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スチームパンク2077  作者: 吉田エン
六章 帝国の崩壊
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8. 試作機

 小笠原から石狩まで、千代田の巡航速度では十五時間ほどかかる計算らしい。可能な限り戦時速度を続けた場合は十時間まで縮めることが出来るというが、果たしてそれでレヘイサムの軽飛行戦艦を捕らえる事が出来るかどうか。


 ハナの作った怪人探知機を動かしてみると、矢印はくるくると指し示す方向を変えた。どういうことだろうと思い軽く叩いていると、矢印の指し示す先の扉が開き、知里がエシルイネをブリッジに連れてきた。どうやら彼女に反応していたらしい。異形の存在に士官たちはざわついたが、すぐに艦長が場を鎮める。知里はエシルイネを窓際の席に座らせ、ぶっきらぼうに尋ねた。


「で、実際のところ、あんたはどれくらい〈見る〉事が出来るの」


 考え事でもしていたかのように、少し遅れて応じた。


「え? ええ。ここからなら、十里くらいは見えるかしら」


「相変わらず嘘ばっかりじゃないでしょうね。前は二町がいいところだって――」


「町中は障害物があるから、その程度が限度なのよ」


 そして両手を膝の上に載せて、集中するように眉間に皺を寄せる。だがすぐに息を吐き、片手で顔を仰ぎながら言った。


「駄目。彼は見えない。それよりお水でも戴けないかしら。ここは暑すぎて」


 知里もまた眉間に皺を寄せる。多少機関からの熱が送られてきているとはいえ、相当な高度を飛んでいる。春物の外套一枚では寒いくらいだ。


「調子に乗らないで。あんたは自分の立場を――」


 当然知里は反発したが、利史郎はそれを制した。


「いいです。僕がもらってきます。エシルイネさんは彼を探してください」


「本当に暑いのよ」


 確かに言葉通り、彼女の真っ白だった肌は見るからに紅潮している。蝦夷から出たことがないというから、ひょっとしたら怪人として、熱にとても弱い性質を持っているのかもしれない。


 とにかく狭い調理室に向かい、水筒を貰ってブリッジに戻る。その途中、膝丈まである長い外套を身に纏った艦長が、待ち構えるようにして立ち塞がっていた。


「少しいいか」


 頷くと、武雄と同い年くらいな彼は利史郎の肩を押し、ブリッジの手前にある艦長室に引き入れた。彼は何かを考え込むようにして狭い洋室を歩き、やがて机に両手を付き言った。


「探偵は守秘義務があるというが、本当か」


「――はい。依頼人の秘密は守ります」


「ならばこれは、俺からの依頼だと思ってくれ」それでも少し諮詢してから、続けた。「これからのことだ。本来ならば内務卿の指示を仰ぐべきなんだろうが、あの人は近衛だ。制服を着てはいるが、軍人ではない」


「でしょうね」


「加えて相手は、全く得体の知れない存在だ。俺には艦を守る責任がある。これからどうする。どう戦う」


「下手に内務卿の指示を仰げば、例えそれがどんな愚策だろうと絶対となる。それは避けたいということですね」


 諦めたように、彼はため息を吐いた。


「話が早い。全くもってその通りだ。かといって俺には、愚策かどうか判断するだけの情報すらない。息子と同じくらいの君を頼りにするのは心苦しいが、今のところ、君が一番状況を正確に把握しているとしか思えない。俺はどうすればいい」


「とはいえ、僕も軍人ではありませんから――」


「例えば、かの飛行船を撃墜すると、どうなる。爆発するか?」


「爆弾を破裂させるためには、二つの爆薬を相当の速度で打ち付ける必要があるらしい。ですから意図的に起爆させない限り大丈夫でしょうが――」


「ならば見つけ次第、砲撃で沈めるか」


「あの爆薬には目に見えない毒があり、仮に飛行船を海上で撃墜した場合、その毒が海に広がってしまう恐れもある。それがどの程度の物なのかは、現時点ではわかりません。当然、D領で爆発させるよりはマシ、という判断は可能と思いますが、それ以上は何とも」苦虫をかみつぶしたような顔をする艦長に、頭を垂れる。「申し訳ありません。あまりお役に立てず」


「いや、いいんだ。判断条件が明らかになっただけでも十分だ。その判断が出来るのは内務卿だけだ。あの人に押しつける。他には」


「戦うことより、彼に追いつく事を最優先に考えた方が良いかと。かの飛行船は千代田と互角の速度を出せると聞いています」


 艦長は大きくため息を吐き、制帽を取って髪を掻き上げた。


「本来であればこういう場合、艦隊と連携を取って網を張るんだ。それが出来ない今、とにかく石狩に最速で向かうより手はない」


 だろうな、と思いつつ利史郎は唸った。


「こんな時に姉さんがいてくれたなら助かるんですが」


「ハナさんは飛行船にも詳しいのか? 彼女なら乗っているが――」


 まさに寝耳に水だった。


「いるんですか! なんでまた――」


 すぐに艦長は一人の下士官を呼びつけ、彼と共に機関部へ向かう。すると例によって身体中を煤で真っ黒にしているハナが、並み居る男共に声高に指示していた。


「ちょっと何やってんの! もっとガンガン石炭くべなって! え? だいじょぶだいじょぶ、まだ平気だって!」


 何の話をしているのか良くわからなかったが、相変わらず何か危険な事をやっているらしい。利史郎に気付いて笑顔で片手を挙げてくる彼女の裾を捉え、機関室から引っ張り出しながら言う。


「姉さん、何やってるんです」


「あ? だって全速って指示出てんのに、連中チンタラやってんだもん。男だってのにビクビクしちゃって、理論限界値の八割しか出そうとしない。何やってんだか」そして機関室の中に向かって叫ぶ。「こらー! 九割とか情けないこと言ってないで! 十二割くらい出さなきゃ! そんくらい平気だって! 男なら、どーんと行かなきゃ!」


「とにかくここは彼らに任せましょう」


 そして利史郎はハナを側舷に連れてきて、状況を説明した。すぐに彼女は頭を切り替え、首を捻り、ブリッジに向かう。そしてすぐに寄ってきた艦長と共に海図に向かうと、航海士から計算尺とソロバンを奪い取って傍らに数式を書き殴っていった。彼女は十分ほどそうしていたが、やがてソロバンで頭をコンコンと叩き、唸りつつ言う。


「微妙。相手の現在位置によっては、どう足掻いても追いつけない。物見さんはまだ、全然捉えられてないの?」


 偶然そこで、窓際から声が上がった。


「見えた」


 エシルイネだった。すぐに寄っていくと、彼女は両手の瞳を東の方向に向けつつ言う。


「だいたい北東に三十キロ。北北西に向かってる」


「速度は?」


 尋ねたハナに、彼女は苛立たしげに叫んだ。


「私は測量器じゃないのよ? そんなの、見てわかる訳がないじゃない!」


 珍しく素の感情を露わにしたエシルイネに、すぐ利史郎は顔を寄せた。汗で額に髪が張り付いていて、見るからに顔が赤く染まっている。慌てて額に手を当てた。


「酷い熱だ」


 水筒を手渡すと、彼女は全て飲み干す勢いで口の中に流し込む。


 これは、まさか。


 思った所で、彼女は水筒を取り落とし、椅子から崩れ落ちそうになる。利史郎は慌てて支えたが、完全に意識を失っている様子だった。艦長はすぐに船医を呼び、医療室に運ばせる。ついていこうとする知里に、利史郎は囁いた。


「フクロウ博士の時と、同じですか」


「えぇ」頭を掻きつつ、彼女は応じた。「こんな時に。ひょっとして、爆薬の所為?」


「恐らく」


「とにかく、こっちは任せて。だいたいの予想は付く」そう言って去りかけたが、彼女は数歩戻ってきて利史郎に言った。「こっちがこうなら、向こうも同じかもしれない」


 エシルイネを連れた一同は去って行ったが、引き続き艦内では複数の声が飛び交っていた。そうした中で、通信士が一際大きな声を上げて注意を引かせる。


「甲板から報告、敵船を確認、繰り返す、敵船を確認!」


 続けて推定進路、速度が報告され、ハナはすぐに海図に走った。そして変数に値を入れ込むと、素早く計算を終えて海図に線を引く。やがて小さく唸ると、報告のあった北東方向を見つめた。


「予想より速い。連中、相当思い切ったことやってるね」


「思い切った?」


「たぶん、大砲全部捨ててる」舌打ちした艦長に、ハナは続けた。「いくらオリハルコン合金で作っても、一つ五百キロはあるからね。あの船体なら八門くらい積んでるだろうけど、それを捨てたら単純に船の重さが四トン減る」片手でソロバンを弾き頷いた。「うん、だいたい計算的にも合ってる。こっちも大砲捨てないと追いつけない」


 艦長は唸りながら数秒思案し、呻くように言った。


「オリハルコン十本分の砲だぞ? とてもそう簡単には――それにそれで追いつけたとして、どうやって沈める」


「アレがあるじゃん。試作機。もしかしてとっくに捨てちゃった?」


 途端に艦長は、試作機、と絶句する。


「いや、いや。あれはまだ乗ってるが。まだまともに試験もしていないだろう。もう使えるのか?」


 途端にハナは、例の無責任な笑みを浮かべた。


「わっかんなーい。でも他にないし。じゃあ千代田で体当たりでもしよっか? その方が格好いいかも!」


「待ってください。姉さん、一体何の話ですか? 試作機って?」


 尋ねた利史郎に、彼女は艦長を顧みる。それでも彼は躊躇うように視線を泳がせていたが、やがて内務卿も武雄もいないのを確かめてから、殊更に顔を近づけて小声で囁いた。


「浮き袋を使わずに飛ぶ機械――飛行機という物だ。海軍が独自に開発中の物で、政府にも伏せられている。なにしろ彼らに知られたら、なんでそんな無駄な物をと予算削減の口実にさせられかねんからと――」


「それに私のゼンマイが使えるかも、って話でさ。こないだから手伝ってたんだよね」


「なるほど――それでそれは、本当に飛べるんですか?」


 利史郎の問いに、ハナは満面の笑みで、ただ何度か首を左右に傾げた。


「さぁ、それは神のみぞ知る、ってやつかな?」

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