第2話 始まりは京都駅から
今年は社員旅行の代わりに、少しばかり長い夏休みをとった『はるぶすと』。
なので、そうそう店を休むわけにも行かないのだが。
京都行きはさすがに日帰りと言うわけには行かないので、シュウは一泊二日の行程を組むつもりでいた。
その日にちの設定がなかなかにして一苦労。
展覧会の会期は当然ながら決まっている。
その期間中の、ディビーと奈帆、そして秋渡夫妻の予定が入っていない土曜日。
そのうえ、ディナーの予約も入っていないとなれば、今からではほとんど不可能に近いだろうと思われた。
のだが……。
京都行きの話が出たあたりから、なぜか偶然が重なり始める。
まずひと組キャンセルが入り、お次は日にちの変更の連絡が来る。それが幸いにも、ここならと言う土曜日のものだったのだ。
「さすがは冬里と夏樹、と言うところですかね」
そう独りごちながら、とりあえず新幹線やホテルの予約を入れてみる。当然秋渡夫妻の分も。こちらも面白いほど順調に事が運び、感心するやらあきれるやら。
ラッキーボーイふたりの名は伊達ではないようだ。
それぞれに日にちの連絡も済み、少しホッとしているところへ冬里が言う。
「さすがはシュウだね。こんなに簡単に日にちが決まっちゃった」
「いや、もしかしたら今回はあきらめざるを得ないかもと、思っていた位だよ……、あ……」
とここで、ひとつの可能性に気づく。
黙り込んだシュウに、冬里が不思議そうに聞いてくる。
「どしたの?」
「いや、まさか冬里、何かした?」
「え? 僕?」
きょとんとしていた冬里が、いきなり可笑しそうに笑い出す。
「あははは、それこそ、まさかー。さすがの僕もそこまで介入出来ないよ。それより、どっちかって言うとラッキーボーイの執念なんじゃない?」
ラッキーボーイの執念。
夏樹が今回の京都行きをとても楽しみにしているのは知っている。以前、店で花見をしたとき、桜に満開をお願いし続けてその通りになった事も。
「けれど前の時とは条件が違うし、なにより夏樹がそうやすやすとディナーをあきらめるかな」
「全部キャンセルならそうかもしれないけど、今回、一組は日にちの変更だよね?」
「ああ、そうだったね」
冬里の意見に納得したシュウが微笑む。
「じゃあ、とりあえずこの日程と行程で」
と、手書きのメモを冬里に示す。それを眺めていた冬里が疑問を口にした。
「ディビーと奈帆は自分たちで宿を取るのかな。どこにするんだろ、どうせなら同じホテルにすればいいんじゃない?」
「ああ、それも聞いてみようと思っていたんだけど……」
そこまで話したところで、テーブルに置いていたシュウの携帯が振動した。何だろうと携帯の画面を確認していたシュウが顔を上げると、横からのぞき込んでいた冬里がちょっと嬉しそうに言う。
「へえ、依子が2人を奈良に誘うなんてねえ。でもいいんじゃない?」
「冬里、断りなしに人の携帯を覗かない」
「んー? だって依子の名前が見えたんだもーん。依子なら隠し事する必要もない……、……ハッ、まさか2人の間には、人に言えないあれこれが……」
と、妙に真剣な顔つきで言う冬里には、ガクリと肩を落とすしかない。
「冬里……。わかったよ。そうだね、奈帆さんやディビーさんは奈良にはあまり行ったことがないみたいだから、それを聞いた依子さんが……」
「黙っているわけがない。あー、依子がお世話好きで良かった~一緒に泊まらなくてもすむもんね~」
「まったく……」
ため息をつくシュウはさておき。
携帯に入ってきたのは、当日2人が泊まるホテルを奈良にしたいと言う内容だった。
実は、今回の依頼を受けた依子が、実際に会う前に奈帆たちとお友達になっておきたいからと、連絡先を聞いていたのだ。そこで色々話をするうち、2人とも奈良に訪れたのが1度きり。しかも、その時も飛鳥のあたりをちょろっと観光しただけ、と聞いた依子が黙っているはずがない。
「奈良市街を散策したことがないですってえ? 東大寺も興福寺も春日大社も行ったことがないですって? それはいけないわ!」
と、俄然張り切り始める依子を止めることは、ディビーにすら出来なかった。
と言うより、2人も奈良には関心があったので、これはこれで良い機会に恵まれたと言うべきか。
そうこうするうち、当日の土曜日がやってきた。
――京都、京都です。 湖西線はお乗り換え……
新幹線は今日もするすると京都駅のホームに滑り込んでいく。
「やっぱり何度来ても京都は良いわねえ」
「まだ、新幹線の中っすよ、由利香さん」
「でも、京都の地の上にいるじゃない! もう、夏樹はデリカシーがないんだから」
「由利香さんに言われるのは、心外です」
「なんですってえ!」
以前ならここで由利香の鉄拳が飛ぶところだが、悲しいかな2人の間には椿がいるのでそう簡単に手は出せない。
5人横並びで座席が取れた新幹線の車中、夏樹と椿は通路側に座り、大いに交流を楽しんでいた。とは言え、この2人はほぼ毎週のように交流を楽しんではいるのだが。
「まあまあ、その辺にしときなよ2人とも。早く降りる準備しないと降り遅れるぜ」
「あらそれは大変」
「そうだった、えーと俺の鞄」
「もう下ろしてるよ~」
「ひえ、すんません!」
冬里にニッコリ微笑まれた夏樹が焦り出す。
けれど実際に鞄を下ろしているのはシュウだ。
「シュウさん! 俺がやります!」
またまた焦り出す夏樹に、「大丈夫」と落ち着かせるように言いつつ、黙々と荷物棚から鞄を下ろしていくシュウだった。
「こっちよー」
新幹線改札口の向こうで、彼ら一行を呼ぶ声がした。
冬里が、ゲ、と言う表情をする。
そこには依子と、その隣にディビー、そしてまたその隣に奈帆がいた。
「うわ、3人とも早かったんすね」
「依子さん!」
由利香が小走りに走り寄って依子とハグをする。それを微笑ましく見つめている椿と奈帆。ディビーは肩をすくめたあとに冬里に向かって手を上げた。
「ご無沙汰しています」
そのあとに相変わらず丁寧なシュウの挨拶があって。
けれど、到着した5人が各々スーツケースや鞄を手にしているのとは違い、奈帆たちはとても身軽だ。
「あら、荷物は?」
「当然、もうコインロッカーに預けたわよ」
由利香が不思議そうに聞くと、依子がエッヘンと胸を張って言う。
「当然だよね? そんな偉そうに言う事じゃないよ」
「あーら、ごめんあそばせ」
面白そうに言う依子と、面白そうじゃない冬里と。
そんな2人を興味深そうに見つめるディビー。
「お前、本当に依子さんが苦手なんだな。けど、いい人じゃないか、世話好きで」
そのディビーが回りに聞こえないように冬里に耳打ちする。
「お世話の度が過ぎるの」
「なるほど」
「それではホテルに荷物を預けに行きましょうか。依子さんたちはどうされますか、どこかで待たれますか?」
シュウの言葉に、依子はニッコリと微笑む。
「そりゃあもちろん、ご一緒するわよ。私たちは身軽なんだもん」
「わかりました」
そしてゾロゾロと一行は『はるぶすと』御用達のホテルへと向かう。
いつものホテルでいつものドアボーイと挨拶を交わし、いつものクロークに荷物を預けて身軽になったところで、今回のメインイベント、京都市京セラ美術館目指して彼らは出発するのだった。
平安神宮方面にも色んな行き方はあるが、今回は比較的すいていて時間に正確な地下鉄を利用することにした。
京都駅から烏丸御池で乗り換えて東山駅で下車、そこから歩いて10分ほど。
「今日も大鳥居は健在ね」
交差点を左に折れたところで見えてきた、平安神宮の赤い鳥居を見て由利香が言う。
「今日のメインは美術館だけどね」
隣には椿。
「楽しみっす!」
そしてなぜかその隣に夏樹。
「ちょっとお、夏樹は依子さんとデートなんでしょ? 邪魔邪魔」
「へ? ひどいっすよ由利香さん」
「エスコートしなくちゃでしょ」
由利香が言うが、夏樹はなぜか唇をとがらせてすねている。
「依子さんは俺なんかより、あの2人が良いんですよ」
「え?」
由利香が振り返ると、ディビーと奈帆の2人と腕を組み、真ん中で楽しそうに歩いている依子がいた。これぞまさしく両手に花?
「あらら……」
そしてその後ろ、かなり遅れてシュウと冬里がゆったりと話しながら歩いてくる。
「ええっと」
「なんかいつもと違う~って感じだね」
椿も振り返ったところ、目が合った依子にウインクなどされて対応に困ったのだが。
「さすがに美術館では、依子さんも2人を解放するよ、たぶん、きっと……」
「解放してくれるかしら……」
「ええ?! それは困りますよお~」
思わず頭を抱えた夏樹だったが、そんな心配は美術館の前で雲散霧消した。
「依子は僕たちの邪魔するから、ちょっと時間をずらして入ってきてよ」
冬里がとんでもないことを言いだしたのだ。
「なによ冬里」
「だーって、中へ入ってもああだこうだって口を挟みそうだもん。僕はいいけど、奈帆が嫌がるよ?」
「え?」
冬里のセリフに、奈帆が戸惑っている。
「せっかくシュウと2人でまわりたいって言うお願いだったのに」
「え、あ、えーと、いいんです。皆でまわりましょ」
そしてここへ来ても控えめな奈帆だ。
そんな冬里と奈帆を順番に見つつ、ふうん、と言う表情だった依子がひとつ頷く。
「わかったわ。じゃあ夏樹、あ、それと、由利香さんと椿くんも。私たちは美術館のカフェでお茶してからまわりましょ」
「あ、はい!」
「え? 私たちも?」
「あー、……はい、そうしようよ由利香。俺、ちょうど喉が渇いたなって思ってたんだ」
そして、由利香にだけわかるように目配せする椿。はっと気が付く由利香。
「本当だわ。私も喉が渇いてたの。依子さんさっすがー」
「はあい、じゃあ、シュウ、冬里、おふたりをよろしくね~」
そんな経緯を経て、当初の予定通り? 美術館巡りはシュウと奈帆、冬里とディビーのダブルデートから始まることに落ち着いたのだった。
そして、さすがは気遣いの椿。
その対応の迅速さとものわかりの良さに、冬里と依子が彼の株を上げたのは言うまでもないことだ。