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酔いどれの男、自暴自棄な女

 凛太郎と優菜は以前立ち寄った事があるバーにいた。

(あれ? 俺はどうして優菜さんと一緒にいるんだろう?)

 だんだん酔いが覚めて来た凛太郎は、今の状況に疑問が湧いて来た。

「また来ちゃいましたね」

 丸テーブルを挟んで向かいに座っている優菜は嬉しそうだった。

(まずい。俺、酔ってわからなくなっているうちに優菜さんと会って、ここに来ちゃったのか?)

 凛太郎は引きつり笑いをした。しかし優菜は、

「乾杯しましょう」

 注文したカクテルのグラスを掲げた。

「あ、うん」

 凛太郎は仕方なくグラスを掲げて、乾杯した。優菜はカクテルを一気に飲み干した。

「凛太郎さんも、早く」

 優菜に急かされて、凛太郎もグラスをあおった。アルコールが胃から吸収され、頭がクラクラして来る。

(これ、見た目より強い酒だ)

 カクテルを選んで注文したのは優菜だ。

(あれ?)

 まだ大介と行った居酒屋の酒が残っている凛太郎は、優菜の予想以上に酔いが早かった。

(凛太郎さん、そんなにお酒飲んでいたの? あの一緒にいた男の人は、伊呂波坂聖生さんの旦那さんだっけ?)

 優菜の下調べは多岐に及んでいた。聖生だけではなく、大介も調べていた。それだけではない。麻奈未と聖生の両親である太蔵と美奈子の事も調べていた。

(ご両親共、厳格な方のようだから、凛太郎さんが他の女と浮気をしたら、きっと離婚させようとする。麻奈未さんも、職業柄、夫の不倫や浮気にはかなり抵抗があるはず。しかも、私は以前にも凛太郎さんとしているから、今度はきっと許してもらえない)

 優菜は凛太郎を離婚させて、結婚するというつもりでいた。しかし、太蔵はともかく、美奈子が厳格な親だというのは、勘違いである。

(酔いが回るのが早過ぎるけど、別に大丈夫。このままホテルへ連れて行って、してしまえばいいだけ)

 優菜は凛太郎に見えないようにニヤリとした。

「同じものをもう一杯ずつ」

 優菜は通りかかった男性の店員に告げた。

「畏まりました」

 店員はにこやかに応じた。優菜が注文したから、店員は何の警戒もなく注文を受けたが、逆だったら警察に通報レベルである。凛太郎はグラグラしていたからだ。

「あの席のカップル、大丈夫ですかね? 男の方が泥酔していますよ?」

 女性の店員が注文を受けて来た男性の店員に言った。

「大丈夫じゃない? 一緒に入って来た時は、すごく親しそうだったから。恋人同士でしょ?」

 男性の店員は気に留めていなかった。

「そうですかね」

 女性の店員が二人を気にしているのは、優菜の笑みを見ているからだった。

(あの女の人、可愛い顔をしているけど、さっき魔女みたいな顔で笑ってた)

 女性の店員は、優菜の本性を見抜いていたのだ。

(私には恋人同士には見えない。親しそうなのは、単に同僚だからって気がする)

 女性の店員が二人を気にする理由は、優菜が魔女に見えた以上に、彼女にとって凛太郎がタイプだったからである。


(凛君、どうしちゃったのよ?)

 麻奈未は引き続きラインを送っていたが、既読にもならない。

(どこにいるのかもわからないから、探しようもないし……)

 麻奈未は凛太郎が事故に巻き込まれたのではないかと心配していた。まさか、優菜にたぶらかされているとは夢にも思っていなかった。

(もうこんな時間……)

 スマホの時計を見ると、すでに日付が変わっていた。

(どうしよう? こんな時間にご両親に連絡できないし……)

 麻奈未は迷っていた。その時、聖生からラインが入った。

(え? 聖生、起きているの?)

 身重の妹を案じた麻奈未だが、自分も妊娠初期なのを忘れている。

『大介が探しに行った』

 それだけ伝えて来た。

(結局、大介君、責任感じちゃったのかな?)

 聖生が大介にデレデレなのを知らない麻奈未は、聖生が大介を責めて、探しに行かせたと思った。

「寝なさいよ、聖生! 大介君を責めたりしないで!」

 電話をして、聖生をたしなめた。

「違うわよ。私は止めたの! 大介がどうしても行くって飛び出しちゃったのよ!」 

 聖生は涙声だった。

「そうなの。ごめん……」

 麻奈未は聖生の声に驚き、謝った。

「でも、大介君、凛君の行き先、わかるの?」

 麻奈未はそれが心配だった。

「知っている店を探してみるって。二人はよく、食事や飲みをしていたから、心当たりの店がいくつかあるらしいの。凛太郎さん、酔っていたから、行くとしたら、行きつけの店だろうって」

 聖生は涙声のまま教えてくれた。

「そうなの」

 麻奈未も泣きそうになった。

(私が許可したから、こんな事に……。やっぱり、連れて帰ればよかった……)

 麻奈未は後悔していた。


(どこ行っちゃったんだよ、凛太郎さん?)

 大介は凛太郎と行った事がある居酒屋やバーを片っ端から探していた。しかし、凛太郎はいなかった。

(後は、あの隠れ家的なバーだけか)

 そここそが凛太郎がいる店なのだが、大介が訪れた店からだと、タクシーを飛ばさなければならない距離だった。深夜なので、ほとんどタクシーは捕まらず、大介は途方に暮れていた。

「あれ、お客さん、さっき家まで送ったよね?」

 そこへたまたま、凛太郎が拾って乗せてくれたタクシーが通りかかった。

「あ、どうも、またお願いします」

 大介は苦笑いをして乗り込んだ。そして、店の名前を告げると、

「さっき乗せた客もそこに行ったんだよね。人気の店なのかね?」

 運転手が言ったので、

「ええと、その客は長身で鼻が高い人でしたか?」

 大介が尋ねた。運転手は振り返って、

「知り合いなの? そうだよ。可愛い女の子と乗ったんだよ」

「ええ!?」

 大介は嫌な予感しかしなかった。

「その女の子、巻き髪でしたか?」

 大介は聖生から聞いた優菜の特徴を話した。

「その女の子も知り合いなの? そうだよ」

 大介は血の気が引くのを感じた。

(やばい。一緒にいるの、優菜という女性だ。聖生から聴いた子だ)

 大介はラインで聖生に連絡した。

「急いでその店に行ってください」

 タクシーは凛太郎と優菜がいるバーへ向かった。


 聖生は大介からのラインを見て絶句した。

(また優菜さん? どういうつもりなの、あの人?)

 聖生には優菜の心理が理解できない。

(どうしよう? お姉に知らせない訳にはいかないけど、もしそうしたら、間違いなく二人は離婚……)

 優菜の目的が凛太郎とのアバンチュールなのは明白なので、凛太郎は破滅だと聖生は思った。

(でも、知らせない訳にはいかない。私がお姉に一生恨まれる)

 聖生は麻奈未が逆上してもいいように、電話ではなくラインで伝えた。

「どういう事!?」

 すぐに麻奈未から電話がかかって来た。

「落ち着いて、お姉。大介が今、その店に向かっているから」

「落ち着ける訳ないでしょう!? どうして優菜さんが一緒なの!?」

 麻奈未の声は悲鳴のようだった。

「それはわからないけど、凛太郎さんのお父様の事務所で働いているから、それで知ったんじゃないの? で、待ち伏せしていたのかも?』

 聖生の言葉に麻奈未は溜息を吐いた。

「どうせなら、優菜さんも食事会に参加させればよかったわね」

 麻奈未の自暴自棄とも言える言葉に聖生は顔を引きつらせた。

「絶対に来ないだろうし、凛太郎さんのお母様が許さないと思うけどね」

 聖生は引きつり笑いをした。

「そんな事、わかってるわよ。私もそのバーに行く」

 麻奈未が暴走し始めたので、

「ダメだよ。ここは大介に任せて。何としても、凛太郎さんを連れ帰るって意気込んでいたから」

 聖生は麻奈未をなだめた。

「わかった。大介君に任せる」

 麻奈未はようやく冷静さを取り戻した。聖生はそれがわかり、溜息を吐いた。


 大介は凛太郎と優菜がいると思われるバーに着いた。大急ぎで店に飛び込み、凛太郎と優菜を探した。

(いない……)

 凛太郎と来ると、いつも座るカウンター席にも、混んでいる時座るボックス席にも、凛太郎はいなかった。

(遅かったか?)

 大介はダメ元で店員に尋ねる事にした。

「あの、自分とよく来る男性と巻き髪の女性、来ませんでしたか?」

 大介は、女性の店員に声をかけた。

「ああ、そのお二人なら、ついさっきお帰りになりましたよ」

 女性の店員が言った。大介は蒼ざめて、

「どこへ行くとか、言っていませんでしたか?」 

 女性の店員は首を傾げて、

「確か、『飲み過ぎですよ。休めるところへ行きましょう』って、女性が言ってましたよ」

「ありがとうございます!」

 大介はすぐに店を出た。

(凛太郎さんが泥酔しているのなら、そんなに遠くへは行けない。どこか近くのホテルに……)

 大介は周囲を見回した。すぐ近くにラブホテルの看板が見えた。

(間違いない、あそこだ!)

 大介は猛然と走り出した。


「凛太郎さん、しっかりして」

 優菜は自分よりずっと身長の高い凛太郎に肩を貸しているので、大介が店を訪れた時、ようやくホテルに入ったところだった。タッチの差で見られなかったのだ。

「う、うーん……」

 凛太郎はグラグラしながら、優菜を見て、

「ああ、優菜さん、もう俺、飲めないから、帰るよ」

 状況がわかっていない返答をした。

(ここはあと精算のホテルなのかな?)

 優菜もラブホテルには入った事がないので、ネットで調べたのだが、どうやって入ればいいのか、わからなかった。

「凛太郎さん!」

 そこへ大介が追いついて来た。優菜は大介の登場にギョッとしたが、すぐに彼を睨みつけた。

「柿乃木優菜さんですね? どういうつもりですか? 凛太郎さんは既婚者ですよ。その人とこんなところに入って、何をするつもりだったんですか?」

 普段は温厚な大介もついカッとなる程、優菜は太太ふてぶてしい顔をしていた。

「私は凛太郎さんとはまなみさんより早く出会っているんです! 凛太郎さんの事が大好きなんです! 大好きな人と、深く繋がりたいと思うのは、いけない事なんですか!?」

 優菜の言っている事はめちゃくちゃだった。大介は怒りが冷めてしまった。

(何だ、この人? 子供みたいだ……)

 大介は黙ったままで近づくと、優菜から凛太郎を奪取して、そのままホテルの外へと連れ出した。優菜は大介の無言の圧に呑まれ、何も言えずに立ち尽くしていた。

(とにかく、早くこの場を去ろう)

 大介は凛太郎を背負うと、タクシーを探した。

「あれ? また会いましたね」

 運転手は先程と同じだった。

「女の子はいないの?」

 運転手は尋ねたが、大介が首を横に振ったので、

「申し訳ない」

 それ以上詮索して来なかった。大介はシートベルトで凛太郎を固定すると、聖生にラインを送った。

(どこまで伝えるのかは、聖生に任せよう)

 大介は呑気にいびきを掻いて寝ている凛太郎を見た。


 聖生は大介のラインを見て、すぐに麻奈未に電話をして、事情を話した。

「また優菜さん……」

 麻奈未の声は低く、小さかった。聖生は姉の心情を推し測り、黙った。

「優菜さんと直接話をする。この事は、木場先生にも高岡先生にも話さない。だから、聖生も大介君も、誰にも言わないで」

 麻奈未の決断は「もみ消し」だった。聖生はホッとした。

おおやけにしたら、一番傷つくのはお姉だもんね)

 聖生は一呼吸置いてから、

「わかった。秘密は厳守するわ」

「ごめんね、巻き込んじゃって」

 聖生は姉に謝罪されたので、面食らってしまった。

「ああ、いや、元はと言えば、ウチのボンクラ夫が凛太郎さんと別れてしまったのが悪いんだから、気にしないで」

「ありがとう、聖生。お休み」

 聖生は麻奈未が泣いているのに気づき、

「お姉も、早く寝なよ。大介には、どこかのホテルに泊まってと伝えとくから」

「うん」

 二人を通話を終えた。


 大介は近くのビジネスホテルをネット予約した。幸い、ツインの部屋が一室取れた。

(だけど、この鼾、えられるかな?)

 背中でまだ高鼾の凛太郎に一抹の不安を覚える大介である。

(まあ、聖生にも言われたけど、今回は俺の失策が一因だから、我慢するか)

 本当はシングルを二部屋取りたかったのだが、凛太郎が酔いから覚めて、勝手に家に帰ると困るので、ツインにしたのだ。

(取り敢えず、凛太郎さんが目を覚ましたら、事情を話そう。説教もしないと)

 大介は、優菜も悪いが、ノコノコついて行った凛太郎にも責任はあると考えていた。

 凛太郎は部屋に着くと、程なく目を覚ました。大介は事情を話し、断片的にしか覚えていない凛太郎を説教した。

「ああ、離婚される……。おしまいだ。両親にも絶縁される……」

 凛太郎はひどく落ち込み、嘆いた。

「取り敢えず、寝ましょう。話は明日しましょう」

 大介は凛太郎を諭してベッドに寝せると、シャワーだけ浴びて、自分もベッドに潜り込んだ。幸いというべきか、酔いが覚めた凛太郎は鼾を掻かず、大介はぐっすり眠れた。


(私、どうなるんだろう?)

 アパートに帰った優菜は、自分のしでかした事を冷静に思い返すと、恐怖で震えた。

(ここも出ないといけない。木場のおじ様にも今度こそ愛想を尽かされるから……)

 家賃こそ自分で払っているが、初期費用は凛太郎の父の隆之助が負担してくれたので、居座る事はできないと感じていた。優菜は頭が混乱して、一睡もできずに夜を明かした。

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