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スチームパンク2077  作者: 吉田エン
六章 帝国の崩壊
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9. 出撃

 もはや、他に手はなかった。千代田からは海軍の年間予算に匹敵する大砲が投棄され、レヘイサムの飛行船に追いつくべく速力を上げる。そして利史郎は船体の最後部にある格納庫に鎮座している、二つの機械を見上げていた。


 不思議な機械、としか言い様がなかった。円筒形の胴体に、二重の羽が備え付けられている。その十字の機体は、長さ、幅ともに十メートルほどあるだろうか。しかし細部の作りは雑に見え、利史郎は渋い表情を作りながらハナに言う。


「これは本当に飛べるんですか。言っては何ですが、Dloopに見せられたレヘイサムの飛行機よりも、随分――」


「安っぽいって? 仕方がないよね。千代田を作った余りのオリハルコンを寄せ集めて作ったらしいから。あたしも正直、駄目だこりゃ、と思ったもんよ。あちこち木をつかったりしてるし」


「え? じゃあこれは使えない――」


「とは言ってないよ。まぁ見てくれよりマシだから。ちょっとガタつくけど」慌てて苦言を呈しようする利史郎の背を押して、座席に伸びる梯子へ促す。「いいかい弟君。これが操縦桿だ。引けば上昇、押せば下降。右、左で旋回する。こっちのレバーでゼンマイの出力を調整する。以上! 簡単でしょ?」


「ちょ、ちょっと待ってください。僕が乗るんですか? ちゃんとした操縦士の方がいらっしゃるんじゃあ――」


「操縦士? いないよそんなもん。こないだあたしのゼンマイ取り付けて、なんとか動くようになったばかりなんだから。だいじょぶだいじょぶ、飛べるはずだって。理論上は。たぶんね。弟君なら飛ばせる。はず。きっと」


 これは大変なことになった。そう思いつつも、一通り細かい操作方法を確認する。


 ハナは随分脅かすような事を言っていたが、一応飛行船からの滑空試験などは実施済みらしい。だから万事が万事ぶっつけ本番という訳ではなかったが、実戦というのは全く想定していない作りだ。ハナが大急ぎであちこちを整え、機関銃を搭載し、利史郎や他の機関士もそれを手伝っている間に、音声管からはレヘイサムの飛行戦艦との距離が報告される。やがて飛行機の体裁がどうにか整えられた頃、格納庫に艦長が現れて利史郎の袖を引いた。


「あと三十分ほどでゼンマイが切れる。そうなると蒸気機関出力だけになるから、接近できるのはそこが限度だろう」


「距離は?」


 尋ねたハナに、艦長は控えていた航海士に確認して応じた。


「五キロ前後。それほど飛べるのか? この機械は」


 まるで信用していない様子の艦長に、ハナはスパナで頭をコンコンと叩きながら言った。


「ま、なんとかなるんじゃない?」


 艦長に苦い顔を向けられたが、利史郎にもどうしようもない。


「とにかく僕は、飛行船の機関の停止を試みます」


「機関の停止? これじゃあ向こうを落とせないの?」


 割り込んできたのは、皮のジャケットとゴーグルを装備して現れた知里だった。慌てて利史郎は口を挟む。


「え、待ってください。知里さんも行くつもりですか。無理です、危険すぎます」


「こっちはアンタのお守りが仕事なのよ。それにアイツの顔を一発二発は殴らないと気が済まない」更に苦言を呈しようとした利史郎を遮り、ハナに対する。「それで? 操縦方法は?」


「えぇ? もう一機にはあたしが乗るつもりだったんだけど?」


 それこそ論外だ。ハナの運動神経は中の下がいいところで、なにより危機に陥ったら慌てふためくだけで役に立たない。それを知っていた利史郎はなんとか彼女を宥め、自らも海軍から装備を借りる。そして一通り装着して操縦席に座った頃、格納庫の扉が開かれて目の前に青空が広がった。


 刺すような冷たい風が吹き付けてくる。その奥にはレヘイサムの濃紺の飛行船が浮かんでおり、親指の先ほどの大きさまで接近していた。


「現在は釧路沖100キロ程度だ! あと一時間ほどで蝦夷上空に入る!」


 艦長の声を受け、利史郎は知里に向かって叫んだ。


「なんとか蝦夷にたどり着く前に決着をつけなれば!」


「わかってる! 追い詰められたらD領にたどり着く前にでも爆弾を落とすかもってんでしょ?」


「えぇ! 接近するとおそらく、向こうも飛行機を出してきます! 山羽美千代さんの〈機関〉が積まれており、恐らく僕らの物より高性能です! あまり相手にせずに、飛行戦艦のプロペラを狙いましょう!」


 わかった、と知里が声を返しかけたとき、ふと目の前に浮かんでいた飛行戦艦が黒い煙を吐いた。


 なんだ、と思ったときには音が遅れて届き、千代田の近くで赤い炎と黒い煙の塊が破裂した。途端に千代田は左舷に傾ぎ、幾重もの怒声が響き渡る。


「大砲、捨ててないじゃないか!」


 艦長の叫びに、ハナは船体に掴まりながら応じる。


「たぶん、って言ったじゃん! 想像より向こうは軽かったか、手の内を隠してたか――」


「射程内だ! 回避行動!」


 艦長は音声管にとりつき、艦橋に指示を送る。そうしている間にも砲弾は次々と破裂し、一つは相当近くで爆発した。船体は大きく揺れ、出しっぱなしだった工具やら部品やらが転がっていく。


「これじゃ駄目だ! すぐに出してください!」


 利史郎は叫び、飛行機のゼンマイ出力を解放させる。途端に機首に取り付けられたプロペラが高速で回り始め、猛烈な風が吹き付けてきた。そして辛うじて駆け寄ってきた機関士が車輪の留め具を外すと、利史郎の身体は一瞬のうちに船外に投げ出されていた。


 とても味わったことのない加速だった。息が詰まり、全身の血が取り残され、意識が遠のいていく。歯を食いしばってそれに耐えている間に、目の隅で度々爆発が起きた。爆風に煽られ、飛行機は回転し、どちらが上でどちらが下なのかわからなくなる。必死に操縦桿を握りしめたが、どう操って良いのかもわからない。


 そこで辛うじて、制御盤に括り付けられた小さなガラス瓶が目に入った。中は液体で満たされていたが、一緒に封じられた空気の玉が右に左に飛び交っている。先ほどハナが大慌てで取り付けた水平器だ。利史郎はそれを頼りに操縦桿を動かし、ようやく上下感覚を取り戻す。


 すぐに左右を見渡す。レヘイサムの飛行戦艦は十時の方向にあり、未だ速度を保ったまま船尾砲を放ち続けていた。千代田はなんとか回避しようと旋回を続けていたが、浮き袋に砲弾の直撃を受けて全船体が急激に傾ぐ。辛うじて水素ガスの喪失は免れたようだったが、すっかり姿勢制御を失っている様子だった。


 レヘイサムも、もはや千代田は脅威にはならないと踏んだらしい。一端砲撃を止めたが、すぐに飛行機の存在に気がついた。再び黒煙が上がったかと思うと、砲弾が発する恐ろしい音が過ぎ去っていく。


 知里の飛行機はどこか。そう上下にも目を送ると、彼女は利史郎よりも飲み込みが早かったらしい。淀みない動きで上空から下降し利史郎の脇に並ぶと、ハンドサインを送ってくる。


 稼働している大砲は船尾の一つだけ。左右に分かれて前に回り込む。


 そう読み取った。利史郎も同意の証に親指を立て、操縦桿を右に切る。


 彼らは飛行機を使ってはいるものの、敵として対するのは初めてなはずだ。飛行船と比べればその機動力はまさにウサギとカメで、砲弾を的中させるのは奇跡以外にない。多少扱いに慣れた利史郎は砲口がこちらに向くのを見ると、すぐに上昇、下降させて狙いを揺らす。結果砲弾は見当違いの方向に飛んでいき、瞬く間に距離が縮まっていった。

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