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スチームパンク2077  作者: 吉田エン
五章 探偵の追跡
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11. 探偵の流儀

「い、一体何でまたここに」


 戸惑いながら囁く牧野警部の背後に回り、利史郎はナイフで縄を切りつつ応じた。


「警部と別れてから彼らを追い、結局同じ所に辿り着いたというわけです。もっとも僕は捕らわれる前に、彼らの一味に変装して潜り込めましたが」


「ここは何処だ」


「小笠原の、帝国では無人とされる島の一つです。以前からここを秘密のアジトにしていたらしい」早速外の様子を窺いに行こうとする警部を遮る。「まだ逃げるわけにはいきません。内務卿、そしてあの爆弾をどうにかしなければ」


「内務卿? 本物が、ここにいるの?」


 戒めを解かれ、手首をさすりながら尋ねる知里に頷く。


「えぇ。この船の最下層に捕らえられています」


「それも疑問だった。あいつは内務卿に化けて、帝都で何をしていた?」


 問う牧野警部には、苦笑いを返すしかなかった。


「帝都にいたのは警部たちの方じゃないですか。僕はただ状況からして、帝都の内務卿は偽物に入れ替わっているか、レヘイサムのシンパになってしまったに違いないと思っていただけで」


「偽物だと、知ってた? いつから!」


 警部と知里が非難がましく声を揃えて問い、利史郎は肩をすくめる。


「警部が僕と知里さんを捜査から外した件です。父の希望を内務卿がくみ取ったと警部は仰っていましたが、父はそんなことはしていないと。それにいくらレヘイサムが賢いにしても、警察は裏をかかれすぎだった。内通者がいるとしか思えません。となると、一番怪しいのは内務卿です。それで、偽物は帝都で何を?」口ごもって互いに見つめる警部と知里。利史郎はため息を吐いた。「どうやら、僕の望んだ通りの成果は出ていないらしい。警部なら一人で調べるに違いないと思って、知里さんに援護してもらおうと電報を送ったつもりでしたが」


「それならそうと、そういう文を送ってくればいいじゃない! あんた、妙に謎めかしたのを送ってくるから――」


「相手は内務卿ですよ? 逓信局も握ってる。盗聴されていると考えるのが当然じゃないですか。それで、何があったんです」


 警部が帝都での出来事を説明する間、知里は例の難しい顔で黙り込んでいるだけだった。やがて橙色に色づき始めている船窓に近づくと、迎えに出てきた数人と話し込んでいる伊集院を見つめる。彼は両手に、何か大きな金属製の鞄を提げていた。人の頭ほどの大きさがあるだろうか。ガスマスクの一人が代わりに持とうと手を伸ばしたが、伊集院は厳しくそれを遮り、大事そうに抱えて島の奥に向かっていく。


「とにかくこうなってしまったからには、あいつはまた内務卿に成りすまして、御前会議で妙な事を仕切っているかもしれない。こんなとこ早く脱出して帝都に戻らないと、大変なことに」


「作戦が必要です」利史郎は考えたが、やはり予め考えていた方策が有効だと結論づけた。携えていた新しい縄を取り出しつつ言う。「もう一度、お二人を縛ります。しかしいつでも外せる程度に。それでもう暫く、監視の目を逃れてください」


「――それで?」


「僕は爆弾をどうにかして、一騒ぎを起こします。それを聞いたらお二人は抜け出して内務卿を助け、あの桟橋にある船に。僕も何とか後で向かいます」


「待て待て、そうしてる間に連中が俺たちを殺さないと、どうして言える」


 慌てて言った警部に、利史郎は知里を目の角に留めながら言った。


「彼らはお二人を殺しはしませんよ。少なくとも、レヘイサムがここに来るまでは」


「いないの?」


 知里は安堵したように尋ねる。


「えぇ。こちらに向かっているところらしいですが、今夜になるか、明日になるか――」


「じゃあ、それまでに逃げ出さないと」知里は言いつつ、背を向けて両手首を突き出した。「それで、爆弾はどうするの」


「まだ仕上がっていないと聞いています。全てを知っているのは伊集院だけらしい。つまり彼を――」


「殺すの?」


 鋭く挑むように言う知里。利史郎は彼女の両手首をゆるく縛りつつ応じる。


「それは僕の流儀じゃありません」


「相変わらず妙な所で甘いこと言ってるわね。そんなことだからレヘイサムなんかに付け込まれるのよ。いいから、あの片眼鏡は殺しなさい」


「――警官の言う台詞じゃねぇが、状況が状況だ。俺も同意だな。その爆弾がそんな危ねぇもんなら、尚更だ」


 縛られつつ言う牧野警部にも、苦笑いするしかなかった。


「流儀というのは生き方そのものです。そう易々と変えられるものじゃない。僕は僕自身に信念なんてないと思っていましたが、実はあったんです。平凡な市民として、最低限持っている一般常識という形で。人は殺してはいけない。それが常識です」


「常識? 平凡な市民? お前さんが平凡な市民なら、俺は何だってんだ。家畜か畜生か」


「警部は立派な警官だ。そして知里さんも。お二人に比べたら、僕はただの一般人です」


 訝しげな表情をする二人に、では、と頭を下げ、利史郎はガスマスクを被り直して船室を出た。


 利史郎の把握している限り、彼らは牧野警部と知里の処遇について十分に把握していないようだった。ただ副長格の狼男の命令を受けて縛り上げているだけで、扉に鍵すらかけていない。一方で甲板から二層下に捕らわれている人物に関しては、何も言われずとも十分に気を配っている。階段の近くではガスマスクをした男が銃を手に座り込んでおり、内務卿の近くには蝙蝠男が陣取っているらしい。とてもこの状況では、近づいて様子を見ることも出来ない。やれるのは用事を言いつけられた下っ端のようにして、それらしい物を代わる代わる手にして島全体の偵察を行うことだけだ。


 結果わかったことといえば、この島は表面上他愛もない漁村のように設えられてはいるが、その実態は要塞に近いということだ。各所に見張り台や砲台、銃座が隠され、新入りらしき連中の訓練が繰り返されている。そして中央にそそり立つ岩山に司令所などが隠されているようだったが、利史郎は未だ入り口すら発見できていない。


 この島にいるレヘイサムの手下は、全部で百人ほどだろうか。とはいえ怪人は二十体もおらず、残りは普通の人間だ。


 いや、普通の、と言えるのだろうか。意外な事にその半数は浅黒かったり青白かったりする外地人らしく、多彩な言語が飛び交っていた。互いの意思疎通に難儀している所も何度か見かけ、一見すると烏合の衆のようにも見える。しかし組織としてのまとまりは十分にあるようで、その思想的な中心は当然、レヘイサムにあった。島内では彼の記述が広く読まれ、賛同を受けている。


 実は利史郎自身、これまで彼の記述文は十分に読み込んでいるとは言えなかった。あくまで概要を把握していただけで、その中心は欧州を崩壊に導いた〈民族主義〉、〈民族自決〉という思想にアジア的解釈を加えた物だとしか理解していなかった。


 しかしこの島に来て下手に動けない状況が度々あり、そんな時に他に仕様もなくレヘイサムの地下出版物に目を通していて、少し考えが変わった。彼の目指すところは、〈民族主義〉というよりは〈人間主義〉に近いようだった。


 民族、人種、文化などの違いから、互いに反目し合うのは馬鹿馬鹿しい。そもそも人間一人一人が大きく違うのだから。


 当然と言えば当然の主張だ。そして彼は続ける。


 しかし個々人が独立したとしても、それでは権威や資本に各個撃破されるだけだ。だから彼らと戦うために、互いの違いには目を瞑り団結するべきだ。


 この主張に、利史郎は大きな矛盾を感じずにはいられなかった。つまり彼が作ろうとしているのは、多民族、多文化を内包する巨大な国家――すなわち、〈帝国〉に他ならないのだ。


 〈帝国〉を倒そうとする者が、〈帝国〉を作ろうとしている。その違いは何かと彼に尋ねたところで、きっと〈自分の作る帝国は良い帝国〉としか答えられないだろう。あるいは彼が統治する間は今の五帝国よりもましな多民族政策が行われるかもしれないが、そんなものが長続きするはずがない。一度慣習と歴史、法と秩序を失った国家がどうなるかは、欧州が証明している。多数が少数を圧迫し、少数は多数の敵と手を結び、終わりのない戦乱が続くのだ。


 今のローマは辛うじてそれに終止符を打てたかもしれないが、それまでに大きな代償を支払うことになった。何百万という人々が虐殺され、資源は枯渇し、債務で五帝国に手も足も出ない。加えて彼らが大同一致するために持ち出した、皆ローマ帝国の末裔なのだから、というレトリックも、どれだけ長続きするかわかったものじゃない。結局ローマ帝国は滅んだのだから。


 しかしレヘイサムは馬鹿ではない。そんなことはとうに承知しているはずだ。それでも彼が〈標的印〉を旗印として帝国の崩壊を目指すのは、他に仕様がないからだと考えるのが容易い。どんな状況であっても、他人の意に従うのが嫌だという天邪鬼は何処にでもいる。そう、彼の哲学や言葉は全て目的のための手段であって、その実彼は単に、戦国の世に生まれた英雄のように、人の上に立つことを最終目標として行動しているだけだという解釈だ。それこそが彼の本質だと捉えるならば、彼がこれまでにしてきたことは十分に理解出来るし、これからするだろうことも予測可能だ。


 しかし果たして、本当にそれだけなのだろうか。


 利史郎は未だ考えつつ、岩山に向かった隊列を追う。それはまさに、三文小説に出てくる悪党のアジトそのものだった。一行が露出した岩壁の前に辿り着くと、不意に何度か汽笛の音が響き、数カ所から蒸気が噴き出した。やがて巨大な歯車の音が響き始めたかと思うと、地面が割れて大きな穴が現れる。やがてせり上がってきた金属の床に伊集院は乗ると、乗り奥にあるレバーを倒す。間もなくタラップは地の底に降りていき、地面は元通り閉じ、何の変哲もない砂地にしか見えなくなった。


 利史郎は木陰からそれを見届けると、懐から折りたたまれた紙を取り出して広げる。道中手に入れていたこのアジトの図面によると、山の奥まったところに通風口が穿たれているはずだった。おおまかな方向に見当を付けて崩れやすい溶岩石の上を進んでいくと、やがて岩と岩の狭間に小さな煙突を発見する。小さくはあるが、細身の利史郎であればなんとか侵入できそうだ。


 手回し電灯で奥を照らしてみたが、全く何も見えない。だがここは図面を信じるより他にない。鞄から鍵縄を取り出し、近くの木にしっかりと結わえる。そして一方の端を煙突の中に放り込むと、利史郎は慎重に闇の中に降りていった。

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