第4話
第2章『旅立ち』始まります。
「起きてーーー!!!」
うーん。うるさいなぁ、こんな朝早くから。
「…母ちゃん、もうちょっとだけ〜」
俺は眠いんだ。たまの休日くらいゆっくり寝かせてくれよ…。
いや、なんか最近は仕事も全然行ってなかった気がする。
「……だぁめよ。とおる、起きなさい」
うぇー。
……。
俺の名前ってとおるだったんだな。なんか初めて名前を呼ばれた赤ちゃんの気持ちが分か…分からないな!
「あとごふんー」
「ほら、学校に遅刻するわよ」
遅刻だって?それは…まずいな!
「んぇー、今何時ぃ?」
俺はしぶしぶ目を開ける。
「ほーら、もう十時よ」
…え?
…ゑ?
「やばっ!遅刻じゃん!」
急いで飯食わないと!いや、その前に顔洗って着替えて…。制服は…。
「んん?」
俺って、学校行ってたっけ?
てか俺の目の前にいる彼女は……。
「母ちゃん、なんかシワが減った?」
ーーめっちゃ怒られた。
○
「悪かったって」
今、梓は俺の前で口をぷっくり膨らませて、怒ってる。まるであいつみたいに。
「ムー」
ムー○ンかよ。いやムー○ンはムーって言わないか。ごめんなさい。
そうそう、ご察しの通り俺は今彼女に怒られてます。
だから俺はここで必殺奥義・DOGEZAをかましているわけだが…。
「私、そんなに歳とって見えますか」
今度は梓がシュンとしてしまった。まずい。
彼女は基本的に俺がポカやると怒ってくるタイプだ。しかしたまにシュンとして泣き出してしまうことがある。
情緒不安定と言ってしまえばそれまでだけど……まあなんにせよシュンはマズいのだ。この前も梓のシュンを慰めるべく諭吉さんが天に召されてしまった。
「いやそんなことはない。ほんとに寝ぼけてただけなんだ。ごめんな」
「まあ、そういうことなら良いですけど…」
どういうことなら良くないのか少し気になるが、我慢する。
「まあ、おにーさんのマザコンが見れて面白かったですしね。と、お、る、ちゃん?」
ちなみに「とおるってだれだよ」とさっき聞いたら「なんかとおるって感じの見た目だったんで」と当たり前のように返された。
いやとおるって感じの見た目ってなに?
いや、そこじゃない。今もっと聞き捨てならない台詞が聞こえたぞ。
ほら、今も「いやー、まあ私は良いと思いますよ。お母さん大好きですもんね」とか言ってるじゃないか。
「…オレハマザコンジャナイ」
そこだけは間違えないでもらいたいのだが。
「……まーそういうことにしておきますよ」
含み笑いをする彼女。絶対納得してないでしょ、それ。
今度は「いい大人がJKに向かってねぇ」なんて言ってるし。おいなんか俺が如何わしいことでもしてるみたいではないか。
「て、ていうか、最初やけにテンション高かったけどどうかしたのか?」
俺は咄嗟に話題を変える。そう、さっきの梓は心なしかいつもより興奮していた気がする。
すると彼女はなにかを思い出したらしい。手を叩き、「そう、そうなんですよ!」と本当に嬉しそうに言い出した。
と思ったらどこかに行ってしまった。
と思ったらすぐ戻ってきた。なんやねん。
ん?なんだ?その手に持ってるの…あー、ラジオか。久しぶりに見たわ。そんなことを俺が考えてると、彼女はにこやかに話し始めた。
「テレビとか流れないじゃないですか。だけどさっきふとラジオならわんちゃん行けるかなーって思ってね、探したらこれがでてきたんです」
「良く見つかったなぁ」
「うん、それでつけたら、何個か放送が流れてたんです!」
「まじか」
こんな状況でラジオの放送なんて物好きなやつもいるもんだ。
それにしてもテレビがやってないんだからラジオもやってないと思っていたのは俺の早とちりだったみたいだ。
「それでですね!世界の各先進国でゾンビウイルスのワクチンとか特効薬とかなんか開発してて、ほとんど完成してるらしいですよ!」
……え?
……ゑ?
多分だが、今俺はさぞかし面白い顔をしていたであろう。餅を喉に詰まらせたゴリラみたいな表情のはずだ。
そして何とかでてきた言葉がこれである。
「…え?……ぷりーずりぴーとあふたみー」
人間は予想外のことが起きた時にこそその本性を現すものである。つまり、どうやら俺はアメリカ人だったようだ。いや、イギリス人かも知れないけど。
「だー、かー、らー」
彼女は再び繰り返す。
そこで俺はようやく理解が追いついたようだ。餅を吐き出せずにそのまま飲み込んじゃったような感じだ。…よく分からないって?知らんよ。
「え、まじかよ!すげえ」
「でしょ!だけど…日本では都心はゾンビが多すぎて危険だから北海道大学ってとこを拠点にしてやってるらしくて……でも道内はワクチンとかの薬のおかげで大分安全になってるらしいです!」
「なるほど!…とりあえず、良くやった梓。お手柄だ」
俺が彼女の頭を撫でると、彼女は嬉しそうに目を細めた。
「そうだよな。もう三年も経ってるんだ。逆になんで思いつかなかったんだろう」
「まあ、メディアがほとんど無くなって外を知ることが難しかったですし」
「そうだな。…それより、俺たちは北海道に行った方が良いのか?」
もちろんワクチンは魅力的だが道中が心配だ。
飛行機も新幹線も使えないこの状況で遠出なんてしたことがないし、車もない俺たちにそんなとこまで行けるのか不安だ。
「確かに遠いし、道中も危険だと思います。でも、ずっとこのままの生活をしててあの時動いていればって後悔するより良くないですか?」
「たしかに、そうだな。やらないで後悔するなら、やって後悔した方がずっと良い!」
こうして、俺たちは北海道への長い長い旅を決行することとなった。
その後、「やったー!はじめての北海道だっ」と彼女が言っていたので、実はそれが本音じゃね?と言うと、「ぎくり」などと声に出して言っていたのは聞かなかったことにしよう。
この決断が正しかったのか、果たしてそれは分からない。
だが、この決断が俺たちの命運を大きく左右してしまうであろうことは確かだった。
物語の歯車が、少しずつ動き出すーー!