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願うだけです。叶わないと知っています。  作者: 奈良づくし
7歳
7/7

[他の目線]

[庭師]


日も出ぬ早朝、手に持つ木剣を一振り二振りと軽く振るう。

儂の一日の始まりであり、日課でもある。

昔は整地された石畳の上であったが、今は広い大庭の朝露でぬかるんだ土の上。

歳を取ったが、まだ、足を取られる程耄碌はしていない。

夏になるというのに、朝はまだ肌寒くある。


今日も、鍛錬を終え、料理長のヴァンバを手伝おうと邸へ足を運んだ。

途中で納屋へ木剣を直し、背を伸ばす。

耄碌などせんが、少し衰えたと感じる。


邸の東側に位置する調理場へ移動する最中、不思議な影が動いている。

気配も無く、自然なままで、少し見とれてしまう。

美しいと思えるほどに流麗な動きに、目を見張る。

軽やかな運足を、鋭く滑らかな腕の振りを、一縷の隙の無い動きを、儂は知っている。


目を奪われたのも束の間、警戒を厳にし、その影へ話しかけてみる。

もし、それが侵入者であれば、儂では到底勝ちえないが……。


「もし、このような朝から如何したかね?」


儂の話しかけから影の動きは止まる。

朝日がじわじわと出てきているが、邸に阻まれ影の正体は掴めない。

だが、近づく度に童のような体躯だと気付く。

儂は耄碌し始めたのだろうか……。

少しだけ、心に痛みが走った。


「さて、黙っていては分からぬ。お前さんは何者だね?」


止まった影は何かを考える様な仕草を取る。

どうにも、侵入者と思えるような感覚は無い。

過去の経験から、そう推察できる。

これほどに違和感を隠すことが出来る人間など、いない。


「……貴方は庭師のジェイナス、で良いのかしら?」


「合っとるよ。して、お前さんは?」


「失礼、私はガブリエラよ。早く起きてしまったので、身体を動かしていたの。一日の始まりは熱い紅茶でも悪くないのだけれど、運動も良いものね。」


ガブリエラ……この伯爵家の次女だったと記憶している。

誰しもが忘れとる……哀れな娘だと馬鹿者共(侍女共)は言っていたか。

しかし、子供とは思えんほどに、佇まいは堂に入っておるな。

いや、それよりも、この娘(ガブリエラ)に聞きたいことが有る。


「そうであろう、朝から動くのは身体に良いのでな。それより、一つ……聞きたいことが有る。」


「そうね。質問は一つにしてね?あの娘が起きる前に戻りたいのよ。」


「うむ。その動き……どこで知ったのだね?」


「動き……とは何かしら?」


「惚けんでもよい。その動きは……その剣技は、どの流派なのか知っているのかね?」


まず、あれはどの流派でも無い。

知っているのは、少数。

それも、王家に連なる者と守護する者。

この国の、限られた者たちで相伝される、いわば護身の剣技だ。


一介の貴族が……知るはずない。

この伯爵家が……知っているはずなど、断じて有り得ん。

儂は先代の王を守護し、教えたからこそ知っている。

だが、この小娘は一体どこで見聞きした……いや、教えられたのだ?


「そうね……秘密というのは駄目かしら?」


「なぜ秘密にするのかね?」


「豪く食い下がるわね?貴方は、コレを隠したいのかしら?」


目の前にいる小娘は、こちらを観察するような笑みで微笑む。

もう少し童らしく、朗らかに笑う事は出来ないのかと、言ってやりたい。


「そうさな……隠したいものだ。」


「……そうでは無いわね。これは、知ってはいけない事なのかしら。誰が教えたのか?を聞きたいのね。」


確信を持ったように、小娘は笑みを深める。

薄気味悪い……。

王宮で勤めていた時の……女官共に似ている。

こちらを品定めするような視線が、儂は嫌いだ。


「あら、酷く疲れた顔をしているわね。何か、不快にさせてしまったかしら。誰にも教えてもらってないから、安心なさい。それに、私はこれでも口は固い方よ。貴方が秘密としたいならば、誰にも話さないとあなたに誓うわ。」


深めた笑みを緩め、少し童らしく振舞おうとする。

非常に……童らしくない。


「いや。そうさな……誰にも話さんで欲しくもあり、見せないで欲しくもある。」


「見せないは難しいかもしれないわね。貴方に見られちゃったし。」


「儂には構わん。出来れば、良いがの。」


「そうね。あくまで護身用だから。それに、あの娘に知られちゃうと私、幻滅されちゃうわ。」


「……先程から、誰かを気にしているようだの。」


「ええ。私の、自慢の侍女よ。あの娘には、私は誇りであってもらいたいの。そして、私もあの娘に誇られるのが好きだから。お転婆はしてはいけないわね。」


「童らしく考えだの。」


「そうかしら?私はまだまだ子供よ。」


花が咲くように笑う童には、意表を突かれた。


「確かに、そうだの。」


邸内が少し慌ただしくなっていくのが、今になって分かる。

この童に大分、気を割かれていたようだ。

童も気付いたのだろう、邸へ視線を移していた。


「そろそろ戻るわね。貴方、鋭くて怖いから楽しかったわ。」


「楽しいか……、儂は侍女共に恐れられるからの。その言葉は面白く感じるの。」


「あら、あの子たちは勿体ないわね。女は度胸だ、なんて言っていたのに……。」


「ふん。口だけなら何なりと言えよう。」


「そうね、その通りだわ。」


童は踵を返し、邸へと戻っていく。


「また来るかね?」


儂はこの時、何故こう言ってしまったのか疑問にすら思わなんだ。

童はまたここに来ると、確信していたからだろうか。


「そうね……また、お邪魔するわ。」


「そうか。」


「ええ。」


軽く言葉を交わし、童は戻っていく。

ガブリエラ、忘れられた存在……か。

儂には関係ない事と思うておったが、いやはや何とも言えぬのう。

料理長は何か知っておろうか……。

少し足早になっているのに気付かず、調理場へと歩を進める。





[行儀見習いの侍女]


今日はあれこれと、仕事を押しつけられた。

いえ……本当は、今までしなければいけない仕事の量だった。

ある日を境にするまで、私は仕事を他の侍女やメイドに押しつけていた。

私は子爵貴族の娘なのだから……って。


毎日を悠々と過ごしていた。

徒党を組んで、平民出の侍女やメイドを苛めたりもした。

だって、私は貴族で……本分は行儀見習いなのだから。

貴族の在り方を学ぶ場なのだから……仕事なんてしていられないわ。


でも、私にとっての転機が訪れた。

今まで、同じ貴族出の侍女と一緒に笑っていた相手。

忘れられた存在(ガブリエラ)に、叩きのめされた。


あいつは、あの子供は……悪女よ。

流石に、忘れられた存在でも、伯爵家の息女。

面と向かったら、敬うべき主人として接しなければいけない。


ある日、私は貴族の子爵家の娘としてあの子供に接した。

それがいけなかった……。

無視された挙句、「羽音かしら?ねぇ、貴女。掃除は行き届いている?」と他の……しかも、メイドに声を掛けていた。


メイドは顔を下げ、謝っている。

あの子供は、「怒ってないわよ。」と宥めている。

私は呆然とした。

それと同時に、自分の無知を晒したのだと……気付けなかった。


何をあの時に考えていたのか、覚えていない。

カッとなって、あの子供に突っかかったのは覚えている。


「貴女、貴族の息女として挨拶も出来ないの!?」


股も無視され、詰め寄ろうとして、専属の侍女があの子供に盾になるように入ってきた。


「エミリア。貴方が危うくならない内に、お嬢様に謝罪なさい。」


そのたった一言で、腹立った。


「平民出のあんたが、貴族たる私に歯向かうな!」


そして、手が出てしまった。

けれど、私の手は簡単に止められてしまった。


「今の一度は、同僚として許します。次は有りません。そして、二度は言いません。」


手を振りほどけず、睨みつけたら、睨み返された。

それが、初めての出来事だっから……怖くなってしまった。

だって、お父様にもお母様にも、怒られたことなんて無かったから……。


「私から説明するわ。さっきの言葉は聞き捨てならないのよ。」


何をされるか分からない……。

助けを求めてしまい、周囲を見渡してしまう。

でも、誰も、何も言わなかった。

いつもお喋りをする同僚でさえ、青褪めていた。


「お嬢様。同僚たる私から……いえ。差し出がましい行い、申し訳ありません。」


「ご苦労様。ねぇ、貴女はこの娘をどう思う?」


その子供は、ガブリエラは、薄ら笑う。

まるで、私を見下すような笑みで……。

でも、なぜか……怒りよりも恐怖が勝っていた。


「あら?先程のように言い返しても良いのよ?私は反骨心も良いと思っているの。時と場合を考慮しなければならないけれどね。」


薄ら笑う笑みから、酷く歪むような笑みをしている。

到底、子供とは思えない。


「何か喋りなさいな。先程の威勢はどうしたの?【面白く】無いわよ?」


怖いと、誰かに助けて欲しかった。


「……まず、貴女には貴族の常識が無いわね。理解できる?」


ガブリエラが一言呟く度に、恐怖心が心を塗りつぶしていく。


「前提として、契約をした瞬間に貴女はただの侍女。身分など関係無いの。サインしたのはご家族?貴女本人でなくとも、契約文は読むでしょう?読まなかったの?貴族云々の前に、人としての常識が無いわよ?理解できる?」


馬鹿にしているのかそうでないのか……。

ガブリエラの表情に、笑みは無い。

だからこそ……分からない。


「仮に、貴族の御息女として来られたとしても、親しくない間柄なら礼節は弁えないといけないの。重要よ?学んだでしょう。下位の貴族は、高位の貴族へ話しかけてはならない、と。私のような子供でも知っている事よ。貴女は知らないの?何を学んで、ここへ行儀を見習いに来たの?そして、何を学びに来たの?行儀を習うならば、身に着けなければ意味は無いわよ?だって、貴女の為にならなもの。理解できる?」


すらすらと、聞き取りやすい声色、でもその声に抑揚は無い。

ガブリエラの笑みは完全に消え、ただ淡々と語りかけてくるだけだった。


「……貴女、駄目な子ね。一度、メイドからやり直すと良いわ。この程度の事も理解できず、貴族を名乗るだなんて……死んだ方が良い方よ?」


「死、ぬ?」


「あら、その部分にだけ反応できるの?ねぇ、不敬罪ってご存じかしら?」


「え?」


「知らないの?知ってるの?」


「し……」


「ふふ、知っているわよね。だって、貴女は貴族の出身なのだから。」


私の反応を見て、再び笑みを深めたガブリエラは……。


「それが、貴女にも適用されることは、承知しているわね?不敬罪の行く先も、勿論知っているわよね?だって、今の貴女は、只の侍女なのだから。」


ゾッとするほどに……艶やかな笑みを浮かべていた。


「哀れな娘、忘れ去られた存在、醜い子。他にも一杯、私の陰口はあるそうね。そして、故意に広めたのが貴女だって、私が報告したらどうなるのかしら?ああ、ちゃんとフェンサー伯爵夫人に直接報告するから、安心なさい。仮にも、夫人は私の生みの親なのだから。それに関して、侍女長も減俸の処分が入ったと思うの。何十年も伯爵家に仕える方が処分を受けた。貴女は、どうなるのかしらね?その辺り、理解できる?」


「ど、どう……なるの?」


「勿論。貴女のお家には沙汰が下るでしょう。そうなれば、子爵家は貴女をどう扱うのかしら?優しく庇い、引き取ってくれる?それとも、切り捨てられちゃう?どっちなのかしら?」


「お、お父様も、お母様も。私を愛してくれているわ。切り捨てるだなんて……しないわよ!」


「本当に?」


ガブリエラのたったの一言で……一瞬だけ、私は言葉に詰まった。


「も、勿論。そうに、決まっているわ。」


「じゃあ……答え合わせをしてみる?もし、貴女が正解なら、醜聞付きでお家へ帰れるでしょうね。私が勝てば、ふふ。どうしましょう。貴女の処遇を考えるのが、楽しみね。」


「し、醜聞……。」


「あら、それに反応しちゃうの?当たり前じゃない。フェンサー伯爵家は代々王家に忠実に仕え、覚えもめでたく、現当主は王宮にて要職の地位を賜っているわ。中立にて穏健派。他の高位貴族とも様々な繋がりもある。いわば、好待遇を勝ち得る職場でもあるの。理解できる?」


「うぁ……。」


「ふふ。ここは理解できてるみたいで、なによりね。話しを戻して、答え合わせ、しましょうか?」


「い……ま……って。」


ここまで、ガブリエラから説明を受けて理解できた。

今、この瞬間が私の生涯に関わる分岐点だと……。

もし、私が負けたなら……今後が無くなる。

下手をすれば、実家も……お父様の立場も危うくなる可能性がある。

だって、お父様も王宮で仕えている。

フェンサー伯爵の下で……仕事をしている。


ガブリエラは、先程と同じような笑みで私に微笑んでいる。

子供とは思えない、表情で……。

例えるなら、いつなのか忘れたが見たことがある。

失態を犯した兄を叱責する、激怒したお父様のような印象さえ覚える。


「まって……待ってください。ど、どうかお願いです。お許しを。」


兄は領地に関わる資金を、懐へ入れた。

そして、それを賭博行為で散財し、お父様に見つかった。

激しい灸を据えられた上で、領地の厳しい場所へ連行された。

いつの間にか、貴族籍からも兄の名が消えていた……。

私は母からそれを聞き……言われた。

「貴族の矜持を、違えてはいけませんよ。」、と。


「お願いします。私は、どうなっても構いません。お許しを!」


自分でも気づかぬ内に、床に手を突き平伏していた。

目からは涙が止まらず、自分の愚かさを後悔していた。

ガブリエラを、侮っていた。

世間知らずの、何も知らない子供と……。


「何故、貴女が謝るの?答えを合わしましょうと、私は言っているだけよ?」


「お許しを……。」


「答えになっていないの。理解できるかしら?」


「お願い、致します。」


「……はぁ、飽きたわ。貴方たち、仕事に戻りなさい。」


ガブリエラは侍女を伴い、この場からいなくなっていた。

床に伏した私を助ける者は、ここに居なかった。

和気藹々と、話していた行儀見習い仲間は早々にこの場を離れていた。


その後の私は、激情に駆られて、更に愚かな行為をした。

侍女長に泣きつき、ガブリエラに報いようと……浅はかな事を仕出かした。


ガブリエラは、全て先手を打っていた。

結果、私は侍女から下女へ降格し、侍女長は更なる減俸。

侍女長からも睨まれることになってしまった。


幸いなことは、内内で処分をされたこと。

伯爵夫人から最悪の想定を聞かされた時、私はその場で卒倒してしまった。


同じ行儀見習いの侍女は、私に近付く事さえしない。

仕事量は、増えた。

けど、まだ少ない方だと言える。


何故なら、他の下女やメイドが肩代わりしてくれているから……。

それに温かみを感じ、感謝した。

おかげで初めて、心を許せるような友達も出来た。

他にも、ガブリエラの専属侍女からも……良く気を利かせてもらっている。


仕事は様々。

手は荒れるし、髪や服は汚れるし、身体は疲れる。

けれど、充実した日々を送っていた。


そんな折、専属侍女のアルマからこう告げられた。

「ねぇ、エミリア。貴女、お嬢様の専属侍女にならない?」、と。

自分の耳を疑った後、自分の頭を叩いた。

痛みはある、現実だ。

なんで?

ガブリエラは同年代と見比べると小柄です。

運動は嫌いではありませんが、好きでもありません。


庭師のジェイナス(55)

ガチのムチ。見た目は30後半。フサフサ。

元は貴族で高名な騎士。引退して花を育てつつ余生を謳歌中。

子供は現在王家に騎士として仕えている。

領地無しの貴族で、実家は子供に譲っている。

月一で孫に会いに行っている。孫可愛い。けど近づくと泣かれる。


侍女見習いのエミリア・シフター(12)

下位貴族の次女以下は一般的に10~15歳の間で何年かを高位貴族へ行儀見習いする。

結婚相手を探す意味合いも含まれる。フェンサー家は優良な方。

エミリアはシフター子爵家の三女。

11歳の時から務めている。

ガブリエラに噛みついたが許された。

その件はアルマが関わっています。

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