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5.  風呂と空っぽの器とビーフシチュー


家に帰ると陽子が待っていた。

「おかえり、エマちゃん。」

片手にはワインボトル、もう片手にはワイングラスを構えている。


アンジュが悠斗の影に隠れる。

陽子はアンジュを横目にワイングラスにワインを注いでいる。


「また女の子拾ってきたの?」

「いや、私の妹だ。」


エマがすかさずフォローに入る。


「そっか、そっか。確かに目の色もそっくりだものね。」


いつものように台所に立つ。冷蔵庫の中の鍋を取り出し、火にかける。

エマがリビングからやってきた。


「私にも何か手伝わせてほしいぞ。」

「静かに座っといてくれ。台所は危険だから。」

「ナイフで戦っている者にそれを言うか?」


鋭い返しに少し言葉に詰まる。


「とにかく、台所が狭いからあっち行ってろ。」


エマは口をとがらせて、リビングに戻っていった。


「そうなんだ~。アンジュちゃんもあのアホに連れてこられるなんてひどいものね~。」


いつものダルがらみにアンジュが引いている。

昨日から煮込んでいたビーフシチューを温めていると、だんだんといい香りが立ってくる。

皿に盛りつけ、テーブルに運ぶ。

エマとアンジュが大はしゃぎしている。見たこともない食べ物に興奮していた。


「「「「いただきます。」」」」


エマは即座に食べ終わり、お代わりを要求してくる。それに対してアンジュは橋の進みが少し遅かった。


「アンジュ、口に合わなかったか?」

「いえ、そうじゃないんですが、私がおいしいものを食べていいのかなと・・・・・・」


「アンジュちゃん、ご飯美味しい?」


陽子は少し真面目な顔をしながら、アンジュに質問した。


「はい。もちろんです」

「アンジュちゃんやエマちゃんみたいな元気いっぱいで笑顔が似合う子供はね、なんの気負いもしちゃいけないの。こどもはみんな与えられる側だから、大人みたいに与える側にならず、自分のやりたいことを全力でやればいいのよ。」


諭すような声で放たれた陽子の言葉はいつの日か聞いたことがあるような気がした。


「分かりました。悠斗のお母さん。」

「うん。うん。しっかり食べなさいよ。」


アンジュはスプーンを動かし、ビーフシチューを口に運ぶ。その顔には笑顔が籠っていた。


食べ終わり、悠斗は後片付けをしていた。

「ほら、さっさと風呂入ってこい。」


エマはアンジュの手を取り、風呂場へ連れて行った。

陽子はワインを飲んでべろべろに酔っている。


「なぁ、うちって母子家庭なのに、椅子が四つもあるんだ?」

「来客用に決まってるじゃない。」

「そっか。」


少し疑問が残りながらも悠斗は皿洗いを続けた。


湯船に浸かるエマは天井を見上げていた。

「どうしたんですか、お姉さん。」


突然の呼び方の変化に湯船で溺れかけた。


「エマでいい。私もアンジュと呼ぶから。」


アンジュは髪の毛を洗いながら質問をする。


「どうして、悠斗やお母さんは私にあんなにやさしくしてくれるのですか?」


少し考えてエマは答えた。


「ユートにとって、自分自身はすっからかんなんだと思う。何にも入っていない、空の器だ。だからこそ日常という空っぽに見合った人生を求めてしまう。よく言えば身の丈に合った、悪く言えば自分に無関心。意識が常に外側へ向いているのだと思う。だから他人に優しい。」


「空っぽの器、ですか?」

アンジュは髪に残ったシャンプーを洗い流す。


「確かに共にいて数日間、ユートの動きには少し疑問が残るな……」


エマとアンジュが風呂から上がる頃には悠斗はソファで寝ていた。陽子も自分の部屋で寝てしまっているのだろう。姿は見えなかった。二人は部屋に戻り、寝てしまった。


朝、いつものように起きた悠斗は携帯に一通のメールが来ていることに気付いた。

メールは大学からのものだった。

『大学の電気工学棟が破損していることが発見されているため、原因が判明するまで休校となります。単位などに関しては後日通知します。』


完全に原因は俺たちである。

頭を抱える悠斗に起きてきたエマは肩を叩いた。

「やってしまったものは仕方ないな。」


「はぁ?学校がぶっ壊れたから、学校が休校になった!?」

陽子が驚きながらもトーストを口に運んでいる。

「はい、そういうわけです。はい。」

「あっそう。まぁ休日は有意義に使いなさいよ。」


現役社会人の有難い言葉が返ってきた。

時間になると陽子は仕事に行ってしまった。玄関まで見送るとエマとアンジュが何か伝えたがっているようだった。



「・・・・というわけだ。さすがにもうこの街に契約者と器は存在しないと思う。」

エマとアンジュが言うには大学に来るまでの間に町中の電車にのって、探索したが器と契約者の反応はなかったらしい。


「それで、そのまま電車に乗ってたら隣町まで来ていて、反応があった場所が俺の大学だったという訳か。」


エマとアンジュは頷く。アンジュが口を開く。


「私はある程度の長距離も感知能力があるんですが、方向が固まってます。」

「場所は?」

「方向から考えて、二つ先の都市にほとんど固まってます。多分残りは全員そこにいます。」

「そんな都合のいいことがあるか?」


悠斗は頭をひねる。なぜ俺たち4人は隔離された土地に固まっているんだ?残りの敵がなぜ都市にいるのか。誰かが作為的に選んでいるのか?俺とエマが出会った事故さえも誰かの手の中というのか?


「そこでだ。ユート。奴らを本格的に倒すためにも都会に拠点を移すのはどうだ?」

「わざわざ奴らの街に殴り込みに行けというのか?」

「学校も休業になりましたし、今がいいタイミングじゃないんですかね?」


アンジュのフォローが入る。

「しかしなぁ……」


エマがすかさず返す。


「ユートにとっても早く日常に帰れるだろう。それなら早く拠点を叩くのが一番だろう?」

「まぁ一理はあるな。」


悠斗は少し考えて決める。


「早くに決着がつくのは俺としても有難い。そう決まれば用意だ。用意をするぞ。エマ、アンジュ、服、食料をまとめるぞ‼」


二人は笑顔で手を取り、部屋に行ってしまった。


「仕方ないか。」


エマの言い分も分かる。実際早く戦いを終わらせるならそれが最適解だ。しかし相手の本拠地に突っ込むのはかなり危険だ。しかし虎穴に入らずんば虎子を得ず。危険を冒さなくては利益は得られないだろう。

悠斗は覚悟を決めるしかない。



アンジュは部屋でエマに問う。

「どうしてそこまで急いでいるんですか?」


エマは黙々と服をバッグへ詰め込んでいる。

「エマと悠斗の出会いは事故だって言ってましたよね。もしかして、あの事あの事(・・・)を言ってないんですか?」

その言葉にエマの手が止まった。アンジュは完全に察しがついているようだ。


アンジュはエマの肩を持ち、エマの身体を回転させ、正面に向かせた。


「このことは器と契約者において必ず伝えなければいけないことです。エマが言えないのなら私が言います。」

「分かった。私から言う。だから、そのことは口外しないでくれ。」


エマは決してアンジュと目を合わせないようにしていた。



悠斗は電話を掛ける。朝のこの時間なら仕込みをやっている時間だからだ。


「店長、すみません。長期休暇いただけませんかね。」

店長の声は静かで落ち着いていた。

『いいよ。どんくらいの間かな?』

「分からないです。早ければ1か月、長ければどうなるか...。」

店長からの返事が返ってこなかった。


「もし、3か月間連絡がなかったときはクビにしてもらって大丈夫です。」


電話から帰ってきた声はとても落ち着いていた。

『死ぬときは、自分の命をしっかり計算に入れときなよ。もし勘違いならいいけど。もし自分の死に向き合っているなら伝えとく。命ってのは重いが自分の命ってのは軽く勘定してしまう。自分の命は他人にとっては他人の命だ。それをしっかり考えとけよ。3か月以内に返事くれることを心から願うよ。」

電話は切れてしまった。


ツーツーと鳴る電話に向かって、悠斗は礼をした。

「ありがとうございます。店長。」

ご愛読ありがとうございます。


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