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スチームパンク2077  作者: 吉田エン
六章 帝国の崩壊
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11. 対決

 誰のものともわからぬ怒声や悲鳴が重なり、背筋が凍り付く。それでも利史郎は転がった知里に駆け寄ると、彼女の両脇を抱えて大きな木箱の影に引きずっていった。


 呼びかけると、彼女は低いうなり声で応じた。脇腹から出血している。利史郎は首元のスカーフを解き、彼女の革のブルゾンの中に押し込む。


「動かん方がいいぞ」頭上から声響いた。「致命傷ではないが、出血が多いとな。危険になる」


「クソ兄貴が」知里は真っ青になった唇で呟き、次いで叫んだ。「いい加減に諦めなさい! 怪人は全部駄目になったし、手下もたいして残ってないでしょ! 終わりよ!」


「終わりなのはお前の方だ。無駄な足掻きをするのは止めて、大人しくしていろ。事が済んだら手当てしてやる」そして一際、声を張り上げた。「利史郎! お前もだ。ここまでたどり着いた能力は認めてやるが、その辺にしておけ。これ以上世話を焼かせるな」


「――世話?」


 利史郎はようやく冷静さを取り戻していた。いつの間にか拳銃は取り落としていて、少し離れたところに転がっている。額の脂汗を拭い、静かに知里を横たえてから、立ち上がる。そして物陰から身をあらわにしたが、予想通り、レヘイサムは首を傾げただけで、発砲はしなかった。


「覚えていますか。八丈島です。面会に行った僕にあなたは、こう言った。『俺はお前に、全ての真実を見つけてもらいたいと、心から願っている』」


「――あぁ」


「あなたは常に、僕の数手先を進んでいた。しかし、ここに至って――あなたは致命的なミスを犯した。あなたは怪人と放射線の関係を知らなかった。〈爆弾〉の発する毒が、怪人に多大な影響を及ぼすことを把握していなかった。故にこの飛行戦艦は今、ほぼ無防備となっている」ふむ、と唸る彼に、続ける。「もうあなたは、他人に先んじる事は出来ない。この辺にしておくべきなのは、僕ではなくあなたの方ではないですか」


「見ろ」


 レヘイサムは顎の先で、眼下に広がる蝦夷地を指し示した。緑と灰色が混じる未開の地を、飛行戦艦は飛び続けている。そして向かう先には、一際異質なものが浮かんでいた。銀色とも透明ともつかない、街を覆う巨大な輪。


「〈フライング・ホイール〉だ。これほど間近に迫っておきながら、どうして止める必要がある」


「確かに、D領に〈爆弾〉を投下することは可能でしょう。しかしその先は? もはやあなたには、未来を読む力は残っていない。宣戦布告を受けたDloopは、どう動きます。大英帝国は? ロシアは? その混沌を、あなたはどうやって制御しようというのです。Dloopをこの星から追い出す? それを実現するために、どれだけの人が犠牲になります。なにか素晴らしい計画でもあるんですか。いや、あるはずがない。つまり今のあなたは――自分の自殺に、全人類を付き合わせようとしているだけだ」


 言いながら一歩、足を進める。転がっている拳銃まで、あと五歩。その狙いに気づいているのか否か、レヘイサムは声を上げて息を引きつらせると、拳銃の銃底で頭を掻く。


「いいぞ。凄くいい。何も知らず〈帝都の少年探偵〉なんて祭り上げられていた餓鬼から、格段に進歩している。だが――その程度で俺を超えたと思われちゃ困る。確かに俺はミスを犯した。だがこの状況は? 俺の手には拳銃。お前の手には何がある」


「これがあります」


 利史郎は徐に、懐から一つの装置を取り出した。眉間に皺を寄せるレヘイサムに、更に一歩、歩み寄る。


「ハナ姉さんの発明品は、役に立たない事が殆どですが――こうして切り札になることもある。僕らの飛行機を飛ばしていた動力である新型ゼンマイには自爆機能があり、今、そのゼンマイは――この飛行戦艦の気嚢内に取り付けられています。つまり僕がこのボタンを押せば、ゼンマイは気嚢の殆どを切り裂き――この戦艦は地上に墜落することになる」


 レヘイサムの思考は、停止した。数秒硬直し、やがて唇を薄く開く。だが声はなかなか発せられず、代わりに利史郎は歩みを進め、言った。


「あなたは間違っていた。そもそもの根本から。この世界を変えたければ、あなたは帝国議会の議員になるべきだった。あるいは官僚。そのどちらでもいい! あなたほどの知能があれば、こんな事をせずとも、平和に世界を変える方法が山ほどあったというのに――」


「そうか?」やっと彼は、枯れた声で応じた。「お前は、こう考えたことはないか。『この世界は、正常じゃない』と」


「――えぇ。何度かは」


「俺はずっと、それを感じ続けていた。それが怪人としての力の残り香なのか何なのかはわからんが――それに急かされるようにして、差別、支配、傲慢、見下し――なんでもいい。やがて〈帝国〉、次いでDloopに意識が向いた。だが俺自身に限界があることも承知していた。俺は連中のように不死でも全知でもないからな」


「では何故。最悪、彼らを地球から追い出すための人柱になれれば良いと? これを機に人々が目覚め、Dloopへの反乱を起こすと? 馬鹿な。あなたはそれほど夢見がちな人物とは――」


「しかし、そうなっただろう」


 しかし、そうなった。


 利史郎は意味をとりかねた。ここに来てまだ、彼には何か別の意図があったのか。その恐怖に背筋が凍りかけたが、答えはすぐ、間近にあった。


『俺はお前に、全ての真実を見つけてもらいたいと、心から願っている』


「まさか――あなたは最初から、最初から全て――僕を教育するために事を仕出かしたと。そう言うんですか?」受け入れられない。「何故。馬鹿な! 僕はそんな大それた人間じゃない! 僕に真実を――世界の仕組みを悟らせるためだけに、あれほど多くの人々を――」


「落ち着け」彼は笑い、「おまえこそ、俺を過大評価してる。俺はDloopに一泡吹かせたかっただけだ。先の事なんて知ったことじゃない。だが、自分に限界があることも承知していた。つまり――言うなれば保険だ。仮に失敗したとしても、後を継ぐ存在を残したかった。アリシレラは官僚を目指すという。いいじゃないか。とても可能とは思えなかったが――まぁいい。ならばあとは貴族だ。誰がいい? 俺とは正反対に、我慢強く、秘密裏に物事を進める人物。この国の上流階級にも顔が効き、他の四帝国とも繋がりがある」そして銃口を、利史郎に向ける。「少年探偵。いい選択だった。そうは思わないか? まさかその二人が揃って、ここまで来るとは思いもしなかったが――」


「とても、受け入れられない」


 声の震えを抑えられなかった。それでもなんとか言い切った利史郎に、レヘイサムは唐突に発砲した。


 完全に不意を突かれた。握りしめていた自爆装置は弾き飛ばされ、手の届かない所に転がっていく。代わりに利史郎は身を翻して拳銃を拾い、木箱の影に飛び込む。


 レヘイサムは哄笑し、銃弾を放ちながら叫んだ。


「どうした利史郎! その程度で俺の先を行ってるだと? 笑わせるな!」


「僕はあなたの手駒じゃない!」


「では何だ? Dloopの手駒か? これまで通り、連中にいいように操られ、首根っこを押さえつけられたまま生きていくつもりか?」


「それはあなたの知ったことじゃない!」


 叫びながら通路に飛び出し、発砲する。銃弾はレヘイサムの間近にある手すりに当たり、火花を散らしただけだった。


 駄目だ。上から狙われていては、分が悪すぎる。


 利史郎はなんとか自爆装置を取り戻す必要があった。だが当然、レヘイサムはそれを真っ先に阻止しようと注目している。


 知里が無事ならば、攪乱して目的を果たせるのだが――


 そう思って彼女に目を送ると、彼女もまた、利史郎を見つめていた。


 知里は動けるのか? どれくらい?


 疑問だったが、彼女の瞳は生気を宿していた。


 今更言い争っている場合じゃない。利史郎は一つ頷いてみせると、身をあらわにして銃撃する。その隙に知里は、渾身の力で自爆装置に駆け寄り、飛びつく。だが寸前のところで、銀色の箱は更に遠くへと転がっていった。伊集院だ。彼が隠れていた物陰から飛び出し、自爆装置を蹴り飛ばしたのだ。


 すぐ、知里は伊集院の足を掴み、引き倒す。代わりに今度は利史郎が駆けた。一発の銃弾が腕を掠めたが、それでレヘイサムの銃は弾切れになったらしい。彼は舌打ちして銃を投げ捨てると、制御盤に駆け寄って一つのレバーを倒す。


 倉庫中にけたたましい汽笛が鳴り響くのと、利史郎が自爆装置を手にして強く握りしめたのは、ほぼ同時だった。鉄鎖がガラガラと音を立てて巻かれ、歯車が高速で回転し、至る所から蒸気が噴き出す。次いで飛行戦艦の上部からは、ありとあらゆるものを切り裂く激しい金属音が鳴り響き、何かの爆発で激しく揺れ、瞬く間に船体は傾いでいった。


 それに姿勢を崩し、倒れかけるレヘイサム。その無防備な背中に向けて、利史郎は銃弾を放った。


 彼は小さな悲鳴を上げ、階段から転がり落ちてくる。右に、左に傾ぐ船体に抗いようがなく、黒づくめの身体は床に投げ出された。


 利史郎は壁のパイプやら何やらに掴まりながら、なんとか彼に近づく。足があらぬ方向に曲がり、半ば意識を失っている様子だった。銃弾は心臓の付近を貫いていて、真っ赤な血が止めどなく溢れてくる。


 その頃知里は、伊集院を完全に制圧し、壁に押しつけていた。


「どういう状況? どうやって止めるの!」


 叫ぶ知里に、伊集院は息を切らせながら応じる。


「馬鹿め! この船を落としてどうする! どうやって逃げる! このままでは我々全員が死ぬぞ!」


「いいから教えなさい!」


 〈爆弾〉は、両端で露わになっているロッドが回転し、何らかの力を蓄え続けている。伊集院はそれを見上げつつ言った。


「〈爆弾〉は、あの両端に置かれた半球の〈爆薬〉を中央に弾き飛ばし、合体させ、起爆させる。今はそのためにゼンマイに負荷をかけているところだ」


「起爆までの時間は」


 尋ねた利史郎に、伊集院は仕方がなさそうに応じた。


「軸の脇に目盛りが付いているだろう。あれが最大になれば終わりだ。せいぜい数分だろう。もう止めようはない」


 なんて馬鹿なことを、と、伊集院は誰にともなく詰り続ける。知里は彼を投げ捨て、顔を歪めながら血の滴る脇腹を押さえた。


 眼下には、かなりの勢いで地表が近づきつつあった。〈フライング・ホイール〉、異様で広大な自動工場、そして五帝国会議の壮麗な宮殿も迫ってくる。〈爆弾〉が破裂するのが先か、地上に激突するのが先か、といったところだろう。


 船内にあった爆薬か何かが立て続けに破裂する。頭上から轟音が響き、激しく揺れる。それにつられて〈爆弾〉を保持していたフックがゆがみ、このままでは落下するのも時間の問題のようだった。


「つまり、こういうことですね。〈爆弾〉を真っ二つにしてしまえば起爆しない」


 殊更に冷静になろうとしつつ言った利史郎に、伊集院は哄笑した。


「さっさと落として地上に激突させて壊そうとしても無駄だぞ? オリハルコン合金製だ。その程度では傷一つ付かん」


「――なるほど?」


 妙に納得した様子で、知里が応じた。奇妙に思って目を向ける。彼女は顔を青ざめさせながらも、時折見せる確信に満ちた表情をしていた。次いで首に巻いていたスカーフを解き、血の滴る腹に巻き、中二階に向かって〈爆弾〉を保持している綱の一本に掴まる。


「どうするつもりです!」


 何を考えているにせよ、こうなった彼女は止めようがない。それを承知しつつも叫んだ利史郎に、知里は懐から黄金色の箱を取り出して見せた。


 あっ、と声を上げる利史郎に、皮肉な笑みを浮かべる。


「ハナさんのゼンマイの威力を知ってるのは、アンタだけじゃないのよ」


 力を振り絞って〈爆弾〉に飛び乗ると、その弾みでフックの一つが千切れた。〈爆弾〉は縦にぶら下がる形になり、知里は骨組みの一本に腕を絡ませ、辛うじてしがみ付き続ける。


 確かに、オリハルコン合金製の飛行戦艦を内部から切り裂いたくらいだ、ハナ特製のオリハルコン合金であれば、〈爆弾〉を真っ二つに出来る可能性はある。


 しかし。


 利史郎は鞄を探ったが、ロープの類いはもう使い果たしてしまっていた。他に使えるものがないかと周囲を見渡している間に、知里はなんとか〈爆弾〉の中央部にたどり着こうとしながら叫んだ。


「まだ間に合う! アンタはさっさと逃げなさい!」


「いや、しかし、どうやって!」


「はぁ? 何言ってるの! 連中の飛行機があるでしょう!」


 そうだ。怪人が倒れて使えなかっただけで、飛行機は搭載されているはず。


「ならばはやく設置して! 一緒に逃げましょう!」


「馬鹿言ってないで。もう無理よ」そして次第に冷たくなりつつあるレヘイサムに、目を向ける。「確かに、私には官司で偉くなるなんて無理。でも外地人だって、内地の連中より出来るって証明くらい、出来んのよ。あとはよろしく頼んだわよ」


 駄目です、と叫ぶ間もなく、〈爆弾〉は地上に投下された。


 まさにゼンマイに弾かれたように、利史郎は身を翻した。歪んで立て付けの悪くなっている扉を蹴り開け、至る所で蒸気が噴出している通路を駆ける。そうして左舷に向かうと、一足先にたどり着いていた伊集院が、一機の飛行機に乗り込んでいる所だった。利史郎に気づいた彼は、笑いながら叫ぶ。


「くだらん騒ぎだ! 私は先に失礼するよ!」


 そうして動力を入れようとした瞬間、飛行機は格納庫ごと飛行戦艦から脱落した。伊集院の乗った飛行機は上下左右に翻弄され、プロペラを回すこともままならないまま、空中で分解した。


 すぐ右舷側に向かう。そちらの格納庫は比較的原型をとどめていた。それでも船体が斜めに傾いでいるおかげで、あらゆるものが片方に転がっていく。利史郎は各所の骨組みに掴まりながらなんとか飛行機に乗り込み、制御盤の中で一際目立つ形で置かれたスイッチを入れた。


 当たっていた。機体の後部から何かが高速で回り始める音がし、船尾側に付いたプロペラが回り始める。もはや、離陸をするという具合ではなかった。飛行機は投げ出されるような形で飛び出し、地上と上空が目まぐるしく行き来する。その中には濃紺の飛行戦艦もあった。各所で炎上し、爆発し、それでも多少の浮力は残したまま落下しつつある。


 操作方法は、ハナの飛行機と殆ど同じようなものだった。利史郎はすぐにこつを掴むと、機首を地上に向けて急降下させる。


 〈爆弾〉は。


 そう全神経を両目に集中させたとき、目の隅で何かが四散した。それは千の刃の舞だった。黄金色の細長い板が狂ったように宙を切り裂き、その中心にあった装置を真っ二つにする。一帯にはオリハルコンの粉塵が舞い、巨大な花火が破裂したようでもあった。


 その中に唯一、黄金色ではないものを見つけ、利史郎は操縦桿を素早く引いた。出力桿らしきものも同時に引くと、山羽美千代の〈機関〉は恐るべき性能を露わにした。全身の血が背中に引っ張られ、目が霞んでくる。それでも風に翻弄されて舞う知里の身体に近づくと、プロペラを逆回転させ、旋回して落下速度を合わせる。


 片手で慎重に操縦桿を操作しながら、左手を伸ばす。そうして知里の手首を掴むと、確かに彼女の鼓動が伝わってきた。

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