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スチームパンク2077  作者: 吉田エン
六章 帝国の崩壊
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12. 十年、あるいは二十年

 日々、モリアティ大使の形相は変わっていた。以前は膨よかで、多少嫌らしい気配はするものの間の抜けた感じのする顔だったというのに、今では頬はこけ、目の下の隈が濃くなり、見るもの全てを疑うような目つきをしている。


「もはや、話すことは何もないわ。こんなくだらん会議に出ている暇なぞない」


 彼がそう宣言して退出したのは、レヘイサム事件の影響が大きかった。川路全権大使により一団と大英帝国の繋がりが暴露され、更に彼がD領への爆撃を試みた事が明かされると、さすがのロシアも優柔不断ではいられなくなった。未だに世界は、無意識なDloopへの恐怖に縛られている。ペリーエフ大使はすぐさまモリアティを無視しはじめ、CSAの代わりにUSAなる国の代表を迎え入れるという件も有耶無耶になる。


「それで、これからどうなります」


 尋ねた利史郎に、武雄はブランデーを嘗めながら応じた。


「Dloopがどう出るかで、しばらくは様子見だろう。レヘイサムのやろうとした事は、人間同士の争いとは訳が違う。さすがのモリアティも、Dloopの報復を心底恐れているだろう。当面は何も出来んさ」


「共和国への手当は」


「――難しい問題だ」


 ローマ共和国連邦がレヘイサムの暴挙を支援していたのは明らかだ。だが彼らとてレヘイサムがDloopを狙おうとしていたと、知っていたかどうか。本当に異星人の報復を心配しているのは、大英帝国ではなく共和国かもしれない。


「いずれにせよ彼らが、〈アトミック・スチーマー〉の原理を得たのは確かだ」山羽美千代の〈機関〉は、そう呼ばれるようになっていた。「もしあれが量産されはじめれば、五帝国の優位は揺らぐ。石炭が切り札に使えなくなるのだからな」


 本来であれば総出で共和国に圧力をかけるべき事態だが、今の五帝国は完全なる相互不信に陥っている。このままでは世界秩序の崩壊は加速するばかりだ。


「やはりそれも、Dloop次第だ。彼らはどうするつもりだ? 五帝国の崩壊を傍観するつもりなのか? 何か推理はつかないか」


 尋ねられても、利史郎に答えはない。


「ただ、僕にはわかったことが一つあります。彼らは最小の資源で最大の成果をあげようとします。ひとまず危機は避けられた。当面は現状維持が続くと考えているのかもしれません」


「現状維持、か。内務卿は相変わらずアトミック・スチーマーの研究を急ぐよう工部省に責っ付いているが。やぶ蛇にならないかと心配だ」


 利史郎はそれを危惧していた。かの新機関は、明白にDloopの軛に反している。


「姉さんがその責任者に、という話はどうなりました」


「なんとか潰した」


 武雄の答えに、ほっと胸をなで下ろす。


「それは良かった。今、Dloopが動くとすれば、その目的はアトミック・スチーマーの封印です。正面から五帝国会議で議題に挙げるならまだ良い方で、前回同様、〈使徒〉を使った暗殺に走るかもしれない。関わらないのが賢明です」


「そもそもハナは何をやっている? 連絡自体がつかない」


 彼女の場合、仕組みを理解してしまった物は飽きて投げ出すのが常だ。大体の目処がついた新型ゼンマイ、飛行機、そしてビッチブレンド動力にも興味を失ってしまって、今は浅草徘徊の日々に逆戻りしてしまっている。


 様々な後片付けに翻弄させられ、新橋にある〈川路探偵事務所〉に戻るのに一月もかかってしまった。埃っぽくなっていた室内を掃除し、事件に関わる膨大な資料を片付け終えた頃、ミッチーとハナが大量の飲み物と料理を携えて現れた。趣旨は知里の退院祝いだった。その手の催しを喜ぶとは思えなかったが、意外なことに彼女はすんなりと受け入れ、相変わらず眉間に皺を寄せつつではあるが延々と続く二人の戯言に付き合っていた。


 だが、彼女の目的は最初から、別の所にあったらしい。


「それで? これからどうするの」


 ミッチーとハナが酔っ払って寝てしまうと、彼女は鋭い目つきで尋ねてきた。


 利史郎は応じる。


「――ピッチブレンド・エネルギーは全てを変える。Dloopとの関係、五帝国体制。その全てです。ですがその研究を進めるには、慎重な準備が必要です」


 知里は深く頷く。


「同意する」


「まずは、放射線と〈黒い血〉の関係を明確にするのが第一です。どの程度の放射線で、〈黒い血〉が死ぬのか。そして人体への影響はどの程度なのか。それが明らかになれば、〈彼ら〉に対する防壁を作ることが出来ます」


「それも同意する」


「防壁は、攻撃にも、防御にも使える。それで〈彼ら〉の目を躱し、密かに準備を進める。最終的な確信を得られるのに、何年かかるか――十年、あるいは二十年――」


「二百年に比べたら、たいした時間じゃないわ」


 利史郎も頷き、ふと、新たに壁に掲げた額縁を見上げた。


 山羽親子の写真、そして〈標的印〉。


 かの巨人たちは、果たしてここまで予知しているのだろうか。


 思いながら、利史郎は呟いた。


「きっと彼らがこの企みを知ったら、こう言うでしょうね。『愚かな』、と」


〈了〉

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