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対決!

 麻奈未はまだ夜が明けない時間に目を覚ました。身体が興奮しており、もう寝つけそうにない。

(冷静になったつもりだったけど、ダメみたい)

 麻奈未はベッドから抜け出すと、スウェットの上下に着替え、洗面所に行き、顔を洗った。

「あ」

 思いついたようにスマホを見た。しかし、凛太郎からの謝罪のラインは入っていなかった。

(あの能天気男、まさかまだ寝ているの?)

 自分が早起きしたのを棚に上げて、麻奈未は凛太郎の対応が遅いのに苛ついた。

(お腹が空いているから、イライラするのかな?)

 麻奈未は冷蔵庫を開き、献立を考えた。

(自分の分だけだから、ベーコンエッグとトーストと、コーンポタージュだけでいいか)

 結局、冷蔵庫から取り出したのは、卵とベーコンだけだった。

「お」

 料理をしているうちに、スマホが鳴った。凛太郎からのラインが入っていた。

『麻奈未さん、まだ状況がよくわかっていません。帰宅次第、謝罪します』

 凛太郎はそれだけ送って来ていた。

(凛君らしいわ。全然、危機感がない)

 麻奈未は怒りよりも呆れが強く出て、返信する気にもなれなかった。

(放置)

 麻奈未はスマホをテーブルに置くと、料理を続けた。


「あわわわ……」

 最初、凛太郎は麻奈未に既読スルーをされ、動揺していた。

「凛太郎さん、麻奈未さんにきちんと謝ったほうがいいですよ。どう考えたって、今回の事、凛太郎さんが悪いんですから」

 ホテルに一緒に泊まってくれた義理の弟でもある大介に諭されたが、

「俺、何か悪い事しました?」 

 優菜にホテルに連れて行かれたのは、自分の意思ではないと思って強気になった凛太郎は、全然反省していなかった。

「え?」

 凛太郎の反応に大介は唖然とした。

「さっきはラインで謝罪するって送ったけど、冷静に考えてみると、俺、被害者ですよね? 謝るのは優菜さんだけでしょ?」

 凛太郎はどんどん被害者面をし始めた。

「優菜さんに強い酒を飲まされて、前後不覚になっていた俺は、絶対に悪くないし、むしろ犠牲者ですよね?」

「確かにそうなんですけど……」

 大介は凛太郎の自分勝手な発想に反論する気にもなれなかった。

(もう、痛い目を見てください。お義姉さんがどれだけ傷ついているのか、理解してもらうには、それしかないです)

 凛太郎はスーツを着直すと、

「帰ります。ホテル代は俺が払いますので」

 凛太郎は大介に微笑むと、さっさと部屋を出て行ってしまった。

(聖生が言うように、サイコパスだ、凛太郎さん)

 大介は呆気に取られて凛太郎の背中を見ていた。そして、すぐに聖生にラインを送った。

『ダメだ。凛太郎さん、被害者だと思っている。今、帰ったよ』

 大介は凛太郎を庇う気になれなかった。

(お義姉さんにガツンと叱られるしか、反省するきっかけはないな)

 麻奈未が本気で怒らなければ、凛太郎は自分が悪いと思わないと感じた大介は、大きな溜息を吐くと、部屋を出てドアをロックした。


「はああ……」

 大介からのラインを見て、聖生は項垂れていた。

(お姉が怒ったら、凛太郎さん、失神しちゃうかもよ。昔、激怒された事があるけど、もうそれは恐ろしかったんだから……)

 聖生は子供の頃、手がつけられない程麻奈未を怒らせてしまった事を思い出していた。

(でも、お姉は何だかんだ言っても、凛太郎さんにベタ惚れだからなあ。怒れるかなあ……)

 聖生は不安になっていた。

(もし、そんな事になったら、サイコパスな凛太郎さんはどんどん増長しちゃうかも……)

 聖生は麻奈未に電話を入れた。

「おはよう。大介君から連絡あった?」

 麻奈未は穏やかな口調だった。

(怖い。本当に怒ったお姉は、静かなんだよね)

 聖生は身震いしながら、

「それで……」

 大介からのラインの内容を伝えた。

「そう。わかった。ありがとうね、聖生。大介君ともども、この埋め合わせはするからね。じゃあ」

 最後まで穏やかな口調だった麻奈未に、聖生は震えが止まらなくなった。

(まさか、引っぱたいたりはしないだろうけど、凛太郎さん、大丈夫かな?)

 凛太郎の無事を祈ってしまう聖生だった。


「只今帰りまし……」

 玄関を開けてそこまで言った凛太郎は、仁王立ちして出迎えた麻奈未を見て絶句した。

「お帰りなさい。取り敢えず、リヴィングルームで話そうか」

 微笑んでいるが、目の奥が全く笑っていない麻奈未を見て、凛太郎は全身から汗を噴き出した。

(麻奈未さん、怒っている?)

 凛太郎は顔を引きつらせて、

「はい」

 それだけ応じると、麻奈未についてリヴィングルームへ行った。

「座って」

 麻奈未は凛太郎をソファに腰掛させ、その向かいにゆっくり座った。

(何で怒っているの? 優菜さんと飲みに行ったから?)

 凛太郎には、麻奈未の怒りの理由がわかっていない。

「凛君、どういうつもり? 優菜さんとラブホテルに行ったんですって?」

 麻奈未は相変わらず微笑んでいるが、目は全然笑っていない。凛太郎は漏らしそうだった。

「いや、あの、それはですね、優菜さんに強い酒を飲まされて、訳がわからなくなってしまって……」

 凛太郎は乾き切った口で何とか言い訳をしようとしたが、

「そもそも、どうして優菜さんと飲みに行ったの? また同じ事をされるとは思わなかったの? 凛君、バカなの? 無警戒過ぎる。何も考えていない訳?」

 麻奈未はあくまで穏やかに話しているが、凛太郎には麻奈未の背後に闘気が見えていた。

「それは、ええと……」

 玄関を入るまでは、「悪いのは優菜さんです」と言い、麻奈未を納得させるつもりであったが、麻奈未の無言の圧に負け、計画はすぐに破綻してしまった。

「優菜さんに連絡して」

 麻奈未はニコッとした。

「ええ?」

 凛太郎は飛び上がりそうになった。

(これって、不倫相手に電話しろって言ってる妻じゃないか? 俺、優菜さんとは何もしていないのに……)

 凛太郎はまだ自分を被害者だと心のどこかで思っていた。

「早く!」

 麻奈未の声が大きくなった。凛太郎はビクッとして、

「はい!」

 スマホを操作して、優菜にかけた。リヴィングルームにコール音が響く。優菜は出ない。

「出ないですね……」

 凛太郎がスマホを切ろうとすると、

「そのまま!」

 麻奈未が怒鳴った。凛太郎はまたビクッとして動きを止めた。優菜は出ない。コール音が鳴り続け、やがて、

「呼び出しましたが、お出になりません」

 メッセージが流れ、スマホが自動的に通話を切った。

(留守電にもならないのか……)

 麻奈未は腕組みをした。凛太郎はスマホを持ったままで、麻奈未を見た。

「優菜さんのアパートの住所、わかる?」

 麻奈未が尋ねると、

「前の住所は知っていますが、今のは知りません」

 凛太郎は震える声で答えた。麻奈未はしばし思案してから、

「じゃあ、お義父様に訊いて」

 氷点下のような声で告げた。

「え? 父に、ですか?」

 凛太郎は唇が震えるのがわかった。

「早く!」

 麻奈未がまた声を荒らげた。

「でも、父に訊くと、どうしてそんな事を訊くのかと言われそうで……」

 凛太郎は、今回の一件を両親に知られたくないのだ。

「関係ない。訊きなさい」

 麻奈未は冷たく言い放った。

「いや、でも……」

 凛太郎は渋った。すると麻奈未は自分のスマホを取り出して、

「じゃあ、私が訊くわ」

 通話をしようとした。

「あああ、訊きます! 訊きますから!」

 凛太郎は慌てて父親の隆之助に電話した。

「どうした、凛太郎?」

 父はすぐに出た。

「あのさ、優菜さんの住所、教えて欲しんだ」

 凛太郎は麻奈未の目の鋭さに怯えながら言った。

「どうしてだ?」

 隆之助は当然の疑問を言った。凛太郎は涙ぐんで、

「昨日、優菜さんと偶然会って、立ち話をしたんだけど、その時、彼女がハンカチを落として、そのまま帰ってしまったんだ。それを返したくて、電話をしたんだけど、出ないんだよ。だから、直接返しに行こうかと思って」

 麻奈未が走り書きをした嘘の設定を見て答えた。

「そうか。でも、優菜ちゃん、お前に会うの、つらいと思うぞ。立ち話だって、お前が呼び止めてしたんだろう? だから優菜ちゃん、ハンカチを落としても気づかずに立ち去ったんだと思うよ」

 どこまでも優菜擁護派の隆之助は言った。

「そうなの?」

 凛太郎は麻奈未に助けを求めた。麻奈未は、

『会ってもらえなかったらそれで仕方ないよ。とにかく教えて』

 台詞を示した。凛太郎は小さく頷いて、

「会えなかったら、それでもいいよ。とにかく、教えて」

「そうか。わかった」

 隆之助は優菜のアパートの住所を教えた。

「ありがとう。じゃあ、また」

 凛太郎は泣きそうになりながら、通話を終えた。

「ありがとう」

 麻奈未はそれだけ告げると、リヴングルームを出て行った。凛太郎はハッとして、

「麻奈未さん、今から優菜さんに会いに行くんですか?」

 慌てて麻奈未を追いかけた。しかし、麻奈未は何も答えず、寝室に入ると、内鍵をかけた。

「ああ……」

 凛太郎は鍵が閉まる音を聞き、ドアの前にしゃがみ込んだ。

(麻奈未さん、どうするつもりなんだろう? 優菜さんはきっとドアを開けないよ)


「今の、凛?」

 まだベッドにいた隆之助は、スマホをベッド脇のワゴンに置くと、隣に寝ている妻の綾子を見て、

「ああ、そうだよ」

 ベッドから起き上がった。

「こんな早くに、何の用だったの?」

 綾子は凛太郎が自分ではなく、隆之助にかけて来たのが面白くないらしく、ムッとしている。

「母さんに大好きだよって伝えてくれってさ」

 隆之助はあからさまな嘘を吐いた。優菜の住所を聞いたなどとは言えないからだ。綾子は優菜の事を警戒しているので、凛太郎が優菜と会ったと知れば、逆上しかねない。

「ええ? そんな事を?」

 しかし、ムスコンである綾子はあっさり信じた。

(この母にして、あの息子あり、だな)

 隆之助は綾子に見えないように小さく溜息を吐いた。

(しかし、凛太郎は嘘を吐いているな。声がうわずっていた。何があったんだ?)

 鋭い隆之助は、麻奈未がかけさせていると推理した。

(もし、そうだとしたら、何をしでかしたんだ、あいつは?)

 隆之助はスマホを持って寝室を出ると、ラインで凛太郎に事情を尋ねた。


「あの……」

 寝室からスーツに着替えて出て来た麻奈未に、凛太郎は恐る恐る声をかけた。

「何?」

 麻奈未の視線は凍りつくくらい冷たく感じた。凛太郎は怯えながら、

「ええと、父からラインかありまして。何があったと訊いて来ているのですが?」

 麻奈未はぷいと顔を背けて玄関へ向かって歩き出し、

「ありのままを伝えればいいんじゃないの?」

 吐き捨てるように告げると、そのまま玄関を出て行ってしまった。

「ああ……」

 凛太郎は自分の認識に甘さにそこでようやく気がついた。

(ダメだ。とうとう離婚される……。俺はもうおしまいだ……)

 麻奈未と離婚すれば、この家も追い出される。両親にも見捨てられ、仕事も失い、路頭に迷う。凛太郎の頭の中では、負のスパイラルが凄まじい速さで螺旋階段のように続いていた。

『どうしよう、父さん』

 凛太郎は考えた挙句、隆之助にラインを送った。

『何があったんだ?』

 隆之助がもう一度尋ねて来た。凛太郎は、

『できれば、母さんに知られたくないので、どこかで会いたいんだけど?』

 父にすがるしかないと思い、返信した。

『わかった。そちらの近くにあるファミレスで会おう。母さんにはうまく言っておくから』

 父はすぐに息子のピンチを察したようだった。

『ありがとう、父さん』

 凛太郎は自分の部屋へ行ってパーカーとジーパンに着替え、家を出た。


 麻奈未は最寄りの地下鉄の駅へ行き、優菜のアパートがある場所へ向かっていた。

(優菜さん。もっと早く直接話すべきだった。この前は私も後ろめたい事があったから、弱気になってしまったけど、それでは何の解決にもならない)

 麻奈未は地下鉄を降りると、地上への階段を駆け上がった。岸森真実のなりすましの一件の時、凛太郎が優菜に会ったと言った時、すぐに対処していれば、今回のような事にはならなかった。凛太郎の父の隆之助の事務所に優菜が勤務しているのはわかっていた。それなのに警戒を怠ってしまった。隆之助を責めるつもりはないが、釘を刺すか、念を押すべきだったと思った。

(優菜さんに対する認識の甘さが招いた事。凛君ばかりを責められない。私も悪い)

 麻奈未は五階建てのビルの前に着いた。そこが優菜のいるアパートだった。

(ストーカー被害から逃れるためにお義父様が紹介したって聞いた。立派な建物ね)

 エントランスを入ると、共用のインターフォンがあった。麻奈未は迷う事なく、優菜の部屋番号を押した。

「はい」

 返事すらしてくれないかと思ったのだが、優菜は応答した。

「優菜さんですね。高岡麻奈未です」

 麻奈未は毅然として告げた。

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