8. 朝と環首刀とスタジアム
気づけば明け方だった。山と空の境界線がぼやけ、朝日が登る。
(俺はあと何回、朝日を見れるんだろうな。)
そんな不吉なことを考えてしまう自分に嫌気が差していた・
朝ご飯はコンビニのゼリー上のパックを一つ啜るだけにとどめた。
エマたちを起こし、チェックアウトする。
「これから私達は相手の一人を狙う。目標は前日感知されたであろう敵。近距離相手なら数で落とす。いいな?」
エマの提案に乗った悠斗たちは昨日、歩いた道を戻った。
「いました。ここから500m先ですね。」
アンジュが呟いた。
500m先といえば
「サッカースタジアムか…!」
たしかにそこなら日中でも人の目には当たらないし、開けている。
「視認性が高い場所となれば、遠距離型の敵ですかね?」
「いや、同時にこちらの能力が割れていないとすれば、視認性はデメリットでもある、一概に割り切れないな。」
「とにかく今は俺達のことを知っているやつを倒すのが先決だ。行こう。」
平日のためか、スタジアムはがらんとしている。
サッカーゴールは片付けられ、人工芝と白いラインが電灯の明かりを反射していた。
グラウンドには一人の女性が立っていた。
レディースーツをまとい、髪はポニーテールに纏められている。身長は少し大柄だ。
その隣には赤毛の女の子が立っている。
少女の手には先が広がった剣を持っていた。
「貴方が昨日の火事の主犯かしら?」
女はこちらを睨みつける。
「まぁ、そうとも言えるな。」
低い声で悠斗は返した。
「私は倉持瞳。警察だ。そして同時に器だ。」
「ああ。知ってるよ。」
瞳は虚空から刀を出した。真っ直ぐな刀身に柄には円形の飾りがついている。
「奴の能力は臏刑だな。環首刀を出せるのは私の断頭台と臏刑のみだからな。」
エマは耳打ちをする。
悠斗も虚空から日本刀を抜く。黒い刃先を相対する敵に突きつける。
エマとアンジュもナイフと槍を構える。
一瞬の静寂は二人の叫び声が切り裂いた。
「うおおおおお‼!」
「はあああああ!!」
グラウンドを駆け、互いに距離を詰める。間合いに入った瞬間、互いの得物を振り下ろす。
刀同士がぶつかり、甲高い音をかき鳴らす。
刀を引き、再び振り下ろす。そのモーションを何度か繰り返す。
瞳は刀を大きく引き、横一文字に切り払う。悠斗は後ろに下がり、その刀を躱す。
悠斗は接近し、刀を連続で切り結ぶ。瞳は両手で握る剣でそれらをすべて防御する。
パワーは互角、得物のリーチも同じ。拮抗した状態で膠着する。
「お主、名前は?」
「シルヴィア。」
赤毛の少女は無表情に答える。右手には先が湾曲したナイフ、左手には鉈が握られていた。
「ククリですね。」
アンジュが彼女の右手を見ながら呟く。
シルヴィアが二人にめがけて、猛進して来た。
狙いはエマのようだ。彼女が振り下ろしたくくりの一撃をナイフで止める。
「ぐぅおおお……」
ほとんど変わらない程の体躯にも関わらずそれは鋭く、思い一撃だった。
「エマ‼」
アンジュの槍撃を躱し、ターゲットをアンジュへ変更する。
ククリを振り抜き、急接近する。アンジュは後方へ逃げる。
その瞬間、右手のククリをアンジュの方へ投げつけた。
湾曲したククリは回転しながらアンジュへを狙う。
槍を回転方向に垂直になるように立てる。
ガキン
槍とククリが衝突し、金属音が響く。
しかし、その瞬間に、シルヴィアはアンジュの懐まで脚を進めていた。
(間に合わない………‼)
回し蹴りがアンジュの腹に深くめり込んだ。
「ぐあ゛あ゛」
更に体を捻り、もう片足でアンジュの側頭部を強く蹴り跳ねる。
アンジュの体は横に吹き飛ぶ。
側頭部を強打したことで脳が揺れ、脳震盪を引き起こす。
吹き飛んだアンジュの体はピクリとも動かない。
「アンジュ‼大丈夫か‼」
返事はない。
ターゲットが再びこちらに戻る。
振り返るシルヴィアの目は緑色に輝いている。
エマは冷や汗が流れるのを感じた。
シルヴィアはククリを拾い上げ、エマに向かってゆっくりと歩みだす。
まるで獲物を狩る猛獣のようにその一歩一歩に殺意が感じられる。
エマはナイフを構え、襲いかかってくる瞬間を探った。
「はああああぁぁ‼!」
シルヴィアが走り出す。エマはその場で迎え撃つ。
ククリの刃が左側から襲う。左手のナイフで弾き返す。
ナタの一撃が振り下ろされる。エマは右手で手首を掴んだ。
エマは前蹴りを彼女のみぞおちにねじ込む。その瞬間に右手を離し、距離を取る。
「お主、開放状態だな。」
「そうよ。私の能力、臏刑の開放状態。不凋者。」
「道理で、私では力が及ばないというわけだ。」
(常時開放状態というのはキツイな。)
次はエマが先手を取った。
エマは高速機動し、シルヴィアの左に詰める。
エマのナイフがシルヴィアの身体を刺し貫く軌道を滑る。
シルヴィアは振り向きもせず、左手を動かした。
鉈がうねり、エマのナイフをはじき、エマの心臓を狙う。
瞬間、エマとシルヴィアの間に剣の壁が地面から生えた。鉈は壁に弾かれた。
壁が二人を隔てる瞬間、エマはシルヴィアの口角が上がる瞬間を見逃さなかった。
(奴、何故笑った………?)
エマは目端で光る一瞬を気づくことができなかった。
観客席から放たれた光は一条の光とともにエマの左肩を刺し貫いた。
「何…だと…!?」
剣の壁が消える。
シルヴィアの冷笑を見たエマは一つの可能性が今起こっていることを理解した。
「お主、いつからだ?」
「なんの事かしら?」
「下手な芝居はやめろ。分かっているぞ。」
途端にシルヴィアの表情はつまらなさそうになった。
「なんだ。せっかくの奇襲というのに。お願い、もう一発ね。」
再び観客席から光が飛び出す。エマの左太腿を貫く。
「があ”あ゛ッ」
「あら外れちゃった。全く下手くそね。まあいいわ。貴方の眼の前で器を殺してあげるわ。」
シルヴィアは振り返り、互いに刃をぶつける二人に向き直った。
「や、やめろ。お前の…お前の相手は、わ…私だ。」
「そう。再び立ち上がったなら答えてあげてもいいわよ。」
一瞥した赤毛の少女は二人の方へ歩いていってしまった。
エマは狙撃された方向を防ぐように刃の壁を作る。
「いつの間に来ていたんだ?」
観客席2階、東出入り口。そこには一人の男が立っていた。短い金髪に青い瞳、180以上の体格。立っているだけでも様になる。
アンディ・A・キングスフォードは指先をグラウンドの少女に向けていた。
「命中よ。」
隣に立っているのは同じく金色の髪をツインテールにし、赤いリボンで結んでいる少女だった。
「次は器のほうね。」
英語で出された指示は男の指先の変更を指示する。アンディはその指を剣で戦う青年の方向へ向けた。
「距離40m。」
指先が細かく移動する青年の動きを追う。まるで青年と指先が糸でつながっているようにその動きは正確に狙いをつけている。
青年の動きが止まった。
「発射。」
指先から円錐が発射された。
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