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凛太郎ピンチ

「先輩って、ムッツリなんですか?」

 真実は今まで見せた事がない嫌な顔をしていた。

(岸森さん、一体どういうつもりなんだ?)

 凛太郎は真実の手を振り払って、彼女から離れた。真実はそれでも不敵な笑みを浮かべたままで、

「先輩って、鼻が高くて大きいですよね? やっぱり、あそこも大きいんですか?」 

 とんでもない事を訊いて来た。

「え、あ……」

 あまりにも想定外の事を言われたので、凛太郎はすっかり動転してしまった。

「見せてくださいよ」

 真実が動いた。凛太郎は一瞬対応が遅れてしまい、真実にスボンのチャックを下されてしまった。

「わあ!」

 凛太郎は慌てて逃げようとしたが、真実の方が早かった。

「痛い!」

 凛太郎が悲鳴を上げた。真実が力任せに彼の大事なところを握りしめたのだ。

「やっぱり、大きいみたいですね。ますます見せて欲しいです、先輩」

 真実は遂にインナーを下ろしてしまった。

「わあ。予想以上ですよ、先輩」

 真実はそれを見て歓喜した。

「あああ……」

 凛太郎はパニックに陥っていた。

「では、遠慮なく」

 真実は次の行動に出た。


「君が体調を崩すなんて、まさに鬼の霍乱かくらんだな」

 隆之助は綾子からの連絡を受けて、病院に来ていた。

「うるさいわね。愛する妻が苦しんでいるのに、何て事言うのよ」

 待合室の椅子にぐったりと座っている綾子は、愉快そうに彼女を見下ろしている隆之助に弱々しい声で返した。

「苦しんでいるって、只の食べ過ぎですって、担当医の先生がおっしゃっていただろう? 大袈裟なんだよ」

 隆之助はそれでも妻を心配していない。

「ううう……」

 全くその通りなので、綾子は黙ってしまった。

「いくら食べ放題だからといって、五人前も食べるなんて、欲張り過ぎなんだよ。それよりも、事務所で一人きりの岸森さんは大丈夫なのか?」

 夫が自分の心配よりも真実の心配をしたので、

「妻より岸森さんの方が心配なの? やっぱり、彼女がいいのね?」

 綾子は苦しい腹をさすりながら言った。

「何を言っているんだよ。いくら彼女が優秀だからと言って、一人きりは心細いだろう?」

 隆之助はこんな時も夫の移り気を勘ぐる綾子の嫉妬深さに呆れていた。

「大丈夫よ。凛が戻っているはずよ」

 綾子は薬が効いてきたのか、背もたれから起き上がった。

「凛と岸森さんは心配じゃないのか?」

 隆之助は意地悪な事を尋ねた。綾子はフンと鼻を鳴らして、

「心配じゃないわよ。凛はね、あのくらいの年の女性は好みじゃないの。年上が好きなの。それに、岸森さんは貴方くらいの男性が好きなのよ。全然、お互いに好みが合わないわ」

「まあ、凛太郎は優菜ちゃんくらいの年の子は、まだトラウマだろうからな。むしろ、岸森さんに失礼な態度をとっていないか、心配だよ」

 隆之助は綾子の隣に腰掛けて、彼女の腹をさすった。

「あん」

 急に優しい事をされたので、綾子は顔を赤らめた。

「変な声を出すなよ」

 隆之助の方が慌てた。

「だってえ」

 綾子は急に甘え出した。隆之助は妻の機嫌が直って来たのでホッとして、

「取り敢えず、凛太郎に連絡してみよう。あいつも君の事を心配しているだろう」

 更に綾子をおだてる事を口にした。

「そうね」

 綾子は凛太郎が「マザコン」なのを信じて疑っていないので、誇らしそうだ。

「おや? 出ないぞ」

 隆之助は十回コールしても反応がないので、綾子を見た。

「貴方だから出ないのよ。私がかければ、すぐに出るわ」

 綾子はドヤ顔で自分のスマホを操作したが、

「あら?」

 凛太郎は出なかった。

「何かあったのかしら?」

 綾子は隆之助を見た。

「どうしたんだろう? 事務所にかけてみたらどうかな? まだ着いていないのかも知れないぞ」

 隆之助の提案に綾子は頷き、事務所の番号にかけた。すると、

「お電話ありがとうございます、高岡税理士事務所です」

 ワンコールで真実が出た。

「ああ、岸森さん、お疲れ様。凛は、いえ、凛太郎はまだ帰っていないの?」

 綾子は不安を押し殺して尋ねた。

「はい、まだお帰りではないです。先生はお加減は如何ですか?」

 真実が訊いたので、

「ああ、私は大丈夫。もう少ししたら、帰ります。じゃあ、凛太郎が帰って来たら、携帯に連絡するように伝えて」

「わかりました」

 綾子は通話を切った。

「何してるのかしら、凛は? まだ戻っていないそうよ」

 綾子は溜息混じりに呟いた。

「お客様のところで長引いているのかも知れないな」

 隆之助も凛太郎のピンチを感じ取れていなかった。


「帰ったら、連絡するように、ですって、先輩」

 真実は床に寝転んでぐったりしている凛太郎を見下ろした。隠す気力もなくなる程、凛太郎はダメージを受けていた。

「先輩、いつまでそんな格好をしているつもりですか? 所長が帰って来ますよ?」

 スカートを履き直した真実はちょっとした悪戯をした子のように笑い、凛太郎を一瞥した。

「え?」

 凛太郎は綾子が帰って来るのを知り、ようやく動き出した。インナーを履き直し、ズボンを上げ、チャックを閉じた。

「話してもいいですよ、所長に」

 真実は凛太郎に顔を近づけた。

「話せる訳ないだろう!」

 凛太郎はムッとして真実を睨みつけた。

「じゃあ、二人だけの秘密ですね。ああ、楽しい」

 真実は凛太郎の右頬にキスをした。

「わあ!」

 凛太郎は途端に立ち上がり、真実から離れた。真実はフッと笑って、

「私は全然平気ですけど、先輩は大丈夫ですか? 所長と顔を合わせられます?」

 腕組みをした。

「え?」

 真実の指摘に、凛太郎の心臓が凄まじい勢いで動き出した。

「それに、奥様にも内緒にするんですよね? 先輩にえられます?」

 真実の追い討ちに凛太郎の心臓は今度は止まりそうになった。

(ああ、麻奈未さんをまた裏切る形に……。俺は何てダメな男なんだ……)

 次はない。そう言われていた事を思い出した。

(麻奈未さんと離婚? やっと子作りをできるようになったのに?)

 頭の中がぐるぐるして、凛太郎は気を失いかけた。

「堪えられないみたいですね? でも、全部貴方の奥様のせいですから、仕方ないんですよ」

 真実の不可思議な言葉に凛太郎はハッとした。

「それ、どういう事だよ?」

 いきなり凛太郎に詰め寄られた真実はギョッとして後退あとずさったが、すぐにフッと笑って、

「私が知っているのはそこまでです。理由は知りません。とにかく、恨むなら奥様を恨んでください」

 自分の席へと歩き、

「さてさて、仕事の続きをしないと、残業になっちゃう」

 凛太郎に微笑むと、パソコンを操作し始めた。

(麻奈未さんのせいって、何の事なんだ?)

 凛太郎には思い当たる事がない。麻奈未に訊きたいところだが、そうなると、真実との事を話さない訳にはいかないので、ジレンマに陥った。

「そうそう、所長に連絡してくださいね。でないと、私が先輩に伝えなかったと思われますから」

 真実は真顔で告げた。


 その頃、情報部門ナサケのフロアでは、

「そう。そういう事ね」

 茉祐子は部下で夫の充からの報告を受けて、合点がいっていた。

「はい。岸森真実は地元が仙台です。彼女は直接四季島や剣崎とは繋がりがありませんが、両親が揃って熱心な支援者で、後援会にも所属しています。迂闊でした」

 充は悔しそうに告げた。

「確かにね。先輩の事ばかり追っていて、先輩の一番の弱点の凛太郎さんの事を忘れていたのは、ミスだったわ。とにかく、岸森真実の線から、四季島へのルートを洗い出すわよ」

 茉祐子は椅子から立ち上がって充を見た。

「はい」

 充は大きく頷いた。その時、直属の上司である統括官が、

「中禅寺、代田、一緒に来てくれ。部長がお呼びだ」

 中禅寺夫妻は同時に統括官を見て、

「わかりました」

 三人はフロアを出て、部長室へ向かった。


 綾子が帰って来て、真実はごく自然に話をしたが、凛太郎は母の顔を見る事ができず、二言三言話しただけで、事務所を出てしまった。

「何よ、全く」

 綾子は不満だったが、真実の手前、騒ぐ事はできず、

「何かあったの?」

 真実に尋ねた。真実は微笑んで、

「特には何も。どうしたんでしょう、先輩」

 首を傾げた。綾子は溜息を吐いて、

「いまだに子供っぽいところがあるのよね。困ったものだわ」

 真実は微笑んだままで、

「もしかしてですけど、先輩ってマザコンだったりします?」

 その問いかけに綾子はギョッとしたが、

「そうねえ、それはあるかもね。岸森さん、マザコン男は嫌でしょ?」

 自分もそう思っているので、軽口めかして尋ね返した。

「でも、母親に優しいのはいい事だと思います。大下さんとは違って、先輩は他の人にはきちんとしていますから」

 真実は微笑んで応じた。

「あの子、変じゃない? 岸森さんくらいの年代の子が苦手らしいのよ」

 綾子は自分の机の上にハンドバッグを置いた。

「変ではありませんが、何だか私、嫌われているみたいで、あまりお話ししてくれません」

 真実は悲しそうな演技をした。

「あら、そうなの? 失礼ね。よく言っておくわ」

 間に受けた綾子が言うと、

「ああ、それはやめてください。ますます気まずくなりますから」

 真実は苦笑いをした。

「そう?」

 綾子はそれだけ言うと、パソコンを開き、メールのチェックをした。真実はそれを見て、綾子に見えないようにニヤリとした。

(もうすぐ貴方の息子さんは破滅しますよ。奥様と一緒に)

 真実の顔は狡猾になった。パソコンの画面を見ている綾子にはそれは見えていなかった。


(ああ、母さん、怒っているだろうな)

 舗道を早足で歩く凛太郎は、綾子につっけんどんな態度を取ったのを後悔していた。

(母さんにあれだけ気まずくなるんだから、麻奈未さんにはもっと気まずくなる。どうしたらいいんだ?)

 家に帰って、麻奈未と顔を合わせるのがつらかった。しかし、綾子とは顔を合わないという事はできるが、妻である麻奈未とはそんな事はできない。凛太郎は胃が痛くなって来た。

「凛太郎さん」

 不意に誰かが声をかけて来た。

「え?」

 凛太郎は声の主を見て、

「うわっ!」

 思わず飛び退いてしまった。

「酷い……。まだ私の事、そんなふうに思っているんですか?」

 そこにいたのは柿乃木優菜だった。

「あ、ごめん、優菜さん。そんなつもりじゃ……。いきなり声をかけられたので、びっくりしたんだ」

 凛太郎は口を尖らせている優菜を見て、頭を掻いて謝罪した。

「凛太郎さん、最初は普通に接してくれていたのに、しばらくして私を見ると怖がるようになったなって思ってはいましたけど、今のはショックです」

 優菜は涙ぐんでいた。

「ごめん、本当にごめん、優菜さん。申し訳ない」

 凛太郎は頭を下げた。そして、

「そうだ。ちょっと時間ある?」

 優菜は急にそんな事を言われたので、

「え? 何ですか?」

 逆に警戒した。

 二人は近くのファミリーレストランに入った。凛太郎はコーヒーを、優菜は紅茶を注文した。

「既婚者の凛太郎さんが、私と二人きりでファミレスに入ってもいいんですか?」 

 優菜は微笑んで訊いた。凛太郎は苦笑いをして、

「そんな事言わないでよ、優菜さん。元同僚なんだから」

 優菜は微笑んだままで、

「冗談ですよ。何かお話があるんですね?」

 声を低くした。凛太郎は黙って頷くと、

「実は、優菜さんにしか相談できない事なんだ」

 優菜は「優菜さんにしか」という言葉に心拍数が上昇するのを感じた。

「その……」

 凛太郎は真実にされた事を優菜にありのままに話した。

「……」

 優菜は自分が凛太郎にした事を想起して、顔を引きつらせた。

(凛太郎さん、どういうつもりで私にそんな話を……)

 責められているような気がした優菜は表情を曇らせた。

「ごめん、優菜さん、こんな事を話して。でも、優菜さんにしか相談できなくて……」

 凛太郎はつらそうに見えた。優菜は自分に頼ってくれた事が嬉しくなった。

「その女、確か木場のおじ様がタイプだとか言った身の程知らずですよね? やっぱり、そういう女でしたか」

 最初から真実にいい印象を持っていない優菜は、すぐに真実に敵意を剥き出しにした。

「私、どうすればいいですか? その女を追い出せばいいですか?」

 優菜の顔がだんだん険しくなったので、凛太郎は若干引き始めていた。

「いや、そこまではいいよ。只、彼女の真意がわからなくて……。優菜さんなら、何かわかるかなって思って」

 凛太郎は顔を引きつらせたままで訊いた。優菜は凛太郎の言葉にちょっとだけ引っかかるものを感じたが、

「まなみさんのせいだって言ったのがよくわかりませんけど、取り敢えず、その女には何の同情もしなくていいと思います。私が凛太郎さんにあんな事をしたのは、凛太郎さんの事が大好きだからです。でも、その女は凛太郎さんに何の感情もないように思えます」

 凛太郎は「大好きだからです」と現在形で告げた優菜の言葉が気にかかったが、今はそこを指摘する場合ではないと判断して、

「ありがとう、優菜さん。心強いよ。彼女には毅然とした態度で臨む事にする」

 微笑んだ。優菜も微笑んで、

「はい。私でよかったら、いつでも相談に乗りますので。あ、変な下心はありませんから」

 凛太郎は優菜の優しさに胸が熱くなった。

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