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スチームパンク2077  作者: 吉田エン
六章 帝国の崩壊
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3. 二十面相の正体

 レヘイサムは無精髭に手を当て、考え込むようにしながら船倉を歩いた。そして立ち止まって人差し指を立てると、それを揺らしながら言葉を吐く。


「連中がそれを明かすとは思わなかった。それが俺の誤算だな。まぁいい。それで何が変わる訳でもない。あぁ、俺はアリシレラの兄だ。それがどうした?」


「わかっているでしょう、まだ話には続きがあります。僕の指摘しようとした事実は、それじゃない」


 冷静に言った利史郎に対し、レヘイサムは懐から拳銃を引き抜いた。そして銃口を利史郎の眉間に突きつけると、苛立ちを隠さずに言う。


「本当に可愛げがなくなった。今ここでお前を始末しちゃいけない理由があれば、言ってみろ」


「同じ言葉を返したい。まったくもって不思議だ。僕はあえて、貴方のアキレス腱を掴んでいることを明かそうとしている。しかし貴方は、それでもまだ僕を殺さない。何故です。僕が貴方の手下になどならなことは、もう明らかなはずだ」


「やめて」知里もやはり苛立った様子で吐き捨てた。「もううんざり。二人とも遠回しな事ばかり言って、時間の無駄だわ。そもそも――〈それで何が変わる訳でもない〉? 冗談じゃない。何もかもが変わるわ。それを理解していない――いえ、理解出来ないふりをするんなら、兄さんの先も長くないわ。だいたい、何あれ? とんでもない爆弾を作って、帝都を吹き飛ばす? 何の意味があるのそれ。また例によって純朴な連中に適当な事ばっか言って、夢を見させてるんでしょ。帝都を吹き飛ばすことは象徴であって、それで全世界の虐げられた人々が立ち上がるとか何とか――でも残念。みんなはそんな暇じゃないのよ。今日も明日も働かなきゃならないの。あんたの扇動に乗るのは、ろくに仕事も見つけられないような馬鹿と怪人だけ。だいたい、もうその爆弾も駄目にしてやった。あれ? もう片方の爆薬は何処?」


 おどけて左右を見渡してみせる知里に、レヘイサムは床に置いた鞄を持ち上げて見せた。


「これのことか?」


 見紛いようがない。多少歪んではいるが、知里が海に投げ捨てたはずの金属製の鞄だ。


 途端に黙る知里に対し、様子を窺っていた伊集院が言う。


「精製ピッチブレンドは強大なエネルギーを発している。それを探知する装置も作成済みだ。太平洋全体ならまだしも、小さな島の周辺から探し出すことなど容易だ」


「と、いうことで」レヘイサムが後を引き取った。「俺たちの計画には何の支障もない。さて、覚えているか? お前は俺と別れるとき、こう言った。『物には必ず別の道がある』――そしてお前は警官となり、桜田門の官司になった。悪くない道ではあったが――実際の所、どうなんだ? そのまま出世して、巡査から巡査長になり、警部になり――だがお前は所詮、蝦夷だ。いくら頑張ったところでせいぜい良くて警視止まりで、それ以上いくら手柄を上げたところで、蝦夷共和国の出張所の所長がいいところだろう。それに何の意味がある」


「無意味だから兄さんの手下になれって? 冗談じゃない。私は兄さんみたいな人殺しじゃない」


「まだお前はそんなことを言っているのか。どう思う、少年探偵」彼は利史郎に目を向け、首をかしげつつ言う。「〈人殺し〉っていうのは、あくまで結果論だ。お前も今のような仕事をしているんだ、いずれ誰かを殺す事になることも覚悟しているはずだ。だが――こいつには未だに、それがない」


「誰もそんなことは言ってない」


 ふてくされた様子で言う知里。だがレヘイサムは応じず、利史郎を見つめ続けた。


「それで? お前も俺を〈人殺し〉だというのか? だから捕まえて、絞首台に送るんだと?」


 相変わらずな彼の論法に、利史郎はため息を吐きつつ応じた。


「そんなことはどうでもいい」


「――どうでもいい、だと?」


「えぇ。どうでも良い事です。〈大義のためならば人を殺して良いか〉なんて問い、何の意味もありません。殺したい人は殺すだろうし、絶対に誰も殺したくないという人もいる。それは個々人の信条の問題であって、一般化するべき問いじゃない。絶対的な答えなんて、何処にもないんです」そして利史郎は首をよじり、知里に目を向けた。「彼は常に、個々人の心情問題を一般化しようとする。何かしら絶対的な〈正しさ〉があるという前提を何の根拠もなく定義し、整理された答えを持たない人間に〈教えてやる〉という素振りをして薫陶するんです。それがあくまで数多くの論の一つであることを明かさず、唯一の物であるかのように論理をねじ曲げて。相手はまんまと、〈彼は凄い人物、正しい人物に違いない〉と思い込んでしまうという訳です。


 そう、彼はただの詐欺師――金の代わりに個人の意思を奪う詐欺師――それが〈怪人二十面相〉の正体だ。当然、知里さんもご承知だとは思いますが」


 彼女は当惑して口を開いていたいが、やがて眉間に皺を寄せ、レヘイサムを睨む。


「あんたほどの理屈は出てこないけど。えぇ。そうよ。彼はただの詐欺師」


「随分な事を言うもんだ」レヘイサムは頭を掻きつつ。「俺は別に、俺の答えを押しつけている訳じゃない。反論があれば、そうすればいい。だが結果として――」


「議論するつもりはないと、申し上げたはずです」


 遮った利史郎に、彼は厳しい表情で詰め寄った。


「そんなに死にたいのか。一体、どういうつもりだ」


「単に、文字通りお手上げなんです。僕は囚われていて手も足も出ない。かといって貴方のくだらない話術に付き合う気もない。他に仕様がないんです」


 完全にレヘイサムは主導権を失い、困惑していた。利史郎の言っていることが本当なのか、それとも何らかの作戦の伏線になっているのか、必死に考えようとしている。その証拠に利史郎から身を離すと、ただただ困惑して見つめるだけの手下共の前で、狭い船室を歩き始める。


「俺を混乱させるのが、唯一の勝機だと?」それが狙いか、というように彼は呟き、拳銃のグリップで額を叩く。「しかし時間を稼いだところで、助けが来るはずもない。俺は何か、見落としているのか?」


「えっと、口を挟んで悪いけど」と、知里が疲れた様子で言う。「私はまだ死にたくないからね。この子と一緒に扱わないで」


「なら答えろ。この餓鬼は一体、何を考えてる?」


「さぁ。私の知ってる少年探偵とは、ちょっと違う。何かあったのかしらね。強いて手があるとすれば――逃げた警部と内務卿が、帝国海軍を連れて戻ってくるのを待ってるとか?」


 そこで知里は、目を見開いて続けた。


「あ、まさか――内務卿って――」


「ふん、今頃気づいたのか。あの警部が帝都に逃げ帰った所で、艦隊は全部出払ってる。余った小舟を集めるにしても数日かかるだろう」


「それで、その隙に例の爆弾を――」


「そう、そのつもり。そのつもりだったが――どうも気に入らん」再びレヘイサムは利史郎の前にしゃがみ込み、拳銃を突きつける。「議論するつもりはない? なら単刀直入に答えろ。俺は何を見落としている?」


 ふむ、と利史郎は唸り、霧に覆われた上空に浮かび上がってくる巨大な影を認め、言った。


「貴方に失敗があったとすれば――そう、僕という目立つ存在に注目しすぎ、隠れた何人もの探偵を見逃していたことでしょう」


「隠れた探偵、だと?」


「えぇ。貴方が凡人と蔑み、その価値も知らぬまま殺そうとする人々。彼らの中にも実は、僕以上の、貴方以上の存在はいる。例えば――僕の父です」


 まったく理解出来ない様子で彼が、全権大使、と口にした時だった。上空から雷鳴のような音が響いたかと思うと、窓の外に巨大な水柱が立つ。波の煽りを受けて床が傾いだ瞬間、利史郎は無理矢理身を伸ばし、レヘイサムの身体に体当たりした。


「知里さん!」


 叫ぶと、彼女は拘束などされていなかったようにして、床に転がった金属鞄に飛びつく。利史郎は気付いていた。彼女はヘアピンを使って、とうに手錠を外していたことを。


 そのヘアピンは利史郎の目の前に滑ってきた。なんとか身を這わせて後ろ手に掴み、素早く錠を外そうとする。一方でレヘイサムは扉から外に身を乗り出し、宙に色濃く表れ始めた巨大な影を見上げていた。


「千代田を残していたのか!」


 その砲塔が再び火を噴き、船は転覆寸前まで傾く。狼男と伊集院は鞄を掴む知里に詰め寄っていたが、全員が全員、立っていられる状況ではなくなった。斜めになった床に転げ落ち、壁に叩きつけられ、船倉にあった木箱や何やらが一斉に頭上から降ってきた。

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