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後日譚

 黒田小次郎の捨て身の暴露により、四季島勇悟の悪事の数々が露見し、東京国税局と警視庁刑事部捜査一課と捜査二課が動き、永田町界隈は大騒ぎになった。裏金を私的流用していた四季島は脱税と業務上横領で起訴され、彼を秘書として使っていた四葉総理にも事情聴取が行われた。清廉潔白で名を馳せた四葉総理は、

「私は逃げも隠れもしない。そして、四季島の悪行は一切関知していない」

 記者会見を開いて弁明した。しかし、仙台国税局と宮城県警刑事部捜査二課が調べたところ、四季島の裏金が四葉総理の仙台の事務所に還流している事が判明した。四葉総理は、

「知らない。四季島が勝手にした事だ」

 その一点張りで押し通そうとしたが、仙台では四季島の方が支持者が多かったため、次々にその裏の顔が暴かれ、言い逃れができない証拠が出て来た。四葉は一之瀬財務事務次官に抗議の電話をした。

「話が違うぞ! どういう事だ?」

 しかし、一之瀬は、

「それは私にとっても想定外でした。九条くんにもです。お気の毒です」

 あっさりと四葉を見限った。四葉は与党幹部から総辞職を迫られ、後ろ盾がないために受け入れざるを得なくなった。こうして、四葉内閣はわずか数ヶ月で退陣した。

(一之瀬め、何と恐ろしい男だ……)

 政治にも野望がある一之瀬の豪腕に四つ葉は絶望した。開会中だった国会で内閣総理大臣の指名が最優先で行われ、同じ与党から桐谷きりたに蝶子ちょうこ衆院議員が首班指名された。憲政史上最初の女性総理の誕生であった。


「すごいですね。桐谷総理は、一之瀬さんの二期下の財務省出身。これで地ならしが完了しましたね」

 査察部長室で、織部統括官が言い、ソファに座った。

「そうだな。日本の権力の中枢は、未だ財務省にあるという事だ」

 回転椅子を軋ませて立ち上がった尼寺部長は、織部の向かいのソファに腰を下ろした。

「次の衆院選、一之瀬さんは出馬するでしょうか?」

 織部は尼寺を見た。尼寺はフッと笑って、

「いや、出ないだろう。桐谷総理で行けるところまで行き、他の省庁出身の政治家を駆逐して、もう一度財務省主導の体制を作るつもりだろう。官邸主導だと、内閣府に人事権を握られて、うまく機能しないからね」

「そうですね。一之瀬さんは、『政治は水モノ』とおっしゃっていましたからね。外からコントロールした方が、安全ですし」

 織部は苦笑いをした。尼寺は辞令が書かれた書面をテーブルに広げて、

「私にも昇進の辞令が届いた。辞退するけどね」

「ええ? もったいないですよ。国税庁長官じゃないですか!」

 織部は目を見開いた。尼寺は肩をすくめて、

「それに乗ったら、ずっと一之瀬さんのイエスマンにされてしまう。私はそうはなりたくない」

 ビリビリと辞令を破いた。

「査察部長から国税庁長官だなんて、『言う事を聞け』という人事だろう? せいぜい、局長だったら、まだわかるんだが」

 尼寺の豪胆さに織部は絶句したが、

「大丈夫なんですか、辞令を蹴ったりして?」

「心配ないさ。一之瀬さんは反発する奴も好きだから。他から探すさ。でも、兼守さんは懲戒処分だろうね」

 前局長となった兼守は、処分保留のまま、自宅待機を命じられている。四季島との癒着がはっきりしたら、起訴され、懲戒免職だろう。

「何にしても、しばらくは一之瀬時代が続くという事だ」

 尼寺は溜息混じりに言った。


「結局、黒田兄弟も痛い思いをしましたね」

 実施部門ミノリのフロアに来ている中禅寺茉祐子が言うと、

「そうね。それを覚悟の告発だったのでしょうけど」

 湊人が芸能界を引退する事になり、麻奈未はショックを受けていた。

「先輩、あまりあからさまに落ち込むと、ご主人が悲しみますよ」

 茉祐子は麻奈未の湊人への愛を感じて、苦笑いをした。

「中禅寺さん、別に私はそういうつもりではないわよ」

 麻奈未は顔を赤らめた。

「そうですか」

 茉祐子はこの期に及んで白を切る麻奈未に呆れていた。

「湊人君とお兄さんは不起訴になったから、ホッとしているの。あの二人は四季島の犠牲者なんだから」

 麻奈未は顔を赤らめながらも、二人を擁護した。

「そうですね」

 茉祐子は同意するしかなかった。

「今日は、祝杯でもあげますか」

 茉祐子が提案すると、

「ごめん、中禅寺さん。私、お酒飲めない身体になっちゃったの」

 麻奈未はテヘッと笑った。

「あら、まあ……」

 茉祐子はその言葉に全てを察した。


 凛太郎は、麻奈未との妊活が順調なので、毎日ご機嫌だった。

(自称岸森さんは、四季島の悪行に加担していたせいで、逮捕されて勾留になったと聞いた。ホッとした)

 凛太郎は真実まみ(未だに本名が不明のままで、完全黙秘を貫いている)と二度と会わなくてすむと思うと、心の底から安心した。しかし、父と母には、あまりにも警戒心がないとこっぴどく説教されてしまった。優菜との一件があったにも関わらず、また無抵抗のままいいようにされた事を恥じるように厳命されたのだ。

「麻奈未さんの寛大さに感謝するんだぞ。離婚されても仕方がない事をしたんだからな」

 一度目は何も言わなかった父の隆之助が厳しい事を言ったので、凛太郎は本気で反省した。母の綾子は呆れ返っており、叱るよりも泣かれてしまった。

「あんたはね、そういうところよ。だから、マザコンだって言われるの。母親として、情けないわ」

 綾子は涙を流して凛太郎をなじった。

「はい……」

 凛太郎は首を縮こめるしかなかった。

(でも、それももう大丈夫だ。麻奈未さんは全面的に許してくれたのだから)

 凛太郎は、麻奈未が後ろめたい事を考えてしまったために強い事を言わなかったのを知らない。

「只今帰りました」

 家に着くと、麻奈未の方が先に帰っていた。

「お帰りなさい、凛君」

 麻奈未はエプロン姿で、満面の笑みで出迎えてくれた。

「あ、はい」

 妙にご機嫌な麻奈未を見て、凛太郎は後退あとずさりした。

「凛君、早く上がって。話があるの」

 その言葉に更に心拍数が上がった。

「な、何でしょう?」

 凛太郎は顔をひくつかせて尋ねた。

「いいから」

 それでも笑顔の麻奈未は、凛太郎を強引に上がらせると、リヴィングルームへいざなった。

「座って」

 凛太郎はソファに腰掛けさせられた。麻奈未は隣に座った。

「あのね」

 何故かモジモジする麻奈未に凛太郎は困惑した。

(何? 一体どういう事?)

 凛太郎は恐る恐る麻奈未を見た。

「あのね、とうとう妊娠したの」

「へ?」

 何を言われたのか一瞬わからなかった凛太郎は、ポカンとした。

「何よ、その反応は! 赤ちゃんができたのよ! 嬉しくないの!?」

 麻奈未の目が吊り上がった。凛太郎はハッとして、

「赤ちゃんができたんですか?」

 訊き直した。

「そうよ!」

 麻奈未はまだムッとしている。凛太郎の目から涙が溢れた。

「やった! よかった! ばんざーい!」

 突然大きな声で叫び出した夫に麻奈未はドン引きしていた。それでも気を取り直して、

「これで長かった妊活も終了ね。お疲れ様でした」

 凛太郎の両手を握った。

「え? あ?」

 凛太郎はまたハッとした。何かに気づいたようだ。

「どうしたの?」

 急に悲しそうな顔になった凛太郎を見て、麻奈未は首を傾げた。

「いや、その、何でもありません……」

 凛太郎は気まずそうな顔で俯いた。

「あ!」

 麻奈未は凛太郎が悲しそうな顔をした理由に思い当たった。

「凛君、貴方がどうして悲しくなったのか、言ってあげましょうか?」

 麻奈未の声は冷たかった。凛太郎はピクンとした。

「妊活ができなくなるのが悲しいんでしょ? 貴方、どれだけ性欲の権化なのよ!」

 麻奈未は半目で凛太郎を見ていた。

「いや、その、そんな事はなくてですね……」

 動揺しまくりの凛太郎は、見え透いた言い訳をしようとしたが、

「やっぱり凛君は、私の身体が目当てで、結婚を急いだのね? 子供が欲しいっていうのは、口実なんでしょ?」

 麻奈未の目は軽蔑に満ちていた。すると凛太郎はソファから飛び降りて土下座をし、

「ごめんなさい! その通りです! 麻奈未さんと妊活をしたかったから、結婚を急ぎました! でも、身体が目当てなんて、思っていません! 麻奈未さんを心の底から愛しているんです!」

 麻奈未が恥ずかしくなるような事を言ってのけた。

「子供が欲しかったのは本当です! 決して、やりたくて結婚を急いだのではありません!」

 凛太郎はストレートな言い訳をした。麻奈未はそのせいでまた顔を赤らめた。

「馬鹿正直っていうか、何というか……。そういうところが凛君のいいところなんだけどね」

 麻奈未は涙ぐんで凛太郎の前に正座した。

「これからどんどん、私は思うように動けなくなるかも知れないから、しっかりサポートしてね、パパ」

 麻奈未は凛太郎の両手を握り、起き上がらせ、キスをした。

「麻奈未さん!」

 凛太郎は興奮してキスをし返した。すると麻奈未は、

「ここまでよ。ここから先はダメ。出産して、身体が元に戻るまで、妊活はお預け」

 にっこり笑って通告した。

「あ、はい……」

 我に返った凛太郎はかしこまって応じた。

「それで、報告をしないといけないんだけど、どっちからする?」

 麻奈未は真顔になって言った。

「え? どっちっていうのは?」

 凛太郎はまたポカンとした。麻奈未は呆れ顔になり、

「貴方のご両親からか、私の両親からか。まあ、普通は貴方のご両親に先に伝えるべきでしょうけど」

「いや、そんな事はかまいません。今は令和ですよ? そんな前時代的な慣習は考えなくていいです。麻奈未さんのご両親に先に伝えましょう」

 凛太郎は興奮気味に応じた。

「いやでも、後回しにされたのを知って、貴方のお母様がおいかりになるのではって、心配なんだけど」

 麻奈未は綾子の逆鱗に触れるのが怖いのだ。

「そもそも、聖生いもうとのせいで、家族同士の食事会が延期になっているから、後ろめたいのよ」

 麻奈未は溜息混じりに告げた。

「ああ、大丈夫ですよ。麻奈未さんのご両親に伝えて、後でウチの両親に伝えても、それを言わなければいいんですから。俺は順番なんて全然気にしていませんし」

 凛太郎は爽やかな笑顔で言った。

「ああ、そうなんだ……」

 麻奈未は、

(聖生の言う通り、凛君はサイコパス予備軍なのかも)

 そんな事を考えてしまったが、

「わかった。じゃあ、ウチから先に連絡するね」

 母親の美奈子の携帯番号をダイヤルした。

「はいはい、美奈子です。どうしたの、麻奈未?」

 美奈子はまるで待っていたかのようにワンコールで出た。

「実はね……」

 麻奈未は妊娠した事を告げた。

「あら、そうなの。よかったわね。私も遂にお祖母ちゃんかあ」

 心なしか、美奈子の声は涙声に聞こえた。

「お母さん、それって、お祖母ちゃんになるのが悲しくて涙ぐんでるの?」

 麻奈未はムッとした。

「違うって、麻奈未。勘繰り過ぎ。私だって、孫ができるの、とても嬉しいわ。隣で嗚咽あげてるお父さんに代わろうか?」

 父の太蔵は代わるのを拒否したようだ。

(お父さんたら、聖生の時は泣かなかったくせに。またあいつに責められる事が増えたな)

 麻奈未は「姉贔屓あねびいき」な父の無意識の言動に溜息を吐いた。

「それで、凛太郎君のご両親にはもう連絡ずみなの?」

 美奈子が尋ねた。麻奈未は凛太郎と顔を見合わせてから、

「これからよ」

「あらま、それはまずいわね。あちらのご両親、悲しむわよ、私達より連絡が後になったら」

 母に改めてそう言われて、麻奈未はギクッとした。

「やっぱり、まずかったのかな?」

 麻奈未は神妙な顔になった。

「それはそうよ。貴女は高岡の嫁になったのだから、妊娠の報告はあちらが先でしょう?」

 美奈子の言葉に麻奈未は次第に不安になった。

「私は全然、順番なんか気にしないから、報告が後になっても構わないんだけど、凛太郎君のお母様って、そういうの、うるさそうじゃない?」

 美奈子は更に追い打ちをかけるような事を言い出した。

「だから、凛君と話し合って、先に連絡した事にするから、お母さん、絶対に喋らないでよ」

 麻奈未は釘を刺した。

「大丈夫よ。凛太郎君のお母様とは家族の食事会まで顔を合わせないだろうから。それまでには、そんな事、話題にならなくなるでしょ?」

 母親のお気楽な性格に麻奈未は頭痛がして来た。

「どれだけ時間が経っても、お母さんのお喋りは不安だから」

 麻奈未はまたムッとした。

「酷いわねえ、実の親に向かってそんな事を言うなんて。ああ、お酒が入ったら、話してしまいそうだなあ」

 美奈子は麻奈未の心配などどこ吹く風である。

「本当にやめてよ! どうなるかわからないんだから!」

 麻奈未は声を荒らげた。

「冗談よ。私、そんなおバカさんじゃないから」

 美奈子はケラケラと笑ったようだ。

「本当に頼んだわよ!」

 麻奈未は怒りに任せて、通話を切った。

「麻奈未さん、そんなに不安にならなくても大丈夫ですよ。俺の母親、そこまで鬼じゃないですから」

 凛太郎は苦笑いをした。

「ああ、ごめん。凛君のお母様を悪く言うつもりはないんだよ。只、やっぱり嫁姑の関係はね……」

 麻奈未は凛太郎の母親である綾子を気遣っていない発言を恥じた。

「まあ、確かに母はちょっと、いや、かなり面倒臭い性格ですけど、麻奈未さんの事はとても気に入っているから、心配要らないですよ」

 凛太郎は微笑んで根拠のない事を言った。

「そ、そうね」

 麻奈未は顔を引きつらせて笑うしかなかった。

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