第二話 *岩の中にいる!*
あれから私はマントル流に押し上げられ、冷固まった岩盤層に閉じ込められていた。
頭の上には、エクスカリバーが見える。上昇中にいつの間にか手放したらしい。
長いこと冷え切って思うように力が出せない。
なにより、重力が押さえつけて体がかなり重怠い。
それから無常に過ぎ去っていった。
時と共に削り取られるかのように切れ込み、何かが岩の周りを抉っていく。
境界線が近づいてくる。
無としか言えない何かだ……
あんなもの見たこと無い。
あれに飲まれたとき、終わるのだと覚悟を決めた……。
意外に私の心は平静だった。
長い時の中を冷たい岩の中に閉じ込められて心まで凍り付いてしまったのだろうか——。
だがしかし、まだまだ終わるには早いらしい。無の中を動く物があったからだ。
よく観察すると、毛のようなものや、岩から無に向かって柱が立っていることに気が付く。
それらは、消えたり現れたりをせわしなく繰り返した。カリバーンのような植物なのだろう。
そして私の頭上をよく動物が通るようになった。
いつしか、私を飲み込んでいる岩の塊は山の上へ押し上げられていた。
そんなある時のことだ。なんと私を含む岩がごっそりと流れに削り取られたのだ。
そしてそのまま、何かの上を流されていった。
マントルのような流動物のようだ。
いつしか流動物は消え去り、広大な平面にポツンと私が入った岩が取り残された。
———— ◇ ————
——時は流れ、私の岩の周囲を液体が満たし始めた。
まったく目まぐるしく変わって行く。
見る見るうちに液体の高さは上がる。
それと共に、岩は少しずつ小さくなった。
周囲には毛や液体の中を泳ぐ動物が現れ始める。
そして、私の岩が乗る岩がせりあがってきた。
せり上がるといっても私の岩を押し上げるように ではない。
包むように上昇するのだ。故郷の金属の雪のように累積していく。
——やがて完全に埋まってしまった。
———— ◇ ————
——どれだけ経っただろうか。
植物や動物が戻ってきた。
いつしか岩の上の液体は無くなり、再び削り取られるようになったのだ。
——その中には、珍しい動物が混じっていた。
私と同じ二足歩行で服を着ている。
知能のある動物だ!
なにかを振動させる意思疎通手段を用いているようだ。会話が出来るかもしれない!
なぜそう思うかというと、岩を通して振動が感じられたからだ。
他の動物も似た機能を持っていることは感じていたが、かなり複雑な部類だ。
そして、間接的に振動させるのであれば、無を震わせている可能性が出てきた。
つまり無は無では無かったのだ。
かなり珍しいが、金属大陸にも似た振動で意思疎通する動物はいた。きっと、同じ理屈なのだろう。
私は試しに、腕を動かして振動させてみた。
——反応なし。
確かあの生物は。振動器官を共振、増幅させる機能を持っていると聞いたことがある。
私の体を使って共振させて、振動を増幅してみよう——
——ィィ——ィィィィィ——ィィィィィィィィィィン——
周波数は掴めた。
あとはこの振動数を維持する事だ。
——ィィィィィィィィィィヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ——
だめだ、岩が邪魔をして振動を吸収されてしまう。
しかし相手にはしっかり届いたようである。
「——! ***! **!」
振動を発して逃げて行ってしまった。
彼等のような効率的な振動器官を真似することは難かしい。
私の発した振動を異様な物と受け取ったのかもしれない。
——まぁ、この辺一帯には私のように岩に埋まった大型の生命体は居ないようなので、なおのこと怪しく思ったのかもしれない。
がっかりである……だがしかし、岩に閉じ込められ続けるよりはマシだ。
幽かだが希望が見えてきた。
———— ◇ ————
気付いたのはいつだろうか。私の真下に広大な空間が出来ていたのに。
あれからどれくらい経ったのだろうか。
動物はおろか、カリバーンのような植物すら見かけなくなってしまった。
それからいつの間にか、私の足元にアーチ状の巨大な空洞が出来ていた。
やがて、アーチの天井からボロボロと破片が剥離するようになる。
どうやら、崩壊する兆しらしい——。
このままでは、私諸共天井は崩落してしまう。
——恐らく。まだ、大丈夫だ。
天井まで私4つ分はある。
私4つ分使い切った時が落ちる時だろう。
落下の衝撃は耐えられるはずだ。
大丈夫。心配はしていない。
———— ◇ ————
崩落は突然だった——。
あれから、一つ剥離しただけで連鎖するように全体の崩壊へと一気に波及。
そして私は穴の底の岩の一つとなった。
落下の衝撃のせいなのか、いよいよ無が目前まで迫ってきた。
私の頭上のエクスカリバーは、すでに無に晒されているようである。
そして、マントルのような液状の何かが私の周囲に溜まり始めた。
そこで、困ったことが起こった。
岩の中を伝って液体が、私の体を蝕んでいくのだ!
今はまだ表面だけでとどまっているが、量が増えればどうなるか分からない——。
きっと、無に近付いたせいで何か変化が起こったのだろう……。
このままでは長くは持たないかもしれない——。
やはり、無は私にとって危険なものだったのだ。
朽ちてゆくのだろうか——家族のことが頭をよぎった……。
———— ◇ ————
崩壊の後、断続的に知的生命体が訪れるようになった。
崩落した穴に通路を作って行き来するようになったのだ。
長い孤独に私は会話する相手を求めていた。
しかし、私のエクスカリバーに興味を示す者もいて、あろうことか私の岩の上に登り、エクスカリバーを取ろうと柄を握った——!
私は咄嗟に粒子を発した——
『ドロボー!』
「——! **********!」
反応は劇的だった!
知的生命体は転げるように逃げていった!
——エクスカリバーは私たち家族で育てた作物だ。
例え対話相手だろうと、我が物顔で勝手に盗んで行こうとするのは許せない。
そもそも泥棒と話すことなんてないのだ。
それよりも、彼らが粒子を見ることが出来るのは意外だった。
私たちは発生器官から粒子を出し意思疎通を行う。
見えるなら向こうも発してもいいはずだけども……。
それにしても、振動以外に反応するのは何でなのか。
振動だけでいいような気がするのだが、謎である。
その後も知的生命体が来るごとに粒子を出すと、何かしらのリアクションを返してきた。
偶然で反応した訳じゃなかった、というわけだ。
——他の動物が通るたび粒子を発っそうとしたが、知的生命体以外見かけることは無かった。
そこで積極的に意志疎通を試みることにした。
見た限りでは岩を破壊できるほどの力を持たないように見える。
以前に見たとき。わざわざ、道具を使って柱状の植物を時間を掛けて倒していたからだ。
——彼等は力が弱いのだ。
岩すら壊せないようでは、私を傷つけることなど出来ないだろう。
もっとも、あの液体をかけられれば危険だ。他にも未知の手段を持っているかもしれない。不用意な敵対は避けたほうがいいだろう。
出来ることといったら、振動、粒子発射、信号の間隔、強さを変えるぐらいだが、手を尽くしても彼等との対話の取っ掛かりすら掴めない有様だった。
知的生命体が通りがかると対話を試みたのだが、どんどんと訪れるものが減って行き、ある時を境にぱったりと訪れる者が途絶えた。
——そんなときだ、あの子と出会ったは。
僕はマーリン。君は誰——?