帰り道
帰り道の事だ。若い女の子の声で話しかけられた気がした。気の所為だと思う。聞き間違いだ。そうに違いない。何故ならば、女の子の姿もなければ、気配すらない。ソレはそうだ。時間が時間だし、場所が場所だからだ…。深夜2時。昼間でさえ人通りの少ない裏通り。そんな場所にいるのだから…。
そう。聞き間違いに違いないのだ。しかしだ。聞き間違い以前の問題がある。何で僕は、この道を歩いているのだろうか…。帰り道だと表現はしたが、この場所を、何で歩いているのかさえ解ってはいない。そもそも帰り道だったのだろうか…。帰り道とは出掛けた先から家に帰る迄の道の事を指す。そうだ。僕は家に帰っていた筈だ。いやそれも違う。そもそも僕は、あの日から家を出ようとはしなかった。だから家から外に出ているこの状況が異常なのだ。何故、此処にいるのだろう…。何故、この場所に居るのだろう…。記憶は蜃気楼の様に曖昧だ。でも1つだけ明確に解っている事がある。あの日から、僕の視界の隅には蘭鋳の様な肉塊が何か言いたげに、口をパクパクと動かしていると云う事だ。だとしたら、その蘭鋳の様な肉塊が言葉を発したとでも云うのだろうか…。