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遂に食事会開催決定

 定時上がりのいつものカフェで、

「今を逃すと、また当分できなくなるから、今しかないよ」

 安定期に入った妹の聖生が、麻奈未に提案した。

「でも、それだとあんたが飲酒できないし、ナマモノとか食べられないでしょ?」

 麻奈未は聖生を気遣ったのだが、

「私はこれを機に、断酒するつもりよ。それに、食べ物はナマモノだけじゃないし。何も問題ないから」

 聖生はどうしても強行した方がいいと譲らなかった。

「わかった。あんたがそれでいいなら、そうしよう」

 麻奈未は妹の強引さに折れた。

「それに、お姉達の懐妊のお祝いを兼ねて、今がいいのよ。飲酒とナマモノは、お姉だってダメでしょ?」

 聖生はウィンクした。

「まあ、そうなんだけどね。それに、私、前に凛君のお母様に醜態を晒しているから、どちらにしてもお酒はNGだけどね」

 麻奈未は、悪酔いした時、偶然、綾子が隣の席にいた事を思い出していた。

「ああ、そう言えば、そうだっけ。お姉も、断酒したら?」

 聖生はニヤリとした。

「そうね。断酒しようかしら? お酒の席も、妊娠を口実に断われるし」

 麻奈未は腕組みをした。

「職場にそんな酒を勧める上司もいないでしょ? 不祥事にうるさい国税局だもん」

 聖生は目立って来た腹をさすりながら言った。

「それは心配していないんだけど、お母さんがね」

 麻奈未は肩をすくめた。

「ああ、そっちか。あの人は強敵だけど、流石に妊婦にお酒は勧められないでしょ?」

「シラフならね。酒癖悪いのは、お母さんの血筋みたいだから」

 麻奈未は頬杖を突いた。

「そう言えば、凛太郎さんて、酒癖はどうなの?」

 聖生が尋ねた。麻奈未は頬杖をやめて、

「私が飲まないようにしているから、家ではそんなに飲まないし、職場が自分の母親の事務所だから、飲み会もないし。この前、新規採用の職員の歓迎会を開いた時も、二人共飲めないと言って、二次会はなかったらしいの」

「その新規採用が二人共いなくなったって、とんでもないけどね」

 聖生が肩をすくめた。麻奈未はノンカフェインのコーヒーを一口飲んで、

「ホントよ。どっちも問題起こして強制退場だし」

「また募集するの?」 

 聖生は和栗モンブランを一口頬張った。

「しないみたい。凛君のお父様が事務所の統合を勧めたらしいんだけど、お母様が猛反発して流れたそうよ」

 麻奈未はカップをソーサーに戻した。

「ああ、そうなんだ。お二人で税理士法人を立ち上げればいいのにね」

 聖生はモンブランをもう一口食べた。

「聖生、ケーキは大丈夫なの? 糖質が多いものはNGのはずでは?」 

 麻奈未が半目で告げると、

「これは糖質を大幅にカットしたケーキだから、問題ないの。糖質については、個人差があるから、ドカ食いしなければ平気よ」

「何でもそうみたいだけど、あまり食べない方がいいと思うよ」

 麻奈未はジッとモンブランを見た。

「そんな事言って、お姉も食べたいの我慢してるんでしょ?」

 聖生はニタッとした。

「そりゃ食べたいよ。でも、何があるかわからないから、食べないの」

 麻奈未は雑な思考の妹を睨んだ。

「さっすが、真面目ね、お姉は。ストレスで病気にならないでよ」

「余計なお世話」

 そう言いながらも、二人は微笑み合った。

「話を戻すけど、税理士法人もお母様は反対しているみたい。凛君の話だと、意地を張っているだけらしいの」

 麻奈未は溜息を吐いた。

「凛太郎さんのお母様、頑固そうだもんね」

「あともう一つは、木場税理士事務所には、柿乃木優菜さんがいるのよ」

 麻奈未は声を低くした。

「ああ、そうか。凛太郎さんも気まずいし、お母様も嫌よね」

 聖生が言うと、何故か麻奈未は不機嫌そうに、

「でもね、凛君、全然気にしてないの。凛君は税理士法人にするのを賛成しているの」

 聖生は目を見開いて、

「あらま。そうなんだ。サイコパスの面目躍如ね」

「凛君はマザコンなだけで、サイコパスじゃないよ!」

 麻奈未はムッとした。結局のところ、凛太郎をディスっている事に変わりはないと聖生は思った。


「はあ」

 凛太郎は一人で事務所にいる時間が増え、溜息ばかり吐いていた。

(麻奈未さんには妊活は出産してから身体が回復するまでなしって言われて、寝室を追い出された)

 凛太郎が寝込みを襲ったら困ると思った麻奈未は、元は綾子の寝室だった二人の寝室から、凛太郎の部屋に移らせた。凛太郎は不満だったが、麻奈未に離婚を突きつけられると思い、従った。麻奈未は自分の寝室に内鍵を付け、凛太郎が勝手に入れないようにした。

(あれはショックだったよな。俺ってそんなに信用されていないの?)

 優菜、自称岸森真実のなりすまし女にしてやられた事を時間が経つにつれて反省しなくなり、麻奈未がキレたのに気づいていない。まさに聖生が言った「サイコパスの面目躍如」である。

「あら、いたの」

 綾子はドアの鍵が締まっていたので、誰もいないと思って解錠して入って来た。

「あ、お帰り」

 凛太郎は覇気のない顔で告げた。綾子はムッとして、

「何よ、そのリアクションは? 母さんが帰って来たのに、嬉しくないの?」

 大股で凛太郎に歩み寄った。

「はあ?」

 凛太郎は母のトンデモ発言に目を見開いた。

「また、麻奈未さんとうまくいってないの?」

 母のいきなりの突っ込みに凛太郎はビクッとした。

(母さんに麻奈未さんのご両親より後に妊娠の報告をしたのは気づかれていないようだけど、何で麻奈未さんとギクシャクしているのはすぐに見抜くんだろう?)

 凛太郎が、

「ラブラブだよ!」

 いつもはそう言い返して来るのに何も言わないのは当たっているからだと察した綾子は、

「とにかく、謝りなさい、麻奈未さんに」

 勝手にアドバイスを始めた。

「え? どうして?」

 凛太郎は唐突な母の言葉に唖然とした。

「どうしてじゃないわよ。麻奈未さんが悪い訳ないでしょう? あんた、どれだけ麻奈未さんに迷惑かけてるのよ? 全然自覚してないのね」

 母の指摘は当たっているのだが、凛太郎にはそれがわからない。

「俺は何も悪い事してないよ!」

 何故か凛太郎は逆ギレした。綾子は呆れて、

「優菜さんの事、あの偽者の岸森真実の事。麻奈未さんが離婚しなかったのは、彼女の寛大な心のおかげなのよ。あんたは何でそんなに呑気な顔をしていられるの?」

 凛太郎はトラウマな記憶を呼び覚まされ、顔を引きつらせた。

「やめてよ。それを思い出すと、涙が出て来るんだから……」

 凛太郎は目を潤ませた。綾子は危うくキュンとなりかけたが、

「ダメよ、泣き落としなんかしても。とにかく、謝りなさい。そうしないと、本当に離婚されるわよ!」

 意を決して叱責した。 

「り、離婚?」

 凛太郎の顔が蒼くなった。

「やっぱり、何かあったのね? 話しなさい、全部」

 綾子は凛太郎に詰め寄った。

「ええと、その……」

 凛太郎は恥を忍んで、経緯いきさつを話した。綾子はその内容に赤面してしまった。

(バカなの、この子は? 母親にそこまで喋るなんて……)

 綾子は火照る顔を両手で扇ぎながら、

「それはあんたが全面的に悪い。妊娠した麻奈未さんにそんな感情を見せるなんて、クズよ。どうかしてるわ」

 凛太郎をなじった。

「はい……」

 凛太郎は涙を堪えて俯いた。綾子は溜息を吐いて、

「凛、麻奈未さんと話して、一時、別居したら? 今のままじゃ、お互い負担になるだけよ。そこまでしなくていいと麻奈未さんが許してくれるのであれば、家庭内別居にすればいいわ」

 凛太郎は顔を上げて、

「わかった。麻奈未さんと話してみるよ」

 綾子はとうとう我慢できずに、

「そうしなさい」

 息子を抱きしめた。


「只今」

 それ程遅くなったつもりはなかったのだが、凛太郎が先に帰っていたので、麻奈未は後ろめたくなった。

「お帰りなさい」

 凛太郎はぎこちない笑顔で出迎えた。

「どうしたの、凛君?」

 麻奈未は凛太郎の両目が腫れぼったくなっているのを見逃さなかった。

「その、母に叱られて……」

 凛太郎は隠すのは違うと思い、打ち明けた。

「ええ? そんな話をお義母様にしたの? 私も気まずいわ」

 麻奈未は大きな溜息を吐いた。夫婦生活の裏側を実の母親に話すなんて、どうかしていると思った。

「話してしまったのは仕方ないから、それについては何も言わないけど、お義母様の提案の別居はしない。寝室を別にするのは決定事項だけど」

 麻奈未は凛太郎の顔を覗き込んだ。

「はい。わかっています」 

 自分が全面的に悪いと理解している凛太郎は俯いた。麻奈未は寝室に向かいながら、

「その話は後でしましょう。それよりも、家族の食事会なんだけど、今を逃すと、また難しくなるから、強行しましょうと聖生と話したんだけど、凛君、ご両親にご都合を聞いてくれる? 土日なら、私も聖生も今のところは空けられるから」

「ああ、はい」

 凛太郎はスマホのメモに食事会の事を記録した。

「あ」

 凛太郎は寝室のドアで立ち止まった。麻奈未は微笑んで、

「今は入っていいわよ。寝る時はダメだけど」

「はい!」

 凛太郎は嬉しそうに頷き、寝室に入った。麻奈未はクローゼットにスーツを入れながら、部屋着のスウェットを取り出した。

「あ!」

 凛太郎は麻奈未の下着姿に驚き、慌てて背を向けた。

「別にそこまでしなくていいわよ。夫婦である事に変わりはないんだから」

 麻奈未は下着姿を恥ずかしがる事なく、凛太郎を見た。

「あ、はい、ありがとうございます」

 凛太郎は麻奈未を見た。麻奈未はスウェットを着込み、脱いだカットソーを洗濯ネットに入れると、

「それとも、私の下着姿なんか、見たくもないの?」

 流し目で凛太郎に尋ねた。凛太郎は顔を赤らめて、

「そんな事はないです! 見たいです! でも、麻奈未さんの下着姿を見たりしたら、欲情してしまいそうで……」

 真顔で告げたので、麻奈未は、

「即退室!」

 ドアを指差した。

「はい」

 凛太郎は項垂れて寝室を出た。麻奈未は凛太郎が出ると、ドアを閉めて、内鍵をかけた。

「ああ……」

 凛太郎は自分の失言に更に項垂れた。

「全くもう……」

 麻奈未は凛太郎の言動に呆れてしまった。


「何の電話だったの?」

 綾子は隆之助に凛太郎から連絡があったので、気を揉んでいた。凛太郎を叱責したので、怖がって自分にかけて来ないと思ったのだ。

「伊呂波坂家との食事会の日程を決めて欲しいってさ。むしろ、我々が麻奈未さんや聖生さんに合わせるべきだと言ったら、土日なら大丈夫なので、具体的に決めて欲しいと言われたよ」

 隆之助はスマホを部屋着のポケットにしまいながら応じた。

「食事会、か。そう言えば、まだだったわね。凛達の結婚や、聖生さんの妊娠とかで延び延びになってたんだっけ」

 綾子は言った。そして、

「凛がたくさん迷惑をかけているから、何だか気まずいわ」

 隆之助は苦笑いをして、

「確かにね。こちらの都合に合わせられると、申し訳ない気がするよ」

 綾子はスマホのスケジュールを見て、

「私も土日なら空いているから、貴方次第よ。いきなり新規採用が二人共いなくなって、予定がスカスカだわ」

 肩をすくめた。隆之助はスマホをポケットから取り出して、

「私も特に用事は入っていないから、凛太郎に連絡してくれないか。あいつ、何だか素っ気ないから。どうして私に連絡して来たのか、ちょっと不思議だし」 

 綾子は凛太郎の懺悔話を隆之助には言っていない。話すのが恥ずかしいのだ。

「事務所でちょっと叱ったから、私に連絡したくなかったんでしょ」

 綾子はツンとした。

「え? 何があったんだ?」

 隆之助が興味を示したので、

「ああ、前の事よ。優菜さんとなりすまし女の事」

 綾子は話をはぐらかした。

「そうか」

 隆之助は何かを察して、それ以上深掘りすると逆鱗に触れると思い、綾子に訊かなかった。綾子も隆之助が尋ねなかったので、ホッとした。


 麻奈未は凛太郎から木場夫妻の都合を知らされ、その日で食事会開催を決定し、聖生にはラインで連絡し、太蔵と美奈子には電話で知らせた。

「これでようやく懸案事項が終わるね」 

 リヴィングルームでくつろぎながら、麻奈未が言うと、

「はい」

 まだ元気がない凛太郎は小さい声で応じた。

「凛君、ごめんね。さっきはちょっとびっくりして、強く言い過ぎたわ」

 麻奈未は凛太郎にくっついてソファに座った。

「あ、いえ、悪いのは俺ですから」

 凛太郎はまた俯いた。

「お店の予約は私がするから、凛君はそれを全員に伝えてね」

 麻奈未は凛太郎の肩に腕を回した。

「は、はい!」

 そのせいで凛太郎は緊張MAXになった。

(凛君が口を滑らせたせいで、お義母様と話すのは気が引けるけど、当日は何とか面と向かって話さないとね)

 その時、麻奈未はある事に思い当たった。

(まさか、木場先生にも伝わっているのかな?)

 麻奈未はゾッとした。

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