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異世界恋愛・短編

「お前との婚約を破棄する!」「どちら様でしょうか?」糸目令嬢は開眼すると怖いんです・短編

作者: まほりろ

小説家になろう日間ランキング

異世界恋愛:2024年6月23日13位

総合:2024年6月23日15位

ありがとうございました!




「ニコレッタ・ギフトシュランゲ! お前との婚約を破棄する!」


今日は学園の卒業式。


卒業パーティーの会場である大広間には、卒業生と教員が集まっていました。


みんな色とりどりのドレスやジュストコールで着飾り、今日のめでたき日を祝っています。


そんな華やかな場所を台無しにする事件が起きるなんて……誰が想像できたでしょうか?


オレンジ色の髪の少年が、ピンクの髪の小柄な少女を連れ壇上に登りました。


そして、高らかに婚約破棄宣言をしたのです。


皆の視線は当然、壇上の二人に釘付けになりました。


そしてもう一箇所、みんなの視線を集める者がいました。


それは婚約破棄を宣言された少女です。


婚約破棄を宣言されたのは、ニコレッタ・ギフトシュランゲ。


この名前には聞き覚えがあります。


人生で一番多く聞いた名前。


何を隠そう私の名前です。


「ニコレッタ! 貴様が嫉妬にかられ可愛いエルシアをいじめていたのは分かっている! さあ壇上に来い! そしてエルシアに詫びろ!!」


「ピーター、あたし怖かった〜〜!」


「よしよし。俺がいるから大丈夫だよ。もうあの女に君をいじめさせたりしないからね」


壇上で繰り広げられる、茶番劇。


私たちは一体何を見せられているのかしら?


「マクシミリアンあの方どなただったかしら? 私の知っている方かしら?」


隣にいる執事に尋ねた。


「ピーター・クライン。 18歳。お嬢様の婚約者候補の一人だった男でございます」


長く美しい黒髪を一つに束ねた彼が、壇上の少年を憎々しげに睨みつけながら答えた。


「あー思い出しましたわ。義理でお見合いパーティーに呼んであげた、クライン子爵家の次男でしたわね」


十年前、私の婚約者を決めるお見合いパーティーが開かれた。


その中の一人に、彼がいたような気がする。


「はいお嬢様。義理で呼んでやったのにも関わらず、奴は己の分をわきまえず、『お前を愛することはない!』とか、『オレには他に愛する人間がいる! オレの愛を期待するな!』と暴言を吐いていったクズでございます」


マクシミリアンが美しい顔をしかめ、毒を吐く。


「あーそうでしたわ。思い出しました。『義理で呼んでやったのにもかかわらず、娘にあんな暴言を吐くなんて許せん! クライン子爵家など跡形も残らないように潰してやる!」と、お父様が大変お怒りでしたわね」


あの時、「クライン子爵令息はまだ幼く、若気の至りでしたことですから」といって、激怒する父をなだめたのは私でした。


父をなだめるのに苦労しましたわ。


幼いながらに良いことをしたと思っておりましたが、十年後に卒業パーティーの雰囲気を台無しにされるのなら、 あの時、完膚なきまでにクライン子爵家を叩き潰しておくべきでしたわね。


恩を仇で返されるとは、まさにこのことですわね。


「ところでクライン子爵令息の隣にいる、ピンクの髪にツインテールの、幼女が着るようなフリフリのドレスをまとっているあの方はどなたかしら?」


ピンクの髪の少女は、リボンやフリルがついた子供っぽいドレスを着ていました。


あんな愛らしいドレスを着るのはせいぜい十二、三歳まで。


少女はどう見ても 十六歳くらい。


子供っぽいドレスなど、とうに卒業している年齢です。


「あの方、膝上五センチもある露出度の高いドレスをまとっているのに、よく壇上に登れましたわね。度胸がありますわ」


スカートの中が見えることが気にならないのかしら?


「恐れながらお嬢様。度胸があるのではなく、あのような者は恥知らずというのですよ」


「それもそうね。ところでマクシミリアン。あの痴じょ……いえ少女の名前はご存知?」


「もちろんでございます、お嬢様。わたくしはこの国の貴族の当主、夫人、令息、令嬢、果ては愛人や庶子の名前まで全て把握しております」


さすがだわ。


「あのピンクの髪の痴女は、エルシア・ハーゼ。十八歳。ハーゼ男爵家の長女でございます」


いつものことながら彼の記憶力には驚かされるわ。


「十八歳? それにしては幼すぎないかしら?」


「おそらく頭の幼稚さが、言動や服装に現れているから幼く見えるのでしょう」

 

時々彼は辛辣なことを言います。


「庶子かしら?」


「いえ正妻の子でございます」


彼女の年齢が私と同じことにも驚きましたが、正妻の子であることに驚かされました。


下位貴族の令嬢もこの学園にはたくさん通っておりますが、あのように常識も礼儀も備わってない少女を見たことはないからです。


男爵家では正妻の子にもまともな教育をさせられないほど、お金に困っているのかしら?


「ハーゼ男爵家? 聞いたことがないわ? うちのパーティに呼んだことがあったかしら?」


「お嬢様が知らないのも無理はありません。ハーゼ男爵家は没落寸前。当家に呼んだことは一度もございません」


「まあそうだったのね」


私もマクシミリアンほどではなくても、貴族の令息や令嬢の名前は把握しているつもりです。


没落寸前の男爵家では、当家にも、当家と交友のある貴族のパーティーにも招待されることはないでしょう。


それでは顔を合わせたことがなくても仕方がありませんわ


「おい! いつまでグダグダ話している! さっさとここに来てエルシアに詫びろ!」


私がマクシミリアンと情報を交換していると、クライン子爵令息の暴言が飛んできました。


あの方は子爵家を取り潰したいのでしょうか?


自分が何者かも分からず、相手が何者かも知らず、喧嘩を売るなんておバカすぎますわ。


「お嬢様、あのような下賤な輩はわたくしが対処いたします」


「いいえマクシミリアン。私も今日で学園を卒業しました。これからはギフトシュランゲ侯爵家の跡取りとしてふさわしい振る舞いをしなくてはなりません。このようなことに一人で対応できないようでは、この先貴族としてやっていけませんわ」


貴族というのは家名に泥がつくのを一番嫌がります。 


貴族学園の卒業パーティーという、この国の未来を担う貴族への令息や令嬢が集まる場で、家名に泥を塗られたのです。 


それ相応の報復をしなくてはなりません。


「私が自ら片を付けます。あなたは側で見ているだけで構いませんわ」


「さすがです、お嬢様。それでこそギフトシュランゲ侯爵家の次期当主、跡取りでございます」


マクシミリアンが分かりやすくお世辞を言う。


そういうお世辞は嫌いではありません。


「おい糸目女のニコレッタ! 聞いているのか! オレの声が聞こえているならさっさと壇上に来い!」


クライン子爵令息がまた壇上で騒いでいます。


本当にあの男は命が惜しくないようですね。


彼があのような強気な態度に出るのは 、私の顔のせいもあるかもしれません。


私は彼が先ほどおっしゃったように糸目。


常に笑顔を心がけていたら、いつの間にか糸目だと認識されていたようです。


私は金色の髪、青い目の目立つ容姿をしており、その上つり目の悪役顔。


貴族社会は足の引っ張り合い。


怖い顔をしているだけで、悪い噂を立てられてしまいます。


悪役顔は敵を作りやすいと父が申しておりました。


なので私は幼い頃から、無駄に敵を作らないように常に笑顔を心がけ、糸目で過ごしてきました。


ですがこの顔のせいで、私だけでなくギフトシュランゲ侯爵家を蔑む者が現れました。

 

貴族として無駄に敵を作るのはよくありませんが、舐められるのはもっと良くありません。


ギフトシュランゲ侯爵家に牙を剥くことが、どれほど恐ろしいことなのか、今から教えて差し上げます。


私は開眼する決意をいたしました。


優しい印象を与える糸目令嬢は、今日で卒業します。


世を欺くために、ずっと糸目のにこにこ顔の令嬢を演じてきましたが、それも今日でおしまいですわ。


「お断りいたしますわ。ピーター・クライン子爵令息」


私は壇上にいる二人に向かってピシャリと言い放ちました。


お二人は先ほどまでの潔さはどこに行ったのか、開眼した私がジト目を向けると、蛇に睨まれたカエルのようにガタガタと震え出しました。


「私に用事があるのなら、お二方こそ私の前まで来るべきじゃないかしら?  そうでしょう? ピーター・クライン子爵令息、並びにエルシア・ハーゼ男爵令嬢」 


私は壇上の二人をどう料理しようか、心の中で舌なめずりしていました。


それが伝わったのでしょうか、二人は壇上から動こうとしませんでした。


「今なら土下座をして謝罪すれば、慰謝料を減額してあげてもよろしくてよ」


まあ減額したところで、お二人の家は跡形も残らないでしょうけれども。


喧嘩を売る相手を間違えましたわね。


「な……なんで、あたしたちがあなたに謝らなくちゃいけないのよ! 悪いのはあなたじゃない!」


ハーゼ男爵令嬢が震えながら声を発しました。


「そうだ! エルシアをいじめたのはお前だろ! なぜオレたちがお前に謝らなくてはいけないんだ!」


ハーゼ男爵令嬢の強気な発言に後押しされたのか、クライン子爵令息が震えながらも声を発しました。


「その前にクライン子爵令息。あなたは何の権限があって、私のファーストネームを呼び捨てにしたり、私のことを『お前』と気安く呼んでいるのかしら? 理由を教えていただける?」


まずはこの間違いから正さなくてはいけませんわ。


下位貴族に過ぎないあなた方が、侯爵令嬢である私のファーストネームを呼ぶことなど、天地がひっくり返ってもありえないことなのですから。


「それはお前がオレの婚約者だからだ! 婚約者をファーストネームで呼んで何が悪い!」


「クライン子爵令息、そもそもその解釈から間違っております」


「はっ?」


クライン子爵令息は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていました。


「そもそも私とあなたは婚約しておりません」


「えっ?」


「十年前、確かにあなたは私の婚約者候補の一人でした。あなたのお父様がどうしてもと懇願してくるので、義理でお見合いパーティーに呼んでさしあげました。私とあなたはその程度の関係です」


「ええっ!?」 


クライン子爵令息が間抜けな声を上げました。


どうやら彼は本当に、私と婚約していると思い込んでいたようです。


「本来子爵家の次男に過ぎないあなたは、私に土下座をして頼み込むなり、ゴマをするなり、おべっかを使うなりして、『オレをあなたの婚約者にしてください!』と頼み込む立場でした」


義理で呼ばれたんですから、そのぐらいしても当然なのです。


実際あの日、私に土下座をして『婚約者にしてください! どうしても侯爵家の婿養子になりたいんです!』と頼み込んできた殿方が何人もおりました。


「それなのに、あなたは何を考えたのか『オレにはエルシアという愛する女がいる! オレと婚約したからと言って、オレから愛されると思うな!』と発言したのです。まるで自分が私の婚約者に決定しているかのように」


それは婚約者を選ぶ立場の人間が言うこと。


選ばれる側の人間が言うことではありません。


「なっ、そんなはずは……!」


クライン子爵令息は顔が真っ青でした。


本当に彼は今の今まで、自分が私の婚約者だと信じ切っていたようです。


「あなたのその発言を聞いた私の父は激怒し、クライン子爵家を潰そうとしました。私が『クライン子爵令息はまだ八歳。若気の至りでしたことですから』と言ってなだめなければ、今頃どうなっていたことか」


いっそあの時クライン子爵家を潰しておけば、今日このような面倒ごとに巻き込まれずに済んだのかもしれません。


甘い判断は、相手にも自分にもよくありませんわね。


一つ勉強になりましたわ。


「そもそもクライン子爵令息は、今まで私の誕生日パーティーにも、父の誕生日パーティーにも、女神の生誕祭のパーティーにも、当家に呼ばれたことはありませんよね? 私の婚約者であれば呼ばれて当然なのに。そのことについて何も疑問に思わなかったのですか?」


今まで一度も当家のパーティーに呼ばれたこともなければ、誕生日に当家から贈り物もされたことがない。


彼はそのことを、今まで何の疑問にも思わなかったのでしょうか?


「それは……『俺が愛するのはエルシアだけだ! ギフトシュランゲ侯爵家の二コレッタが何を送ってきても受け取らないし、 あいつの家のパーティーにも行く気はない! だから奴の家が招待状が来たら捨てろ!』と使用人に伝えていた。だからパーティーの招待状や贈り物がオレの元に届かないのかと……」


クライン子爵令息が青い顔でもそもそ と話しています。


「格上の侯爵家の令嬢と婚約したと思い込んでいながらその態度。クライン子爵家は随分と偉いんですのね」


彼は何も言わず縮こまっていた。


王家も当家には一目置いています。


仮に私が王子と婚約していたとしても、王族だってギフトシュランゲ侯爵家の跡取りである私に、そのような態度は取らないでしょう。


「私と婚約していると思い込んでいたあなたが、卒業するまで一度も私に挨拶に来なかったのが不思議でしたが、そういう理由でしたのね」


「そうだ……」


クライン子爵令息は喉の奥から声を絞り出したように答えた。彼の体はブルブルと震えていました。


ようやく自分がとんでもない勘違いをしていたことに気づいたようですね。


「この際ですからはっきりと申し上げます。クライン子爵令息、あなたは私の婚約者ではありません。私の婚約者は別におります」


「…………」


クライン子爵令息は無言のまま、こくりと頷きました。


「ですから私はあなたと婚約破棄はできません。そもそもあなたと私は婚約していないのですから、破棄するものがありません」


婚約もしていない相手から婚約破棄を突きつけられるとは、人生何が起こるか分かりませんね。

 

「そのようだな……。いえ、そのようですね」


クライン子爵令息は真っ白い顔をしていて今にも死にそうでした。


「そしてもう一つ」


私は壇上にいるピンクの髪の少女を睨みつけました。


睨まれた少女は「ひっ」と声を上げ、ピクリと肩を震わせました。


「私はクライン子爵令息とは無関係です。なので私が彼の恋人であるあなたをいじめる理由がありません」


放置しておいても潰れそうな男爵家のアホ令嬢を、私がいじめる理由があるなら教えてほしいわ。


私はそんな暇ではないのよ。


そんな時間があるなら一冊でも多くの本を読みますわ。


ハーゼ男爵令嬢は泣きそうな顔で「えっと……だって」を繰り返していました。


そのようなぶりっ子な演技で周りを取り込めるのは五歳まででしてよ。


「そもそもエルシア・ハーゼ男爵令嬢。あなたこの学園の生徒ではありませんよね?」


マクシミリアンほどではなくても、私も貴族の令嬢の名前は、なるべく記憶するようにしています。


同じ学園にこんな目立つ髪色の少女がいて、私の目に止まらないはずがないのです。


「そうよ、それが何!? 病弱だから学園に通えなかったのよ!」


彼女の顔色はよく、元気もあります。とても病弱には見えませんね。


世間には周りにちやほやされるために病弱を装う人がいると聞いたことがあります。


もしかしたら彼女もそのタイプなのかもしれません。


「先ほどあなたは私にいじめられたとおっしゃいましたが、学園にも通ってもいない、面識もないあなたを、なぜ私がいじめるのでしょうか?」


「それは……! 可愛くてか弱い私がピーターの恋人だから、ピーターの婚約者のあなたが嫉妬して……」


ハーゼ男爵がもそもそと話しています。


「先ほどクライン子爵令息は私の婚約者ではない、私の婚約者は別にいるとはっきり申し上げましたよね? 私とあなたの接点はゼロ。私があなたをいじめる理由は全くありませんわ。そうでしょう?」


「それは……」


ハーゼ男爵令嬢が目を泳がせています。


「もしあなたの発言が本当なら証拠を出してください。私はいつ、どこで、どのようにあなたをいじめたというのですか?」


「えっ……と」


彼女の額には大粒の汗が滲んでいました。


「偽りの証言をしない方が身のためですよ。今からあなたの証言が正しいか あらゆる手を使って調べます。あなたの証言が嘘だと分かった時、あなたにはそれ相応の罰を受けてもらいます」

 

「それは……えっと、その……」


彼女は何も言えないようでした。


おそらく、彼女は誰かにいじめられたのを私のせいにしていたのでしょうね。


それともいじめ被害に合ったということ自体が嘘で、クライン子爵令息の同情を引いていたのかもしれません。


……まあどちらでもいいですわ。


「えっと〜〜、ニコレッタ様にいじめられたというのは〜〜、あたしの思い違いだったみたい……」


彼女は長いツインテールを指先でくるくるしながら、私と目を合わせることなく答えました。


この方は人様に冤罪をかけておきながら、「ごめんなさい」の一言も言えないのですね。


「エルシア……! ニコレッタ……様にいじめられてるってオレに言ったじゃないか! あれは嘘だったのか!」


今まで黙っていたクライン子爵令息が、ハーゼ男爵令嬢に食ってかかりました。


「だってそういえばピーターが同情してくれるから〜〜」


「お前がそんな嘘さえつかなければ、オレは卒業パーティーでギフトシュランゲ侯爵家に喧嘩売るようなことしなかったんだぞ!」


賢明なご判断ですが、クライン子爵令息に本当にそれができたかどうか怪しいものですわ。


なにせこの方は、十年前のお見合いの席で私に暴言を吐き、そんな失礼な態度をとっておきながら、私との婚約が成立したとずっと思い込んでいた方ですから。


格上の侯爵家の令嬢と婚約したと思い込んでいながら、しかも婿養子に入る立場でありながら、相手方の家に挨拶にもいかない、誕生日にプレゼントも贈らないなんて、貴族として以前に人として間違っていますわ。


「だってこんなことになるなんて思わなかったんだもん! 可愛いあたしが泣いて助けを求めれば、みんなあたしに同情してくれて、ニコレッタ様をみんなで敵視して袋叩きにしてくれると思ってたのに……!」


この方は格好だけではなく、頭の中まで幼いですね。


確かにこの方は庇護欲をそそる可愛らしい見た目をしておりますが、そんなことでこの会場にいる全員が同情して、あなたの味方をするわけがないでしょう。


貴族にはそれぞれの派閥があります。


この会場にも当家の派閥の人間が何人もいます。


派閥の人間でなくても当家と取引のある人間が何人もおります。


自分の立場を危うくしてまで、当家に仇をなそうという人間はこの会場にはいませんわ。


可愛い女の子に同情して助っ人したら、次の日には家が取り潰されてた……なんて悲惨な目には誰も遭いたくないでしょうから。


クライン子爵令息に責められた彼女は、助けを求めるように会場にいる男子生徒に視線を送りました。


視線を送られた男子生徒は、さっと顔を背けました。


ハーゼ男爵令嬢は疫病神そのもの。


そんなものに関わりたがる人間など、この会場には一人もおりませんわ。


「お前はそんな幼稚な考えで、オレに卒業パーティーの会場で婚約破棄なんかさせたのかよ!」


「何よ! もともと言えばピーターが、ニコレッタ様の婚約者だと思い込んでたのがいけないんじゃない!」


「そもそもあれは、十年前オレがニコレッタ様とお見合いすることになった時、お前が『ピーターはかっこいいから、相手の人が絶対に夢中になっちゃうわ!』って言ったのが原因だろう! だからオレはニコレッタ様がオレに惚れてると思ってたし、どんな強い態度を取ったって、婚約破棄されることはないと思ってたんだ!」


「いつの話してんのよ! あたしは当時八歳で世間知らずだったんだからしょうがないじゃない! ピーターよりかっこいい人はいないと思ってたんだから! だけど今日学園に来て勘違いだと気づいたわ! 学園にはかっこいい男の子がいっぱいいるのね。あたし、今からでも学園に通おうかしら!」


ハーゼ男爵令嬢が、色っぽい視線を会場にいる男子生徒に送りました。


彼女に視線を送られた男子生徒は迷惑そうな顔で、彼女から目をそらしました。


この場にいる男子生徒のほとんどに婚約者がいます。


彼らの婚約者は、ハーゼ男爵令嬢よりも身分が高く、おしとやかで、聡明な令嬢ばかり。


彼女が熱視線を送ったところで、彼らの迷惑にしかならないでしょう。


「いい加減お二方とも壇上から降りてきてくださらないかしら? お二人とも私に伝えなくてはいけないことがあるのではなくて?」


ハーゼ男爵令嬢は泣きながらクライン子爵令息を罵り、クライン子爵令息は眉間にしわを寄せハーゼ男爵令嬢を罵っていました。


そんな茶番劇を見せられるためにここにいるのではありませんわ。


マクシミリアンが額に青筋を浮かべ、殺意のこもった目で壇上の二人を睨んでいます。


クライン子爵令息が、「ニコレッタ様に惚れられていると思い込んでいた」と発言したあたりから、元々悪かった彼の機嫌はみるみる下降していきました。


彼の怒りが天元突破し、二人を手にかける前に、事態を収束させなくてはいけないわ。


その時、クライン子爵令息が、嫌がるハーゼ男爵令嬢の手を引き壇上から降りてきました。


「二コレット様、いえ……ギフトシュランゲ侯爵令嬢。この度はオレたちの勘違いから、あなた様に多大なご迷惑をおかけしましたこと、深く反省しております。誠に申し訳ございませんでした!!」


クライン子爵令息が床に手をついて謝罪しました。


彼はきちんと謝罪できる人間だったようです。


彼はハーゼ男爵令嬢を自分の隣に座らせ、彼女の頭を押さえ無理やり下げさせました。


「痛い! やめてよ! ピーター!」


「うるさい! きちんと謝罪しろ! 明日から路頭に迷いたいのか!」


ハーゼ男爵令嬢は自分は悪くないとぎゃーぎゃー喚いていましたが、彼に言われて、ようやく謝罪する気になったようです。


「ごめんなさい。だってあなたがピーターの婚約者だと思い込んでいたんですもの。悪いのはあたしじゃないわ。悪いのはピーターよ」


この方は本当に貴族の家の生まれなのかしら?


庶民だってもう少しまともな謝罪ができますよ?


「ギフトシュランゲ侯爵令嬢、エルシアはひ弱で、学園にも通ってないので、敬語が上手く使えないようでして……どうかお許しください」


たとえ敬語の使い方がおかしくても、誠心誠意謝罪してくれればそれは相手に伝わるもの。


しかし彼女からは誠意のかけらも見て取れません。


彼女の場合は敬語以前の問題だわ。


「ほらもう一度謝れ!」


「ごめんなさいって言ったじゃない! 髪の毛を引っ張らないでよ!」


だからといってこの場で彼女に、敬語を一からレクチャーしてあげる気にはなれません。


「そうですわね。私、個人への謝罪はそれで良しとしましょう」


正直、この二人にこれ以上この場を汚されるのは嫌なのです。


「ありがとうございます!」


クライン子爵令息が顔を上げ、明るい声で言いました。


安心するのはまだ早いのではなくて?


「許すのは私個人としてです。ギフトシュランゲ侯爵家としては、この度のこと重く受け止めております」


「えっ……?!」


彼の顔色が急速に青ざめていく。


「公衆の面前で家名に泥を塗られたのですもの、簡単には許せませんわ。クライン子爵家とハーゼ男爵家には、それ相応の報いがあると思ってください」


貴族として名前に泥がつくことは絶対に許されない。


私が二人に甘い態度をとったら侯爵家自体が舐められるのです。


そんなことはあってはいけません。


そもそも十年前のお見合いパーティーの席で、私がクライン子爵令息に甘い態度をとったことが、今日のことに繋がってるとなると余計に甘い態度は取れません。


二度とこのようなことが起こらないように、両家に徹底的にお仕置きしなくてはいけませんわ。


「そんな……!」


クライン子爵令息が真っ青な顔でへたり込んでいました。


「何でよ! 謝ったじゃない!」


ハーゼ男爵令嬢がキレ気味に怒鳴っています。


ご自分の何が悪かったかにも気づけないなんて、この方につける薬はありませんわ。


「これ以上は卒業パーティの邪魔になります。お二人を連れ出してくださる?」


私がそう告げると二人は警備員に取り押さえられ、会場の外に連行されました。


マクシミリアンが警備員を呼んでいたようです。


彼は本当に有能な執事です。


だけどもうすぐ彼を執事として側においておけなくなってしまいます。


二度と会えなくなるわけではありませんが、執事としての彼がいなくなるのは少し悲しいですわ。


しばらくして会場に音楽が流れ始めました。


この曲はワルツですね。


他の生徒たちがパートナーと一緒に踊り始めました。


卒業パーティーはこうでなくてはいけませんわ。


「マクシミリアン、私と一曲踊ってくださらない?」


「今のわたくしは執事の身。お嬢様と踊る権利はございません」


「あの二人を斬り殺さなかったご褒美よ」


血の気の多いブラックマンバ家のマクシミリアンが、あの二人を斬って殺さなかったのは奇跡だわ。


あの二人が壇上で騒ぎを起こした時、彼はあの二人をとても怖い顔で睨んでいましたから。


まあ、それは方便で私も彼と一緒に踊りたかったのです。


「私が一曲踊って差し上げると言っているのよ。私に恥をかかせる気?」


「お嬢様にはかないませんね。では、お言葉に甘えて一曲だけ」


「最初からそういえばいいのよ」


私は彼と一曲と言わず、二曲、三曲と踊った。


一時はどうなるかと思った 卒業パーティーでしたが、彼とのダンスが始まってからとても楽しく過ごせました。


やはり卒業パーティーはこうでなくちゃいけませんわ。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 


――一カ月後――



「ギフトシュランゲ侯爵家への慰謝料が払えず、クライン子爵家もハーゼ男爵家も、爵位を返上し一家で田舎に引っ込んだようです」


「そう」


学園を卒業してから一カ月が経過しました。


卒業してからの私は、侯爵家の次期当主として毎日書類仕事をしています。


今日は天気がいいのでテラスでお仕事をしています。


「一つ疑問なのだけど、クライン元子爵はなぜ次男のピーターの婚約者を見つけなかったのかしら?」


彼は次男なのでいつか家を出なくてはならない。


「私に婚約を断られた後、他の婿養子先を探さなかったのかしら?」

 

クライン家の当主がそれをしなかったのが、私には謎です。


「恐れながらお嬢様、ギフトシュランゲ侯爵家の跡取り令嬢に『お前を愛することはない!』と暴言を吐いた男に、婿養子先が見つかるとお思いですか?」


「それはちょっと難しいわね。でも私彼に対する悪い噂なんて流さなかったわよ」


後々恨みを持たれても面倒なので、彼が私に暴言を吐いたという噂は流さなかった。


「あの日はお嬢様のお見合い相手の貴族の令息が、ギフトシュランゲ侯爵家に招かれておりました。その中の一人が彼の悪い噂を流したとして不思議ではありません」


「それもそうね」


人は口には戸は立てられないものね。


そういえばあの日、マクシミリアンも家に招待されていたわね。


まさかクライン元子爵令息の悪い噂を流したのって、彼ではないわよね?


まぁどうでも良いことですけど。


「おそらく彼はお見合い相手にも事欠いたことでしょう。侯爵令嬢にあのような暴言を吐く男ですから。もっと身分の低い家の令嬢には、何を言うか分かったものでありません。娘を守りたい親なら、そのような男とはお見合いさせないでしょう」


私が令嬢たちの親でもそうしますわ。


「そういうことだったのね。ではなぜクライン元子爵は、彼に婿養子先がないことを告げなかったのかしら? 彼にとっては 死活問題でしょう? それともあのピンク頭ちゃんの家に婿養子に入る気だったのかしら?」


「ハーゼ元男爵令嬢には兄がおりますので、彼女の家に婿養子に入るのは無理かと思われます」


「そうなの?」


彼女のような脳みそまでお花畑な子を、跡取りにするとは思えません。


彼女に兄や姉がいても不思議ではありませんね。


「これは私の推測ですが元子爵は彼が学園を卒業した後、彼を放逐する気だったのではないでしょうか」


マクシミリアンの言うことにも一理あります。


問題児の彼を家に置いておくよりも、卒業後追放してしまった方が家としては楽ですわ。


「しかし、婚約者を決めなければピーターは『自分の婿養子先はどうなった』と父親である子爵に抗議するでしょう。それが面倒だった元子爵は、彼の勘違いを利用し、お嬢様と婚約しているということにしておいたのでしょう」


「面倒な話ですわ。私を巻き込まないでほしいですわ」


「全くです」


彼はまた怖い顔をしています。話を逸らさなくては。


「おそらくハーゼ元男爵も、エルシアとピーターを結婚させたあと、追放する予定だったのでしょう」


「貴族の子女が学園に通わないなんてありえませんものね。最初から追放する予定だったのなら、娘を学園に通わせないのも納得ですわ」


特別な理由もなく、学園を卒業していない令嬢に、まともな嫁ぎ先はありません。


彼女の親が彼女の教育を諦めて、年頃になったら追放する予定だったのでしたら納得ですわ。


両家は二人の教育を諦め、ある程度の年齢になったら追放する予定だったのですね。


そんな親すら見捨てるアホに、私は卒業パーティーで絡まれたわけですね。


全く、子供の教育くらいちゃんとして欲しいものですわ。


「この話はこれで終わりにしましょう。マクシミリアンお茶を入れてくださらない?」


「かしこまりました、お嬢様」


彼が慣れた手つきでお茶を入れてくれました。


「良い香り」


カップからアップルティーの甘い香りが漂ってきます。


「とても美味しいわ」


甘くて優しい味わいが口の中に広がる。


「そう言っていただけて光栄です。地域を厳選して茶葉を取り寄せた甲斐がありました」


タキシードに身を包んだ彼がにこやかに笑う。


「ところでマクシミリアン。あなたはいつまで執事を続けるつもりなの?」


「いつまでと言われましても」


「いい加減元の姿に戻ってはいかが? あなたは私の婚約者でしょう?」


マクシミリアンはブラックマンバ公爵家の次男で、私の三歳年上の二十二歳です。


十年前のお見合いパーティーでお互い一目惚れして、すぐに婚約したのです。


彼は私に悪い虫がつかないか心配で、私が学園に通う間、執事として私に仕えていてくれました。


「執事の姿なら、お嬢様と一緒に学園に通えますからね」

 

私が通っていた学園では、メイドか執事のどちらか一人を、同伴することが許されていました。


「だからって本当に執事にならなくてもいいじゃない。それに学園に一緒に通うなら、あなたが教師になっても良かったんじゃなくて?」


マクシミリアンは頭もいいし、余裕で教師になれたと思います。


「ご冗談を。教師はお嬢様だけでなく、他の生徒にも平等に接しなくてはなりません。お嬢様以外の女生徒に愛想笑いを振りまきながら授業をするなんて、想像しただけで身の毛がよだちます」


彼はにっこりと笑っているが、内心では相当怒っているに違いありません。


「それに教師と違い執事ならば、お嬢様のすぐ側にいられますし、お嬢様以外の方に笑顔を振りまく必要もございません」


「それもそうだけど……」


卒業パーティーには執事としてじゃなくて、婚約者として参加して欲しかったというか……。


結果的に彼に助けられましたし、彼とダンスを踊れたから良かったけど。


「それにわたくし、お嬢様に呼び捨てにされ、ぞんざいな口を聞かれることに、慣れてしまったようです」


「えっ?」


「慣れてしまったといいますか、最近ではむしろ心地よいとさえ感じています」


そう言って彼はほんのり頬を染めた。


どうしましょう?!


彼は私が学園に入る前は、こんな性格ではありませんでした!


私が彼のドMスイッチを押してしまったみたいですわ!


「こんなわたくしはお嫌いですかお嬢様?」


そう言って彼は悲しげな表情で私を見つめてきました。


そんな捨てられた子犬のような顔をするのはずるいですわ。


「き、嫌いではありませんわ。むしろ好きと言いますか……。私もあなたが執事じゃなくなってしまうのは、その寂しいと言いますか……」


どうしましょう!


私、マクシミリアに『お嬢様』と呼ばれ、敬語を使われ、かしずかれることに慣れてしまいましたわ。


私が彼のドMスイッチを押してしまったように、彼も私のドSスイッチを押してしまったようです。


「では、もうしばらくこのままの関係を続けましょう」


「し、仕方ないわね。でも、結婚式までには元に戻ってもらいますからね」


「それは確約できません」


彼が苦笑いを浮かべる。


結婚後、私は彼を尻に敷くことになりそうです。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




余談



「それに、執事とお嬢様の禁じられた恋というのも、なかなかに感情が高ぶるものがございます」


「そうかしら?」


「はい。執事であるわたくしが、本来なら触れることすら叶わないお嬢様の尊き体をベッドに組み敷く姿など、想像しただけで興奮……」


「変なこと想像しないで!!!!」



――終わり――




読んで下さりありがとうございます。

少しでも面白いと思っていただけたら、広告の下にある【☆☆☆☆☆】で評価してもらえると嬉しいです。執筆の励みになります。


ヒロインの名前は正しくは「ニコレッタ」でした。

誤字すみません。


※誤字報告ありがとうございます!

 大変助かっております!


※下記二作品もよろしくお願いします。

完結「四度目の婚約破棄〜妹と弟に婚約者を奪われ行き遅れた私は、年下の美少年公爵令息に溺愛される」

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完結「夫婦にはなれないけど、家族にはなれると思っていた」

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― 新着の感想 ―
[一言] お見合いパーティーした八歳の時には既にピーターとエルシアって付き合ってたのかと思うと、十年?十年以上?もの長い間一途に思い合ってて中々の純愛ですよねw …いや、待てよ…、エルシアの嘘がバレ…
[気になる点] 婚約者の執事として三年間側で仕えるのは、確かに四六時中一緒にはいられるけど、婚前交渉ができないじゃないですか! 男だったら可愛い婚約者がすぐ隣にいるのなら、手を出したくなるよね。 でも…
[一言] 読み終わって思いました。 これってある種の『ぷれい』なのでは? (お嬢様and執事プレイ)。 では。
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