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第4話 「南禅寺」から「あおによし」へ


「料亭 紫水」で遅い昼食をとったあと、一行は、今度はタクシーを利用して「南禅寺」へとやってきた。


「鞍馬と出会った清水寺へは行かなくて良いのか? ここから近いのに」

 ディビーにからかわれる奈帆だったが、

「うん、今日はいいの。また別の機会に改めて行くわ。その時はお付き合いしてよね、ディビー」

 と、きっぱりと言い切る。

 ほう、と言う表情のあと、何か思うところがあるんだろうなと快く了承するディビーだった。




「絶景かな、絶景かな」

 日本人なら1度は聞いたことのあるだろうこのフレーズは、歌舞伎の中で石川五右衛門が南禅寺の三門から満開の桜を眺めて見得を切りつつ言った台詞だ。

「へえ、そうなんだ。知らなかったわあ、椿、物知りね」

「うん。とは言え、俺もついさっき知ったばっかりなんだけどね」

「今度は桜の時期に来て、見得を切らなきゃ」

「はは、それもいいかも」


 広い境内には見所がたくさんあるが、今回、奈帆とディビーが南禅寺を所望したのは。

「わあ、これが疎水」

「水路閣だな。うーん、良いたたずまいだな」

 琵琶湖の水を京都に運ぶために作られた疎水。南禅寺の水路閣は赤煉瓦のアーチ型水道橋で、ここだけ見るとヨーロッパのどこかにいるように思えてくる。

 この水路は今でも現役で琵琶湖から水を運んでいるらしい。

 2人は水路閣を行きつ戻りつ、何やら真剣に話をしていたが、しばらくして辺りを見回すと、由利香が何かの機会をうかがっている様子だった。

「何してるのかしら」

「写真が撮りたいんだよ」

 つぶやく奈帆に、いつの間にそこにいたのか冬里が答える。

「きゃ」

「脅かすなよ」

「ふふ」


 かなり多くの観光客がいるので、ベストポジションで写真を撮るのはなかなかに難しい。

「あ、今よ! 椿!」

 人が少しでも減るのを待っていた由利香が空間が空くのを見て、ここぞとばかりアーチの下へ行く。

 すると。

「ナイスだな」

「由利香さん、ごめんね」

「あーら、当然」

「俺も俺も」

 ディビー、奈帆、依子、夏樹の4人もちゃっかり入ってくる。

「皆、ずるいぞ」

 と言いつつ、シャッターを押した椿のスマホを誰かがひょいと取り上げた。

「うわ、何する……、あ、鞍馬さん」

 なんとそれはシュウだった。

「お撮りしますよ、急いで」

「は、はい、ありがとうございます!」

 嬉しそうに、急いで由利香の横に並ぶ椿。

「では」

「は~い、チーズ」

 いつの間にか冬里まで参加していたのだった。



 今回のメインは美術館巡りだったので、多くの時間をそちらに費やしたため、南禅寺を出る頃にはもう日もずいぶん傾いていた。

 ここから蹴上駅まで歩き、また地下鉄で京都駅へと戻る。

「じゃあ、私たちはここから奈良へ向かうわ」

 近鉄京都駅の改札前まで送ってきたシュウたちに、依子が言う。


「あの、鞍馬さん。今日は本当にありがとうございました。本当に楽しかった」

「いえ、こちらこそ、楽しい時間が過ごせました。ありがとうございました」

 皆から少し離れたあたりにいたシュウと奈帆が、お互いにきちんと礼を述べている。


「いつまでたっても他人行儀だな、まったく」

 そんな2人を見やって、ディビーはちょっぴり不服そうだ。もう2人をくっつけるのはやめると宣言したのに。

「いいじゃない、あの距離が良いんだよ。あの2人にはね」

「じゃあ、あたしたちは?」

「うーん……」

 そう言いつついたずらっぽく微笑んだ冬里が、ディビーの頭をなでなでする。

「うわ、するに事欠いてそれか!」

「うん、するに事欠いてこれ。手の甲にKISSでも、良かったんだけどね~」

「ああ、そっちじゃなくて良かったよ」

 そう言ったあと、今度はディビーが冬里の頭を、髪をくしゃくしゃにする勢いでなでなでする。

「わあ、ちょっとお」

「これくらいがいいんだ」


 イチャイチャ? するふた組を見やって、依子は肩をすくめつつも嬉しそうだ。

「じゃあね、夏樹、今日は楽しかったわあ」

「ホントっすか?」

「もちろんよ。ねえ、今度1人で奈良にいらっしゃいよ、良いところ案内してあげる」

「え? ホントっすか? 行きます行きます」

 嬉しそうな夏樹の横から声がした。

「夏樹1人なんて、ずるーい。依子さん、私も」

 もちろん由利香だ。

「だったら自動的に俺も、って事です」と椿。

「あらあ、良いわねえ、ねえ、いつにする?」

 俄然張り切り出す依子に、今度は横やりが入った。


「もう電車の時間なんじゃないの?」

 冬里だった。

「え? あら、いけない。じゃあそろそろ行きましょうか」

「はい」

 3人は今回、近鉄が走らせている、観光特急「あをによし」で奈良へ向かうことになっている。改札の外からも見える「あおによし」の車体は、近鉄にしては珍しい紫色だ。

 楽しそうに車両に乗り込む依子たちを見送って、改札を離れようとしたとき。

「……」

 シュウ、冬里、夏樹の3人が、ふと立ち止まり「あをによし」を見つめる。

「どうしたの?」

 由利香が怪訝な顔をして聞くと、冬里が椿と由利香の間に入って2人の肩に手を置き、「大声出しちゃ、ダメだよ」とささやいた。

 そして、いいよ、と言うように頷いた。


「!」

「ムグ」

 由利香は思わず自分の手で口元を押さえる。

 なんと、「あおによし」の上に、あぐらを掻いて浮かんでいる人物が2人。

 1人は大柄で厳つく、精悍な面構えの《たけみかづちのみこと》。

 もう1人は落ち着いた風貌の《あめのこやねのみこと》だ。

「〈よう、おまえささんたちは、奈良に来ないのか〉」

「〈せっかくですのに〉」

 胸に直接響いてくるような声がする。

「〔うーん、そのうち行くよ〕」

「〔依子さんに案内してもらうっす〕」

 夏樹の声の後、冬里がニッコリと微笑んで「ひえっ」と言う夏樹の声がした。

「〔冬里……。申し訳ありません、そのうち必ず〕」

「〈相変わらずだな、お前たちは〉」

 楽しそうな声の後に、冬里の声がした。

「〔そうでしょ。でさ、できたらあの2人をよろしくね〕」

「〈ほほう、依子が連れているおふたりですかいな〉」

「〔ん〕」

「〈依子は?〉」

「〔大丈夫でしょ、千年人なんだから〕」

「〈まったく、しょうがないやつだ。わかったよ〉」

 なんだかご機嫌な《たけみかづち》に、冬里もご機嫌だ。

「〔で、こんど僕たちが奈良へ行ったら何かご希望はある?〕」

 そんな風に聞く冬里に、《たけみかづち》は、ふむ、と顎に手を当てる。

「〈あーなんと言ったかな。そうそう、セッションとやらをしたいな〉」

「〔セッション?〕」

「〈ああ、あれは楽しかったですな。シギのキーボードと依子のフルートと〉」

「〔ふうん、依子がフルートねえ〕」

 冬里のご機嫌が少し斜めになってる?

「〔楽しそうっすね! 俺、ギター弾けますよ!〕」

 夏樹の嬉しそうな提案が雰囲気を変える。

「〔んーじゃあ僕が横笛で、……シュウは?〕」

 と聞く冬里の言葉に、皆がシュウに注目する。シュウはしばし考えていたが、やがて顔を上げると言った。

「〔そうですね……、シギとかぶりますが、ピアノでしたら〕」

「〈そいつあ、いい! 約束だぜ〉」

「〈楽しみにしておりますよ〉」


 ガハハ、と豪快に笑った《たけみかづち》が、ヒュウと口笛を吹くと。

 次の瞬間、どこからか白い鹿が現れて、2人の神さまを乗せている。そしてそのまま、ご丁寧にもホームを出た後で、あっという間に空の彼方へと消えて行った。



 ハッと我に返る由利香と椿。

「むぐ」

 由利香などは、口を押さえている手を外すことも忘れている。

「由利香」

 椿に言われてようやく口から手を離した由利香が、ぐるりと辺りを見回すと、静止画像が動き出したような、気がした。

 やはりこの間の時間は止まっていたようだ。

「ちょっと、何なのよ今の」

「んー、いつものことでしょ?」

「か、神さまだったの?」

「うん、今度セッションしようって」

 事もなげに言う冬里がまた何かを思いついたようだ。

「由利香たちも、何か楽器弾けるなら一緒にどうぞ?」


「どうぞって言われても、楽器なんてなーんにも出来ないわ」

 椿もそちらは不得意なのか、うーんと頭をひねっていたが、思いついたように指を鳴らす。

「! カスタネットとか」

「あ、そうね、タンバリンとかマラカスとかもいいかも?」

「まあ、それで勘弁してあげよう」

「OK。じゃあ次は奈良ね」

「うお、良いっすねえ。いつにします?」

「気が早すぎだろ」

 ワイワイしている彼らの横で苦笑するシュウだったが、

「では、そろそろ行きますよ」

 と、ツアーコンダクターよろしく、皆を先導していくのだった。




 依子たちを近鉄京都駅で見送った後、一行は京都駅で軽く夕飯をとりホテルへ帰っていた。

 今は由利香たちの部屋で、本日の反省会と銘打った飲み会を開いている。

「へえ、この部屋はけっこうリビングスペースが広いんっすね」

「そうなんだよ、鞍馬さんが予約してくれたんだけど、こういうタイプは初めてだな」

「飲み会にはもってこいだね~。誰かさんが寝落ちしてもすぐそこにベッドがあるしね」

「ちょっと、誰の事よ」

「さあ?」

 などと、なんだかんだ言いつつ和気藹々だったのだが。


「そう言えば、美術館で椿と話してたんだけどね。あんたたち千年人にとって、今回のテーマってどうよ?」

「どうよ? とは、どうよ?」

 夏樹が由利香の疑問に疑問で返す。

「もう、ふざけないの。あのね、人、……あ、百年人の事ね。の愛って、きれい事ばっかりじゃないでしょ。腕力に物を言わせたり、魔術みたいなの使ったり。そう言うのって、あんたたち千年人には理解できるのかなあって」

 由利香の問いに、冬里は「ふうん」と首を傾げ、シュウも考えをまとめるためか黙り込む。


「理解できないに決まってるじゃないっすか」

 そんな中、きっぱりと言い切ったのはなんと夏樹だった。

「え?」

「おお、夏樹、言い切るねえ」

 椿が思わず感心したように言う。

「茶化すなよ。けど、けど俺たちは曲がりなりにも千年人で、暴力や腕力や、だましなんかからは1番遠いところにいるっすから、なんでそれが愛になるのかなんて、とうてい理解できません」

「そうよねえ」

「でもですよ。俺ですら、椿や由利香さんよりかなり長いこと生きてるんす。だから、百年人の営みって言うのはもう、嫌って言うほど見てきたんす」

「そうだねえ、あーんなことや、こーんなことまでね」

 今度は冬里が茶化したが、さすがに彼には言い返せない夏樹。

「う……、なので、理解は出来ないけれど、うまく言えないけれど、ああ、またなんかやってるって、わかることもあります」

「そうだよね、今さらだよねえ。誰かに愛されたいなら、それなりに努力すれば良いのにね。うーん、でも、生理的に無理! っていうのもあるよねきっと」

「その時は、スパッとあきらめれば済むことなんじゃないっすか?」

 また、清々しいほど言い切る夏樹。

「おお、今日の夏樹は威勢が良いね。いよ! いい男!」

 冬里がまたまた茶化しながら褒める。

「まあ、見た目は文句なく良いんだから、やっと中身が追いついてきたってことかしら」

 それを一刀両断する由利香。

「ええー」

 とか言いながらガックリと肩を落とす夏樹だったが、そんな皆を眺めていたシュウが、ここで初めて口を開く。

「スパッとあきらめられないのが百年人で、それが執着という形の愛で現れてるんじゃないかな」

「さすがはシュウ」

「あ、そうっすね。だから無理矢理奪ったりするんすよね」


「人の心は物じゃないんだから、そんなに簡単に盗れるものじゃないのにね」

「執着するあまり、目がくらんじゃうんだろうね」

「どっちにしても、理解は出来なくても、観察してればある程度パターンや心の動きはわかるようにはなってくるっすよ」

「冬里と、それからシギもかな、2人の得意とするところだね」

 シュウが振ったが、冬里は肩をすくめて首を傾げただけだった。


 そのあとは、由利香と夏樹がフラフラになって来たため、シュウたちは自分の部屋へ引き上げていくと言うお決まりのパターンだ。

「おやすみ~椿ぃ~」

「もうろれつまわってないぞ、早く帰れ」

「ふわあ~い」

「じゃ、おやすみ」

「おやすみなさい、ゆっくり休まれてくださいね」

「はい」

 微笑んで返事をした椿が、静かにドアを閉じていった。






 今宵も皆が寝静まったホテルの一室。


 窓辺のソファに座り、シュウはひとり、オーダーストップ前に頼んでおいたワインを傾けていた。

 それにしても。

 今回は京都の美術館で愛を探す? がテーマだったのに。

 また、思ってもみないところからご招待を受けてしまったようだ。しかも今回は料理ではなく、楽器だそうだ。

 ピアノと言ったが、もしシギが来てくれるなら彼と同じキーボードにしてみようか。


 フ、と微笑んだシュウが小さくつぶやく。

「練習場所を探さねば、ですね」


 そんな彼を、月が静かに見下ろしていた。







さて、私の得意技? 神さまの登場です。彼らが行くところ神さまが必ずいらっしゃいますねえ。

今度は奈良? は、またの機会に。

あと少し、続きます。


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