ!」
「なんじゃそりゃ。散々俺の秘密を暴露したんだから俺にも見る権利があると思うぞー」
「だめ!」
「なんか怪しいなぁ」
そう言いながら俺は立ち上がり、部屋を出ていくふりをして…彼女のかばんをさっと掠めとった。
「あっ!」
「ふははは、油断したな」
悪役っぽい声を出してみる。
と同時に腕にとてつもないダメージが。案の定カバンめちゃくちゃ重いな!
なんとかこちらに引き寄せて中を見ると…。
「だめぇぇ!」
え、。
「……」
俺は彼女をみる。
「……」
彼女も俺をみる。ジト目で。
「な、なんだこ…」
俺が言い終わる前に彼女が急に捲し立てる。
「あー、見られちゃったかぁ。しょうがない、旅の最中にサプライズで紹介したかったけど…こっちの子はうさ子ちゃん。それから…」
「いらねぇ」
ぽいっ。
「ああああああ!!!あなた、私の子どもたちに何するのよっ」
「これが、子どもたちぃ?」
「あー、もう、埃がついちゃうじゃない」
そう言って埃を払う彼女の手には、とても可愛いとは言えないつぎはぎだらけのうさぎのぬいぐるみがあった。
「…大事にしてるんだな」
「はい」
ああ、そうだ。
それくらい子どもっぽいところがあっても良いじゃないか。
彼女はまだ十七じゃないか。
俺はふと息を漏らし、言う。
「まあ、置いてくけどな」
「それだけはご勘弁をーーー!!」
○
「まあだから、旅は人が多い方が良いんですよ」
「人じゃないだろ」
「あ、そうか。まあ動物でも盛り上がりますよ」
「いやなんでそうなる」
あの後、彼女から必死に懇願されるが、この世界では、荷物も身軽な方がいざっていうときに楽だ。
俺は誰も死なせたくない。こういうことで意外と変わってくるのだ。
だから俺は心を鬼にする。
「さすがにそこまでは持って行けねーよ。そもそも、お前にそれは持てないだろ」
「え?私に持てるわけないじゃないですか。かよわ〜い女の子にこんな大荷物を持たせる気だったんですかぁ?ありえないんですけどぉ」
なんだこいつ。
だいたいこいつがか弱い女の子?
「死ねとか行ってやすやすとゾンビ殺しといて誰がかよわい女の子だ。俺が嫌いなにんじんとかトマトを渋ったときの顔なんて鬼b…」
……あっ、つい心の声が漏れ出て。
「あ”ぁ?」
「ひっ。何でもないです」
怖い怖い。この子怒ると怖いんだよなぁ。そう、この前だって俺が嫌いなにんじんとトマト残してた時めっちゃ怒られたのだ。
じゃなーい!今はとにかくこの鬼b…いや自称か弱い女の子様を鎮めなければ!
俺は素早く足を折り、手を地面に付き、頭を深々と擦り付ける。見よ、この華麗な動きを。
自慢じゃないが俺は土下座をする素早さなら誰にも負けないと思う。自慢じゃないが。
ところでそこにいる鬼b…いや自称か弱い(以下略)がなにかゴミでもみるような顔をしてるんですが。
「うわあ…」
そこにいる鬼b…いや自称(以下略)がなにかクソでもみるような顔をしておられるのですが。
てか声、そんな声出さないでぇ。
そんな顔しないでぇ。
「何のつもり?」
「こう見えて俺は土下座の速さなら誰にも負けない自信がある!」
ドヤっ。フッ、キマった。
あっ、つい心の声が。我ながら俺の口軽すぎだろ。
「分かったわ。反省してないことが分かったわ」
あの…梓さん?ちょっと、怖いです。いやちょっとじゃなくて普通に怖いです。
そうして、腫れ上がった俺の左頬は、その先二日にわたって痛みが続いたのだった。
めでたし、めでたし。
……じゃねええええ!
○
「じゃあ、出発だ」
「うん」
そう答える彼女の声はどこか弾んでいて、でも緊張と心配が織り混ざっているように聞こえた。
「忘れ物はないか?」
「ほんとはもっと持って行きたかったけど…。うさこちゃんだけでも!」
まだ諦めてなかったらしい。俺は内心彼女のネーミングセンスに疑問を抱きながらも再び心を鬼にする。
「申し訳ないけど、勘弁してくれ」
どうせ俺が持たされるのは目に見えているので、命の危険があるこの旅に持って行くのは流石に厳しい。
「えー、ケチ」
「どこがやねん。…まあ、代わりにうさこちゃんにはお留守番してもらおう。帰ってきたらまた会いにこような」
「うん、分かった!」
「よーしよし、偉いぞー」
「えへへ」
「ん?なんだこれ…お前、本当に十七歳かy…ゔへっ!」
「うーん?女の子に年齢聞くなんて失礼ですよ?…モウスグ十八ダシ」
笑顔が怖いんですけど。
「まーまー、本音を口に出して悪かったよ」
「それ、謝っているのかディスってるのか分からないんですけど」
俺たちは外に出ると二人で俺の黒いバイクに跨る。
ここ最近は最早ゾンビたちも食べ物が無くなってきたのか、静かな日々が続いている。
照りつける太陽の光が暑い。
このところ、雨が続いていたので、ジメジメした空気が俺の肌に触れて、嫌な汗をかく。
「よし、行くぞ」
「うん」
さっきと同じセリフなのに、今度は覚悟を決めたような声に聞こえた。
バイクが音を立てて動き出す。
ガシャァァン!
近くのフェンスが倒されて、ゾンビが数体出てきた。バイクの音に反応したんだろう。
でも気にせず、アクセルを捻る。
俺たちはこれから旅を続け、そして別になにか特別なことが起こる訳でもなく、目的地に着くだろう。きっとそうだ。
自分に言い聞かせるように、前を向く。
ゾンビたちは追いかけてくるが、不思議と怖いとは思わなかった。
※この作品はまだ終わりません!
(11章まで続く予定です)
今回大分頭の悪い展開が続いてしまいましたので、次回から少々真面目なシリアス回に突入する予定です……多分