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スチームパンク2077  作者: 吉田エン
六章 帝国の崩壊
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10. 飛行戦艦

 やがて飛行戦艦の側舷を走る人影も見えるようになった。彼らは利史郎の飛行機を指し示し、大声で叫びながら機関銃にとりつく。けたたましい音とともに火線が走り、利史郎はすぐに操縦桿を引いた。すぐに補助翼が稼働して空気をはらみ、機体は直角に近い形で急上昇する。さらには右、左と旋回させると、射手たちはその動きに全く追従できない様子だった。


 やはり、飛行機というものの効果は絶大だ。


 利史郎はそう思ったが、やはり弱点もある。


「美千代ちゃんの〈機関〉に比べたら、こっちは全然持続力ないと思うのよね」


 ハナが言っていた通り、ピッチブレンドを使った〈機関〉ならまだしも、従来の発展形でしかないハナのゼンマイでは、それほど長い飛行は無理らしい。はやくも出力は落ち始めていて、回転数を示すメーターは徐々に下がっていく。


 もう一つ、別の問題があった。飛行戦艦のプロペラは、大きな物が船尾に二つ、そして両舷には五つほど連なった小さい物が回転している。それに対して知里は銃弾を放ち始めていたが、プロペラはどれもがオリハルコン合金で出来ており、多少の攻撃ではびくともしない。利史郎も一端船尾側に回り込んで引き金を引いたが、銃弾は当たっている気配はするものの、効いている様子はなかった。


 そう、飛行機は出力が低い分、重い武器は搭載できない。小さな機関銃程度では、オリハルコン合金製の飛行戦艦を落とすことは出来ないのだ。


 やはり、難しいか。


 舌打ちしつつ旋回し様子をうかがったが、利史郎はどうにも不思議でならなかった。


 どうして向こうは、飛行機を出してこない?


 Dloopに見せられた映像では、両舷の下部についている格納庫に二機ずつ、計四機は搭載されていた。あれを出せば利史郎たちの試作機など簡単に追い払えるはずだというのに、これほど迫られても出てくる様子はない。


 まさか飛行機を積んでいないのか? それほどにあの〈爆弾〉は重いのか?


 こちらの機動力に自信を得て、利史郎は更に機体を飛行戦艦に近づける。散発的に機銃が放たれるものの、六つほどある銃座のうち、火を噴いているのは二つしかない。その片方に向けて知里が銃弾を浴びせかけると、破壊した気配はないというのに簡単に沈黙してしまった。


『こっちがこうなら、向こうも同じかもしれない』


 知里の言葉を思い出す。


 〈爆弾〉の放つ放射線を受けて、エシルイネは人化の症状を発した。だとすれば〈爆弾〉を積んでいる飛行戦艦に乗る怪人たちは、どうなっているのか。


 そうこうしている間にも、ゼンマイの出力は落ち続けている。こうして併走していられるのも、あと数分だろう。


 こうなれば、もう一か八かしかない。


 利史郎はいつも携えている鞄から綱を取り出し、一端を飛行機の船体に結びつける。そしてもう一端に結わえ付けられたグラップフックを改めてから、片手で操縦桿を操り飛行戦艦の上部に向けた。


 他の飛行戦艦同様、気嚢の真上には物見台が設えられていたが、今は無人だった。その脇におあつらえ向きのパイプが走っており、利史郎は慎重に飛行機を降下させつつ、右手で縄を回し、フックを放った。


 不意な突風で機体が揺れ、外れた。どころか機体が気嚢に衝突しそうになり、慌てて姿勢制御を取り戻すのに四苦八苦する。


 その様子を見て知里も利史郎の意図を察したらしいが、彼女はより直接的な行動に出た。飛行戦艦の左舷から一度に近づくと、右翼を側舷に突き刺したのだ。金属が盛大に擦れ、火花が散り、ようやく知里の飛行機は静止した。完全に船体に食い込んだ形になり、知里は操縦席から甲板に飛び降りようとする。


 だが、敵も傍観しているだけではなかった。二、三人が駆けつけ銃撃を浴びせ始めると、知里は慌てて操縦席に隠れる。


 次いで現れたのは、全身に包帯を巻いた痩せ男――ミイラ男だった。彼は船体に突き刺さっている飛行機に向かって大きく息を吸うと、火炎放射器にも勝る炎を吹き出した。


 飛行機は殆どオリハルコン合金で作られていたが、部分的には普通の綱や木板を使っている。瞬く間にそれらが燃え始めると、飛行機全体が歪み、翼が傾ぎ、装甲の一部が剥離し、プロペラが落下していった。知里も危険を察知して操縦席から逃れようとしていたが、ミイラ男から断続的に炎を浴びせかけられ、身動きが出来ない。


 その頃ようやく、利史郎は元の目論見を成功させていた。縄を伝って飛行戦艦の気嚢にたどり着くと、物見台から下に伸びる梯子を滑り降りる。そこは気嚢の中にある整備用と通路だった。左右に巨大な風船が連なっており、内部には水素が充填されているはずだった。利史郎は更に下る梯子を見つけ、船体の通路に着地する。すぐに銃撃音を頼りに左舷側へ駆けていくと、炎を吐き続けていたミイラ男の背中に銃撃を浴びせた。


 包帯が飛び散り、彼はもんどり打って倒れる。それに気づいた手下の二人が利史郎に銃口を向けたが、彼らは背後から知里に撃たれることになった。彼女はすぐに燃えさかる飛行機の操縦席から這い出ると、翼を伝って甲板に飛び移る。間一髪に近かった。知里の飛行機は翼の一部を残し、飛行船から剥離して落下していく。


 危なかった、というような表情で知里はそれを見送ったが、すぐに我に返り、甲板に転がっているミイラ男に銃口を向けた。


 利史郎の狙い通り、彼は肩から血を流し、薄汚れた包帯が赤く染まりつつあった。それほどの重傷とは思えない。それで利史郎も引き金から指を離さなかったが、ミイラ男は大げさに咳き込み、喘ぎ、仰向けに転がり、大の字に手足を広げた。


「――やっぱり?」


 呟いた知里に、利史郎は銃口を下げつつ応じた。


「えぇ。通路にも数人、怪人が倒れていました。彼は熱に強いから、多少耐えられたのでしょう。他は恐らく――」


「飛行機を出さないんじゃなく、出せなかったのね」


 同じ事を疑問に思っていたらしい知里に頷き返すと、利史郎は拳銃を構え直し、慎重に様子をうかがいながら飛行戦艦の内部に足を向けた。


 この飛行船はロシアの設計を元にしている。あらかじめハナからその特徴を聞き取ってはいたが、内部は迷路のように改造されていて、まもなく怪人ではない普通の人間の敵と遭遇し、先に進めなくなる。


「埒があかない」知里は早々に拳銃の弾を使い果たしてしまい、倒した敵の連発銃を奪いながらぼやいた。「どうする?」


「とにかく機関室に向かいましょう。蒸気機関を止められれば、それで終わりです」


 利史郎は先に立って駆け、知里が援護する。そうして船尾側の一角に向かう途中、一つの通路で怪人が四人ほど、並んで倒れているのを目にした。中にはかの狼男もいたが、全身の皮膚が泡立ち、所々でごっそりと毛が抜け落ちはじめてる。


「どうしたの。機関室はこっちでしょう」


 苛立たしげに言う知里を片手で制し、枝の通路に向かっていく。そして回転式のドアノブを回して扉を押し開くと、中は比較的広い格納庫になっていて、その中央には、かの〈爆弾〉が鎮座していた。


 レヘイサムのアジトで見た時と変わらず、長さは五メートルほど、幅は二メートルほどあるだろうか。中型の蒸気機関ほどの大きさがあったが、今はそれが天井から吊るされ、宙に浮いている。


 それに取り付いている一人の男がいた。白髪で片眼鏡の紳士、伊集院だ。


「さっきから何なんだ、一体何の騒ぎだ」


 苛立たしげに言いながら〈爆弾〉を改めている。だが現れた二人が応じないのを怪訝に思い顔を向けると、口を半開きにしたまま凍り付く。


「両手を挙げて。そこから離れてください」


 銃を向けて言った利史郎に、彼はすぐに両手を掲げる。そしてそろそろと後ずさったが、急に壁際に飛びついたかと思うと大きなレバーを手前に倒した。直後に部屋中のパイプの中を蒸気が駆け巡る甲高い圧縮音が響き、脂ぎった歯車が回り、チェーンがガラガラと音を立てて巻き上げられる。


 突然のことに反応できないでいると、不意に部屋の床の大半が消失した。わっ、と叫びながら壁に身を寄せる。ここは格納庫で、伊集院は下部ハッチを解放したのだ。冷たい風が渦を巻いて流れ込み、眼下の様子が明らかになる。飛行戦艦は海上から地上へとさしかかりつつあった。泡立つ波際を過ぎると、蝦夷の痩せた地を北西に向かっていく。


 素早く倉庫の機械構造を改める。〈爆弾〉は天井から垂れる二つのフックで保持されていて、その留め金にはワイヤーとチェーンがつながり、その先は――


 中二階の制御盤に繋がっている。それを察した利史郎は知里に視線を送ると、彼女もまた状況を察していた。


 知里の方が階段に近い。


 以心伝心で、利史郎は物陰から顔を出した伊集院に発砲する。その隙に知里は転がった木箱を乗り越え、階段へと飛びついた。


 その時、中二階の細いタラップの上で、何かが動いた。最初に目の隅を掠めたのは、靡く黒い革コートだった。その痩せた長身の中央には銃口が存在し、階段の中程まで駆け上がっていた知里に火を噴く。


 レヘイサム。


 利史郎が気づいた瞬間に知里は弾き飛び、階段から転がり落ちた。

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